第18話





髪を伸ばそうかな、と麻山がぼやいた。


麻山とファミレスに行って数日。午前の授業が終わり、昼休みとなった。


縁眼さんはクラスメイトの女子達と昼を食べるので、俺は一人で中庭の木陰のベンチで飯を食べていたのだが、そこに麻山が来た。


クラスメイトの女子達と食べないのか? と思ったら、今日はそれぞればらけてしまったと。一人は体調が悪いから保健室に。一人は委員会の人達と話があって、もう一人は最近付き合い始めた男子と食べている。


即席のグループだから、そこまで無理に一緒と言うわけではないらしい。


「髪か、これから暑くなるから、伸ばすなら夏が過ぎてからにしたらどうだ?」

「そうですね、確かに夏は長いと大変ですね。去年は受験や水泳の大会のことばかり考えていましたけど」


今年はどうしようかなぁ。と自分の髪を撫でながら麻山は何か迷っている雰囲気だった。


「水泳の大会に出たかったか?」

「え、あ、うーん、今はもういいかなって。勝っても負けてもあまり意味が無いですし」

「そうか」


本人が納得しているなら、俺は触れない方がいいかな? 麻山も話を聞いてほしい雰囲気ではないみたいだし。


「そうか……それなら、せっかくだ。夏はどこか遊びに行くか?」

「……え?」


俺の言葉に驚く麻山。そこまで驚くことか?

いや、アンネとデートしているところを見られている。普通は二股になりそうなことはしないんだよな。


異世界でスキルで女でも強力な魔法や大岩を粉砕できる力を持つ者がいるとはいえ、戦うのは男が多い。そして、死亡することも。


ここは日本だ。一夫多妻、ハーレムが当たり前ではない。言動には少し気を付けないとな。


「えっとそれってデートのお誘いですか?」

「ま、そうだな。一応、これでも女好きなので」


俺が冗談めかしにそう言うと、しょうがないですね。と言う感じで麻山は少し笑った。


「もう、先輩って変ですね。本命に嫌われますよ」

「そうならないように気を付けるよ。けど、暇なら声をかけてくれ。予定が合えば遊ぼう」


それに、俺が麻山を心配しているのは本当だからな。と伝えると麻山少し気恥ずかしそうに俺から視線を逸らした。


「そうですね。気が向いたら先輩で遊んであげますよ」

「楽しみにしておくよ」


俺は自分で作った弁当の卵焼きを口に運ぼうとすると麻山が「あ~っ」と口を開けて俺に顔を近づけてきたので卵焼きをくれてやる。


「甘くないが口に合うか?」

「むぐ、…………ゴクッ。知ってますよ、何度か先輩から貰ったじゃないですか、甘いのも美味しいですが、しょっぱい卵焼きも好きですよ」

「それは良かった」


俺がそう告げた時、背筋に悪寒が走って思わず周りを見渡してしまった。この気配は縁眼さんか? 何故、観てるんだ?


「なんでしょうね。急に寒気がきました」

「麻山、気のせいだ。気温が温かくなっている時期にそういうのは多分、身体が勝手に誤認しているだけだから」


俺は麻山にそう言いながら、縁眼さんが観ていそうな場所を数秒見つめると、本当に俺を見ていたのか、誰かに見られている気配が無くなった。後で、少し縁眼さんとお話をしないとな。それに最近ちょっと縁眼さんは焦っている気がするな。実家から何か言われたのだろうか?


「でも、先輩のお弁当って毎回美味しそうですよね。牛肉弁当」

「ああ、昨日安かったからな。多めに買ったんだよ牛肉」

「一枚ください」

「お前さっきも食っただろう」


俺はしょうがないな。とため息をつきながらも、麻山に一枚牛肉の薄切りを食わせてやった。


「うまうま、やっぱり先輩料理が上手ですよね。夕食も食べに行っていいですか?」

「お前ね」


コイツ、遠慮が無くなってきたな。

俺に甘えてくれているのか、それとも学年で孤立しているのか、それとも何も考えていないだけなのか。


俺は少し考えて、「ま、いいぞ」と言う前に麻山が何かを思い出したかのように声を上げた。


「ああっ、やっぱり駄目ですね。また今度にします」

「え、ああ、別にかまわないが。何かあったのか?」

「いえ、実は最近可愛い妹分が出来たんですよ」

「妹分?」

「はい、もう、可愛いんですよね。もう少し仲良くなれたら、紹介しますね。結構人見知りなんで」

「そうか」


妹分ね。麻山よりも年下だから、中学生? あ、水泳繋がりで、中学時代の知り合いとかそんな感じか?


俺が麻山の妹分について考えていると麻山はニマ~っと笑った。


「なんですか、先輩。寂しいんですか?」


つんつんと指で俺の二の腕を突っついてきた。うぜぇ、直ぐに調子に乗る。


「ーーひっぱたくぞ?」

「あ、すみません。ごめんなさい」


ちょっと圧力を出したら直ぐに突っつくのを止める麻山。


コイツ……、まあ、こういう部分も可愛いが。もしかして、水泳部の人間関係が悪くなった理由ってこういう部分か?


