第39話

・合間の日常



日本で新しい生活を始めたアーシャ・コムストックは、最近行きつけの喫茶店となった【ダンティ】のカウンター席でマスターのレイドのオススメのコーヒーを飲みながら、小さくため息をついた。


「あら、アーシャ。どうしたのかしら、溜息なんて」

「世界は広いなと思ってね」


店名を変更した喫茶店【ダンティ】の店内には、喫茶店のマスターのレイドとダンティ、アーシャの三人が居た。


「いやぁ、単純に強い相手がこの国には複数人いる。予想以上に日本は魔境だと改めて思い知ったのさ」

「あら、御主人様以外にも強いお方に会ったのかしら?」

「ウシ男とイカ娘」

「ああ、あの二人ね」


数日前にアーシャを襲おうとした三つの組織を潰しに行くと忍者が言うので、アーシャは手伝おうとした。

忍者こと武は「無理に付き合う必要はないぞ?」とアーシャに言ったのだが。

自分の命を狙った組織と戦うと聞いて、狙われた自分が大人しくしている訳にはいかないと武に伝えた。


そして、武と共に自身を襲ってきた反社会的魔法組織へ移動する前に参加する武の部下と出会ったのだが、そこで待っていたのは、アーシャの常識を遥かに越えた影分身軍団と規格外のウシ男とイカ娘。

