第32話
日本の港は他国に比べて警備や検査などがしっかりしている。と聞いていたけれど、やはり人手不足なんだろうな。
とある港の倉庫が立ち並ぶ区画にやっぱりいたよ。変な連中。
正直、アーシャさんを狙う連中を見つけ出すのに時間がかかるかと思ったんだけど。
「やっぱりダンティに任せるか」
俺が発見したアーシャさんを狙う奴等は一つの組織の構成員ではなく、複数の組織の人間とフリーの反社会的魔法使いが集まっているらしい。
連合って感じかな? 数は総勢百人くらい。俺は怪しい連中を鑑定スキルで名前と組織名を覚えていく。
この一件が終わったら、もう一度海外遠征だな。
俺はダンティにはヒントだけを与えておく。
場所のことを教えようかと思ったけれど、ダンティは賢くて感が鋭い。
何よりも使い魔だからか、仕えている俺に役立つことをしたがるので、定期的に使い魔たちには仕事を与えた方が使い魔たちへの精神衛生的にも良い。
邪神が居た世界に比べて、この世界は平和だ。
こういう時でないと、仕事を与えられないからちょうどいい。
☆
日本に限らず、大きな町には魔法使いの関係者達が住むエリアが存在する。
一般人には認識できないように規模の大きい結界によって、一般人はその存在を知ることは無い。
そのエリアに入れるのは魔法使いの関係者だけだ。
「ねぇ」
「何かしらアレは」
「お母さん!」
「見ちゃいけません」
ダンティは妖精だ。それ故に一般人が居る場所では姿を消して移動した。
だが、魔法使いの関係者が住むエリアでは姿を現す。事前に、武から一般人の前では妖精だから姿を見せないように。という指示を守った形だ。
「おい」
「何かしら、アーシャさん」
「姿を消せ」
「あら、何故かしら?」
「分からないか?」
「ええ、わたくしは姿を消すようなことをしておりませんわよ? それにここは魔法使いの関係者が住むエリア。妖精が歩いていても何の問題もありませんわ」
絶対的な自信と風格を纏いながらそう告げるダンティにアーシャは何も言えなくなった。
「わたくしは自身の姿かたちに誇りを持っておりますのよ」
ダンティは優雅にそれでいて堂々と淑女としての歩みを進めていく。
最初は奇異に見ていた住人たちだったがその風格ある姿に圧倒されることになる。
アーシャは諦めてダンティと共に街を歩いていく。
ダンティは迷いのない歩みで進んでいくと、古びた喫茶店の前でダンティ達は立ち止った。
「ここかしら?」
「この店が何だ? 情報屋か何かか?」
「さぁ、分からないわ。けれど、ここのような気がするの」
「はあ?」
意味が分からないと首をかしげるアーシャ。ダンティは古びた喫茶店の店内へと入って行く。
「あ、おい」
アーシャもダンティの後を追った。
☆
喫茶店【アイリス】のマスター、レイドは妖精である。
妖精である彼には仕えていた過去に主君が居た。
アイリスの花の妖精であり、妖精王の一人でもあった。
妖精の寿命は当人の魂の位よって変わる。
一番下の絵本に出てきそうな下級妖精は、一カ月で消えて消滅する者もいる。
妖精王の寿命は数千年生きるとも言われている。
だが、彼の主君である【アイリス】の妖精王は比較的若くして亡くなった。
王が統治していた土地を人間の戦争から守る為に。
レイドが生まれ育ったのは妖精界ではなく、人間界の欧州。
妖精王【アイリス】が統治していた土地だった。
生まれながらにして妖精騎士だった彼は、短期間で烈風の異名で呼ばれるほどの妖精騎士となった。
そんな彼も人間の戦争に巻き込まれた故郷と妖精王を守る為に仲間達と奮戦。
だが、人間の軍隊の爆撃機の編隊に領地は焼き払われ、王は力を失い死亡した。
その後、彼は世界を流浪し、極東の日本へ流れ着いた。
「レイド。このコーヒー酸味が強いわ」
「嫌なら飲むな」
三十代半ばの凛々しい顔立ちで、淡い若葉色の髪の男レイドは常連であり、同じく【アイリス】の妖精王の家臣であり戦友の妖精、セルキー族のセシリーの言葉を切って捨てる。
レイドは知っているのだ。カウンター席に座りコーヒーの味に文句を言う戦友はコーヒーが嫌いなことを。
だから、どれだけ上手いコーヒーを入れても納得しないことも。
「相変わらずね。そんなんだから、このお店はほとんど人が来ないのよ」
「この店は趣味だ。それに常連も居なくはない」
「あら、私のこと?」
「今すぐ帰れ」
なんてことのない日常だった。
騎士として戦い、故郷を失い。全てがどうでも良いと自暴自棄になりここまで来た。
そして、数年前からようやく亡くなった主君の言葉を冷静に考えられるようになった。
