第21話
夏休み前に、霧崎家と嘉十家と顔を合わせることになったが、それ以外は平和な日常が続いていた。
召喚される前の俺だったらオタクっぽく、夏休みは大型の同人イベントくらいしか行くところは無かったが、今年はそういうわけにはいかなくなった。
大型同人イベントは行くけれど、アンネとアメリアさんも一緒に行くことに。
とは言え二人は立場がある。前に渡した魔法道具の変身の腕輪をもう一つ用意し、三人で行くことになった。
俺達はコスプレはしないが、アンネがいつかやりたいと気合を入れていたので、そのうちコスプレデビューしそうだ。
それと縁眼さんと夏の避暑地。縁眼家の別荘で数日過ごす約束をした。
泊まりって、流石に露骨では? と思ったがどうやらシャナ達、家族も来るらしい。
少しずつ社会に慣れてきて、避暑地として人出が多い場所へシャナを連れて行き、慣れさせようということになったらしい。
シャナを引き取ってくれたご夫婦は都会に近い場所に住んでいるが、まだシャナは学校に通えていない。
そのことを踏まえた、お誘いだ。
俺としても保護して治療した後、育児は別の人に任せきりにしてしまったので、シャナの成長の為なら否は無い。むしろ歓迎だ。
うん、リア充っぽい夏休みになりそう。
とは言え、海やプールは行けなさそうだな。
ちょっとだけアンネとアメリアさん、縁眼さんと海やプールにっとは思ったけれど、アンネは立場と行くなら警備が。縁眼さんもあまり海やプールはいいけど、人出が多い場所は駄目らしいし。
「武先輩は今年の夏はどうするんですか?」
「あ? まあ、夏のイベントとか、知り合いの別荘かな」
午前の授業が終わり、今日はクラスメイトの女子達ではなく、俺と昼休みに一緒に飯を食べることを選んだ麻山と学食の端っこで弁当を食べる。
ちなみに、俺と麻山が食べている弁当は俺が作った物ね。
なんか、メッセのやり取りで上手く俺が弁当を作るように話を持っていかれてしまったよ。
「オタクのクセに意外とスケジュールあるんですね」
「お前な、明日の弁当作らねぇぞ」
「すみません、ごめんなさい。明日もご飯が食べたいです」
「オタクだろうが、なんだろうが、夏休みなんだ。少しは予定くらい組むだろうに」
即座に謝る麻山に俺はそう告げる。
誤解されそうだが、オタクはだろうがスケジュール作るヤツは作るだろうよ。
「まあ、そうですね。私も今年は部活動辞めたので、大会も無いですし、開放的な夏休みになりますね」
「そうだな、どこか一緒に行くか?」
「さらっと私を誘ってきますね」
俺の誘いに意地の悪そうな表情を浮かべる麻山。
「あ、予定があるか?」
「いいえ、違いますよ。なーんで急にそう言うことが平気で言えるようになったんですねー」
急に唇を尖らせて、拗ねたようにそう言う麻山。
確かにゴールデンウィーク前は、童貞のただのオタクだったからな。
まあ、嫌でも慣れるさ。十年も死が隣合わせ、邪神戦の中期から常に死にまくりの戦場で、自分や家族の身を護るために、勇者に寄ってくる女達を相手にすればな。
まあ、殆んどの記憶は消されたり、ボヤかされたりしているが。
「そういえば、イオンって女の子に夏休みも勉強教えるのか?」
「はい、もちろんですよ。せっかく仲良くなれましたから。それにお友達が出来たようですが、夏休みに入ると会えない子もいるらしく」
「住んでる場所とか、色々夏休みで出かけたりお盆もあるからな」
「今のところ大きな予定は夏休みの課題くらいですからね。イオンちゃんと時間を合わせてって感じでしょうか?」
「そうか、ま、暇なとき連絡してこい。どっか連れて行ってやるから」
「はい、その時はお願いしますね」
それから俺は麻山と雑談をしていると男女グループが此方にやってきた。
見たことのない顔だな。と思っていると麻山も気づいた。だが、そこには嫌悪感とかが無いので仲が悪いわけではなさそうだ。
「よぉ、麻山」
「うっす、水無月」
水無月と呼ばれた男子生徒は麻山に挨拶をした後、俺が二年生だと気づいたのだろう。「こんちゃっす」と挨拶をしてきたので俺も「こんにちは」と返答しておいた。
それから、水無月と呼ばれた男子生とそのメンバーが少し話をしたのだが。
「ごめんね、夏休みは武先輩と予定があるんだ」
「あ、そうなんだ」
メンバーの一人の女の子へ残念そうに告げる。メンバー全員がちょっと残念そうだ。
「良かったら、また誘ってね」
「ああ、分かった。またな」
トラブルもなく、俺達の所から離れていく男女のグループ。
「良かったのか、まったく遊べないわけではなかっただろう?」
「いえ、実は遊びに誘われた日にちはイオンちゃんに勉強を教える日でしたから」
「あー、そっか。それなら仕方が無いか」
「それに」
と麻山がそう言ってスマホを触り始める。俺は自分のスマホを取り出すと直ぐに麻山からメッセージが来た。
――あのグループはその結構、チャラいグループなんで
――ノリに着いていくのが大変だと?
――悪い人たちではないんですけどね
やっぱり、リア充達も大変なんだな。そんなことを考えていると麻山から追加のメッセージが来た。
――でも、夏はやっぱりどこか行きたいですね。海とかプールとか。
――そうだな。学校の連中に見つかるのもアレだから、少し遠くの花火大会でも行くか? なんなら、イオンちゃんも連れて行くか?
