第40話
麻山とキッチンで食事を作り、のんびり食べてから自室に戻り、俺達は勉強を再開した。
と言っても、残りの二つの世界。妖精界のこと、精霊界のことを教えただけだ。
妖精界は地上と時間の流れ方が違うそうで、帰るときは正しい手順とそれに合わせた場所から地上に帰らないと本来の時間から、何十年、何百年後の地上に帰ってしまうらしい。
更に場合によっては、過去にも移動できる。と言われているが、その辺については謎が多いそうだ。
それと妖精と言う種族は価値観が地上の人間とかなり違いがあるらしく、交流する時は気を付けないと駄目らしい。
ダンティはあちらの世界で産み出され、俺の影響を受けているから外見などはちょっと変に思えるかもしれないが、価値観は地上の人間と変わらない。
上位の力を持つ妖精のレイド達は地上の人類と価値観がかなり似ているが、会話をしているとやはりちょっとズレているところがあった。
アンネから借りた書籍には、妖精の伴侶が身内の葬式の時に涙を流さずにゲラゲラ笑いながら音楽を奏でた。と記述があった。
そういう種族だと分かっていても、場合によってはトラブルになるだろうな。気を付けないと。
あ、レイド達は妖精王に仕えていたので人間の一般常識を学んでいるので、公の場では自分達の態度や発言には騎士としてかなり気を付けていたそうだ。
精霊界は妖精と違って地上との時間のズレなどはない。
ただ、大自然が全力全開で入ってきた人類に容赦なく襲い掛かってくるようだ。
穏やかな日は本当に素晴らしい絶景が観れる場所も多いが、荒れた天気の時は台風と竜巻と雷と地震と噴火などの自然災害が連続して起こるそうだ。
世界でも上位の力を持った強者でも、明確な理由がない場合は、生きていくにはあまりにも面倒な世界の為、数日で家に帰るそうだ。
精霊世界で暮らす精霊は基本的には実体が無い力の塊。
幽霊みたいなモノと言えばイメージしやすいだろうか?
それと精霊は条件付きで人類として認められている。
精霊が肉体を持つこと。人類と結婚するなどだ。
精霊には性別はないが、男性らしい姿、女性らしい姿などで人前に現れることがある。
精霊って人間と結婚できるの? と思うかもしれないが、精神は妖精よりも人間に近いようだ。
少なくても妖精のように価値観が違いすぎてトラブルになることは少ないとのこと。
使い魔の精霊達もそろそろ呼び出してあげた方が良いかな?
待機状態では眠ったような状態で、別に苦痛ではないそうだがやはり外を自由に行動したいだろう。
人としての寿命がある以上は何時か俺は死ぬ。
長寿、または不老不死、不死の存在の使い魔達の未来のことも考えないとな。
まあ、不死と言いながらもアンデット達は神聖魔法の浄化とかで消滅するからな。
割と弱点を突かれると弱いんだよね。邪神相手だから、気にしなかったけれど。
うん、この世界で生きていくことを考えると弱点を補う装備品を作ってあげた方が良いかな。
「……でも、まあ、まずは住むところが必要だから、土地が広い、北海道に土地でも買うか?」
「え、何故ですか?」
「いや、その、アンデット軍団とか悪魔の軍団とかそろそろみんなの住むところを確保した方が良いかなって」
俺の発言を聞いて、麻山が無表情でスマホを操作したかと思うと、直ぐにアンネから俺のスマホにメッセージが来た。
――すっごい! 聞きたくないけど! その軍団について詳しく教えなさい!!
