第46話

一般的に泳げる基準とは何だろうか?

学校の二十五メートルプールの底に足を着けずに泳ぎ切ることだろうか?

泳ぎ方はクロールでもバタフライでも背泳ぎでも何でもいいだろう。

俺もちゃんと泳げるわけでもないし。


鱗の場合は潜って泳ぐことはできるが、バタ足が下手でクロールやバタフライがまったく出来ていなかった。

背泳ぎも上手く浮かぶことが出来なかったので、俺は浮くことから教えた。

浮くことが出来れば泳ぎやすいからな。


最初のうちは上手に海に浮かぶことが出来なかった鱗だったが。

直ぐにコツをつかんだのか、背泳ぎが出来るようになった。

しっかりと海に浮かべた時は、素直に喜んでいた。


ただ、クロールとバタフライはちょっと難しいようだ。慣れるしかないか。


「そう言えば背泳ぎやクロールが出来ないのに、何故水の中に潜れるんだ?」

「小学生の頃に、修行で山奥の滝に打たれて身を清める時に、潜って遊んでいたの」


鱗の言葉に補足するように、霧崎さんも教えてくれる。


「スポーツの泳ぎ方は音が出るので、大人達も立ち泳ぎや水の中で長時間息を止める技術や魔法などは優先的に教えるんです」


ソレのお陰で中途半端に水の中で活動できるけれど、一般的な泳ぎが出来ない。と言うわけか。

鱗の場合は、小学生の頃から退魔師のみならいとしてそこそこ仕事をしていたので、学校を休むこともあったらしい。

タイミング悪く、プールの授業を休むこともあったそうだ。


「なるほどね」


水を操る魔物と戦う時は、水面でのクロールやバタフライは戦いでは使えないだろう。

いや、使えないわけではないだろうが。かなり難しいだろうな。


あ、ダンティなら、肉体を覆う魔力を攻撃的なモノにして、泳ぎながら突撃とかすれば大丈夫か。


イルカ、いや、シャチのように高速でクロールをしながら水生の魔物に突撃するダンティ。


――迫力があって、ワイルドだな。



大人達も普通の泳ぎ方はいざと言う時に使えないと判断して、潜水や音が出ない水の中での移動方法を教えたんだな。


鱗は立ち泳ぎは出来なかったが、一応は教わっていたらしい。まあ、それっぽく泳いだけも、直ぐに海に沈んだが。

大人達もしっかりと水に浮けるまで教えろよ。と言いたいが。水中で活動できるからその辺り適当になったか、時間が無かったんだな。


それと霧崎さんは前衛タイプの退魔師で、普段から身体を鍛え、軽装備の武具なら身に着けたままで立ち泳ぎなどが出来るらしい。

魔力による肉体の強化無しでもかなりの距離を泳げると言っていた。


「じゃあ、そろそろ、何かして遊ぼうか?」


ぶっちゃけると、鱗に泳ぎを教えるのって結構目に毒だ。特に背泳ぎ。察してくれ。


「えっとね。海の遊びって」

「パッと思いつくのは、バレーボールやフリスビー、ビーチフラッグス。後、昔仲間達と遊んだのは水中鬼ごっこか?」


勇者仲間達と休みの時に遊んだ他の遊びは人数が足りない。

後、ちょっと女の子とするにはセンシティブだからな。

恋人同士なら、まあ、許されるかもしれないが。そうでないならちょっと際どいのもあるし。


「確か、用意されていたボックスの近くにビーチボールやフリスビーなどは用意されていましたね」

「何があるか確認してみるか」


俺達は一度パラソルが置かれていた場所へ戻る。

クーラーボックスやタオルなどが入ったボックス。それの隣にいくつかの浮き輪やビーチボールとフリスビー。

それと小さなバット? とボールのようなものがある。テニス? 他も見たことのないアクティビティの道具があるな。

ていうか、このフリスビー随分と柔らかいな。ドッチビー? なるほど、柔らかい素材のフリスビーをドッジボールの代わりにするのか。


道具が入っていた袋の中にそれぞれの説明書が入っていた。


あっちの世界では、元オタク達の知識で遊んでいたけれど。


こういう遊びもあるんだな。

そうだ。せっかくだから、二人にも聞いてみるか。


「そう言えば、二人は去年は海でどんな遊びをしたんだ?」


この質問は本当に他意は無かった。

だが、俺が質問をした瞬間、二人から負のオーラが噴き出た。


「え、去年ですか?」

「去年、去年はね……」


一気に二人の眼から光が消えた。あ、やっべ。地雷踏み抜いた。

俺が失敗したと考えていると霧崎さんが先に口を開いた。


「去年、私は他の退魔師と共にイソギンチャクの様な魔物と戦いました。その魔物は数が多いうえに、再生能力が高く、切り刻んでも、切った分だけ増えたので、最終的には焼き払うことになりました。焼き払った結果、奴等の異臭が更に酷いモノになり、大規模な炎の術を使うまでの間に時間稼ぎで魔物の群れと戦ったのですが。終わった後は奴等の体液と炎の術の余波で全員がドロドロの酷い状態になりました」


