第47話
夏休み最終日、俺は一人で過ごすと思っていた。
だが、蓋を開けてみれば、霧崎さんと鱗に誘われて嘉十家の海辺の別荘で遊ぶことになり。
午後からアンネと縁眼さん。麻山とアメリアさんの四人も合流。
お昼だったので、皆でバーベキューを楽しみ、食べ終わった後は皆で海で遊ぶことになった。
「うーん、眼福だな」
「武がそういうことを言うのって珍しいわね」
「そうか?」
「ええ、珍しいわよ。ねぇ、アメリア
金髪ツインテールでツンデレキャラみたいなアンネが身に着けているのは藍色を基調とした赤いラインの入ったワンピースタイプの水着だ。
競泳用のようにピッチリとした質感で、かなり似合っている。
……どこかで見たことのあるような水着だが、オタク趣味のアンネがオーダーメイドだと着替える前に言っていたから、もしかしたら元ネタがあるのかもしれないな。
「はい、武様は紳士的ですので」
「紳士って、そう言うわけではないんだが」
夏用のメイド服のアメリアさんの言葉に俺はそう反論しておく。
俺には紳士なんて言葉は似合わないな。
そう思っていると白い清楚なデザインのビキニ姿の縁眼さんが微笑みながらこう告げた。
「武様も男の方と言うことですね」
「なんでちょっと嬉しそうなんだ?」
「普段の武様は余裕があるお方ですからね。少しくらいは」
余裕か、記憶は殆ど無いけど。身体や心が美少女の水着姿を見ても動じなくなっているのは少し困るな。
俺が考えていると縁眼さんは俺の隣に移動してきて、自然な動作で俺の腕に抱き着いてきた。
「っと、縁眼さん?!」
「ドキドキしますか?」
「「あ!」」
「わっ」
「小夜子?!」
俺は少し驚きながら縁眼さんの表情を確認すると気恥ずかしそうにしながらも笑顔を俺に向けてくる。
それと同時に、アンネと麻山、鱗、霧崎さんがそれぞれ驚きの声を上げた。
柔らかくてすごくいい匂いだ。何かの花の香りがする。香水か?
普段控えめの縁眼さんがこういう積極的なことをするとは、これが夏の海の魔力か? と思っていると、アンネが慌てて縁眼さんと反対側の俺の腕に抱き着いてくる。
「ズルい!」
「ズルいって」
アンネに抱き着かれ、俺は思わず上ずった声を出してしまう。
てか、アンネもいい匂いがするな。こちらはフルーツのような香水だろうか?
「最近、私のこと雑じゃない? メインヒロインなのに!」
「え、……メイン?」
「――ちょっ! その反応は何!?」
「いや、確かにメインヒロインっぽい属性だけど」
種族は吸血鬼、イタリアの王女様。金髪ツインテール。ここまでなら確かにメインヒロインっぽいけれど。
「まあ、見た目だけならツンデレ金髪美少女だな」
「見た目だけって何!?」
残念な、いやギャップのある美少女だな、アンネは。オタク趣味だし、普段は割と王女っぽくないし。
俺は動けないので二人に腕を離してもらえるように言う前に麻山が口を開いた。
「出遅れました。二人ともズルいですよ」
麻山の言葉に俺は苦笑いだ。
アンネが麻山に何かを言い返す前に、麻山は俺達にこう提案した。
「と言うわけで提案です! 勝負をしませんか、せっかく海に居る訳ですし」
「勝負?」
「はい、勝負です。人数的にもいい感じですからね」
どうですか? 霧崎先輩と鱗ちゃん。と麻山は問いかける。
霧崎さんと鱗は縁眼さんの積極的な行動に驚いていたが、直ぐに気を取り直して同意した。
こうして、勝負することになった。
「じゃあ、何で勝負する?」
「せっかくコートがあるんです。まずはビーチバレーでどうですか?」
反対が出なかったので、さっそくビーチバレーで勝負することにした。
男として女の子達に取り合われるのは嬉しいが。
麻山、お前気付いているか? お前以外は全員、並み以上の身体能力があるんだぞ?
