第42話

東京と京都の二つの都市を中心に、大昔から魔から人々を守っていた集団。

それが退魔師。


そんな退魔師の一族達は今現在、多くが混乱していた。


ゴールデンウィークから頃から、日本国内で謎の忍者の登場。

竜を倒す偉業を成し遂げた存在を、事情を知らない日本中の退魔師の家々はどうにかして自分の家に引き入れるつもりだった。


だが、即座にイタリアの王族のアンネローゼと国内でも影響力がある縁眼家からの手出しするな。と言う警告。


更に対魔師局、その上位組織である対魔省庁の徳守大臣までも干渉するなと言い出した。

一方的な警告に、多くの家が不快感を露わにしたが。


九州の沖合では竜を使役し、魔法犯罪組織の移動拠点の船舶を叩き潰し、そのままアメリカにある本拠地への殴り込み。

組織を完全に壊滅させた上に、行きがけの駄賃と言わんばかりに中小の魔法犯罪組織がついでに潰された。


最初は様子見だった家々は、あまりの武の暴れっぷりに、強い危機感を持ち始めた。


そして、先日の他国の魔法犯罪組織が徒党を組んで、日本の港で大バトルを繰り広げたことで、力のある退魔師の家々は忍者と関係の深い縁眼家を呼び出した。


流石に暴れすぎではないか、と。


「まったく、縁眼家が面倒を見るというから、何も言わずにおいたものを」


とある高貴な血筋の人物が経営する旅館の大広間。


今回の話し合いに参加しているのは、鷹野家、大山家、水鳥家、加具家、砂霧家、藤家、水海家。


参加する人間が全員揃ったところで、最初に声を上げたのは和装の白髪の老人が怒気を滲ませながら、正面に座る縁眼小夜子へ向けて言葉を投げかけた。


声を上げた人物は関東圏の退魔師の家の中でも上位に入る名家、鷹野家の当主。鷹野真二郎であった。


鷹野家は良くない噂が特に多い家でもあり。

ここ最近、武が潰した国内の魔法犯罪組織とも付き合いがあった。


その影響で、鷹野家はダメージを受けていた。


「面倒を見る。とは我々縁眼家は一言も発言しておりませんよ」


本来なら当主が座る位置に小夜子が座っている。


その理由は、本格的に小夜子が縁眼家を継ぐ準備に入ったことを他の家へのアピールである。


「なんだと?」

「我々が皆様にお伝えしたのは、忍者殿と仲良くさせてもらっている。皆様は不用意に近づかれては困りますよ。とお伝えしたのです」

「だから、あの忍者は縁眼家の傘下に入ったのだろう?」

「いいえ、我々の下へ着いたわけではありませんよ。もちろん、我々が忍者殿の下へ着いたわけではありません」


小夜子の発言に参加していた。鷹野家、大山家、水鳥家、加具家、砂霧家、藤家、水海家。の人間達は驚く。

裏で様々な謀略に関わってきた縁眼家がそれだけの人物を傘下に入れていないとは、と。


「では、その忍者殿はどこに所属しているのかしら?」


小夜子の祖母より少し年下の初老の女性。砂霧千代だった。

砂霧家は現在の東京の結界の補修や強化を行っている家の当主。


「どこにも、あのお方はどこかに所属する必要がありませんので」

「必要が無い。それはどういう意味かしら?」

「そのままの意味です。私共は対等な関係を築いております。彼が穏やかに暮らすお手伝いをさせていただいております」


悪辣で有名な縁眼家とは思えない発言に、その場にいた者達はざわめきだす。


「先ほどから黙っているけれど、縁眼家の現当主の富子さんはどうお考えかしら?」

「忍者殿の件は全て、次期当主にお任せしております」


砂霧千代は縁眼富子へ問いかける。だが、回答はそれだけだった。


「穏やかに暮らすと言うには随分と暴れているではないか?」

「自分の住んでいる関東地方に、犯罪組織があれば誰だって掃除するのでは?」


鷹野真二郎の言葉に小夜子はそう答える。

潰された犯罪組織と鷹野家との繋がりを示す証拠は無いが、鷹野家が限りなく黒に近い白。と言うのは有名な話だ。


今後、敵対する家に武力行使をする場合、今までのように犯罪組織を使うことが出来ないので私兵を使うことになる。


退魔師の家同士の死闘はある程度は黙認されているが、ある程度では鷹野家は満足できない。

鷹野家は、良くも悪くも力によって支配してきたからだ。


ここで、鷹野家の力の一端だった犯罪者グループがいきなり無くなるのは困る訳だ。


「奴等は犯罪組織ではあるが、意味のある連中だ。奴らが妖怪や魔物を倒していたのは事実だ」

「それは本来我々がやるべきことです」

「現実を見ろよ、小娘。どう考えても人手が足りないという事実を受け入れろ」

「それについてですが、とある御方から、このようなモノを預かっております」


小夜子が合図をすると小夜子達の背後で待機していた縁眼富子と同い年の老人と中年の男性が資料を配り始めた。


「なんだこれは?」


全員に資料がいきわたった事を確認して小夜子は資料の内容を説明し始めた。


「退魔用のドローンです。一部は自立AIを搭載してます」


その言葉に全員の顔つきが変わる。

ドローンという物は彼等も知っている。一部の家では表の稼業で既に使用している。


「既に試験運用を開始して今のところテスト結果は良好だと退魔省庁と退魔師局から喜ばれております」

「こんな玩具で何が出来る?」

「既に上位の鬼、酒口良樹殿からも太鼓判を押されております。これがあれば、人材不足は解消されます。退魔師の不慮の事故により技術の継承が途絶えることも少なくなるはずです」


