第31話
避暑地での思い出作りは無事に終わった。
牧場でシャナ達と乳牛の乳搾り体験とバターを作ったり、乗馬体験を行ったりした。
怪我もなく本当に、無事に終わって良かったが問題もある。
アーシャ・コムストックと言う女性のことだ。事前にアンネにお願いをして情報を仕入れているが、彼女はかなりの武闘派。
そのお陰で敵も多い。と思っていたら、さっそく使者として送ったダンティが怪しい奴等を捕縛したようだ。
実はダンティは肉体派のように思われるが、魔法の方が得意だったりする。
ステータスでは俺と比べるとかなり弱いという評価になるが、この世界では間違いなく世界最強クラスだろう。
下級の邪神の眷属と戦えることを考慮すれば、復活したばかりの弱体化していたミノよりも強い。
そんなダンティに捕縛されたフリーの傭兵では太刀打ちできないだろう。
ちなみに、捕縛した傭兵達は非常に協力的だったようだ。傭兵達の態度に退魔師局の米沢さんも驚くほどだったとか。
傭兵は信用が大事だ。もちろん、命あっての物種ではあるが、信用にも関わるので、尋問をされても簡単には口を割らない。
さっさと情報を教える奴もいるが。
まあ、そこはダンティが淑女的にゆっくりとお話をしたのだろう。
ダンティは拷問や尋問は得意ではないが、相手の心を解きほぐす方が得意だ。
意外と心を落ち着かせるハーブティーと話術で情報を引き出したのかもしれないな。
「あとは予想通り、DNA鑑定の結果かな?」
「そうですね」
俺は今、縁眼さんの本家ではなく、縁眼さん個人の名義の屋敷で、二人きりでシャナのDNA鑑定の結果を確認した。
洋間のソファで縁眼さんと向かい合って座り、送られてきたDNA鑑定の結果の書類を確認している。
DNA鑑定の結果は、ギリ! 曾祖母くらいの血のつながりがあるっぽい! って、感じらしい。
なんじゃそりゃ? と思ったが事情を知っている調べてくれた先生も意味が分からないと言っていた。
専門家も魔法関係者なのでこのことは黙っておいてくれるようだ。縁眼家の親戚の方だから、情報漏洩は問題ないだろう。
問題なのは、血のつながりが確認できたので、アーシャ氏とシャナを会わせるかどうか。
ま、シャナの意思次第だ。今のシャナなら会いたいと思うだろうけれど。
「会わせるのはいいとしてもその後だよなぁ」
「引き取りたいと希望をしていましたからねぇ」
「アーシャさんが普通の人物で、シャナを保護した小宮夫妻に預ける前なら問題はなかったけれど」
「このアーシャさんと言う方は、方々に随分と怨みを買っているようですから」
アーシャさんは上級に分類される【悪魔】を撃破したこともあるらしい。
この世界ではドラゴンを倒せると小国くらいなら滅ぼせる戦闘力があると考えられるらしい。
で、上級の悪魔は大都市を滅ぼすことが出来るとされている。それを倒せるということは本人も大都市を滅ぼせると。
うーん、この世界結構強い人多くない?
吸血鬼などの種族の王族とか、このアーシャさん。
それと縁眼さんの眼みたいに直接な戦闘力を持たないけれど。高い魔力や才能を持つ者が居る。
うん、この世界で仮に魔王とかが現れても意外とへい……。
「危なっ!?」
「え?」
「いや、何でもない」
うん、何でもない。何でもないぞ!
余計なことを考えるな。そうだ、シャナのこと。シャナのことをどうにかしないとな! うん!