「あ、それとチーム分けですが、私は一般人なので武先輩とチームを組みます」
麻山の発言に俺とアメリアさんと麻山以外が動きを止めた。
したたかだなぁ。と思いながら俺は即座に肯定しておく。
「分かった。ただ、力加減はするから、安心しろ」
「はい、お願いしますね」
「え、ズルくない?!」
「武様!?」
「え、ええっと武お兄さん?」
「ど、どうしよう」
「あらあら、これは」
アンネと縁眼さんは驚き、鱗と霧崎さんは戸惑う。アメリアさんだけは楽しそうにしていた。
「じゃあ、ビーチバレー勝負を始めようか」
俺の言葉に麻山と組むのは俺に確定した。
審判は俺で、アメリアさんを麻山と組ませても良かったけれど、アメリアさんはアンネのメイドだ。
麻山とチームを組んでも真面目に試合をしてくれるだろうけれど。
俺もやはり遊びたいんでね。
「ま、総当たり戦で勝ったチームには何かご褒美を出すから許してくれよ」
俺の言葉に皆が一応の納得を見せた。
☆
審判はアメリアさんがすることになった。
俺がイベントリから適当な即席のクジを作り、試合の順番を決める。
第一試合はアンネと縁眼さんペアと霧崎さんと鱗ペアだった。
「サーブいきますよ!」
サーブは霧崎さん達からで、ぽーんと軽めにサーブが行われた。
そして、縁眼さんがレシーブをして、アンネがトスをし、縁眼さんがアタック。って縁眼さんがアタックか。
綺麗なフォームでアタックを行い。
それを霧崎さんがブロック。だが、ボールは霧崎さんペアのコートへ。
鱗が素早くボールをレシーブして、霧崎さんがアタックを行う。
最初の頃は普通のビーチバレーだった。
だが、徐々にヒートアップしていき。
「アンネ様!」
「分かってるわ!」
「ブロック!」
「フォローします!」
「はあぁぁっ!!」
「なんの!」
――ドゴンッ! とアンネのアタックを霧崎さんがブロックをするが身体が軽く吹き飛ばされ、そのボールを鱗が手早くレシーブで打ち上げる。
肉体に魔力を循環させる四人。勝ったら、俺からご褒美を出すとは言ったけれど。
君達ヒートアップしすぎでは?
夏の日差しを浴びながら、美少女達がビーチバレーをしている、
普通ならきゃっきゃっ! みたいなのを想像するけれど。
この試合はかなり迫力があるな。もうちょっと可愛く試合できない?
