第25話
アンネローゼの新しく作られた屋敷の客室で、アンネローゼ、縁眼、麻山の三人がゆったりと乙女たちのお茶会を開いていた。
「昨日、メッセージでお茶会と言いましたが、もう少し生臭い話をする為にお二人には来てもらいました」
縁眼と麻山の二人を呼んだアンネローゼの言葉に、縁眼は理解していると頷き。麻山は困惑している。
ミノタウロスの復活騒動から、三日ほど。事後処理は終わり日常に戻った麻山は顔を合わせた時に連絡先を交換していたが、恐らくほとんど会うことは無いだろうと持っていた。
だが、三日後に話がしたいから来てほしいと言われて驚いた。
既に武からアンネローゼがイタリアの本物の王女であり、吸血鬼でもあることは知っている。
麻山は眼の前にいる人物が本来は顔を合わせて話すことが無い、身分の高い人物ということでかなり緊張していた。
「今日、お二人をお呼びしたのは、私達三人の立ち位置の確認です」
「立ち位置ですか?」
アンネローゼの言葉に麻山は首をかしげる。
麻山は一般人だ。その言葉がどういう意味なのか分からなかった。
「まず、麻山さんは武がどれだけ凄いのか理解しているかしら?」
「え、ええっと、魔法使いで伝説のミノタウロスを倒した」
「そのミノタウロスがどれくらい強いか分かるかしら?」
縁眼の問いに麻山は首を横に振った。
「復活したばかりとは言え、ミノタウロスと言う伝説にもなる怪物を単独で倒せるのは伝説上の英雄と同じくらい強いの。現代の感覚で言うとアメリカのアメリカ海軍の第七艦隊とが敵になった感じかしら?」
「アメリカ海軍の第七艦隊?」
「アンネ様、一般人ではイメージしにくいかと。そうですね、東京を吹き飛ばせる弾道ミサイル。と言えば分かりますか?」
「あ、それなら何となくイメージが出来ます」
アンネローゼの例えに困惑する麻山を見て、縁眼はそう例えた。麻山も何となくイメージが出来た。
テレビやレンタルの映画などの街にミサイルや爆弾が投下されるシーンを思い出す。
「ミノタウロスって、そんなに強かったんですか?」
「強いわ。伝説の戦いが行われたと思わしき場所の発掘調査などで、伝説の英雄や怪物は現代のミサイル並みの威力の攻撃をお互いに繰り出していたことが分かっているわ。仮に日本がミノタウロスを倒すとなると、恐らく自衛隊の陸上部隊はほぼ全滅するわね。ミサイルや爆弾は魔力をあまり込められないから」
「あと神威は人間が抗えない力の一つです。あれを使われた時点で、効果範囲内の兵士は何もできずに一方的に殺されたでしょうね」
二人にそう言われて、初めて麻山は武が規格外だと理解した。ミノタウロスを一方的にボコボコにして、封印まで行っている。麻山が初めて魔法を使える人物が武となったことで、麻山の魔法使いのイメージが武のようなことが、普通に出来るのだと考えていたがそれを改めた。
「武先輩ってどれだけ強いんですか?」
「「世界最強ですね」」
アンネローゼと縁眼の二人は同時にそう答えた。
「最強……?」
「ええ、今回の一件でハッキリと分かったわ。武は世界最強よ。多分勝てるのはわたくしのお父様やお爺様が命を捨てる覚悟を持たない限りは勝てないわ」
「ミノタウロスの神威を前に何事もなかったかのように攻撃する。ありえないことです。日本全国の達人達でもミノタウロスの神威の前にはまともに戦えなくなるでしょうね」
最近まではボッチのオタクだと思っていた先輩が、王女と由緒正しいお嬢様の二人から世界最強だと教えられても意味が分からないとしか答えられない。
「いきなり言われても理解できないでしょうけど。そういうモノだと理解して。まずはそこを理解してもらわないと話が出来ないわ」
「わ、分かりました。武先輩は魔法使いで世界最強と」
「ええ、それでいいわ」
アンネローゼの言葉をどうにか理解し、そう答える麻山。
「ここからが、本題。武は正体を隠しているけれど、既に名前が知れ渡っているわ」
「ええ、世界中の反社会的魔法組織やまっとうな魔法組織なども、命を狙われることもあれば、懐柔しようとしてくる者もいるでしょう」
「そこで、私と縁眼は手を組んだの」
「手を組んだ?」
「ええ、これから現れるだろうハニートラップ要員の排除または味方につける為に」
その言葉に麻山驚く。
「は、ハニートラップって、その女性が男性を誑かすことですよね?」
「ええ、そうよ。正体不明の忍者だけれど、既に相当数の女性工作員も確認されているわ」
「武様はそういうことにも慣れているのでしょうが、お優しいので来るもの拒まずになりそうなので」
「え、ええ!? た、武先輩がそういうのに慣れてるって……」
慣れているという発言に頬を赤くする麻山。ボッチのオタクな先輩であった武から想像が出来なかった。
「人狼族の侍女から既に確認してもらったわ。極僅かだけれど、かなりの人数の女性の匂いが残っているそうよ」