第三者の女子から見て、男子とこういうやり取りは、男に媚びを売ったみたいに思われたのだろうか?


「まあ、いいや。いい加減弁当を食っちまうぞ」

「はーい」


俺はスマホで時間を確認して、手早く弁当を食べる。麻山も買ってきた自分のパンを胃に収めて、少しの雑談をして午後の授業へと向かった。




それから、数日。

何事もなく、アンネや縁眼さん。麻山と平和な日常を過ごしていた。


アンネのところでトレーニングをさせてもらったり、茶道部が休みの日に茶道部で二人きりでのんびりお茶を飲んだり。妹分が習い事の時に麻山が俺の所に来て二人でゲームしたり。ギャルゲーみたいな日常だな。とか思ったけれど、気にしないことにした。


あっちの世界で結果的にハーレム作っていたおかげで、日本人の倫理観がかなり薄くなっているなぁ。


とは言え、今はまだ学生だ。


将来、アンネ達がその気なら、ハーレムを作るのに抵抗はない。というか既にあっちの世界では作ったことがあるからな。


ただ、精神的にもう少し日本の倫理、価値観を取り戻さないと後々大変なことになりそうだ。


大学に進学するか分からないが、大学を卒業する年齢くらいには色々と覚悟を決めて行動したいが。




パチン、パチンとニッパーがプラスチックのパーツを切る音が、部屋に響いてくる。


「上手に作るわね。武」

「まあ、小学生の頃に結構作ったからな」


学校が終わり、家に帰ってくるとアンネからメッセージが送られてきた。


内容は助けて! と言うもの。何事だ? と思っていると、どうやらアンネがちょっと前に放送されたロボットアニメにハマってノリと勢いで初めてプラモデルを買ったが、何をどうしたらいいのか分からないらしい。


仕方が無いのでアンネの家に転移魔法でさっさと移動して、アンネの自宅のリビングで久しぶりにプラモデルを作っているのだが。


「初めてプラモデル買うなら、小さいサイズのから買えばいいんだ。なんで一番デカくて難しいのを買った?」

「だ、だって、大きい方がいいじゃない!」

「大きければいいというわけでもないだろうに」


俺が何気なく言った言葉を聞いて、アンネは何故かアメリアさんの方を見て、こう言った。


「そうね。胸が大きければ、男と付き合えるってわけじゃないし」

「――っ?!」


その言葉の次の瞬間、アメリアさんから強烈なプレッシャーが噴出して、リビングを包み込む。


突然のことに、俺は内心超ビビってしまった。もちろん、失言をしたアンネは俺よりもビビっている。


震えだすアンネを無視しながら、俺はプラモデルを作るのに集中する。


ここで下手に反応をしたとばっちりを受ける。


「武様」

「どうかしましたか、アメリアさん」


俺はプラモデルを作りながら、冷静に普段通りにアメリアさんに答える。


「アンネ様とお話があります。しばしの間、席を外しますね」

「分かりました。どうぞ、俺のことは気にしないでください」

「え、あ、武!?」


アメリアさんは無言でアンネの手を取って優しく。いいか、優しく手を引いて連れて行く。


アンネは抵抗しようとしていたが、過去にも同じことをしたのだろう。


一瞬抵抗しようとして、抵抗した後のことを考えて大人しく連れていかれた。


時間にして十分ぐらいだろう。戻ってきたアンネは無言で高級な三人掛けるのソファにうつ伏せで寝転んだ。


「む、これやっぱり結構時間がかかるな」


やべぇ、久しぶりだから結構作るの楽しい。


「……薄情者」


少しして、俺を恨みがましく睨んでくるアンネの為にプラモデルを頑張って作ってやるのだった。


結局、一日では完成しないので。どう頑張っても。これから少しずつ、完成させることにした。


それを伝えると完成品が見られないことに残念そうにしていたが、アンネの家に来る理由が増えたでアンネは喜んでいた。


「アンネってツインテールですけど、ツンデレじゃなくて素直な性格ですね」


俺が小声でアメリアさんにそう聞くと。


「はい、アンネローゼ様は似非ツンデレ、養殖物でございます」

「ひでぇっ」


最初はツンデレの練習をしていたらしいが、王女をやりながらは無理だと判断したらしい。


個人的には素直な性格のアンネは好ましいが折角髪型がツインテールだし、ちょっとくらいツンデレになっても良いんだよ。と言いたかったが、高確率でアンネが下手を打つ気がしたので黙ることにした。


「武、今日はありがとうね」

「気にするな」


可愛らしい笑顔のアンネの表情を見て、俺は改めてアンネには余計なことを言わないことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る