「せ、先輩、思ってた以上に白熱していますが」
「デュースではなく先に十点を取ったら勝ちにするべきだったな」
俺と麻山。アメリアさんの目の前で四人の魔法が使える美少女達が行動するたびに、魔力がキラキラと光り出す。
この周辺の魔力の濃度が上がているな。いざとなったら止めるか。
そして、ついにお互いのアタックやブロックが必殺技になってきた。
アンネの真紅の魔力を帯びたアタックを青い魔力を帯びた霧崎さんがブロックをするが威力を殺しきれずに、コートへ落ちそうになる。
しっかりと魔力で身体強化をし始めたのか、身体を吹き飛ばされることは無くなっている。
レシーブをする鱗も真剣な表情だ。
多分だけど、直接的な戦闘力の差があっても、こういうスポーツだから拮抗した勝負になったんだろうな。
だからいい感じに、アンネ達は楽しくなって白熱しているようだ。
「お止めしますか? 一応、審判ですので」
「いえ、やらせましょう。不完全燃焼は後々トラブルになるかもしれないですし。一応、何かあった時は止めますので」
「はい、かしこまりました」
うん、ビーチバレーは、この試合だけでストップだな。
「麻山、悪いがビーチバレーはこの試合だけだ。別のゲームをしようか」
「は、はい。先輩がペアでも流石にこれは怖いですね」
――ゴオッ! と鱗のアタックがアンネと縁眼さんのコートに突き刺さる。
巧いな。一瞬だけボールに幻術を使ったな。
「今、幻術使いませんでしたか?!」
「気のせいではないですか? 小夜子先輩」
「私の眼を誤魔化せるとでも?」
「細かいルールは無いから、問題ないな」
俺の言葉に勝ち誇る鱗。悔しそうな表情をするアンネ縁眼さん。
だが、気付いているか鱗。細かいルールが無いということは。
「じゃあ、こっちも本気で良いわね」
アンネがニヤリと笑う。
そんな言葉に霧崎さんが「やべ」みたいな表情をしたけれどもう遅いな。
俺はさりげなく麻山に防御魔法をかけておく。念のために。
サーブは鱗だ。しっかりと魔力を肉体とボールに注ぎ、一応スポーツというか。遊びで許される程度に肉体とボールを強化をしてから、ジャンプサーブを行った。
速度がテレビで見た世界大会のジャンプサーブの三倍くらいか? かなりの速度だ。
縁眼さんがレシーブを行うが、三十センチくらい後ろに身体を持ってかれる。
そして、ポーンと打ち上げられたビーチボール。
アンネは真紅の霧を身体にうっすらと身にまといながらふわりとジャンプする。
「漫画の見よう見まね」
――真紅の薔薇の嵐!!
「ふぁっ!?」
「一昔前の有名バレー漫画の必殺技ですね」
「マジか」
麻山が変な声を出し、アメリアさんは笑いを堪えながら、俺はちょっと呆れ気味にアンネの必殺のアタックを見守った。
あの技は超人女子バレーギャグマンガで有名だった。確かライバルのお嬢様キャラの技だったな。
アタックした瞬間に、自分の魔力で真紅薔薇の花びらを嵐のように纏わせてかなり派手。
大量の花びらで視界が悪くなるし、ボールが嵐を纏っているからそのまま受けると多分吹き飛ばされるな。
「くっ!? これは」
霧崎さんがコートに突き刺さる前にレシーブでアンネのアタックを受けが、アタックの威力とボールの周囲には小規模の嵐が発生している。
足場が砂浜であっという間に砂が吹き飛ばされて、バランスを崩してぶっ飛ばされる。
「ああっ!!」
「きゃあっ!!」
ピー! っとアメリアさんが笛を吹いて、アンネと縁眼さんペアに一点が入る。
小規模とは言え足場が吹き飛ばされる効果はちょっと迷惑だな。
魔力で飛んでくる砂をガードしているが。