「じょ、女性の匂い」
教えられた情報に驚く麻山に縁眼が追加でこう伝えた。
「武様は恐らく過去に複数の女性をあてがわれたのでしょうね。私がそういう意味でも武様の元へ来た時も落ち着いていらしたから」
「……」
縁眼の言葉に麻山は動けなくなった。最近転校してきた美人な先輩から、自分はそういう目的で武の元へ送り出されたと聞かされて、どうしたらよいのだろうと悩んでしまったのだった。
「大分驚いているようだけれど、ここからが本番よ」
「本番?」
「そうよ。麻山さん、貴女はこれから武とどういう関係を目指すのかしら?」
「ど、どういう関係と言いますと?」
「ただの友達? それとも男女の関係?」
ストレートにアンネローゼに聞かれてしまい、麻山は何も言えなくなった。
少し麻山に考える時間を与えた二人は、口を開いた。
「麻山さん、先に行っておきますが。魔法業界は産めよ増やせよの精神です」
「産めよって」
「はい、アンネローゼ様の言う通りです。それだけ、魔法が使える人材が必要であり。魔法の関係者には一夫多妻が普通です」
「ふえっ!?」
「今回のようなことがいつ起こるか分かりません。一夫一妻だと冗談抜きで魔法使いは世界からいなくなります。それだけ、強い怪物との戦いでの戦死する可能性は高いのです」
「だから、強い魔法使いの子供を作ることを魔法業界は求めているの。もちろん、私が武の傍に居ようとしているのは個人的な感情が理由だけれど」
「ええ、義務だけで、武様の傍に居るつもりはありませんよ」
「…………そ、そうですか」
「本当にただのお友達なら、それでいいわ。けれど、もしも少しでも武と恋愛関係になるなら。覚悟はしておきなさい」
「覚悟?」
麻山の言葉にアンネローゼと縁眼はしっかりと頷いた。
「将来はどうなるか分からないけれど、武の正体が魔法関係者に世間にバレた時は貴女の命を狙われることになるわ。武はそういう時の為に手を打つでしょうけれど」
命と言われて麻山の心は何も感じなかった。
「そうですか」
何も感じなかった理由は、強大な力を持ったミノタウロスの神威を受けたことによる悪影響だった。
ミノタウロスが目の前に存在することに比べれば、眼の前に居ない暗殺者はイメージが出来なかったわけだ。
「えっと質問です」
「ええ、いいわよ」
「なんでしょうか?」
「お二人は、将来は武先輩と?」
「妻にしてもらうつもりよ」
「同じく、けれど大学を卒業までゆっくりと考えろと言われたわ」
アンネローゼと縁眼の言葉を聞きながら、麻山は考える。
「お二人は何故、武先輩に?」
「私は暗殺者から、武に命を助けれたから」
「私は誘拐されたところを武様に助けられました」
「ええ……」
命の危険から助けてもらった人がまだ二人もいたことに麻山は戸惑った。
「もしかして、武先輩って女の子が危なくなると助けに行くタイプですか?」
「ええ、そうよ」
「覚悟した方がいいわね。増えることに」
麻山の心の中で、武と言う男の子は気になる存在だった。
ミノタウロスが復活し目の前に絶対的な存在が現れ絶望した。
それを助けたのが武だった。その時の武は理解不能な存在だったが。ミノタウロスを封印した後は普段の武だった。
その普段通りの武が、危なかった自分を何事もなかったかのように助けてくれたことを思い出し。
「うん、そうですね。傍に居ると安心できる男性ですね。ずっと傍に居てほしいと思います。けど、これってもしかして、吊り橋効果ってやつなんでしょうか?」
「良いんじゃない? 吊り橋効果」
「ええ、私もいいと思いますよ。誘拐された時の不安と恐怖から解放してくれたのは間違いなく武様ですから」
それに、っと縁眼はこう言った。
「単純かもしれませんが、自分の危機の時に助けに来てくれる殿方を嫌いになる女はいないかと」
「そうですね。はい、うん。武先輩のこと、私は好きですね」
「独り占めできないわよ?」
「ええ、でも、お二人は諦めていないでしょう?」
アンネローゼと縁眼の言葉に麻山はそう返し、アンネローゼと縁眼は麻山に微笑んだ。
「うわぁ、怖い笑みですね! けど、お二人には負けませんからね」
「ええ、それでいいわ」
「私も異論はありませんわ」
そこからの三人のお茶会はとても乙女らしいものだった。
ただ、そこにお茶菓子を追加で持ってきた新人の普通の侍女の少女は「三人の雰囲気がとても怖かったです」と先輩の侍女に相談していた。
この日、三人は知り合いから、同じ男を好きな同性の友達となったのだった。
〇
世間の学生は夏休みに突入した。
クラスメイト達はそれぞれ、遊びに行く話や予備校通いだよ。などといった雑談に花を咲かせている。
縁眼さんもクラスメイトの仲の良い女子生徒達と話をしている。
縁眼さんは今年の夏はクラスメイトの女子達と遊びに行くとも言っていた。