――いいんですか? あ、でも、イオンちゃんが武先輩を怖がるかも。
「ま、そうなったら、そうなったで別を考えよう。何処に行くかはまた話そう」
「そうですね」
こうして、俺は夏休みに麻山と遊ぶことになった。しかし、イオンちゃんね。もし相性がよさそうなときはシャナの友達になってくれたら嬉しいんだが。
そんなことを考えながら、残りの弁当を手早く食べ終えて、俺達はその場を後にした。
☆
休日、俺は家でのんびりしていた。
アンネと縁眼さんも予定があるので、家には誰の気配もない。
家で一人でいることが気楽ではあるが同時に少し寂しいと思うようになってしまったな。
実はここ最近、九州でウミヘビ座の力を使ったお陰で俺の事を探す連中の対応でそこそこ忙しかった。
主に影分身で対応したけれど。スカルドラゴンに続いて、ウミヘビ座の力で生み出したヒドラの大暴れ。
国内外の魔法に関わる連中がまた、ヒドラと関係していそうな、俺を探し始めた。
もちろん、国家公認の組織、日本の対魔師局もだ。
流石にヒドラが人を襲ったことで、色々と面倒ごとが多かったが、結局のところ対魔師局は手を引いた。
その理由は対魔師局の上位組織、対魔省庁の徳守大臣に動いたからだ。
アンネの暗殺未遂と国内へのスカルドラゴンという現代の大都市一つが消し飛ぶレベルの兵器が持ち込まれたことで、対魔師局に所属する職員達は、それはもう大変な目に合った。
しかし、日本人の忍者がスカルドラゴンを秒殺したことで、対外的な日本の面子は最低限どうにかなった。
形式上は俺こと謎の忍者は日本人。
日本にはスカルドラゴンが倒せる人材がいるぞ。ってことになった。
俺も面倒な外交やら、他国とのお話合いに関わりたくないので沈黙した。日本政府側のそういう発言は好きにさせた。
もちろん、必要以上に日本政府が俺の名前を勝手に使ったりしたのなら、話は別だが。
そういうわけでもないので完全に放置。
それとスカルドラゴン討伐の後、問題の一つが、俺こと忍者が日本の対魔省庁に異能力者として登録がなされておらず、どこの誰なのかも分からないこと。
忍者系の異能力者に限らず、異能力者は登録をしていない者が多いので問題はあるが、現在の対魔省庁の徳守大臣も必要以上に騒がず、対魔師局は形式的に俺を探しはしたが、それだけだった。
ま、そうなった理由の一つは、スカルドラゴンを倒した後、俺が難病で余命宣告を受けた徳守大臣の孫の命を助けのが大きい。
小学生の孫が夜に病院のベッドに横になっているところに会いに行き、霊薬。ゲームで言うエリクサー的なモノを飲ませて病気を治した。
そして、俺はその孫に徳守臣への特殊な手紙を渡すように頼んだ。
結果として、対魔省庁からの調査は形だけになり。下位組織の対魔師局にも、徳守大臣の方から、「あまり相手を怒らせないように」と圧力をかけた。
俺もこれで対魔師局もOKだと思っていたら、ヒドラの一件だ。同時に国外からヒドラと忍者を調査に来た連中が増えて、俺は頑張って追い出した。
徳守大臣から、何をしているの? と古い繋がりと徳守大臣の諜報力で、縁眼家経由で連絡が来たので驚きながらも、今度お詫びの品を送ろう。
ちなみに海外からのお客さんは、男ならお稲荷さんに強めにアタックをして縛り上げ、女性なら状況によっては男女平等パンチをお見舞いした。
まあ、悪いことをしていないなら、加減はしたが。それが、ようやく一段落した。
「これで終わりだな」
自宅のリビングのソファに座りながら、戻ってきた影分身を身体に戻して、影分身が見聞きした記憶を受け入れる。
「九州と東京にやはり変な連中が増えたな。調べて片っ端から潰したけれど」
影分身をそこそこの数を使って、対処したがそれなりに疲労感がある。
勇者としてのステータスやスキルのお陰で、その気になれば一月くらいなら寝ずに邪神の眷属と毎日戦い続けられるが、こちらの世界に戻ってきてからは、一般人の感覚を取り戻す為に、意図的に一部のスキルをオフにしている。
だから、戻ってきた影分身を身体に戻して、情報を受け取ると影分身が経験した情報などだけではなく、疲労感を感じてしまう。スキルで無効化してもいいのだが、やはり少しでもそういう感覚に慣れさせておかないと社会復帰……、まあ、人を殺している時点で微妙な気もしなくはないが、出来ないだろう。
「そうだな。明日は日曜日だし、日帰りで温泉でも行こうかな」
……。
…………。
………………。
俺はそう考えて少しして気づいた。
――っ?! ちょっと待て、俺は中年サラリーマンか! オッサンか!! 何で温泉なんだよ! 学生なら普通は家でダラダラとゲームするとか、映画を見に映画館に行くとかあるだろう!?
「お、落ち着け。良し、落ち着け、あっちの世界で休日って何をしていた? そう、屋敷で自分のハーレムといちゃこらするか、温泉などの身体を休めるところに行っていた。別に不思議なことではない。良し、感覚をこちらの世界に戻すためにネットで調べよう。俺の同世代は休みの日に何をしているか調べよう!」
小一時間ほどして、こういうことを調べている時点で、俺はオッサンじゃない? と頭によぎってしまったが。
いや、俺はボッチだから、調べても自然なことだ! と無意識に叫んでしまってちょっと泣いた。
元の世界に戻ってきて、初めての涙だった。
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