「アンネ、その技禁止。砂が凄いことになるから」
「あ、ごめんなさい。次は止めるわ」
「そうしてください。ちょっと目に砂が入りそうでしたよ」
縁眼さんもやんわりとアンネを注意する。
見ていて楽しいが流石に砂浜で使える技じゃないな。
「ぐぬぬ。必殺技を使うなんて!」
「してやられましたね」
そして、霧崎さんと鱗がやる気を出した。
この試合どうなるかな。とは思ったが。俺の注意で冷静になったようで、比較的穏当な応酬が繰り広げられた。
ただまあ、デュースルールのお陰で霧崎さんと鱗ペアが勝利した時にはアンネ達四人はぐったりしていた。
「うん、ちょうどいい感じに疲労しているな。麻山、この後何か勝負するならいい感じに戦えると思うぞ」
「え、武先輩もしかして、これを狙っていたんですか?」
「いや、流石にそこまでは」
ただまあ、麻山が対戦する時にフェアに近づけるように、ちょこっとだけ疲れてくれたらなって。
魔力による身体強化は麻山との試合の時には使わない様にとは言っておいたが、無意識に使う可能性があるからな。
ちょっとでも疲れてくれれば御の字と思ったんだが。
ここまで、実力が同じくらいで白熱するとは思わなかったな。
「じゃあ、少し休んで別のゲームでもするか」
これ以降は穏やかにゲームをして楽しんだ。
軽く泳ぎで競争したり、砂浜に柔らかいフリスビーを投げる線を引き、五メートルほど離れた場所に大小サイズ違いの丸を砂浜に書いて、輪投げのようなゲームをした。
それと水をかけると簡単に破けて直ぐに土に返るゼッケンをを付けて水鉄砲でサバイバルゲームのようなこともしてみた。
最終的に俺一人VSアンネ達全員で俺を倒しに来ると言うゲームに変わったが。
「いやぁ~、なんか久しぶりに大声で笑ったり叫んだりしたよ」
「そうか、少しはすっきりしたか?」
午後三時を過ぎて、休憩もかねて俺達はビーチパラソルの下で水分補給をしていた。
あと一時間くらいかな。遊ぶとしても。帰りのことを考えると早めに帰る方がいいだろう。
「うん」
頷くアンネに皆同意している。アメリアさんも途中で少し参加していたから小さく頷いていた。
「あ、そうだ。霧崎さん、何か願い事は決まったか?」
「え、ああ、そうですね」
色々と遊んだ結果、総合優勝って訳ではないけれど、霧崎さんが全体的に勝率が高いので、何か俺にお願いをしていいよと言うことになった。
勝者には褒美が必要! とアンネも言ってたからね。
「そうですね」
俺の言葉に霧崎さんは少し考えて、俺のこう告げた。
「私と模擬戦をしてほしいです」
年相応の女の子らしい表情ではない。
どこまでも、強い相手に勝ちたいと闘争心が全身から滲み出てきている。
おいおい、随分とやる気だな。
「いいよ。武器は真剣がいい?」
「いえ、模擬戦なので木刀でお願いします」
木刀を提案したのは恐らく、霧崎さんの真面目な性格だからだな。
模擬戦は模擬戦。実戦は実戦。
うん、悪くないね。真剣の方が個人的に効果があると思うけれど。
って、良く考えたら俺達の模擬戦って、腕や足が無くなるのは当たり前。場合によっては死に戻りしていたな。
ああ、駄目だな。やはり認識がずれているな。
「じゃあ、準備をしようか。制限時間は五分くらいか?」
「ご、五分も持つでしょうか?」
俺の提案した時間に、苦笑いで霧崎さんはそう答えた。
同時にアンネ達が霧崎さんに応援の言葉を投げる。
「ファイト!」
「頑張ってね」
「環姉さん、応援しているよ!」
「え、えーっと、頑張ってくださいね!」
「御武運を」
アンネ、縁眼さん、鱗、麻山、アメリアさんの四人の言葉に霧崎さんはちょっと早まったかもしれないという不安げな表情をしていた。
