第37話

淑女妖精ダンティが港で反社会的魔法組織の連合と戦い大暴れした翌日の朝。


アンネローゼは朝食を食べ終えた後、食後の紅茶を飲みながら今回の騒動の報告書を作成していた。


テーブルの上に置かれた魔力で加工された報告書を目の前にアンネローゼは頭を痛めながらこう呟いた。


「報告したくないんだけれど」

「アンネ様」


業務中なのでクラシカルなメイド服を着ているアメリアが咎めるようにアンネローゼの名前を呼ぶ。


「いえ、だって今回の一件。冷静に考えたらとんでもないことよ? 組織としては大きな【銀の盃】【無頭の蟻】【無色の紙】の三つの組織の幹部と名のある傭兵達が集団で日本に入り込んで大暴れ。しかもそれを撃破したのはどこにも属していない謎に包まれたドラゴンスレイヤーの忍者の配下の淑女妖精という訳の分からない妖精と故郷が滅びてから姿を消していた妖精女王アイリスの近衛騎士団の団長達よ」

「はい、分かります」

「これだけでもとんでもないことなのに、【雷光の牙】とか【鮮血の牙】と呼ばれていた傭兵のライが神獣フェンリルの牙を持っていて。短時間で不完全とはいえフェンリル化にも成功したのよ。その状態の傭兵ライの牙による突撃攻撃を真っ向から抱きしめる形で受け止めて牙を抱き潰したのが淑女妖精って何よ!!」


本当に! 意味不明だわ! と、やけくそ気味にちょっと温くなった紅茶を一気飲みをするアンネローゼ。


「ありのままを報告するしかないかと。今回の一件で、武様は複数の使い魔。配下が居ることが確定しました。ヒドラの一件で分かってはいましたが。武様から「使い魔? まだまだ沢山いるよう」と仰っておりましたし。「忍者がいくら強くても所詮は一人だ!」と舐めている輩にはちょうどいい薬になるかと」

「ちょっと待って、武がその気になれば影分身で千人くらいの集団で動けることは報告したわよね? 実際に【光の鳥】を潰しているけれど?」

「一般的な影分身は一体一体がそこまで強くなく、数も多くありませんし。柔軟な運用が出来る術ではありません。ですので、都合の良いように解釈をしているのでしょう。それに【光の鳥】の一件は途中からアメリカ政府が関わっていますから」

「忍者一人の力ではなく、アメリカ政府の力があったから【光の鳥】を潰せたと勘違いしているのね?」

「はい」


アンネローゼは本国で武を舐めている輩をぶん殴りに行きたくなったが、その必要が無くなると分かっているので深呼吸をして心を落ち着かせた。


「ところで、バチカンには連絡した?」

「はい、警告は出しました。とはいえバチカンの領土の外なので大丈夫だと思いますよ。まあ、目視できる距離で武様達は【銀の盃】相手に大暴れをするでしょうが」

「お父様には既に通話で連絡したから、問題ないでしょうけれど。これでイタリアで隠れて活動していた【銀の盃】のメンバーは全滅でしょうね」

「娘のような存在のシャナ様の叔母上に手を出そうとして、日本国内に侵入した挙句に戦略兵器級のゴーレムまで使ったので、武様はかなり怒っていましたね」

「怒ったからと言って、本当に大きな魔法犯罪組織を三つの組織を同時に潰しに行けるのなんて、武しかいないでしょうね。まあ、お父様やお爺様なら出来そうだけれど。コストがね」

