第33話
アーシャ・コムストックを殺すために、この港の大型倉庫に集まった反社会的魔法使いの傭兵達は手練れだ。
この場に居る大半の傭兵が、自分以外の人間が死んだところで何も感じない人間ではあるが、傭兵として最低限の意識だけは持っている。
この集まりの中心人物と言えるバルド・スミス・ロッズ・クリス・ライの五名は動かず臨戦態勢のまま、他の傭兵達が動くのを待った。
この場に居た傭兵全員がいきなり壁を粉砕して現れた謎の純白のドレスを纏った厳ついオッサンを視界に収め、驚愕しながらも即座に迷うこと無くアレは敵だと認識し、各々がやるべきことの為に動いていた。
彼等は別に仲間意識があって、動いているわけではない。
傭兵としてプロ意識と足の引っ張り合いは不利益しかないことを理解しているだけ。
まとめ役のライ達五名も、その気になれば他の傭兵もろとも謎のオッサンを攻撃できたが、いきなり仲間割れに繋がるようなことをしない。
何より、眼の前に居る謎のオッサンは強敵だと直ぐに分かった。
だが、彼等は直ぐに謎のオッサンを殺して、のこのこと現れた本命のアーシャ・コムストックを殺すつもりだった。
自分達の情報に目の前に居るドレスを着たオッサンは無い。
手練れではあるのだろう。だが、容姿から見た凡その年齢から、今までまったく噂にもならないのであればそこまで強くない。
そう考えても仕方が無いことだった。
けれど、そんな彼等の考えは即座に吹き飛ばされることになった。
「愛の勇者様直伝 I ♡ 流! 始まりの技! 【ごきげんよう。ネクタイが曲がっていてよ】」
ダンティの最初の犠牲者は、まだ若手の白人の傭兵だった。
彼は普段はビジネスマンのように振舞い。
暗殺の仕事ではターゲットをすれ違いざまに殺害する技術が高く、多くの暗殺を成功させた実績のある傭兵兼暗殺者だ。
彼は壁を破壊して現れた謎のオッサンを即座に敵として認識。
実戦で磨き上げた歩行術で謎のオッサンに近づいて殺害するつもりだった。
彼の不運はたまたま、破壊された壁の近くに立っていた。
謎のオッサンと彼との距離は十五メートル。
彼の失策は敵の強さも分からずに不用意に近づいたこと。
「身だしなみはキチンとね。――ネクタイをキュッ」
「――ぶふぁっ?!」
謎のおっさんが触れた傭兵のネクタイを通じて流れ込んでくる、魔力を変化させた清楚エネルギーは、彼の喉から後頭部へ、強烈な一撃を叩き込んだ。
清楚エネルギー。それは武が勇者として呼び出された世界で、女性勇者達が聖属性と呼ばれていた属性をウッカリ改良して誕生してしまった魔力とは別の力。
その清楚エネルギーは邪神がいた世界では新しい魔法属性の一つ、乙女チック属性の源でもあった。
ちなみに清楚エネルギーは最初は乙女チックエネルギーという名称では? と言われたが、大人の女性勇者達から「この年で乙女チックエネルギーはちょっと」と冗談などで乙女チックエネルギーがね。と言えるが、学会の発表の場で「乙女エネルギーは~」と発言するのは流石に恥ずかしいということで、清楚エネルギーと名前が付けられた。
武達男勇者達は内心どっちも似たようなものでは? と思ったが空気を呼んで何も言わなかった。
「さて、まずは一人」
ダンティがそう言うと若い傭兵はビクン、ビクン。と陸に打ち上げられた魚のように、激しく痙攣しながら地面に倒れ込む。
謎のオッサンの動きが全く見えなかったことで、傭兵達は一気に警戒度を引き上げることになり、動くに動けない。
「さて、それでは皆様。お覚悟はよろしくて?」
ニッコリと微笑む謎のオッサンに、その場に居た歴戦の傭兵達は直感的に理解した。
ここが死地へと変わったのだと。
☆
破壊された港の大型倉庫の壁の外で、愛用の拳銃をしっかりと握りながら、アーシャ・コムストックは思った。
――清楚エネルギーってなんだよ。てか、乙女チック属性ってのもなんだよ。
魔法使いが魔法を使うために使う力、魔力。その魔力を生み出すのが生命エネルギーだ。
生命エネルギーが混ざりっけなしの純粋な力。魔力はそこに肉体や人の感情などが含まれた力。
魔力は人によって差がある。
何も考えずに、他人の魔力を自身の身体に取り入れると相性にもよるが不快な気分になったり、痛みを伴ったりする。
地域によって魔力とは呼び方が変わり、アジア圏では魔力は気とも呼ばれていた。
アーシャは考える。
魔力を聞いたこともないエネルギーに変換して、新しい魔法の属性を発動させている目の前の規格外の存在。
そんな存在を配下にしている謎の忍者。
自分は姪に会うために、とんでもない存在と関わってしまったのではないか?