死んだ魚の眼をしながら、霧崎さんは少し早い口調で一気にそう告げた。

迫力があったので、思わず一歩下がってしまったよ。


「お、おう」

「それと奴等の血などの体液でも一定量が残って言うと再生する可能性があったので、全員が一度肉体を魔力で強化した上で、専用の浄化炎の術で身体を焼きました。浄化専用で魔力で肉体も強化しているので我慢できる熱さなのですが、浄化したのに匂いが三日ほど取れなくて、外に出られなくなりましたね」


あまりの酷い匂いだったので、スプレータイプの消臭剤を使ったそうだが、効果が無かったそうだ。

初日は臭いがキツくて、何も食べられなかったそうだ。


「次は私かな」

「あ、うん」


聞きたくないが、俺は黙って鱗の話を聞くことにした。


「海で死んだ盗撮魔が残したカメラが呪われて、そのカメラを拾った別の盗撮魔を他の退魔師達と半日ほど追いかけ続けました」

「それは」


追いかけているだけなら、と思ったが。他の退魔師、まとめ役のベテランが一人は混じっているよな。

そんなに長時間逃げ切れるって、そんなに強い呪われたカメラだったのか?


「その呪われたカメラは、撮影された人の衣類を瞬時に脱がす呪いが掛けられていて、男性の退魔師も脱がされて、追うに追えなくなって、捕らえるのに時間が掛かって酷い目に合いました」


溜息をつく鱗に俺は何とも言えない表情になってしまった。

確かに、羞恥心を捨てて全裸で呪いのカメラとその所有者を追いかけまわすのは勇気がいるな。

俺みたいに影分身が出来る。撮影される前に捕らえるのは難しいだろう。


どうやら、警察も応援に来たが警察も脱がされて大変だったらしい。


「嫌な事件だったよね」

「はい、嫌な事件でした」


一気にテンションが下がった二人を見て、俺は慌てて話題を変える。

と言うか、提案する!


「海に潜ろうぜ!」


暗い気持ちをリセットする為に、俺は二人の手を掴んで海へと歩き出した。





プライベートビーチの海の中は俺が思っていた以上に綺麗だった。


あちらの世界で勇者仲間達と作った水中で活動できる魔法。

正式な名前は付けられていないが、水中呼吸とかエア・スーツと呼ばれる魔法で俺と霧崎さん鱗を薄い魔力の膜で覆い。


海の底を軽やかに進んでいく。


「流石にサンゴ礁はないけど。綺麗な海だな」

「はい、思った以上に良い景色ですね」

「うん、私も小さい頃から水練で海の中を入ったことあるけれど、こういうダイビングスポットのような場所があったんだね」


俺の言葉に霧崎さんと鱗がそう告げた。遠浅と言うんだったか。


結構な数の魚が泳いでいて、二人とも楽しそうだ。

俺ももちろん楽しい。なんだかんだこうして海に潜ることはかなり久し振りだ。


あちらの世界の海は殆ど無くなってしまったからな。


確か大きな湖と言えるくらいしか、海水は残らなかったはずだ。


「本当に良い光景だな。海中散歩なんて普通は出来ないからな」

「武殿?」

「ああ、いや、すまない」


余計ないことを考えていたな。

俺は握っていた二人の手を握り直して、移動を再開。


それから、魔法の効果でスムーズに水中での移動と呼吸が行えるので、ダイビングのような形で俺達三人は海中散歩を楽しむことが出来た。


「ふぅ、どうだった?」

「とても綺麗でした。普段はこういう風に海の中を見て回れないので」


霧崎さんの言葉に、俺は退魔師は普段から大変なんだな。と感じた。


「本当に楽しかった。今度はサンゴ礁のあるところでやりたいですね」

「そうだな。サンゴ礁がある場所なら、こことは違った美しさがあるだろうな」


機会があれば、そういう場所を旅行に行くのもいいかもしれないな。


「じゃあ、次はどうするか」


俺の言葉に二人が考え始める。

三人で出来そうな遊びか。三人で意見を出し合ったがちょっとしっくりこなかったので、スマホで夏の遊びで調べてみると。


「棒倒しか」


ちょっと大きめの砂山を作り棒を指して、順番に砂をっていき、棒を倒した者が負け。


「なるほど、そういう遊びがあるんですね」

「へー、確かに浜辺で出来る遊びだね」


ちょっと地味ではないか? と最初は思ったんだが。

意外とそうじゃなかった。


浜辺で三人で車座になり大玉スイカサイズの砂山を作り、イベントリから木材を取り出して即席の棒を作って刺してゲームスタート。


うん、これ結構刺激的な遊びだな。理由?


「ええと次は私の番ですね」


霧崎さんがちょっと攻める感じで、両手で砂山から砂を取っていく。

この時、霧崎さんは正座しているので、前かがみになる。

ゲームの性質上、俺達三人の距離は結構近い。その状態で美少女が前かがみだ。


普通の男子学生なら、ドキドキするだろうな。


「じゃあ、次は私だね」


砂をごそっと取った霧崎さんの次は鱗だった。

鱗は霧崎さんよりも大胆に多めに砂を取っていく。鱗は霧崎さんの前かがみよりも、迫力があった。

うん、目のやり場が。


「武お兄さん」

「なんだ?」

「もっとみたい?」


ま、分かるわな。鱗の言葉を一瞬理解できなかった霧崎さんだが、直ぐに理解して慌てて胸を隠した。


「今更遅いよ、環先輩」


俺は無言で中々の量の砂を回収、二人は一瞬遅れて小さな悲鳴を上げた。

砂山の木の棒が少し動いたのだ。


「そうだ。せっかくだから、棒を倒した人が何か罰ゲームをしてもらおうか。他の二人は命令権って感じで」

「え、いいの?」

「ああ、その人が出来る範囲でならば」


俺の言葉に眼を輝かせる鱗と驚く霧崎さん。


こうして、二人は先ほどよりもやる気を出して棒倒しを続けていくのだが。


スキルを使わずに、俺はこのゲームを楽しんだ。

勝っても負けてもどちらでも良かったからな。


で、結果は俺が負けた。


一応、勝つつもりでやったが。負けは負けだ。


「じゃあ、二人は俺に何かしてほしいことはあるか?」


俺がそう言うと鱗が「ちょっと環先輩と話し合ってもいいですか?」と言うので、俺が頷くと。

二人は俺から離れて話し始めた。


それから数分後、二人は手を繋ぎながら、俺のところにやってきてこう告げた。


「あの武殿」

「決まった?」


適当な罰ゲームを思いついたかな? それとも何か俺にしてほしいことかな?


「はい」

「何をしてほしい?」


俺の問いに二人は頷き合って、俺に願いを言った。


「武殿のことを教えてほしい」

「俺のこと?」

「うん、武先輩のこと、ほとんど知らないから」


ああ、なるほど。確かにそうだな。

数えるほどしか会っていないから、知りたいと思うのは当然か。


「それと武先輩ともっと遊びたいです」

「分かった。えっと、じゃあ。大丈夫な日を教えてくれ、今度遊びに行こう」

「うん!」


この後、俺達はビーチパラソルの下のビーチチェアにそれぞれ座り。

穏やかにお互いのことを話した。


流石に邪神や勇者のことを教える訳にはいかなかったが。

お互いの好きな食べ物や趣味。基本的なことを教え合った。


「そういえば、堅い話はしたけれど、お互いの趣味とかの話していなかったな」


顔合わせの時はどんな術を使えるとか、魔道具や技術の交換や買取。

お見合いのようで、お見合いではなかったな。

これは反省しないと。


「はい、言われてみればそうでしたね」

「うん、気付けて良かったよ~」


それから、しばらくの間、俺達は夏の暑さを忘れて、話に花を咲かせた。





霧崎さんは少し聞いていたが、剣を主体とする前衛の退魔師だ。

その関係で実家は表の世界では剣術道場をしている。

今のご時世、剣術道場だけで食べて行けるのか? とは思ったが、剣術は体術も必要なので警察や自衛隊などから人が来るらしい。


それに一部の警察や自衛隊にもしもの時の為の魔物相手の戦い方も教えているので、問題ないらしい。


霧崎さんは子供の頃から、才能があったので一族からかなり期待されている。

だからこそ、結構ストレスが溜まるらしく。


「じゃあ、結構大食いメニューを制覇したりしているんだ」

「そうだよ~」

「もう、鱗!」


何で言うの! と怒る霧崎さんに鱗は涼しい顔だ。

話に花を咲かせていると、使用人の人がそろそろお昼はいかがですか? と声をかけてきたので、俺達は別荘に戻ってきたのだが、その途中で鱗が霧崎さんは結構大食いだと教えてくれたわけだ。


「でも、沢山食べる割にはすらっとしてして綺麗だな」

「っ、そ、そんなことはないですよ」

「いや、魔力を消費すると腹が減るけれど、それを差し引いてもな」


改めて、霧崎さんの肉体を眺めると綺麗に整えられている。

俺みたいにチートスキルの恩恵が無いのに、この質は本当に尊敬するわな。


「あ、ありがとうございます」


何故か、お礼を言われた。


「そう言えば、鱗はイベントを見に行く以外にも趣味とかあるのか?」

「うーんとね」


鱗は休みの日は、水族館や映画など割とどこかに出かけるタイプらしい。

プラネタリウムやどこかの芸人のイベント、ライブ。

そう言うのが好きらしい。


「式神の研究の素材集めとか?」

「研究の素材?」

「はい、新しい式神を作るのに色々と必要なので」


鱗がそう言うと霧崎さんが微妙な表情をする。

詳しく聞く前に霧崎さんがざっと教えてくれた。


「森で取ってきた植物や魔物から取れた素材を使うんです」

「ああ、なるほどね」


確かに人によっては、人を襲う魔物の骨とかを使うのは抵抗あるか。


「環先輩があまり賛成してないのは分かりますけど。でも、強い式神を結構作れましたよ」

「ああ、分かっている。分かっているんだが。一部の式神の姿がな」

「えー、可愛いじゃないですか」


抗議する鱗に無言で首を横に振る霧崎さん。


「なら、武お兄さんの意見も聞いてみましょうよ」

「え、アレは食事の前に見るものではないだろう」

「ひどーい!」


ちょっと頬を膨らませる鱗を俺は宥めながら、別荘へ戻り。

先ずは昼を食べることにするつもりだったけれど。


「あ、お帰りなさい」

「お帰りなさいませ、武様」

「武先輩、お帰り」

「武様。おかえりなさいませ」


アンネ、縁眼さん、麻山、アメリアさんが何故か別荘の中で待っていた。



「「え?!」」

「よ、よお」


全員がラフな私服姿で、とてもリラックスしている。

アンネは白のブラウスと少し長めの赤いスカート。

縁眼さんは和服ではなくて、淡い青系のワンピース。

麻山は動きやすいオレンジ色のシャツとショートパンツだ。

アメリアさんは半袖のクラシカルなメイド服だ。全体的に生地を夏用にしたのかな? 結構涼しげに見える。


あれでも、今日はアンネ達は用事があったんじゃないのか? と考えているとアンネが教えてくれた。


「午前中に面倒なことは全て終わらせたの。だから、午後からは皆で遊びましょうね」


皆の部分を強調して、ニッコリと微笑むアンネ。

あ、縁眼さんも笑顔だ。そして、アンネと縁眼さんにちょっと引いている麻山が可哀そうだった。


俺達が来るまで結構、大変だったのか? と思って視線を麻山に送ると疲れた表情で小さく頷いた。


後で、フォローしておこう。


こうして、アンネ達四人が合流。

事前に嘉十家と霧崎家とは話が付いていたようで、使用人の人達も何事もなかったかのように。


庭でバーベキューが始まった。


ちなみに、野外には大きなタープって言うんだっけか? 日差しよけの物が設置されていた。

懐かしいな。小学校とか中学校の体育祭で教師や来賓が座るテントもどき。


まあ、今俺達が使っているのはかなりシャープなデザインで。

しっかりと日差しを遮る高級なモノらしいけれど。


キャンプか、夏が終わる前に一度くらい、ソロキャンプとか行くべきだったか?

ふむ、秋にちょっとやってみようか。


そんなことを考えながら、嘉十家の使用人やアメリアさんが肉や野菜を焼いてくれる。

それをみんなでいただきながら、雑談に話を咲かせた。


最初こそ、アンネ。イタリアの吸血鬼の王族に気後れしていた霧崎さんと鱗だったが。

意外と直ぐに打ち解けていた。


これなら、変な心配はなさそうだな。


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