「どれぐらいの数を送ると?」

「影分身を二千人とプラスαよ。三つの組織と裏の傭兵達のまとめる組織、傭兵ギルドを潰すと言っていたからね」

「あの強力な影分身を二千人ですか。改めて武様の保有している体内の魔力量は凄まじいですね。人体が破裂しないのが不思議です」

「そうね。言われてみればそうね。良く生きているわね。武」


一般的な忍者の技術を学んでいる者からしてみれば、魔力の量にもよるが。

影分身を三人も作れれば一人前だと言われる。


「しかし、プラスαとは?」

「ミノタウロスとスキュラと言う名のクトゥルーとダンティよ。ミノタウロスは制限があるけれど本来の肉体で暴れられることを喜んでいたし。スキュラも張り切っていたわ」

「ダンティさんは?」

「あまり気乗りしていなかったわね。武も取り止めようとしたけれど。ダンティが行くといったわ。ダンティもちょっと複雑なことになっているわ」

「と言うと?」

「妖精騎士達、ダンティの配下になりたいそうなのよ」

「それは」


アメリアは今回の一件を聞いて、もしかしたら。とは思ってはいたが誇り高い。もとい、気難しい妖精騎士四人全員がダンティに忠義を捧げたいと言うとは思わなかった。


「武はダンティの意志に任せる。と言っていたし。ダンティにも事情があるらしくて、妖精騎士達の願いは断ったから問題はなさそうよ」

「そうですか」

「兎に角、報告書を書くわ。余計な言葉で飾らずに、事実だけを」

「見てないと信じられない報告書になりそうですね」

「言わないで」


本国から報告書について、なんて言われるか考えると憂鬱になるがアンネローゼは気をしっかりと持って報告書を書き上げた。


後日、本国から王家専属の医療団が派遣され、アンネローゼは父親に怒りの通話をすることになるが、それはまた別の話。




港で大暴れした後、対魔師局に連絡を入れて俺のスキルを全開にして魔法犯罪者達が今後魔法を使えないように封印処置を行ってから退魔師局に魔法犯罪者達を引き渡した。


俺こと忍者担当になった米沢さんの眼が死んだ魚のようになっていたが、気にせずに手続きを済ませた。


今回の魔法犯罪者達には懸賞金がかけられていたので、その賞金もとんでもない額になったが全額ダンティにお小遣いとしてあげた。


ダンティは困った顔をして受け取りを拒否したけれど仕事したからね。好きなことに使えば良いさ。と告げると受け取ってくれた。

それと妖精騎士達がダンティに忠義を誓いたいと申し出てきて正直困った。


妖精騎士達はダンティが妖精王に近い力を持っていると思っていたらしい。

まあ、妖精王以上だと知って驚き、更に忠義を誓いたくなったらしいが。


結果的には俺はダンティの意志を優先。ダンティは妖精騎士達の願いを断った。

仕方が無いというか、やっぱりなぁ。と俺は思った。

と言うのも、実はダンティや他の勇者の使い魔の一部は本来なら、勇者として呼び出された世界に留まり、そこで新しい生活をする予定だった。

だが、邪神との戦いで惑星そのものがかなり危ない状態になり、その話はなくなった。


ダンティは本来ならば妖精王として呼び出された世界で暮らす予定だった。

だが、ダンティを後継者に指名していた妖精王は邪神との戦いで戦死。

妖精の国も跡形もなく滅んだ。


当時の妖精王から乞われて、色々あって将来ダンティが妖精王となる。

と勇者仲間達と多くの国民の前で誓いの儀式までした。俺達もそれを応援したし、色々と手伝った。


でも、邪神の侵攻に俺達は敗北を繰り返し、各国が滅ぼされていく。当然、ダンティが王となる筈だった国も滅ぼされた。


あの時、俺はダンティに何も言えなかった。まあ、俺達も悲しむ暇もなかったし、心がかなりおかしくなっていたから、煽ることぐらいしかできなかっただろうな。

煽ったり、怒ったりすることも出来なくなっていた勇者の仲間も居たからな。


ま、この辺の記憶も大分消されたり、ぼかされているな。


だから妖精騎士達に、「我らの王に」「貴方に忠誠を」と言われてもダンティは困るだろ。


「将来のことを考えておかないと駄目だから、結果的に良かったのかな」


妖精王になれと言うわけではない。

元の世界に戻ってきた以上、俺はスキルを駆使すれば三百年くらいは、たぶん生きられると思うが、妖精などはかなりの長寿だ。


俺が死んだあと、ダンティがどう生きていくのか。考える切っ掛けにはなっただろう。と前向きに考えておこう。


「さて、そろそろ時間だな」


俺は忍者の姿になり、指定された都内のホテルへ移動した。

今日はシャナとアーシャさんの面会日だ。約束の時間に遅れないようにしなくては。





対魔師局が指定したホテルまでサクッと移動した。

魔法業界関係者だけではなく、一般人も利用できるホテルなので忍者の恰好でホテルのロビーなどを歩き回れば当然警備員に捕まるかもしれないが、しっかりと姿を消したうえで米沢さんと合流をした。


「姿を消したまま声をかけないでください。驚きます」

「ホテルのロビーで忍者姿はマズいだろう」

「……何故、普通の恰好をしないのですか?」

「正体がバレるだろう」

「はぁ、少しくらいはボロを出してください。まったく正体が不明なのも問題なので」

「断る」

「徳守大臣まで知らないのは流石に問題になっているんですよ」

「断る」


俺がしっかりと拒否すると米沢さんは溜息をついて、「こちらです」と歩き出した。

米沢さんから俺を見ると、見るたびに身長や体格。声や匂いが変化してかなり気持ち悪い状態になっているだろう。


一応、相対する人物の精神的疲労を考慮して最初の頃よりはレベルを下げているが、それでもちょっと米沢さんは見るたびに姿形、印象が変わる俺を見て疲れた表情をしていた。


そして、案内されたのはホテルの別館。


洋室で既に小宮夫妻。善四郎さんと富子さんは俺を見て驚いていたが、直ぐに二人への隠蔽スキルを和らげる。


「正体が知られると厄介だからな。一応、一般人のお二人が不快感を感じない程度には抑えているが気分はどうか?」

「あ、これはご丁寧に。大丈夫です」

「ありがとうございます」


俺だと気づかない二人は丁寧に頭を下げた。俺も「いや、こちらこそ。迷惑をかける」とだけ告げた。

それと和服姿のシャナには俺の正体を既に教えている。

契約もしているので、シャナが俺の正体を小宮夫妻にうっかり言うことはない。


でも、シャナの態度で小宮夫妻は何となく、気づいているみたいだな。忍者の正体に。


見ず知らずの忍者の恰好をした男が部屋に入って来たら、普通女の子は警戒する筈だ。警戒はしない。何処か安心するような雰囲気になれば、忍者はシャナの知っている人物の可能性があるということ。