アーシャの背中はびっしょりと冷汗が噴出していた。
☆
ダンティが暴れている港の倉庫からおおよそ二キロ離れた上空。
俺は忍者の恰好で空にふわふわと浮きながら、ダンティの活躍を眺めていた。
もちろん、周りに姿を見られないように、バリアを張って自分と隣に居るアンネの姿は隠している。
「只者ではないと思っていたけれど、凄まじいわね」
俺のすぐ右隣りからアンネがため息交じりでそう言った。
既にダンティのことはアンネは知っている。
ちなみに、初対面の時に「私なにも驚いておりませんわよ」みたいな顔をしていたが、アンネのツインテールがダンティが現れた瞬間驚いた動物の尻尾みたいにビンッ! と空へ向かって真っすぐ伸びて俺は思わず笑ってしまった。
ちなみに漫画やアニメの表現のツインテールが動く描写だが、実はアレ魔力持ちだと驚いた入りする時に反射的に動いてしまうことがある。
動揺して自身の魔力が身体を駆け巡った時に、魔力が流れてそのまま髪の毛が動いてしまうようだ。
髪の毛には神経が無いから、動揺しない。ことでしか対処できないので結構面倒な現象だったりする。
髪が長い勇者、主に女性陣は髪の毛で動揺を悟られないように髪を思い切って切る者も居た。
「そうだな」
「ところで、愛の勇者って?」
「内緒」
異世界で一緒に戦った勇者です。とは言えないからな。
「ねぇ、なんか手でハートマークを作って魔力でシャボン玉みたいなものを大量にばらまいているんだけれど?」
「ああ、あのシャボン玉色々な特性があってな。凄く厄介なんだよ」
「爆発したわね」
「ああ、爆発したな」
「ねぇ、シャボン玉に当たった傭兵が突然泣き出して駄々をこね始めたんだけれど」
「……見ないでやってくれ」
「あ、ダンティが素早く小さなぬいぐるみを傭兵に抱っこさせた」
ダンティの戦闘力はこの世界では上位だ。
だが、ダンティの恐ろしさはそこではない。いや、戦闘力が高いから敵にとっては十分に恐ろしいが。
ダンティの真骨頂は淑女としての自愛とか慈悲である
「うん、アーシャさんが動く前にダンティが港に居る奴等の大半を倒したな」
「同情するわ。ってか、あのダンティが開けた穴から入ってきた可愛いぬいぐるみとか動物の可愛い着ぐるみって何? ダンティの使い魔には見えないけれど」
「…………みんなで悪ノリして作ったぬいぐるみの形の警備ゴーレムだ」
「みんな? 警備ゴーレム?」
「ああ、とある孤児院の警備用に作ったのが最初だ」
俺の言葉にアンネは戦闘不能になった傭兵達を手際よく倉庫の外へ運んでいくぬいぐるみと着ぐるみを改めて観察してこう言った。
「私、小夜子ほど見る眼は無いけれど、それでもあのぬいぐるみからとんでもない力を感じるんだけれど?」
「ああ、一応、コスト度外視って言っても俺にとっては大したことはないが、あそこで戦っている手練れの傭兵でも三人くらいで協力しないとあのぬいぐるみには勝てないと思う」
俺の言葉に頭を抱えるアンネ。
わらわらとダンティが開けた壁から追加で、倉庫内に入り込んでくるぬいぐるみと着ぐるみ。
その数は傭兵の二倍くらい居る。オーバースペック過ぎて、あっちの世界に置いていくわけにはいかなかったので、自分のスキルで作った分は全部持って帰ってきたのを今回ダンティの手伝いとして使わせたが。
「ふむ、小さめの子供向けのメルヘンなテーマパークとか作ってみるか?」
「子供たちが集まるテーマパークのスタッフ達が全員手練れ以上って、政府のお偉いさん達の胃がとんでもないことになりそうね」
大都市に甚大な被害を与えるスカルドラゴンを秒殺した謎の忍者が運営する幼い子供向けのテーマパーク。
その運営スタッフ達はほぼ政府の自衛隊の特殊メンバーでも歯が立たないぬいぐるみと着ぐるみ。
魔法などの事情を知っているお偉いさん達は心穏やかに過ごすのは難しいだろうなぁ。とアンネは考えた。
「ねぇ、やっぱり武は日本を支配しようとしてない?」
「いいや、面倒なことはごめんだな」
「なら、もう少し大人しくしておきましょうね」
「解せぬ」
あ、話しているうちにダンティが敵の幹部っぽい連中以外傭兵達を撃破したらしい。
幹部達も途中で牽制攻撃で他の傭兵の支援で戦闘に参加していたけれど、ダンティは全ての攻撃をバレリーナのように軽やかに避けている。
あれって、白鳥の泉の踊りだっけか。バレエ経験のある女性勇者、ミカが教えた踊りだな。懐かしい。
それと多分、ダンティも彼奴等が幹部、アーシャを狙う奴等の中心メンバーだと察したのだろう。
情報を吐かせるために、一番最後まで残すつもりだな。
「さて、残りは少ないがダンティはどうするのかな?」
ま、殺しは基本的に嫌っているダンティだ。生け捕りだろうな。
「というか、あの傭兵達は逃げないのね」
「逃げても無駄だと分かっているんだろう。それならばって感じだろうな」
あ、でも、ダンティのことを強いと感じているがまだ自分達は切り札を使っていないから、ダンティに勝てると思っているのかもしれないな。
さて、どうなることやら。
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