☆
砂浜から海の上へ、魔力を身体に巡らせながら海面を歩く。
俺はイベントリから木刀を二振り取り出して、片方を霧崎さんに手渡し、砂浜から三十メートルくらい離れる。
正直、ちょっと派手に戦おうかと思ったけれど、霧崎さんが考えている模擬戦が俺の考えている模擬戦よりも大人しいものだと思うので。
砂浜からの距離もそこまで、離れる必要はないだろう。
使う技も周りの地形に強い影響が出ないようにしないとな。
「あの武殿」
「ん、なんだ?」
「武殿は刀のような曲刀が得意武器なのですか?」
霧崎さんの質問に俺はどう答えるか悩んでしまう。
俺の最初のチートスキル。【星座の勇者】は様々な星座をモチーフにしたチート能力だ。
ペガサスを召喚したり、獅子の力を身体に合体させて獣人のようになって戦ったり。
蛇使い座では蛇を召喚して、人々を治癒したり。水瓶座で日照りで凶作になりかけた地域を救ったりもした。
だから、俺の得意武器と言うものは無い。全部一通り使える。
そのお陰で器用貧乏だと感じることも多々あったな。
「いや、一通り何でも使える」
後々、スキルポイントで武器を扱うスキルを習得して分かったが、俺の武器を扱う才能は平均よりも高いが。
高いだけで特別凄いわけではなかった。
「では、武殿が使う武器はお好みで」
「うーん、そう言われても木刀かな。正直、そこまで差が無いんだ。だから、同じ武器の方が何かと良いかなって」
「そうですか、分かりました。では、始めましょう」
「ああ、いいよ」
水着のままで海面に立ち、木刀を構えて俺達は相対する。
一般人が見たら二度見するような光景だけど。今ここに居るのは俺達だけだから、気にしない様にしよう。
俺はリラックスをしてながら、特に何かスキルを使ったりはしない。
先手は霧崎さんに譲ることにした。
「ッ!」
霧崎さんが声を出さずに、音速の壁を越えて俺の額に強烈な一撃を叩き込んでくる。
だが、俺はするりと右側に身体を滑らせるように回避する。
そのまま、切り返しで俺の胴体を両断する軌道で一撃を入れてくる霧崎さん。
うん、殺気は無いけれど。ギラギラとした闘争心が俺の胸をワクワクさせてくるね。
俺は必要最低限、足の裏に魔力を流して後方に下がる。
魔力の操作が上手になると戦車のキャタピラみたいに地面を移動することが出来る。
普段の移動ではあまり使わないが、地面に足を着けて戦う場合は一瞬だけ身体を移動させるときに便利な技術だったりする。
それから、霧崎さんの攻撃を六回ほど回避する。
すると霧崎さんは一度距離を取り、呼吸を整える。攻撃はしない。まだまだ、霧崎さんの力をみたいからね。
「ふぅー」
「疲れた?」
「……実際に戦うところを見ていました。だから、強いのは分かっていました」
「うん」
「まさか、ここまで差があるとは」
「何か分かった?」
「はい、私は水面を歩くことしかできません。ですが、武殿は水面を滑るように移動しています。常に波打つ海面を」
俺と霧崎さんの違いはそこだ。
霧崎さんは魔力で海面を地面と同じように移動している。
俺は滑るように移動している。
魔力を使って海面を歩く方法はいくつかある。
踏んだ場所の周囲を魔力の膜で足場にする。アメンボの足のような毛のような魔力形状で沈まない様にする。
足裏から魔力を海面に放出し続けるなどだな。
俺の場合は踏んだ場所の周囲を魔力の膜で覆い足場にする感じが一番近いな。
細かい部分は違うけど。
そうだな。コップの上に小さなラップの切れ端とか浮かべるとイメージがしやすいかな?