『新たな主君を探しなさい。わたくしよりも立派なお方を』
領地を領民を愛した亡き主君以上に立派なお方なんていない。
そうレイドは考えていた。
共に戦い生き残った戦友たちの殆どは妖精界へ。数少ない者たちも既に完全に新しい生活を始めた。
自分の近くに居る妖精の知り合いも大分少なくなった。
戦友の何人かは近くに住んでいるが。
「新しい主君か」
「急にどうしたの?」
「いや、ここ数年考えていたんだ。新しい主君を見つけることなんてないだろうなってな」
「ふふ、そうね。烈風と呼ばれた貴方を召し抱えることが出来るのは本物の王と呼べる人物だけね」
「それはお前もだろう。【嵐の鮫】のセシリー」
「止めてよ、サメだなんて。あいつ等と一緒にしないでよ。私はアザラシの妖精よ」
少し拗ねた様子のセシリーにレイドは穏やかに笑みを浮かべる。
「うん、主君を見つけられないなら、ここで静かに暮らすのもいいかもしれないな」
「……そうね。それも悪くないわね」
けれど、とセシリーは確認するようにレイドに問いかけた。
「本当にそれでいいの? 妖精騎士レイド」
セシリーは気づいていた。レイドの奥底にある騎士としての魂を。
今もまだ、故郷と王を守り切れなかったことへの後悔を抱えていると。
それを完全に消し去るには騎士として再度生きることが必要だと。
「わたしが剣を捧げるほどの人物はこの世界には居ないよ」
何よりも、今この世界は平和だ。レイドがそう告げた時だった。
店の外に気配がした。
それはどこか懐かしい気配だった。
思わず二人が同時に店の扉を凝視してしまうほどに。
そして、店の扉は開かれた。
止まっていた一人の妖精騎士達の時間はこうして動き出したのだった。
☆☆
ダンティが喫茶店に入ると、カウンター席には一人の藍色のロングヘアの美人が座っていた。
彼女の正面にはこの店のマスターと思わしき三十代半ばの凛々しい若葉色の髪をした西洋人のイケメンが立っている。
二人は驚いた表情でダンティを見ていた。
「こんにちは、お店は空いているようだったのだけれど、入ってもよろしいかしら?」
「あ、ああ、いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「二人よ」
「分かりました。どうぞ、お好きな席へ」
やや慌てた様子にアーシャは内心同情した。
アーシャは店のマスターとカウンター席に座る女性客が妖精だと察していた。
いくら妖精でも、いや妖精だからこそ。
店の扉が開いたら、濃い顔のオッサンがウェディングドレス風のドレスを着て店に入ってくるのだ。しかも、淑女のように振舞っている。
誰だって驚くさ。と考えていた。だが、それはアーシャの勘違いだった。
「では、カウンターへ座らせてもらうわ。アーシャさん」
「ああ、分かっているよ」
ロングヘアの女性が座っている席の一つ間を空けた席に座るダンティ。
ダンティの隣にアーシャは座った。
「おすすめのコーヒーを二つ。それと少しお話をしてもよろしいかしら? 少し聞きたいことがあるの」
「か、かしこまりました」
どこか緊張した様子の店のマスターに内心でアーシャは謝る。
少しして二人分のコーヒーが出され、二人はゆっくりとそのコーヒーを味わう。
「とても美味しいわ。コーヒーはあまり飲まないけれど、これなら毎日飲みたいわね」
「あ、ああ。驚いた。あたしは結構飲んでいる方だけど、これは旨いな」
「ありがとうございます」
すっと美しく丁寧な一礼を見せるマスターに内心アーシャは感心した。
自分が使う店の質もあるのだが、丁寧な対応はあまりされたことが無い。
旨いコーヒーを出す店でも、出したらさっさと飲んで帰れ。と言わんばかりな店もそれなりに出会った。
「美味しいコーヒーをありがとう。それで無作法だけれど、お聞きしたいことがあるの」
「はい、なんでございましょうか?」
「【銀の盃】【無頭の蟻】【無色の紙】の構成員が最近日本に入り込んでいるらしいの。何か知らないかしら?」
三つの名前を聞いて、喫茶店のマスターと客の女性は驚き固まった。
どの組織も名のある反社会的魔法組織だからだ。
「どうして、そのようなことを聞かれるのでしょうか?」
「ああ、安心してね。貴方達には迷惑は掛からないわ」
「いえ、迷惑などではありません。貴方様のような高貴なお方が何故? と思った次第で」
アーシャは高貴なお方? と首をかしげ。ダンティは少し迷ったが、店のマスターのレイドに告げた。
「幼い少女の日常を守る為よ」
