第44話

夏休みも終わる。


学校の夏休みの課題は既に終えた。


アンネ、縁眼さん、麻山も課題を終えているし。イオンちゃんも学校の宿題を終えている。


シャナは学校にまだ通ってはいないが、これからの生活を考えて、毎日何かしらの勉強をしていた。


時々、シャナとイオンちゃんは一緒に勉強をしていたようだ。


シャナも学校に通うことになっているので、それに合わせた勉強を問題なく進んだようだ。


「夏休みの最終日に皆で海水浴でもと思ったが。やはり無理だったな」


もう直ぐ夏休みが終わるからな。色々と準備をしないと。


勇者になる前の俺が聞いたら、何を言っているんだ? と驚くだろう。

それくらい毎年夏休みはダラダラしていたが、勇者としての活動をしていたおかげで。

やることがあると、しっかりと準備をしないと気が済まなくなった。


恐らく、優秀な奴等はこういうことを当たり前として出来るんだろうな。

面倒くさいとか、大変だとか思わずに。呼吸するように。


俺の場合は勇者としての活動で、準備を怠ると文字通り痛い思い、というか。

死ぬことになったから、出来るようになっただけだが。

ま、既に登校日の準備と確認は終えた。


これから丸二日間。夏休みの最終日と前日。つまり今日と明日は暇だ。


「明日はゆっくり家で過ごすとして。今日はどこかブラついてこようかな」


ゲーセンとかゲームかアニメショップか。

それとも本当に適当に気が向くまま、どこかに行こうか?


朝早いし、店が開くには少し時間があるな。適当にスマホで面白そうなところを探してみるか。

それからしばらく自室のベッドに腰を下ろして、色々と調べていると。


「アクアリウム?」


アート・アクアリウム? 水族館とは違うのか?

俺は少し遠いが、大きなショッピングモールで、期間限定のアクアリウム展をしているらしい。


「ふーん、水と水槽で芸術的なモノを作っているのか」


入場料は少し高めだけど、こういうのは初めてだな。

水族館は小学生の頃に見に行ったことがあるけれど、芸術品っぽい感じなのはちょっと分からない。

どうしようか。特に行きたいところもないし。


俺は少し考えて、今日はこのアクアリウムを見に行くことにした。





――都内某所の退魔省庁のとある建物の会議室




「では始めましょうか」


退魔省庁の五十代半ばの細身の眼鏡をかけたスーツ姿の男性職員の言葉に、集まっていた総勢三十人の人物達は気を引き締める。


「先日、お伝えした通り。違法魔法使いの取り締まりの強化を開始します。既に協力関係を結んだ縁眼家が計画通り、明日の話し合いで鷹野家などに、例のドローンの情報を流します。これにより、鷹野家などは慌てるでしょう。それと同時に一気に違法魔法使いを捕らえていきます。計画に従いリストの上の厄介な者を優先します」


全員の様子を見て、男は話を続ける。


「本来なら鷹野家を真っ先に潰したいのですが、鷹野家を潰すと他の者達がバラバラに逃げるでしょう。そうなると追うのが大変なので、鷹野家は意図的に残します。同時にこの場に居る警察と自衛隊の方々にも動いてもらいます。政治家とメディアは全力で押さえる準備が出来ていますのでご安心を。気が付いたら既に終わっていた形に持っていきますので、全力で事に当たってください」