ちなみに、海面を歩く方法は勇者一人一人やり方が違った。
これも個人の才能が原因だったな。
「うん、海面ですり足って結構大変だろう」
「ええ、もしかしてこれを教える為に?」
「うん」
スキル【鑑定】で霧崎さんが海面でそう言うのは出来ないだろう分かっていたからね。
「別に砂浜で模擬戦でも、良かったんだよ。けど、せっかくだから少しでも身になる模擬戦がいいかなって」
「ふふ、ありがとうございます。じゃあ、私もそのお気遣いに答えなくてはなりませんね」
気持ちを切り替えて、気合を入れる霧崎さん。
俺は強くなりたいとがむしゃらに頑張っていた昔の仲間達のことを思い出して、思わず笑みを浮かべてしまった。
「おいで、胸を貸そう」
俺は木刀を構え直し、霧崎さんを見据える。
実力差は分かっているだろう。けれど、霧崎さんは俺に勝つことを考えているな。
うん、いいね。これは実戦じゃない。だからこそ、闘争心が萎えたり、折れてないのはいいことだ。
「――っ!!」
思考が加速される。霧崎さんの最初の一撃ではこうはならなかった。
最初の一撃が単純に脅威的な攻撃ではないからだ。
でも、この一撃は仮に俺に攻撃が当たってもダメージは無い。が、スキルが【思考加速】が発動する程度には警戒をしなくてはならない一撃だということだ。
仮に霧崎さんの持つ木刀に即死系の効果付いている場合、当たった時点で俺の敗けだ。
うん、なるほどね。俺のパッシブスキルが発動するとは。
霧崎さんは刀の使い手として将来は有望だな。
俺は剣で戦う昔の仲間達のことを思い出して、心から笑みを浮かべた。
☆
凄まじいですね、武殿は。
皆との浜辺の遊びでの勝利の御褒美。
武殿が出来る範囲でお願いを聞いてくれると言われて、私は最初はデートなどをと考えたけれど、同時に私は武殿と戦ってみたいと思ってしまった。
こういうところが、女らしくないと昔から言われていた理由なのだろう。
悩んだ末に、私は武殿との模擬戦を希望してしまった。
そして、私のお願いは直ぐに叶えられた。
まさか直ぐに模擬戦になるとは思わなかったが。
模擬戦闘が始まり、私は即座に自分の未熟さを痛感することになった。
武殿が浜辺で戦うと地形に影響が出る。ということで、浜辺から少し離れた場所から海面で戦うことになった。
私も水面で活動できるように鍛錬はしている。水に関わる退魔師ではないので、基礎だけだが。
それでも問題ないと思ってしまったのだ。
でも、これは武殿の私への試験だったのかもしれない。
私の最初の一撃を回避した時。武殿は水面を滑らかに自然に移動した。
心臓がドクンと大きく脈をうった。海面で地上と同じように動ける。
ドラゴンスレイヤーと呼ばれるのだ。技量面でも卓越しているとは思っていた。
だが、あくまでも地上で戦う戦士だと思っていた。
「凄い」
私は海面では地面と同じように戦えない。
水海家などの水に深く関わる退魔師なら、出来るかもしれないが。
「うん、良い動きだった」
「ふぅ、はぁ、はぁ……」
「無理するな、霧崎さんは音速を越える速度で攻撃できるけど。それを維持して戦い続けたことは少ないだろう?」
「は、はい……」
「今後の課題だな。継続戦闘能力の向上は」
――ドンッ!
その言葉が聞こえたと同時に、私は心臓に衝撃が走る。
私の視界がぐるりと回り、自分が空へ弾き飛ばされたというのがなんとなく分かった。
今の一撃、全く見えなかったし。事前に攻撃がくることも分からなかった。
やっぱり、私よりも強い人なんて、いくらでも存在しているんだなぁ。
そんなことを考えながら、海面に落ちそうなところで武殿が私の落下する場所へ移動して落ちてくる私をキャッチしてくれた。
「ナイスファイト! しばらくゆっくり休んでな。運んでやるから」
私は武殿に横抱きで抱きかかえられながら、ビーチチェアまで運んでもらった。
そして、戦闘の疲労から十分ほど気を失うように眠ってしまっていた。
…………あれ? 私、今、姫様抱っこされてなかった?