「えーっと、兎に角小宮夫妻。善次郎さんと富子さんに話をしないと」
「分かりました」
さて、監視と護衛としてアーシャさんの傍にダンティを置いているから、その間は襲撃されても問題は無い筈だ。
問題はこれからだなぁ。
「あまりやりたく無いけれど、シャナの為に作っておくかな」
「作る?」
「ああ、シャナの為に」
特別な装備をね。
シャナには平和に暮らしてほしいのだが。仕方が無い。
可能性が低いからといって準備をしないのは馬鹿のすることだ。
「じゃあ、話はある程度まとまったな」
俺は少し考えて、ソファから立ち上がろうとして、縁眼さんから声を掛けられた。
「武様」
「なんだ?」
「その、もう行かれますか?」
寂しげな表情で言われてしまった。
色々と手伝ってもらっているのに、本題が終わったらさようなら。って言うのも薄情だな。
俺は椅子に座り直して、縁眼さんにこう告げた。
「……いや、もう少しだけここでゆっくりしていいか?」
「はい、ゆっくりしていってくださいね」
俺の言葉に頷き、縁眼さんは緑茶を入れてくれた。
うん、流石は名家だ。緑茶も高級品で香りも味も素晴らしいな。
考えないといけないことはあるけれど、少し休憩だな。
俺は縁眼さんと二人で、ゆっくりとお茶を飲みながら静かな時間を過ごした。
☆
認めなくてはならない。
「ふんふ~ん♪ ちゅぱっ。うん、いい味だわ。このベリーソース」
日本のドラゴンスレイヤー。謎の忍者。
「市販のレアチーズケーキだけだと味気ないから、ベリーソースも作ったわ。どうぞ、召し上がれ」
「せめて新妻っぽい白いフリル付きエプロンではなく、普通のエプロンを付けてくれ!!」
この妖精もどきを完全に支配下にしている時点で、忍者は只者ではない。
あたしを監視していた六人の傭兵達を倒すためにホテルの窓から飛び降りて、音もたてずに地上に着地をして、隠蔽をされていた傭兵達を瞬時に見つけ出し即座に全員を抵抗する暇も与えずに制圧する。
まったく、あたしは勝てる気がしない。
そして、ダンティ曰く「御主人様とわたくしのどちらが強い? 御主人様よ。わたくしが百人いても蹴散らされるでしょうね」と、何でもない風に言っていたが、とんでもないことだ。
この化け物が百人集まっても勝てない?!
ドラゴンだってそこまで強くない!
直接な戦闘ではなく、搦め手を使い人を混乱させるタイプではあるが、上級悪魔をあたしは倒した。
それでもその上級悪魔の戦闘力は馬鹿げていた。
瓦礫を投げれば弾丸並みの速度で飛んでくるし、攻撃魔法もまともに当たれば魔力で肉体を強化していても消し炭になる威力の魔法もあった。
あたしは人類でも強い部類だ。そのあたしが手も足も出せないダンティが「自分よりも遥かに強い」と言い切る忍者という男。
「とんでもない男に拾われたみたいだね。あたしの姪っ子は」
「まだ、DNA鑑定の結果は出ていないわよ?」
「そうね」
興味がわいた。出来れば謎の忍者にも会いたいねぇ。
シャナという少女を助けて保護をし、善良な妖精もどきにも主人と認められている。
人類にとって救いとなる人物だと良いけれどね。
近年、悪魔が人間界へ来ることも多くなっている。
何かあった時の為に、忍者に依頼を出すことが出来れば、妹のような悲劇を減らせるだろう。
それに、忍者という存在が日本に居るということが、今魔界からこの地上世界へ出てくる悪魔達への抑止力になるだろう。
己の名を上げるために、忍者を襲いに行くやつはそれなり現れるだろうが。
「ダンティ、あんたの御主人様は傭兵登録はしているのかい?」
「傭兵? いいえ、そのような登録はしていないわ」
「そうか」
残念だ、登録をしているなら、何かあった時に依頼を出せたのだが。
まあ、今はシャナと言う少女だ。
ホテル暮らしも悪くはないが、早く会えないだろうか。
この妖精もどきと何日も顔を合わせるのは出来れば避けたい。
「はい、コーヒー。お砂糖とミルクをたっぷりと」
「おい、あたしはブラックで」
「胃に悪いので、最初の一杯はミルクたっぷりです。あとお砂糖もね」
ぐっ、院長先生みたいなことを言いやがって。
あたしは深く溜息をつくと、差し出されたコーヒーを仕方が無く飲むのだった。
☆
翌日、俺と縁眼さんは小宮夫妻の家へ行き、シャナに「シャナのお母さんのお姉さんが会いたいと言っているけれど会うか?」と聞くとシャナは直ぐに頷いた。
シャナは実の両親についてあまり気にしたことが無いが、母親の姉には興味があるようだった。
親と言う概念自体よく理解していなかったからな。
それと小宮夫妻とも話をしたが、シャナが望むならこのまま娘として育てることを希望してくれた。
アーシャと言う人物の経歴が少々物騒だったことも理由だろう。
小宮夫妻も事前に話は聞いていたので、縁眼さんに色々と聞いていたみたいだ。
こうして、日程などをダンティを通じて、退魔師局の米沢さんとアーシャさんと話し合った。
「これで、一応日程は決まったな」
怪しい連中が動いているけれど、どうするかなぁ。シャナを狙われても面倒だし、先手を打つか?