この会議に参加していた、警視庁と自衛隊の関係者が頷いた。

彼等も魔法犯罪者による被害者の家族や関係者だった。ようやく反撃の時となり、士気は高かった。


そこでスッと手が挙げられた。


「質問ですか?」

「はい、資料を確認しておりますが、本当にドローンや戦闘スーツは、あの性能は間違いないのですか?」


今日初めて顔を合わせた警視庁から来た人物の質問に男はしっかりと頷いた。


「ご安心ください。自衛隊の方達とも合同訓練を行っており、資料に間違いはありませんでした」

「自衛隊にも此方にも回してほしいくらいですよ。あのドローンと戦闘スーツ」


質問者の知り合いでもある、自衛隊の関係者がフォローすると。警視庁から来た人物も頷いた。


「皆さん、今回の作戦はかなりの規模の戦闘になる可能性が高いモノです」


男性は会議に参加している人物達を見渡す。


「ですが、作戦が成功すれば。今まで問題だった腐った魔法界は正常化されていきます。魔法を目撃したという理由で一般人が殺されるとうの悲劇も減るでしょう」


魔法の秘匿を理由に、子供でも躊躇なく殺す魔法使いは国問わず、一定数居る。


「忍者殿が現れ、出来たチャンスです。ここで一気に決めましょう!」


参加者達は気合の入った返事を返し、男は改めて細かい作戦を確認の為に参加者達に告げる。


「では、再確認です。まずはA班は」


会議はスムーズに進む。そして、この日の夜。


後ろ暗い噂の多い複数の退魔の家に対魔省庁、対魔師局、警察の捜査が入り、抵抗もあったが即座に鎮圧された。




電車で小一時間ほどかけてやってきた、期間限定のアクアリウムの展示をしている大型のショッピングモールは、前に来たとき同様にかなり賑わっていた。

いや、夏休みの終わりが近いとはいえ、まだ夏休みではあるので前よりも人が多いかもしれないな。


「さて、アクアリウムの展示している場所はっと」


俺は久しぶりに来たので、入り口近くにある案内板を確認してから、アクアリウムの展示を行っているエリアに移動する。

入場料が高めだからか、学生よりも成人のお客の方が多いな。


ま、学生だと同じくらいの値段を払うなら、アクアリウムよりも映画の方を選ぶだろうな。

邪神と戦う前の普通のオタクの俺ならば、映画を選ぶだろうな。


そんなことを考えながら、アクアリウムに入る為に列に並んで、スマホでこの展示のホームページを再度料金や注意事項を確認する。


夏なのでそれをイメージしたアクアリウムが多く展示されているようだな。

改めて確認すると思ったよりも幻想的な作品の一部が紹介されていて、結構期待が膨らんでくる。


しばらくして、俺の番になり、入場料を支払って、俺はアクアリウムの見学をスタートした。


入ってすぐの通路は足元だけがライトに照らされているがうっすらと周囲も見える。


そして最初の展示スペースに入ったところで、俺は思わず「おおっ」と声を漏らしてしまった。

部屋全体は暗いのだがアクアリウムを下から照らすライトがとても幻想的だった。


思わず立ち止まってしまうくらいには。


後ろのお客さんに悪いのですぐに移動したが。

部屋の中心に大きなアクアリウムと周りの壁際に配置されている円状アクアリウム。


綺麗な水の中に居るような錯覚がする。

いや、微かに聞こえるBGMが水、水が流れている川の中にいるような錯覚にしているのかな?


視覚と聴覚、両方から作品の世界に引き入れるのか。初めての感覚だな。


そこから、色とりどりの花火をモチーフにした展示、大きな柱のようなアクアリウム。

滝を模した展示や幻想的な自然の川のような大型のアクアリウムがあった。


それと、他の現代アーティストとコラボした展示もあり、コラボは良く理解できなかったが、かなり楽しめた。


「これは一人で来るのは勿体なかったな」


チケットを購入して、皆を誘ってくるんだったよ。

俺が少し残念に思いながら次の展示へ移動すると、様々な夏の花を使ったと金魚のアクアリウムの展示スペースだった。


水槽も金魚鉢のようなものもあれば、提灯のようなものなど複数の種類があった。


部屋が暗いので様々な角度で水槽を照らすいろんな色のライトがアクアリウムを美しくしていた。


「ん、あれは?」


展示を楽しもうと思った時、ふと視界の端に気になる人物を見つけた。


長袖のフード付きのパーカーを身に着けている俺と同い年くらいの中性的な美形の少年だった。

髪の毛が白いので珍しいことにアルビノのようだ。


顔立ちがイケメンだが、日本人のようだ、あ、ハーフの可能性もあるか。

最初はプラチナブロンドなのかと思ったが、やはり白髪だ。珍しいな。


あちらの世界では割といたのだけれど。こちらでは本当に珍しい。

あちらの世界は魔法の属性が髪の色の影響する場合もあるので、白い髪の奴はそれなりに多かったし、光の魔法が得意な奴等が多く。宗教関係者に多い髪の毛の色だったな。となんとなく思い出した。