その言葉に店のマスターと客の女性は眼を見開いた。
「そう、ですか。お二人で行くのですか?」
「ええ、一人でも十分なんだけれど」
「あたしの問題だぞ」
「分かっているわ。けれど、わたくしにも「分かりました」」
ダンティとアーシャの言葉を遮るように店のマスターはこう告げた。
彼はとても丁寧に頭を下げる。
「オーダーを承りました。一時間ほどお時間をいただけませんか? 直ぐに調べてまいります」
「レイド?」
「セシリー、手伝ってくれないか?」
「ええ、いいわよ」
穏やかな表情で、セシリーと呼ばれた客は即座に店の奥へと消えていく。
「ありがとう、お代の方は」
「全て終わった後で」
店のマスター瞳を見て、ダンティは少し困った表情をしたが頷いた。
マスターも店の奥に消えていく。
そして、入れ替わるように赤い肌の妙齢の給仕服の女性と白髪の老執事の二人が店の奥から出てきた。
「ルビアと申しますわ」
「アースと申します」
「一時間は相応に長い時間です、御二方、よろしければ、何かお作りしましょうか?」
「コーヒーの御代わりは、わたくしめが」
「ええ、お願いするわ。アーシャさんが小腹を空かせているからね」
「おい!」
何故か自分の空腹度合いを見抜かれて恐怖を感じるアーシャはダンティに突っ込みを入れた。
そして、一時間後。
喫茶店のマスターのレイドは、ダンティが望む情報を確かに持ってくるのだった。
☆
魔法組織の名前とはその組織の目指す方向性を大まかに表している。
【光の鳥】は元々太陽神ホルスを信仰していた。そこから長い時間と内部抗争で歪み、不老不死を目指す反社会的魔法組織となった。
そして、ダンティがこれから戦おうとしている。【銀の盃】【無頭の蟻】【無色の紙】の三つの組織もまたそれぞれに目標を掲げている。
そして、目的の邪魔をするものを組織は許しはしない。
「見失っただと?」
とまる港の大型倉庫で、アーシャを殺すために集まった男達が時間を潰しているとそんな報告が入ってきた。
銀色の魔術師のローブを身にまとった三十代半ばの男、バルドは銀で出来た西洋の盃を磨いている手を止めて報告をしてきた【無頭の蟻】の幹部スミスを睨んだ。
「私を睨んでも事実は変りませんよ。そもそも、アーシャはとんでもない手練れ。姿くらい消すでしょう。対魔師局の護衛もいるみたいですしねぇ」
白いスーツ姿やせ型の陰険そうな男は嘲笑いながらそう告げる。
「そうだな。それくらいはするだろう。あのメスブタ」
スミスの言葉に同意したのはロッズというフリーの暗殺者だった。
趣味は子供で遊ぶこと。同業者たちからも嫌われている人物だ。
全身をラバー素材の体にフィットする装備を好む為、見た目が無理。とも言われる男でもある。
「それで、これからどうするつもりだ?」
【無色の紙】魔女狩り時代を生き残った魔法組織で、何者にも染まらない。純粋な魔法の道を極めんとする魔法使い組織ではあったが、現在では過激派と呼ばれる魔法組織。
その幹部であるクリスは、少年のように小柄な男を確認をする。
「何故、ボクに聞く?」
「一応はまとめ役だろう? 好きに動いていいのか? それともまとまって動くのか。どうするんだ、ライ」
「うーん。そうだなぁ」
小柄なの男はニヤァっと笑いこう宣言した。
「狩りをしようか」
「狩りだと?」
「そう、姪っ子に会いに来たんでしょう? だったらその子を先にこっちで保護してあげよう」
その言葉に、その場に居たアーシャに恨みを持ち、殺すために集まった男達は笑った。
バルド、スミス、ロッズ、クリス、ライだけではない。大型倉庫内で好きに待機していた悪の魔法使い達も笑い、動き出す。
いくら世界でも有数の実力者であるアーシャであっても、総数百を超える手練れを相手に姪っ子を守り切れるだろうか?
いや、無理だろう。
その場に居た全員の意見は一致していた。
「じゃあ、よーい」
ライと呼ばれた少年のような男は邪悪に笑いながら大きく手を広げ。
「スタート!」
自身の両手を思い切り叩いて合図を出そうとした瞬間。
――ズドンッ!!!
と、大型倉庫の壁が突然吹き飛んだ。
そして、吹き飛ばされた壁の穴から、ヒールの足音を響かせながら、一人の妖精が入ってきた。
「初めまして。わたくしはダンティ。御主人様の命により、皆様のO・MO・TE・NA・SIを任されました。――淑女妖精です」
破壊されたされた大型倉庫の残骸を踏み越えて、ダンティは優雅に挨拶をした。
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