☆
「あの私って、動体視力はかなり良い方だと思っているんですが。瞬きする度に霧崎さんが瞬間移動していませんか?」
「瞬間移動に見えるだけよ」
麻山の言葉にアンネがそう答えた。
魔力量と魔力の操作術、魔力による高い肉体の強化率。
その全てが高い水準で保有している霧崎環は若いにもかかわらず一流の退魔師を名乗れる強さを持っていた。
「そう見えるって、あ、後二人の戦う音が遅れて聞こえるような気が」
「それは音速を越えているからですね」
麻山の疑問に縁眼が答えた。その回答に麻山は困惑している。
「まだ、武お兄さんは本気を出してないかな。まあ、環先輩はかなり本気だけど。限界までやったとしても武お兄さんを捕らえられないと思うけど」
「凄い戦い」
「一応、音速を越えるくらいの速度で戦えないと一流は名乗れないから」
アンネのように上位の吸血鬼は、銃火器の攻撃を余裕を持って避けられる。
攻撃力も銃火器以上だ。退魔師が戦う化け物の上位も似たようなもの。
そういう意味では、実戦を経験しているアンネ達にとっては、二人の模擬戦の戦闘速度は見慣れたものだ。
「でも、環先輩はそろそろ、スタミナ切れですね」
「そうね。けど、霧崎さんも得るものがあったわね」
「そうですね。一応、話には聞いてはいましたが、海面を地上と同じようにすり足で移動するなんて、どれだけ繊細な魔力操作で海面に干渉をしているのでしょうか?」
「多分、私達がやろうとしたら気が狂いそうなほど精密な魔力操作技量を要求されるわよ」
鱗とアンネ、縁眼の三名の話を聞いて、麻山が問いかける。
「そんなに凄いことをしているの、武先輩って」
「凄いって言うレベルではないわね。そもそも人が海面に立って戦うこと自体がおかしいのよ。緊急時の移動、逃走なら分かるけれど」
「そうですね。海面に立って戦う時の敵は大抵は海中に居ることが多い筈です。それなら即座に陸上に逃げた方がいいです」
「海中の敵ってやっぱり倒すのが難しいんですか?」
「はい、海水が天然の盾になりますから。もちろん、武様のような攻撃力が高い方なら、海水を完全に無視して攻撃できるでしょうが、並みの退魔師なら全力で逃げますね」
「そこまでの技量なんですか」
「はい、達人クラスですね。まあ、所謂達人と呼ばれている人達の大半は、あそこまで出来るとは思えないですが」
「麻山先輩に分かりやすく例えると、うーんそうだね、ノーミスで延々と一発で針に糸を通す作業を延々しているような感じかな?」
アンネと縁眼の言葉に鱗が続いた。
ノーミスで延々と針に糸を通す作業。確かに気が狂いそうになりそうだ、と麻山は思った。
魔力が無い麻山にとって想像もできないこと、それを歯痒いと麻山は少しだけ思った。
「ま、武が変態的な魔力操作の技量を持っていると改めて分かっただけでも収穫ね」
「ええ、本当に」
模擬戦は麻山の感覚では短く、アンネ達の感覚では長く感じた。
「勝負は一瞬で決まる。みたいなことを昔コーチから聞いていましたけど。本当に一瞬の勝負の世界なんですね。退魔師って」
模擬戦闘が終わり、武が霧崎をビーチチェアに寝かせた後、麻山は武にそう言った。
「ああ、確かにそうだな。だからこそ、考えるよりも、体で覚えさせたほうが良かったりするんだ。まあ、変なクセ付けるとフェイントで負けたりするが」
苦笑いをする武を見て、麻山は自分では理解が出来ないことを悔しく思った。
☆
模擬戦はちょっと色気の無いことだったが。
その後は、夏らしい遊びとなった。
改めて俺が持っていた魔力を封じる腕輪を全員が付けて、普通のビーチバレーを行い。
アンネがまだ帰りたくないと駄々をこねたので、帰りは俺の転移魔法を使うことにして、皆で浜辺で花火をすることになった。
残念なことに肌寒いのでアンネ達は私服に戻ってしまったが、全員が海で夏らしい遊びが出来たと思う。
来年はもう少し、霧崎さんと鱗も退魔師の仕事は少なくなるだろう。
「皆」
俺が皆に声をかけると全員が俺に視線を向ける。
「これからも、よろしく頼むな」
俺の言葉に全員が笑みを浮かべて頷いてくれた。そのことに、少しだけ俺の両肩が重くなったような気がした。
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