ミノタウロスのミノとスキュラの皮を被ったクトゥルーだった。


「アタシが思うより。人間界、割と平気かもしれないな」

「平気って悪魔からの侵略?」

「奴等にとっては侵略ではなく、暇つぶし程度の認識なんでしょうけれどね」

「悪魔って厄介なのね」


魔族と悪魔が住んでいる世界が魔界と呼ばれる場所である。

地球のすぐ近くに存在し、魔族は割と自由に行き来しているが、悪魔は人間界へ来るためには厳しい条件があった。


「条件をクリアして人間界に来る悪魔は九割九分がロクデナシ共よ。そのロクデナシを殺す仕事が私の仕事だったけれど。日本に関しては平気そうね」

「まあ、御主人様なら即座に消滅させるでしょうね。


――地球外から」


「「地球外?!」」


アーシャとレイドは思わず声を上げてしまった。


「ああ、ごめんなさいね。今いる地点。地球の反対側に現れたのならば、と条件が付くわね」

「ま、待ちなさい! 色々と聞きたいけれど、何をどうしたら地球外から悪魔を消滅させられるの?!」


妖精騎士レイドとアーシャが驚きながら、ダンティの言葉に耳を傾けた。


「こう、居場所を確認して、魔力砲撃で狙撃って感じかしら」

「「…………」」

「結構命中するのよ。ただ、威力の加減が出来ないから余程緊急の時だけでしょうね」


アーシャは注意深くダンティの表情を観察したが冗談ではなく本当のことを言っていると確信し、深く息を吐いた。


「あの忍者が居る限り、日本で悪魔の被害はないでしょうね」


忍者に見つかった瞬間に消滅させられる。勝てるわけが無いな。アーシャが心の中で呟いた。

そんなタイミングでダンティのスマホが鳴った。

どうやら、通話がきたようだ。


「あら、スーちゃん?どうしたの? え、悪魔が空港に?」


ダンティの言葉に椅子から立ち上がるアーシャ。


「あ、もう圧縮したのね。ええ、パック詰めした悪魔は御主人様のところに」

「……なんだって?」

「ええ、御主人様が情報を引き出して消滅させるから」


念話を終えてダンティはアーシャにこう告げた。


「下級悪魔が空港で人に憑りついていたから、スーちゃんが捕まえたらしいの」

「そ、そうか」

「だから、御主人様が作った対悪魔用の封印パックでパック詰めにして捕獲したから安心してね」

「パック詰め……?」

「え、パック詰め……?」


アーシャとレイドは色々と突っ込みたかったが、何も言わず。スルーすることにした。


「ええ、布団を真空パックする感じかしら」

「説明しなくていいから」


アーシャはコーヒーを飲み込んで、心を落ち着かせ。ここに居ると常識が壊れていくが、可愛い姪っ子の為だと割り切ることにした。




・麻山のお勉強タイム



「えっと、つまり地上世界には天使が住んでいる天界と魔族や悪魔が住む魔界。妖精が住んでいる妖精界。精霊が住んでいる精霊界が存在していると?」

「そのようだな」


麻山が魔法関係者になった以上最低限知識を持ってもらおうということで、アンネから借りた書籍から資料を作って麻山に教えている最中だ。


勇者として降り立った世界は天界とか魔界なんてものはなかったから最初は驚いたよ。

まあ、あるのかな? とは思ったけれど、本当にあるとは。


「それぞれの種族はその世界だと本来の強さを発揮できるようだな。逆に人間界に来ると本来の力を使うのはかなり難しいようだ」

「本来の力?」

「ああ、天界で天使が敵と戦う場合は本来の力と天界という場所の恩恵を受けられるようだ」

「最近遊んだゲームの地形効果、みたいなものですか?」

「ああ、そうだな。天使本来の力と天使への支援が付与されるみたいだな。ただ、天使や悪魔が地上へ降り立つと百パーセントの力は出せないようだ」


麻山は何故? と首を傾げた。

俺はアンネから貰った情報や勇者として呼び出された時に神の言葉などからこう答えた。


「そうして制限を付けておかないと恐らく人類が滅ぶ可能性があったんじゃないかな?」

「滅ぶって、怖いですね」

「過去の人類は今よりも神秘、魔法に近い存在だったから、神話の英雄のような人物達が沢山いた。だから、問題はなかったのだろうけれど時代が進むにつれ、それも無くなった。何時からそういうルールがこの世界に生まれたのか分からないが、この世界の神様が【色々と何か】をしているのは間違いないだろうな」


そうじゃなければ、他種族が地上で弱くなることや世界で異常なほどに、魔法の存在が世間に公表されていないのはオカシイ。


テレビなどの情報伝達技術が発達しているのに日本だけではなく、世界中で魔法のことが関係者以外は全く知らないのはオカシイ。


もちろん、世間に知られないように色々と手を打っているのだろうけれど。


多分、全世界の人類の思考をかなり強く誘導する何かがこの惑星に使われている筈だ。

でないと魔法技術による世界の混乱。とか言う理由で魔法が秘匿され続けるのはオカシイだろう。


そういう思考を誘導する【何か】が無ければ、とっくに魔法は世間に知られている筈。


「天使や悪魔が地上で自由に動き回っていたらどうなっていたんでしょうか?」

「さあ、正直なところロクデモナイ世界だったかもな」


天使にしろ、悪魔にしろ。出会ったことはないけれど、ナチュラルでクズが多いと聞くし。


悪魔がクズは分かるけれど。天使もクズってどういうことだよ。いや、クズという感覚は人間視点だな。奴等からしてみれば違うのだろうが、迷惑な話だ。


天使の資料の一番初めに大きな文字で【天使はクズが多い。出会ったら即座に逃げろ】とか書いてあるのが恐いな。


「じゃあ、次は各世界についてだ」

「はーい」

「まず、天界。神を崇める神に仕える天使達が住んでいる世界だ。ちなみに、この神様はこの世界に存在する色々な宗教の神様の親みたいな存在だ」

「え? アマテラスとか〇リ〇トが天界の主? 的なものじゃないんですか?」

「違うぞ。俺達が神話で聞く神様達は誤解を覚悟で言うと、公務員のような感じだな」

「こ、公務員?!」

「そうそう、各エリアで人々に宗教と言う概念っていうのかな? そんな感じらしいぞ」


実際のところは分からないが。概ねこんな感じで良いだろう。

ミノタウロスが存在している以上は、間違いなく神は居る。だが、俺を勇者として呼び出した神様と比べるとどうしても圧倒的に弱い。

その神様でも勝てない邪神を倒せたことは本当に奇跡なんだろうな。


「火の神とか豊穣の神とか、人々に影響を与えるのが主な仕事だったんだろうな。話が脱線したな。で、天界だが。行ったことのある人達の言葉を引用すると『神聖な世界と言えば、確かにそうだが。あまりにも綺麗過ぎて気持ち悪い』『眩しい!』『常に昼で眠れない』『天使から家畜扱いされた』って言うことらしいぞ」

「ええー……、それは何と言うか、」


うん、天使からしてみれば、人間は脆弱だからあまりよく思われないだろうな。


「次は魔界だ」

「どんなところなんだろう」

「えっと、『地域によって差が激しい』『魔族が暮らしているところは地上に似ている』『悪魔の住む地域は弱肉強食で、本当に地獄。近づけなかったし、近づきたくない』『観光名所として割と面白い。ただし上級悪魔を倒せるくらいの力が必要』とか書かれていたな」

「魔族と悪魔は似ているようで似てない種族なんですか?」

「ああ、魔族は基本的には人類扱いだ。欲望に忠実で悪よりの性格をしているな。悪魔は全部悪。九割九分がロクデナシだそうだ」


見かけても絶対に近寄るなよ。と俺が麻山に言うと「近づきませんよ」と呆れていた。

ま、それはそうだな。俺も出来れば近づきたくない。


とは言え、アーシャさんの話だと最近地上に来ている悪魔が増えているらしいし、気を付けないとな。


本気で、対悪魔用の装備も作るか。そう思っているとスマホのタイマーが鳴った。麻山に色々教えていたが、意外と時間が経つのが速いな。


「そろそろ昼の準備をするか」

「あ、はい。武先輩」

「昼を食べ終えたら、妖精界と精霊界についてだな」

「お願いしますね」


可愛い後輩が家に来て二人きり。普通ならドキドキイベント的なモノが起こるような気もするが。


まったくそんなモノは起きずに、時間は過ぎて行った。

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