挑発するような鷹野真二郎の言葉に小夜子は即答する。


酒口良樹とは六百年以上生きている強力な鬼だ。人間に対してとても友好的で、過去に何度も人々と共に魔とも戦った。


その力は歴史に刻まれ、周囲に認められている。そんな強力な鬼が退魔用ドローンを認めたという事実に参加者は驚く。


「ありえない!」

「ありえるのです。科学と魔法その二つを融合し、数と質を両立させた退魔用のドローンがあれば、数の不足を補うことはできます」


小夜子は内心で「数の不足を理由に魔法犯罪者を見逃す理由が、これで無くせますね」と笑った。


実力さえあれば、やりたい放題の退魔師もそれなりに存在している。

それが原因で退魔師の家同士で殺し合う事件も過去には何度か起こっている。


「それも、忍者殿が?」

「忍者殿ではありません。その協力者の方がお作りになりました」


嘘ではあるが、正直に言う必要はない。忍者を糾弾する為に集まった連中を黙らせるのが小夜子達の目的だ。


好き勝手に暴れている忍者をどうにかしろと言われるのは分かり切っていた。それ故にかなり早い段階から、小夜子は武と話し合い下準備をしておいたのだ。


「とても興味深いですね。ドローンですか」


小夜子の言葉に笑みを含めながら、そう言ったのは加具家の当主の加具輝だった。

全員の視線が加具家の当主へと集まる。


「ここに書かれていることが本当ならば、これは本当に退魔師の不足を補えますね」

「はい、既に量産されはじめております」

「……ふむ、ぜひとも、お会いしたいですね。これを作った方と」

「加具家はこのような物を信じると?」

「実物を見れば、はっきりしますよ」


鷹野真二郎の言葉を加具輝はその一言で黙らせた。


「これ、水中用はあるのかしら?」


小夜子に問いかけたのは、妙齢の美女の水海家当主の春美だった。

彼女の家は主に水に関連する魔との戦いのエキスパートだが、その特殊な地形での戦闘技能が必要だと言うことで常に人で不足で困っていた。


そこに、人に友好的で強力な鬼である酒口芳樹が性能を認めるドローンが公表されたのだ。


彼女的には鷹野家や砂霧家が縁眼家への攻撃などどうでも良かった。


「はい、それとドローンだけでは暴走が怖いという声もありましたので、所謂パワードスーツ的なモノもご用意するとのことです」

「しっかりとした性能ならば、是非とも見せてもらいたいわ」

「ええ、後日お時間をいただければ」


和やかに話をし始める縁眼家、加具家、水海家の三人。

それを見て、怒りを露わにする鷹野真二郎。小夜子へ怒声を浴びせる寸前で大山家の当主、大山広が止めに入った。


「止めよ。みっともない」

「なんだと?!」


鷹野真二郎が大山広を睨みつけると水鳥家の当主水鳥隆司と藤優が魔力による圧力を鷹野真二郎達にかける。

元々乗り気ではなかったこの三家は面倒な話をさっさと終わらせたかった。

更に、退魔用のドローンと言う有益なものまで出てきたのであれば、鷹野家の味方になる必要はない。


「我々は今日、やりすぎている若造を諌めると聞いて集まっている」


もちろん、違うのはこの場に集まっている者達は分かっている。

全ての家が大なり小なり、魔法犯罪組織とは縁があった。

綺麗ごとだけでは、生きていけない。


「このまま、縁眼家と対立するのであれば、我々としては立場を明確にしようと思っている」


鷹野真二郎は事前に根回しをしていた。だが、それよりも早くに縁眼家は根回しをしていたのだ。

武が騒動と騒ぎを起こすことを予想して。