そんなことを考えていると白髪の少年と目が合った。


俺は特に用事があるわけではない。俺は軽く会釈をして、何事もなかったかのように展示を見ることにした。

向こうも、視線が気になっただけなのだろう。直ぐに俺から視線を外した。


それから、アクアリウムと日本の伝統のガラス細工のコラボの展示があり、それこもじっくりと見て、俺はグッズが売っているスペースを見て回って、アクアリウムを出た。

お土産はちょっと買う気にはならなかったが。


かなり満足する展示内容だった。

今何時だろうと思ってスマホを確認すると、映画よりも長い時間アクアリウムを眺めていたらしい。


展示の雰囲気で、他の来場者は静かに展示を見ていたし、かなり良い時間だったな。


――良し、お茶でも飲んでこの余韻に浸ろうか。


俺は心地よい気分のまま、近くの喫茶店でお茶でも飲もうかと歩き出そうとしたところで後ろから声をかけられた。


「ちょっと良いかな?」


俺が後ろを振り返ると、アクアリウムの展示で見かけた同い年くらいの中性的な美形の少年だった。


「何か用か?」

「少し聞きたいことがある」

「なんだ?」


俺は何だろう? と思いながら少年の言葉を待つ。


「君は魔法使いか?」


俺は即座に鑑定スキルを発動させた。

そして、思わず眉を顰めてしまった。邪神やその眷属との戦いなら表情に出さなかったのだが。

俺も人間らしくなったと思うべきか。鈍ったと思うべきか。ちょっと悩むな。


それで、鑑定したところ。この少年は、少し特殊な生い立ちをしているみたいだな。


「お前は、何を言っているんだ?」

「君も魔法が使えるだろう」

「魔法? 本当に何を言っている? 中二病か?」

「中二病って? 良く分からないけれど、お仲間だろう、僕達は」


そういうと話しかけてきた少年は右手の掌に卓球のピンポン玉サイズの水球を作り出す。

俺は周囲を素早く確認し、誰も見ていないことを確認、直ぐに少年の手を掴んで歩きだした。


「何か奢ろう」

「ありがとう。実はお金なくて困っていたんだ」


この野郎! と思いながら、俺は何故、夏休みが終わりに近いのこんなトラブルに巻き込まれるんだ?