小宮夫妻も察しの良い方達だ。シャナの様子に気づいたけれど、何も言わなかった。


それから五分ほどして、退魔師局の男性職員に連れられてアーシャさんがやって来た。

シスター服ではなく、ビジネススーツを着ている。

バリバリ仕事していそうな雰囲気だな。


「それでは、改めて自己紹介を始めましょうか」


米沢さんの言葉でシャナとアーシャさんの面会は始まり、特に魔法犯罪者や封印が解かれた伝説の化け物などの襲撃もなく、無事に終わった。




シャナとアーシャさんの面会は本当に穏やかだった。

最初は好戦的と言うか、トゲトゲした雰囲気だったが、今はかなり落ち着いている気がする。


もしかしたら、本来のアーシャさんに戻っただけなのかもしれないな。

行く不明の妹の娘が生きている。と分かれば焦っても仕方が無いのかもしれないな。


「お疲れ様」

「ああ、忍者か」


面会が終わり、もう少し面会に使った洋室で休みたいと言うアーシャさんの願いを退魔師局側が頷いて、俺とアーシャさんと二人きりで話すことができた。


「何故、一緒に暮らそう。と言わなかった?」

「ああ、それね」


面談の時、アーシャさんはシャナを引き取るとは言わなかった。

ただ、元気か? 今は幸せか? 何か困っていることはないか? と穏やかに聞いてきた。

事前の情報や人柄から、一度は提案するかと持ったけれど。


「悪魔祓いをしているからな。どうしてもシャナを危険な目に合わせる。けど、遠くにいるよりは近くにいた方が守りやすいと思っていたんだ」

「うん」


俺が続きを促すと、アーシャさんは晴れやかな表情でこう言った。


「アレ、無理! ダンティに勝てる強い悪魔は地上に来ないから、日本に居た方が遥かに安全だよ。ダンティに勝てる悪魔はそれこそ本当に上位の有名どころじゃないか?」

「あー、まあ、確かにな」


やっぱり、港の大型倉庫でのダンティの戦いはアーシャさんにとって、常識を破壊する戦いだったようだな。


「それに、ダンティが真顔で「御主人様の方が何万倍も強いわよ」って言うんだぜ。なら、それを信じようかと思ってさ」

「そうか」

「ああ、それとシャナの提案だけれどな」

「こっちで暮らす話だな。どうする?」

「アンタが提案してくれた移動手段、本当に使っていいのか?」

「問題ないな」

「なら、悪魔共が地上に出てきたら、使わせてくれ」

「分かっている、一応はシャナ用に作った防犯スーツだが。手直しをしよう」

「楽しみだな。戦闘スーツで空を飛んで悪魔共を倒しに行けるだなんて」


シャナの一緒に暮らそうという我が儘にアーシャさんはかなり悩んでいたようだが、俺が提案した戦闘スーツの話を聞くと前向きに考えていた。

だが、直ぐにこうして結論を出したということは、やはりシャナのことが心配なのだろう。


色々と手助けできるといいんだが、シャナの為にも。


「あ、そうだ。あの戦闘スーツ。色変えられる?」

「出来るが?」

「出来れば赤がいいな!」

「……意外とアメコミとか好きなのか?」

「仮面ライダーとかも好きだぜ」

「そうか、ならば気合いを入れて作ろうか」


こうして、アーシャさんが日本で暮らすことになった。


数ヶ月後、スタイリッシュなシスターをイメージした女性用のパワードスーツを身に付けた悪魔払い師の元シスターが深夜のパリの街で巨大な力を持つ悪魔と激戦を繰り広げたりすることになった。




数日後。武が家でのんびりしていると通い妻のような感じになってきた縁眼から声をかけらた。


「武様」

「縁眼さんどうかした?」

「アーシャさんの住んでいた国に駐在している外交官の方から忍者への伝言です。――他国の貴重な人材をいきなり引き抜かないでくれ。と」

「……結構ヤバイ?」

「はい、かなり外交官同士で白熱した舌戦が行われたようですよ」


俺は深いため息をつきながら、縁眼さんとアンネに外交官へのお詫びの品は何がいいか相談するのだった。


今度から気を付けよう、マジで。

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