鷹野家と砂霧家以外は、武こと忍者については思うことはあるが敵対したくないという考えだ。


鷹野家は犯罪組織との繋がりが大きかった分ダメージが大きく。

砂霧家は単純に、得体の知れない忍者を警戒しているだけだった。


「忍者殿はこれからもこの日本の為に行動してくれるでしょう。もちろん、人の土地に土足で入り込むことは致しませんよ」


小夜子は遠回しに、皆さんの縄張りに侵入しませんよ。と伝えた。

鷹野家と砂霧家以外は、その言葉に噂の忍者と積極的に敵対するつもりは無いので、一応の納得をした。


後日、縄張りをゆっくりと侵食するのは、武に操作方法と運用法を教わり十分鍛錬を積んだ、対魔省庁と対魔師局の人間達だったりする。


これにより、今までなあなあだった関係はもう少ししっかりとした関係へと変わっていく。


小夜子は内心でこう呟いた。


――武様とのデートの邪魔をしたのです。絶対に許しませんよ。鷹野家と砂霧家。


あくまでも冷静に、小夜子は今日の話し合いを終えた。


鷹野家が「逮捕権もないのに犯罪組織を襲撃するのはいかがなモノか」などと、忍者もとい武を非難したが。


好き放題やっている家が何を言っているんだ? と呆れられていた。


実力はあるが問題の多い家。それが鷹野家だった。


対魔師局の妨害をしていた魔法犯罪組織が消えたことで、鷹野家は後日、対魔師局の捜査の手から逃れることが難しくなり。その地位を転落していくことになる。


「それでは、そろそろ良い時間です。我々はこれで」

「有意義な時間だったわ」

「ああ、本当に」


加具家と水海家の二人の当主の言葉を聞いて小夜子は頷き、彼女達はその場を後にした。





「つ、疲れましたわ」


自宅に戻り、自室で楽な格好に着替えて、小夜子は布団に寝転んだ。

普段の彼女ならやらないようなだらけ具合だが。


本来なら今日は武とお祭お祭りでデートの筈だった。


それが急遽なくなり、事前に用意していた関東で発言力のある家を黙らせる資料などを用意する羽目になった。


もちろん、事前にそろそろ呼び出されることを想定していたので、呼び出されても問題は無かった筈だったが。


武とのデート当日に話し合いが決まるとは。


絶対にそれ相応の報復をすることを小夜子は誓い、ごろごろと布団の上を転がる。


「はぁ、浴衣用意したのですが」


残念です。と小夜子がつぶやいた時だった。


スマホにメッセージの着信が入った。

小夜子が手を伸ばしてスマホを取り、着信を確認すると。


「武様?」


武からのメッセージが入っていた。


――今平気か?


小夜子は慌てて、大丈夫ですと返事をすると。


――アンネから話は聞いた。今日は大変だったんだな。

――良かったら、もう日が暮れてしまったから、祭りは難しいが。良かったら少し会えないか?


え、え?! と慌てていると武から更にメッセージが着信する。


――その、転移をすれば直ぐに会えるし、小一時間。いや、三十分でも縁眼さんを労えたらなって。


そのメッセージを見て小夜子は思わず「はい」と返事をした。


こうして、浴衣を着た小夜子は一時間にも満たないが、武と二人きりで線香花火を楽しむことが出来たのだった。




「その、綺麗ですね」

「打ち上げ花火も好きだけど。線香花火も俺は好きだな」


小夜子は自然と武に肩を寄せ、穏やかな気持ちでその日を終えた。


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