楽しんできてくれ。と願ってしまう。どうしても魔法というか、殺伐とした世界に足を突っ込むと普通の日常の存在がとても貴重だと分かってしまう。
勇者達も休める時は徹底的に休んでリフレッシュしていた。
元の世界の歌を熱唱したり、女子風呂を覗きに行って返り討ちに合ったり。
賭けをして大敗して、酒に酔った勢いで周りの人間巻き込んで、フンドシ一丁で歓楽街を踊りながら練り歩いたりしていた。
まあ、あまりにも風紀が乱れた為、当時の教皇。通称お婆ちゃんがブチ切れてアホなことをした勇者達をちぎっては投げ、ちぎっては投げていたが。
うん、アレも今思えばかけがえのない、平和な日常の一ページだったな。
俺は教室の窓の外を眺めながら、懐かしい気分に浸っていると、教室の後方の空いたドアから、俺の名前を呼ぶ声がした。
「武先輩!」
「おや?」
俺の名前を呼んだのは麻山だった。珍しいな、というか初めてか。二年生の教室に来たのは。
俺はどの道にこのまま家に帰るだけだったので、スクールバックを肩にかけ、麻山の居る出口へと移動する。
「どうした? 俺はこれから帰るところだが」
「あ、じゃあ。ちょうど良かった。一緒に帰りましょう」
「ああ、いいぞ。行こうぜ」
俺はスマホを取り出して、縁眼さんにメッセージを送る。
――お先に、またな
それから少しして縁眼さんからの返事は「分かりました。お気をつけて」と返事が来た。
教室を出る時に気づいたが、俺のクラスメイト達は麻山と俺を結構見ていた。
「うーん、もしかしたら、勘違いされたかもしれないな」
「え、何がですか?」
「クラスメイト達が麻山と俺を見ていたからさ。もしかしたら、変な勘違いをしたかもしれなって話だよ」
「ああ、そんなことですか」
どこか他人事のようだけれど、大人びた表情でそう言う麻山。心に余裕が出来たのか? 何となくだけれどそう感じた。
「あ、それよりも、帰りにどこか寄りませんか?」
「どこか?」
「はい、その夏休み結構スケジュールあるんですよね?」
「まあ、そこそこかな。まったく余裕が無いわけではないが」
「それなら、今日と空いている日は私と遊びましょう!」
魔法と言う隠し事が無くなったからか、前よりも麻山はグイグイくるようになった。
今思えば前はどこか一線を弾いていた印象だったが、ソレが無くなったな。
「そういえば、イオンちゃんはいいのか?」
「はい、今日はクラスで仲良くなった女の子のお友達と遊ぶと言っていました」
「そうか、それは良かったな」
麻山の話だと前のイオンちゃんは、内気と言うわけではないが、控えめな性格だったようだ。
それでミノタウロスの一件で神威をその身に浴びて、畏怖という概念を知り。
ミノタウロスを叩きのめす、俺と言う武力を知った。
その結果、麻山と同じように心に良い意味で変化が起きたらしい。
今まで通り可愛い子らしいが、麻山曰く「勝ち負け関係なく、全力でプールの試合を終えた後、視野が広がると言いますか。成長したことを実感するといいますか。多分イオンちゃんもあのシンイ? オーラ?を受けて成長したのではないかなって」とのこと。
うーん? ああ、死線を潜り抜けた感じか。スキルを手に入れたわけでもないのに、何故か戦闘が上手くなったことは多々ある。
一皮むけるというか。ミノタウロスの神威を受けて麻山とイオンちゃんも精神的に一皮剥けた感じか。
「やはり、男の子よりも、女の子の方が成長が早いな」
「なんですかそれ、オッサン臭いですよ」
「――ぐはっ!」
自然に出た言葉がオッサン臭いって! ヤバイ、思ったよりもダメージが入った。
俺、もしかしてオッサンになったのか? いやいや、まだ早い。焦ることは無い! 俺はまだ高校生だ。
「だ、大丈夫ですか? 武先輩」
「大丈夫、ええっとこの話は止めよう」
「あ、はい」
「それで、麻山は行きたいところあるか?」
「そうですね」
その後、麻山の提案で新しくできた美味しいスイーツ店。いや、カフェなのか? に行くことになった。
思ったよりも値段も手ごろで、これなら高校生でもテストの後や今日みたいに夏休み開始の日などに集まっていくにはちょうど良いだろうな。
「それと明日から、夏休みの課題と魔法のことを教える。それが終わったら麻山の使い魔を作るから」
「はい、分かりました」
俺は麻山と雑談をしながら、麻山を家まで送りそのまま家に帰った。
明日から夏休みだ。
「…………――っ!? 無だ! 無の心だ!!」
危なかった。今、俺は余計なフラグを立てるところだった。
周りに誰もいないな。深呼吸だ。
俺は今息を吸っている。俺は今息を吐いている。
ゆっくりと深呼吸をしながら、俺は心を穏やかにする。
そして、何も考えず、家に帰って寝た。フラグになるようなことは考えない。言わない。
あっちの世界で学んだ大事なことだ。
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