それに向こうはシャナを引き取りたいと言っているが、シャナは日本に残ることを希望している。
それとなーく、小宮夫妻と離れて暮らしたいか? と聞いたら、シャナが泣きそうな声を出したので慌てて違うからな。と大丈夫だからな。と慰めたのだ。
シャナ的には捨てられる。みたいに思ったのかもしれない。
アーシャさんを狙う奴等を俺達が潰せば押し付ける形だが一応は恩を売れる。
とは言え、俺が見えないところでやっても効果は無いだろう。
「ダンティに任せるか?」
今、アーシャさんが知っている人物はダンティだ。
ダンティは淑女妖精の名は伊達ではない。相手の心を解きほぐすのも上手い。
俺がシャナを引き取るのを止めろというよりは、多少は傍で人となりを知っている人物であるダンティに説得された方が納得しやすいだろう。
やはり今回はダンティにアーシャさんを狙う連中を目に見える形で始末させよう。
その上でシャナと会わせて話し合い、引き取るのを諦めてもらう。
俺は直ぐにダンティと連絡を取り、動いてもらうことにした。
☆
日程がそろそろ決まる。というヨネザワの連絡を聞いて少しだけホッとしながら、ホテルのソファであたしがくつろいでいると白いフリル付きのエプロンをはためかせながら、軽く掃除していたダンティが「あら?」と右手を頬に当て窓の外を見た。
あたしもそれにつられて窓の方を見てみると青い小鳥が窓の外でぱたぱたと飛んでいたのでダンティが窓に近づき、窓を開けて青い小鳥を入れてやる。
「おい、それただの鳥か?」
「いえ、御主人様の使いのようね」
その言葉にあたしは肝が冷える。
小鳥サイズの偵察用の使い魔なら、まだいいが。自爆するタイプの使い魔や魔法だった場合そのまま奇襲を受けていた可能性があった。
あたしも相応に感知魔法や魔法的なモノへの直感は鋭いと思っていたが、青い小鳥はダンティが気が付くまであたしは気づくことができなかった。
――妹の娘に会えるからと言って油断していた? いや、身体に染み付いた経験はそんなに軽くはない。
監視に気づけなかったが、距離が距離。しかもホテルの近くに作られた自然公園にそれなりの偵察特化の傭兵達。
気づいたダンティが異常なのだ。
とは言え、気を引き締めないとな。
そう思いながら、ダンティは飛んでいた小鳥に「こっちよ」と言うと、小鳥はダンティの人の喉くらいなら突き刺せそうな、太い人差し指の上に止まった。
そのまま小鳥はチュンチュンと可愛らしく鳴き始めた。
「ふむふむ」
「チュンチュン」
「あら、そうなの?」
「チュンチュン」
「ふんふん、なるほどね。分かりましたわ」
小鳥がチュンチュンと鳴くと軍人のような顔つきの男が、可愛らしく漢らしい低い声で淑女のような喋り方をするのだ。
ホテルの部屋でくつろいでいたのに、眼の前で温和そうな美人の女性なら絵になりそうなことをダンティにされて、あたしは何とも言えない気分となる。
「ちょっとお仕事に行ってくるわ」
「仕事?」
「ええ、シャナちゃんとの面会に変な邪魔が入ると嫌でしょう?」
ダンティの言葉にあたしは何も言わずに立ち上がった。
「あたしも行くぞ」
「あら、お客様なのだから別にいいわよ?」
「いや、自分のケツは自分で拭ける。目障りなハエの居場所はどこだ?」
「うふふ、淑女がそのような言葉遣い駄目よ。けれど、そうね。せっかくだから、一緒に行きましょうか」
お手並み拝見ってことか。
「いいだろう。見せてやるよ。あたしの実力をな」
「ええ、楽しみにしているわ」
バチン。と何故か異様に様になっているウィンクを飛ばしてくるダンティを殴りたい衝動にかられながら、あたしは出かける準備をした。
「さて、今日はどんな服を着て行こうかしら」
「ごめん、やっぱり別行動させてくれ」
あたしは真顔でダンティにそう言った。
ダンティと二人で街を移動するのは勘弁してほしいな!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます