第28話


麻山が自身の使い魔のスキュラことクトゥルーを生み出した翌日、麻山がイオンと夏休みの宿題をする約束をしているので、俺はアンネローゼの屋敷へ行くことにした。


昨日の夜に約束をしていたので転移で俺の転移先専用になった部屋に飛ぶと既に待機していたアメリアさんが俺を出迎えてくれる。いつもご苦労様です


そのまま、俺は客室へ案内される。既にアンネローゼと縁眼さんが部屋でお茶を飲みながら雑談をしていた。


俺は二人に挨拶をして、さっそく本題に入ることにする。


「麻山の使い魔だけど、無事に誕生したぞ」

「へー、それはおめでとう。魔法使いじゃない人間が使い魔を作るのってかなり難しいんだけれど、無事に作れたのね」

「おめでとうございます。流石は武様の魔力です。魔法の素養が無い方が使い魔を作るのは難しいかと思いましたが無事に産み出せるとは」


アンネローゼと縁眼さんの言葉通り、魔力が無い人間が本来は使い魔を生み出すことはできない。


別の人間の魔力を使えば、弱い使い魔を作るのでも、難易度は跳ね上がる。


本来なら何度も失敗してもおかしくないが、俺の場合はスキルとレア素材があるのであっさり成功した。


イレギュラーだが、中身が自分から使い魔の身体に入ったお陰でもあるがな。


「麻山が水泳をやっていたから、水に関わる使い魔だと思っていたけど、その通りになったぞ」

「水に関わる使い魔? 武が関わっているなら、……もしかしてアクアドラゴンとかじゃないでしょうね?」

「アンネ様、流石にそれは」

「じゃあ、縁眼はなんだと思うのよ?」

「そうですね。麻山様がイメージを作るのですから、ペンギンとかでしょうか? 本来なら難しいですが、武様が関わっているなら」


縁眼の言葉に「あー、なるほどね」と納得するアンネ。


「どうぞ、レモネードです」

「ありがとう、アメリアさん」


アメリアさんは最近、俺がレモネードを好んで飲んでいるのをリサーチしているようだ。

有難いと思いながらレモネードで喉を潤してから、麻山の使い魔が何なのか教える。


「スキュラだったぞ」

「それは随分、レアな使い魔になったわね」

「凄いですね。魔族のスキュラと同じ性質ですか?」


俺の言葉に二人は本当に驚いていた。


「魔族のスキュラと会ったことが無いから分からないが、下半身がタコで上半身は美少女で、水系と闇系の魔法が使えるな」

「特徴は一致しているわね。けど、闇魔法?」


首をかしげるアンネ。この世界のスキュラがどんな魔族なのか知らないが、もしかしたら水系の魔法しか使えないのかもしれない。


可能であればこの世界の魔族とも会って話がしたいな。


そういえば、アメリカに行った時、魔族に出会わなかったな。多民族国家だから会えるかと思ったが。


「そういえば、魔族と出会ったことないけど、どこにいるんだ?」

「え、カテゴリー的には私も魔族だけど?」

「あっ、そうか吸血鬼も魔族だったな」

「うん、人類で人間だけどね」


ちなみに、この世界の魔族の定義は種族全体のほぼ全てが生まれたながらに魔力を保有している。ことが条件らしい。


昔は悪い意味での魔の一族的な感じだったらしい。


「欧州でも魔族系の使い魔は数が少ないですけど、大丈夫でしょうか?」

「まあ、狙われても大抵の輩は返り討ちだろうな」


縁眼さんは心配していたが、まず大丈夫だろう。手加減しているとはいえ膨大な俺の魔力+ソシャゲで言うところのSSRやURクラスの素材てんこ盛り+中身クトゥルーに勝てる相手は限られてくる。


「強さ的にはどれくらいなの?」

「スカルドラゴンもかなり強かったが、五体くらいなら同時に相手をしても勝てるな」


ステータスだけなら、スカルドラゴンが十体襲い掛かってきても勝てるだろうが、保有魔力と燃費が悪すぎるからな。


「あ、相変わらず、デタラメね」

「個人の護衛としては破格ですね」


呆れるアンネ、縁眼さん、それと壁際で気配を消しているアメリアさんも飽きれている雰囲気を出している。


「これ、報告できないですね」

「そうですね。報告したら、上の心の弱い人が混乱した後に暴走する輩が一人や二人出てくる可能性が高い。自分達の制御下に無い戦略兵器が自由になっているとか普通の者には耐えられないかと」


縁眼さんがアメリアさんに声をかけると、アメリアさんは冷静にそう答えた。


「そんなにヤバイ?」

「控えめに言ってヤバいわ。それで他に何かあるの?」


俺の問いにアンネは疲れた表情でそう聞いてきた。


まあ、俺の懸念は縁眼さん達だ。縁眼一族が不用意にスキュラもといクトゥルーを観てしまったら大変なことになるからな。


「あ、縁眼さん」

「何でしょうか?」

「一族の皆に何があっても、絶対にスキュラのスーちゃんを観るな! と言っておいてくれ。危ないから」

「…………分かりました。何か切り札を持たせているのですね」


不安げな表情の縁眼さんに俺は何でもないように答える。


「いや、切り札とかじゃなくて、中身を視たら多分発狂死すると思うから」


「「「…………」」」


重苦しい沈黙が数秒部屋を支配して、最初に口を開いたのはアンネだった。


「ちょっと待ちなさい。それは絶対スキュラじゃないでしょう?!」

「スキュラだぞ?」

「いやいや、信じられないって! ハッキリしなさい!」

「アンネローゼ様、落ち着いてください」


嫌な予感がしたのか、アメリアさんが慌てて、アンネの傍に駆け寄りアンネの口を塞ぐ。


「言った方がいいか?」


俺の言葉に再び重苦しい沈黙が訪れる。

アンネは溜息をつき、縁眼さんは遠い目をして、アメリアさんは人形のように無表情になった。


「覚悟が出来たわ。教えて」


アンネの言葉に縁眼さんとアメリアさんも頷いたので、俺はちょっと茶目っ気を出しながら答えた。


「クトゥルフ神話のクトゥルーを産み出しちゃった」


テヘって、やりたかったけど流石にキャラじゃないので自重した。


俺の言葉にアンネは眼を見開いて固まり、縁眼さんはそっと両手で顔を覆い。アメリアさんは何事もなかったかのように部屋の壁際に移動して空気になった。


「……いろいろ言いたいことがあるわ。え、存在するの? クトゥルフ神話のクトゥルーって」

「そんな筈は、創作物ですよね。あれって」

「アメリア、こっち来なさい。私関係ないですって顔しても無駄よ。この場で話を聞いた以上は巻き込みむわ」

「はぁ~、はい。もう、分かりましたよ!」


アメリアさんが渋々こっちに来て話に加わる。珍しい態度だな。むくれてちょっと可愛い。


アンネと縁眼さんもどうにか呼吸を整えて気持ちを落ち着かせる。


「俺から質問だが。この世界ってクトゥルフ神話の旧神とかあの化物って、創作物なんだな?」

「当り前よ。ギリシャ神話でも滅茶苦茶していた神々が地上にいたのよ? その神々の伝承にも出てこないのだから、居ないと言う認識よ」

「過去神々の寵愛を受けた者達が色々と質問を投げかけ答えてくれた情報は書き残しているんです。もちろん、紛失してしまったものもあるでしょうが。クトゥルフ神話の痕跡は欠片もありません」

「あまりにもその界隈でクトゥルフ神話がヒットした時に怪しいとなって、色々な勢力がかなり念入りに調べておりますね。本当にクトルゥフ神話のような存在が地球に存在するなら、人類滅亡する可能性がありますから」


アンネと縁眼さんの説明に、アメリアさんがそう付け加えた。


「だから、武が言うクトゥルーって言う存在が神話のような力を持つならシャレにならないわね」

「安心しろ。神の力は持っていないな。それに、こちらを慕ってくれている半分くらいだが」

「半分って、それは大丈夫なの?」

「基本的な特性はクトゥルフ神話のクトゥルーに近いな。だが、まあ、そこまで強くないな」

「スカルドラゴンを倒せるのに、そこまで強くないって」


アンネが俺の言葉に半ば呆れる。まあ、アンネ達基準だと強いのか。


「ま、中身がクトゥルーだから、下手に視ようとすると危ないから、縁眼さん一族には通達お願いね。まあ、滅多に縁眼さんの一族の前に現れるとは思わないけれど」

「分かりました。私も一族の者達を守りたいので、しっかりと通達を出しましょう。


縁眼はこの時、スキュラだけではなく、武と武の関係者を【みる】ことを全面的に禁止を出した。


少々手間だったが、結果としてそれは良い判断だった。


「武様。我々が認識していなかった存在をどうやって使い魔として産み出したのですか?」


アメリさんの言葉に俺は教えたくないなぁ。と思いながら禍々しい杖もとい【吸魔の杖】を取り出した。


すると、


「――うひゃぁっ!」


滅茶苦茶可愛い悲鳴を上げながら、縁眼さんがソファから転がるようにして杖から距離を取った。


「えん「な、なななん! なんですかっ、それは!?!?」え?」


アンネとアメリアさんも、【吸魔の杖】を見て眉を顰めているがそれだけだった。


だから、俺とアンネ、アメリアさんの三人は不思議そうな表情をして、杖から距離を取った縁眼さんを見る。


「の、呪い! いえ、邪気?! 違う、ええっと、深淵とも言える深い、ふっかーい!! 闇そのモノじゃないですか!!」


縁眼さんの焦った叫びに、アンネとアメリアさんが慌てて杖から距離を取る。


そんなゴキブリが現れたみたいに引き下がらないでくれるかな。


見た目は悪いけれど、よく見ると結構この杖は可愛いデザインなんだぞ? デフォルメされていないから、リアルだけれど。


「そんなに危ないのこれ?」

「危ないなんてものじゃないですよ!! 世界規模で対応しないと危ないものです!! それは!!」

「そうか、便利な杖なんだが」


俺は何事もなく杖を仕舞うと、縁眼さんが慌てて俺に駆け寄ってきて、自分の眼の力を全開にして俺の身体を確認する。


随分心配させたみたいだな。


「だ、大丈夫ですよね? どこもおかしくなって……。おかしいのは元々ですね」

「意外と言うね。縁眼さん」


真顔で俺の事を可笑しいと言う縁眼さんに、俺は思わず笑ってしまう。でもそうだな。俺ってこの世界基準だと結構非常識なことをしているから、そう言われても仕方が無いか。


「縁眼、それで大丈夫なの武は、呪いとか洗脳とか」

「ええ、問題ないようですね。武様も今私に見られることを許してくれているのである程度見えていますが、見える範囲では呪いの欠片もないです」


縁眼さんの言葉にアンネとアメリアさんがホッと安堵の息を漏らした。


「良かったわ。もしも、武がそのヤバイ杖に呪われたり、洗脳されていたら、本当に打つ手がなかったからね」

「そこまで言うか?」

「言うわよ。武にはヒドラ、ミノタウロス。それにクトゥルーがいるのよ? それに世界でも五指に入る眼を持つ縁眼がヤバイと言う杖もある。仮に武が人類の敵になったら高確率で人類滅亡よ」


あ、そうか、確かにそうだな。ミノタウロスは全盛期でも一応、倒せそうだけれど。クトゥルーがなぁ。


対象を恐怖や発狂させる力があるから、結構大変か。


「ま、安心しろ。あの杖はただの杖だ」

「あの杖の触手結構動いていませんでしたか?」

「そういう仕様だ」


縁眼さんの言葉にそう返すと、もう疲れたっていう雰囲気を出しながら縁眼さんはさっき座っていたソファに戻った。


「ま、そう言うわけだから、麻山の使い魔のスキュラのスーちゃんには深く突っ込みを入れないように」

「分かったわ」

「ええ、分かりました。一族にしっかりと通達しておきます」

「はい、私も部下の侍女たちにも改めて深入りをしないように通達を出しておきます」


こうして、麻山の使い魔の説明は終わった。

色々と問題はあるが、まあ、何とかなるだろう。ならなかったらヤバいけど。


「ああ、それと縁眼さん。今週の土日からシャナと小宮御夫婦と避暑地へ行く約束だけど」

「はい。準備はできていますよ」

「でも、良かったのか? 急に麻山とイオンちゃんとミノとスーちゃんを連れて行くことになって」

「大丈夫ですよ。寧ろ、小宮御夫婦は喜んでおりましたから」


思い出したので、今週の土曜日のことを確認すると、途中で一緒に行くことになっていたアンネが悔しそうな声を出した。


「くぅっ、避暑地かぁ、良いなぁ。公務が入らなければ一緒に行けたのに!!」

「諦めてください。流石に外せませんからね」


アンネは残念そうにバンバンとテーブルを叩く。するとアンネは行儀が悪いとアメリアさんに背中を叩かれている。


「すまないな、アンネ。お土産は買ってくるからな」

「はい、必ず買ってきますから」


俺と縁眼さんの言葉に羨ましそうにこう言った。


「うぅ、ありがとう。日本らしい夏休みが出来ると思ったのに」

「代わりと言っちゃなんだが、例のチケット取れたから、夏の同人イベントの前のライブに行こうぜ」

「うん、絶対よ。でも、ライブは縁眼はいいのかしら?」

「はい、そのライブのように人が多いと嫌なものが多く見えてしまうので」

「そっか、悪いわね。なんか」

「いえ、その分避暑地で楽しんできますから、色々と」

「……いい度胸ね」

「何がですか?」


眼に見えないバチバチと火花を散らす二人。あっちに呼び出された最初の頃は、こういう修羅場に遭遇するとかなりビビっていたが。今ではすっかり平気になってしまった。


うーん、成長したと思うべきか、枯れたと思うべきか。


「お二人とも、殿方の前ですよ」


アメリアさんの言葉にアンネと縁眼さんは咳払いをして空気を変えた。


「仲がいいな」

「自然とそう言える武様を私は尊敬いたします」

「褒めてる?」

「はい、褒めておりますよ」


とても良い笑顔で優雅に一例をするアメリアさんに俺は思わず見惚れてしまった。

うん、メイドってやはりクラシカルなメイド服がやはり一番いいな。


俺がアメリアさんをじっくり眺めたせいで、不機嫌になったアンネと縁眼さんのご機嫌を直すのはかなり大変だった。


しかし、避暑地か。

そういう金持ちが行きそうな場所って初めてだな。


俺は改めて、縁眼さんに避暑地へ行くときに必要な物を教えてもらうのだった。


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