俺はげんなりしながら、これからどうしようか内心頭を抱えた。





近くの喫茶店に入ろうとしたら、少年はコーヒー専門店が良いとか言い出したのでそっちに入った。


「コーヒー好きなのか?」

「ううん、初めて飲む」

「それで良く飲もうと思ったな」

「え、駄目?」

「いいや、ただ残すなよ」


俺がそう言うと少年は嬉しそうに「もちろん」と言った。

そして、二人で注文をしようとしたのだが。


「どれがいい?」

「おすすめは?」

「知らん」


基本的にコーヒー飲まないので、女性店員におススメを聞いた。

女性店員は何故かちょっと頬を赤らめながら、一番売れているスタンダードなコメットコーヒーを進めてきた。


コーヒーをトレーに乗せ、俺達が席に向かう途中、何故か周囲の女性客が俺達を見てひそひそ話していた。

ふと気づいた、この少年は俺と話す距離が近い。

更に少年の背は俺よりも低く、顔立ちも中性的で、ぶっちゃけるとBL的な意味でコイツは受けっぽい外見なのだ。


だから変な目で見られていのか。俺はさりげなく、少年と距離を取って周りに客が座っていない席へと少年と共に移動した。


「うわ、苦っ」

「ミルクとシロップ持ってきたから、使うか?」

「ううん、もうちょっとこのままで」


席に座って、少年はさっそくコーヒーを一口飲んで苦い、苦いと感想を言っていた。

そして、半分ほど飲んでからミルクとシロップを入れた。


「それで?」

「なに?」

「何故、話しかけてきた?」


鑑定した結果、コイツは魔法関係者だった。

それはいい。良くないがいい。問題なのは何故、俺に話しかけてきたかと言うことだ。


「なんとなくかな」

「なんとなく?」

「うん、実は家出をしてね。これからどうしようかなって」

「好きにしたらどうだ?」


いや、本当に好きにしろ。家出? 勝手にやってろ。

冷たいかもしれないが、助けを求められたわけではないので、わざわざ助けつもりはない。


まあ、この少年が魔法犯罪者に襲われていたら助けていたが。


「行くところが無いんだよね~」

「そうか、大変だな。頑張れ」

「あははは、うーん、頑張るよ」


正直、今すぐにでも退魔師局に連れて行きたいが、ちょっと悩んでしまう。

生まれが少し特殊っぽいからな。


「いや、本当にこれからどうするつもりだ? どこか目的があるのか?」

「目的とかは無いかな、あの家から出ていきたかっただけだし。君はどうしたらいいと思う?」

「自分で決めろ」


俺はそう答えた。女の子なら、まだいくつか選択肢を教えたが。

コイツは男だ。なら、自分で決めさせた方がいい。


古臭いと言われるかもしれないが、あちらの世界では、命のやり取りをしていた者として、女性なら俺は守る行動をしていた。

男なら子供でも戦う訓練をさせた。それが当たり前の世界に慣れすぎたかもしれないな。


女は積極的に助けるが、男は助けを求めなければ、俺は何もしない。


こういうのも男女差別になるのか? と考えながら、俺は少年の答えを待った。

重要なのはこの少年が俺に助けを求めるか。危険な目に合う可能性があるのか?


「僕は世界が見たいかな」


世界? 鑑定だけだとこの少年が普段どのような生活をしているのか分からない。

学校に通えているのか、それとも家で軟禁状態なのか。

世界を見たいとか言うなら、学校には通えてなさそうだな。


「家出中で、そういうことを目標にするなら、日雇いか何かで、生活基盤を作るしかないな」

「そっかー、それなら」


そう言いかけた時だった。店内の様子がガラリと変わった。

ふわふわした感じと言えばいいのだろうか、店内の店員と客が夢遊病患者のようにボーっとし始めた。


多分、魔法だな。目撃者を無くすために意識をぼんやりとさせているのだろう。


そして、店の入り口から三人の男女が入ってきた。


男二人は黒いスーツで鍛えられている。素人ではないな。軍人並みの強さだな。

女性は二十代半ばの知的な美人さん。こちらもスーツ姿だった。


「ようやく見つけましたよ」

「見つかっちゃった」


無表情ながら、怒りを滲ませる女性が、次は俺へ視線を送ってきたので、何か面倒なことを言われる前に、俺は威圧スキルで店に入って来た三人に一撃を入れておく。


「なっ!?」

「「っ」」


それだけで、二人の男は臨戦態勢なるが、更に威圧スキルのレベルを引き上げると女性が俺に待ったをかけた。

そんな三人の様子を見て、笑いながら俺を見据える少年。


「お、お待ちください」

「なんだ?」

「貴方様と敵対するつもりはありません」


いや、絶対に何か脅しをかけてこようとしていただろうお前。と言いたかったが止めておく、面倒だから。


「貴方様はどちらの家の御方でしょうか」


この時点で店に入って来たスーツ姿の三人は、俺にかなりビビっていた。

男二人はそれなりに戦えるが、眼の前の女性はほぼ一般人。


そこに俺からの命の危険を感じる威圧だ。しかも周囲にはまき散らさないように制御された威圧。

俺の技量が見た目と釣り合わないことは、直ぐに分かるだろう。


「縁眼だ」

「そ、そうですか。それで」


とりあえず、縁眼家の関係者なのは間違いないので、そう言っておく。

この三人に謎の忍者の関係者だと言う必要はない。


「コイツとはアクアリウムで知り合っただけだ。いきなり魔法使いだろうと言われて驚いたよ」


俺の言葉に眼が吊り上がり、少年を睨みつける女性。

そんな女性を面白そうに見つめる少年。


「保護していただき、ありがとうございました」

「行くのか?」


女性の言葉の後に、俺は少年に確認をした。


「うん、家ではここまでかな。短い間だったけど、楽しかったよ」

「そうか、ああ、それとこれ持っていけ。まだ、一口も飲んでいない」


俺はコメットコーヒーとミルクとシロップを少年に差し出した。


「え、いいの?」

「ああ、持ってけ」


少年の立場を考えれば、また会えるか微妙だしな。

思い出と言うわけではないが、意外とこのコーヒーを気に入っているようだし。


「安いが、選別だ」

「ありがとう」


少年は嬉しそうに笑うと、そう言って迎えと少年は共に店を出て行った。


俺は少年に何も言わなかった。女の子ならば助けが欲しいか? と聞いたかもしれないが。


少年が俺に何も求めないなら、俺は何も言わない。

ま、少し特殊で勇者になりたての俺よりも強い力を持っているなら、余計なお世話かもしれない。


少年達が居なくなると、店内の雰囲気は徐々に元に戻っていった。


俺はもう一度カウンターに向かい、もう一つコーヒーを注文して席に戻った。

そして、コーヒーを一口飲んでみた。


「……思ったよりも、苦いな」


俺はミルクとシロップを入れて、軽く混ぜてもう一口。



――男は共に戦い、女を守れ。



顔と名前の記憶を消されてしまったが、俺が勇者になりたての頃に世話になった、とある戦士の言葉を思い出した。


懐かしいな。あの人は男には厳しいというか、一人一人が自主的に動けるように、俺達勇者を指導していたな。

特に日本人の殆どが未成年だったから、自発的に動くことをしなかったし、しようとしても迷い動かなかった。


その結果が男なら、自分から動けと。待っているだけでは駄目だ! だったな。


ああ、何故、急に思い出したんだろうか。


あの少年は助けるべきだったのか? それとも、自分で考えて動けと少年に言うべきだったのか?


いや、自分で考えろと言っているから、今回は問題ないのか?


ああ、分からない。何が正しいのか分からないが。

何時か分かる日が来るだろう。


俺はしばらくの間、コーヒーを飲みながら、ゆっくりとした時間を過ごした。





武と出会った白髪の少年は迎えの高級車両の後部座席に座り、武から貰ったコーヒーを飲んでいた。


「屋敷から抜け出されては困りますよ」

「はーい」

「龍雄様!」

「分かっていますよ。いずれ神となるこの身体は大事にしないといけないと理解しておりますよ」


龍雄と呼ばれた少年は、つまらなさそうに。窓の外を見る。

産まれて初めて、屋敷の外に出た。


正直、目に映る全てが新鮮で楽しめるものだったが、どこか疎外感を感じた。

けれど、アクアリウムで出会った少年を見た時、龍雄は涙を一筋の流した。

龍雄が涙を流す前に少年は自分から視線を外していたので、恥ずかしい思いをしなくて済んだ。


龍雄は少年を観察した。


そして、気が付いたのだ。少年は自分と同じ。

同類であることを。


正確には自分以上の存在だと漠然と理解できた。


少年ともっと話がしたかった。


あの少年なら、自分と同じように迎えに来た三人を蹴散らせただろう。


けど、少年は何もしなかった。


本音を言えばあの少年に自分の家出に協力してほしいとは思ったが。


龍雄は残念とは思うが、少年は当たり前の対応をしたと思っている。


同時に、少年に選別を貰った時に、龍雄は少年に言われたことを思い出した。


『自分で決めろ』


龍雄は、今回の家出は自分で決めた。

今まで流され続けてきた自分が、自分で家出をすることを決めることが出来た。

それなら、これからも自分で決めて、行動が出来る筈だ。


「楽しみだな」

「何がですか?」

「何でもない。ところで、このまま屋敷に帰るのかい?」

「いいえ、今回のことは京都にある本家の方々もお怒りです」

「うっわ、めんどくさ」


龍雄は溜息をついて、コーヒーを啜る。

今までは本家の人間達と顔を合わせることは憂鬱だったけれど。

あの少年と出会ったことで、どうでも良くなった。



今度会ったら、お礼を言わないとな。

龍雄は今日、出会ったあの少年に心から感謝をした。


――これから、忙しくなるな。


本来なら眠り続けて、生涯を終える筈だった龍は、完全に目を覚ます。


未来は大きく、変わることになった。

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