俺は口が滑ったな。と思いながら、アンネに少しだけ俺の使い魔たちのことを教えることになった。
☆
自室のベッドに座りながら、俺はスマホをスリープへ。アンネとメッセージのやり取りをし、今度アンネにある程度、俺の使い魔のことを教えることになった。
俺は気を取り直して、麻山とのんびりすることにする。
魔法の勉強はきり良いので終わり。一度に色々と教えると大変だろうし、そもそも麻山に必要以上に小難しいこの世界の魔法の知識を教えても、本人は使えないし、あまり意味はない。
そういう魔法に襲われた時の対処法だけでいいだろう。
スキュラという名のクトゥルーが居れば大抵のトラブルは平気だろうし、今みたいに麻山の近くに居ない時は俺か、俺の使い魔をこっそりと護衛として傍に置いている。問題は無いな。
…………しまった。
「武先輩? どうしたんですか、急に難しい顔をして」
「いや、何でもない。気にするな」
俺は麻山にそう告げると、心の中で溜息をついた。フラグを立ててしまったか? 仮にそうだとしても、まだ間に合うな。念入りに護衛の数を増やそう。
あっちの世界で「この要塞は大丈夫です!」とか「この結界には魔族共は一人も入れません!」などの【大丈夫】という言葉は基本的に大丈夫ではない。という前振りだ。
そして、その日の晩とかに「馬鹿なこの要塞が!」とか「あ、ありえない! 結界は完璧の筈!!」とか叫んで責任者の将軍とか貴族が死ぬ。
陥落しない要塞はない。完璧な結界はない。と言うのを身を持って何度も味わった。
「そうですか、ところで武先輩」
「なんだ?」
「明日のプールですけど、本当にいいんですか? 二人きりでデートなんて」
「大丈夫だ。そのあまり気分が良くないだろうが、順番にデートしているから」
「あははは……、改めて聞くとすごいですね。その妾ってヤツですよね」
「縁眼さんが教えたのか、まあ、その愛人よりは妾の方が良いニュアンスだな。どっちもどっちかもしれないが」
何となく、愛人はいざとなったら捨てやすく。妾は家からの贈り物で政治的な感じがするんだよね。捨てられるけど捨てにくい感じ。
「不思議な世界ですね。魔法使いの業界って」
「まあな」
現代でも高名な退魔師、対魔師は妻を複数存在する。
魔法と言う希少すぎる存在を後世に残すためには、沢山子供を作らないマズイ。
最近、強い魔法使いと出会うことが多いので勘違いしそうになるが、魔法などのオカルト的な力を使えるの存在は本来は希少だ。
強さ関係なく、魔法の使い方次第では要人暗殺も可能。
厄介なことに保有している魔力が少ないと魔力探知機に引っ掛からない場合も過去にはあり、とある暗殺事件は、十年近く漏電による火災事故で要人が不幸にも死亡したと勘違いされていた。
暗殺の実行犯は、火花を作るしか出来ない弱小魔法師で、運も味方しないと成功しない暗殺作戦を成功させてしまった。
これにより、どんなに少ない魔力でも保有しているなら国の登録対象となった。
まあ、大半の魔力持っている一般人は自分が弱小とはいえ魔法が使えるとは知らないが。
使い方次第では、現代兵器よりも便利な魔法使いを増やすために、先進国も含めた国々で、一夫多妻または一妻多夫が黙認されている。
もちろん、日本でも。
「個人的には麻山との関係はミノタウロスの復活の時に、魔法のことを知られたら、麻山に怖がられて、縁は切れたと思ったからな。気分は良くないかもしれないが、本当に嬉しいよ。俺の傍に居てくれることが」
「そ、そんな真っ直ぐに見つめられて言われると反応に困りますね。けど、その武先輩がミノみたいな筋骨隆々の化け物と戦う姿は恐ろしいけれど、こうキュンとしましたよ」
吊り橋効果もあるんだろうけれど、麻山はどうやら荒々しい男が好みらしい。
抱き寄せた方がいいか? 流石にそろそろ俺も日常生活で力加減も出来るようになってきた。
麻山を急に抱き寄せたとしても、麻山をケガさせることもないだろう。
今だから分かることだが、アンネのステータスが高いから割と乱暴に抱きかかえたりしても平気だったし、アンネも気にしなかったけど、一般人にあの時の力加減で抱き寄せたりしたらかなり痛みを伴うはずだ。
下手したら、打撲くらいのダメージはあったかもしれないな。緊急時だから、死ぬよりましだが。今はそういう状態ではないからな。
うん、優しくしてみよう。
「麻山」
「はい、なんですか?」
麻山がちょっと首を傾げたところで、俺は問いかけた。
「抱きしめていいか?」
「――ごふっ」
俺の言葉に何故か麻山がむせた。
なんで、むせるんだよ。
「い、いきなりですね!」
「いや、そのあまりそう言う触れ合いはしてなかっただろう? そろそろ肉体の力加減とかも出来るようになってきたからさ」
「ち、力加減?」
「あ、いや、何でもない」
記憶を消されたり、ぼかされたりしているから、変なところで物を壊しそうになったことは一度や二度ではない。
ギャグマンガで目覚まし時計を叩き割る表現などがあるが、危うくアラームが鳴ったスマホを寝ぼけて、握り潰しそうになったことが数回ある。
今はスマホに強化魔法を付与しているから、俺が割と本気で握らないとスマホは壊れないだろう。
対艦ミサイルが着弾しても壊れないだろうな。
「は、恥ずかしいですけど、その良いんですか?」
「良いぞ。寧ろ、麻山が嫌なら」
「いいえ、全然そんなことはありません!」
「なら、こっちに来てくれ」
俺はベッドに座りながら、テーブルの向こう側で座っていた麻山を呼んだ。
麻山は少し気恥ずかしそうに、俺の近くに移動して、俺の左隣に座った。
俺は自身の左腕を麻山の肩に回して抱き寄せる。
「麻山ってさ」
「は、はい」
麻山の心音が結構俺の耳に聞こえてくる。かなりドキドキしているようだ。
これだけ近ければ麻山の匂いもする。
「今気が付いたけど、オレンジのようなフルーツの良いが匂いがするな」
「ちょっ! な、なにを言い出すんですか!?」
「いや、なんとなくいい匂いがしたから」
「ぐっ、さらっとそういうことを言えるなんて、……香水ですよ」
「香水?」
「はい、水泳やっていましたから、そういうのは使ってなかったんですけどね」
練習前にシャワーを浴びたりして香水を落としても、プールに入るのに気を使ったのかな?
プールに入る前のシャワーって冷たい水というか消毒? だからな。全部落ちないかもしれないし。確かにそれなら、香水とか付けないようにするな。
「水泳、止めたのでもういいかなって」
「そっか」
どこか、寂しそうな表情だ。もう一度水泳にチャレンジしてみれば? と言えれば良いのかもしれないが。
何が正解か俺には分からない。でも、俺はちょっと興味が出たので麻山に提案した。
「香水、買いに行ってみるか?」
「え、香水をですか?」
「ああ、その、香水は俺も良く分からないが、せっかくだから俺ちょっと買ってみようかなって」
俺の言葉に麻山は驚いた表情をする。
ま、香水ってあまり良いイメージが無いんだよね。後は香料系。
理由? かなりぼやけているけれど、娼婦達やサキュバスにしてやられたからだよ。
「なんだよ。男だって香水付ける奴は付けるだろう?」
「い、いえ、そのまた水泳やってみたらって言われるかなって思っていたので」
「ああ、そう言った方が良かったか?」
俺の言葉に麻山は首を横に振った。ちょっと寂しそうな表情だけど、ハッキリと麻山は俺にこう告げた。
「水泳は止めたんです。だから、もう大丈夫ですよ。それに今は魔法の勉強と武先輩と一緒に居たいですから」
俺は自然と麻山と距離を詰めて、ジクリと胸の痛みを誤魔化すように優しく。
出来るだけ優しく麻山を抱きしめた。
「うん、分かった」
俺がしっかりと両腕で麻山を抱きしめると麻山も俺を抱き返してくれた。
幸せだ。可愛い後輩を抱きしめ、抱き返されて。暖かい気持ちになる。
でも、同時に胸が痛む。胸の奥から恐怖心が湧き出てくる。失う恐怖を俺は知っている。
情けない、本当に情けない。昔の守り切れずに死なせた女たちのことが頭にチラつくなんてな。
顔も、名前も、匂いも、身体も、ほぼ全てを思い出せないクセに。
「麻山」
「はい?」
俺は麻山を抱きしめながら、素直にこう告げた。
「これからも、俺と一緒に居てくれ」
「はい、もちろん」
俺はしばらくの間、麻山をぎゅーっと抱きしめ続けた。
☆☆☆☆
「はっ!? い、今、何か重大なイベントが発生した気がするわ!!!」
「突然、何を言い出すのですか、アンネローゼ様」
執務に集中してください。と突然叫び出したアンネローゼにアメリアは呆れた表情でそう告げた。
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