第16話


その日、アンネローゼは完成した新しい屋敷のリビングでのんびりとお茶を楽しんでいたが、部下からの報告書を読み、一気に機嫌が急降下した。


「これ、本当の事なの?」

「間違いないそうです」


専属の侍女であり、親友でもあるアメリアの言葉にアンネローゼは溜息をつくのを我慢する。


「ヒドラの一件で何かしら国内外で動くと思ったけど。ギリシャの魔法協会から、調査団がくるなんて。よくもまあ日本政府も受け入れたわね」


とは言え、アンネローゼの中ではマシな国だと判断した。他の国、イギリスなどでの国力のある国は見付けたモノを何事もなかったかのように自国に持ち逃げする可能性があるからだ。


「お人よしが過ぎるかと。ただ、学術的な調査ですのでその辺の検査はしっかりと行ってから入国させるとのことです。スカルドラゴンの一件がありましたから」

「今までが相手に配慮しすぎたのよ日本はね。だから、戦略兵器を簡単に国内に持ち込まれる。危機感無いのかしらね。日本の政治家って」

「愚かなことですが。今まで有事が起こらなかっただけで、これからも起こらないと思い込んでいるのでしょう。平和ボケしているか、金で買収されているか。あるいはその両方か」

「はぁ、先が思いやられるわ。スカルドラゴンの一件は、まあ。こちらにも原因はあるけれど」

「なあなあで、済ませる方が悪いのです。日本がしっかりとやっていればスカルドラゴンが出現したのは、日本の国内ではなく海上の輸送船などから日本国内へ侵入していたでしょうし」

「テロリストに買収される日本の政治家と官僚ね。先が見えたわね」


アンネローゼはアメリアの入れてもらった紅茶を飲みながら、どうしたものかと考える。


「ヒドラのことを調査する。日本だけだと不安だなぁ。と思っているところにギリシャの調査団が名乗りを上げる。根回しなのかしら? それとも癒着なのかしら?」

「両方なのかと」

「やっぱり腐っているわね」

「まあ、一応は武に教えておきましょう。武も来ると分かっている危ない連中に近づいたりはしないでしょう」


アンネローゼから、ギリシャからヒドラの調査団の応援が来ると分かった武は、面倒なことになったと思いながらも実害はないと判断して静かに過ごすことにした。




金にモノを言わせた感はあるが一応は学生らしいデートをした後、相変わらず学校で友達が出来ない俺は放課後になると真っすぐ家に帰ることにしている。


茶道部が無い日は縁眼さんから、お茶をしませんか? と誘われたり、アンネから話に付き合ってとメッセージが来るが今日は二人からも連絡はない。用事があるのだろう。


この面倒な事情があるから、下手に友人は作れないが、これはこれで寂しいな。とか思いながら家に帰る途中の公園の前を通りかかった時、公園のベンチに麻山が座っているのを見つけた。


彼女はベンチに座り、目に見えて落ち込んでいるのが分かったので、俺は声をかけるかどうか迷ったが無視するのも人としてどうなの? と考えて麻山に声をかけた。


「よぉ」

「先輩……」

「何やってんだ? 部活はどうした?」

「……少し前に辞めました」

「はぁ?」


俺は麻山の言葉を聞いて、驚いてしまった。麻山は部活を結構楽しんでやってなかった気がした。


なんで急にやめたんだ?


「人間関係が上手くいかなくて」


その言葉に、少し前に俺と麻山が一緒にいる時に声をかけてきた男子生徒のことを思い出した。


一応、それとなく様子を見ていたが、何事もなかったから平気かと思ったが駄目だったのかな?


「そうなのか? でも、この前一緒に遊んでただろう」

「あ、あの子たちは部活に入っていないので」

「そうなのか」

「はい」


この前遊んでいた女の子たちは、部活の方で上手くいかない麻山の話を聞いて、それなら一緒に遊びに行こうと誘ってくれたそうだ。

それから、良く考えて部活を辞めたらしいのだが。


「今日はみんなバイトとか用事があって、一人になってしまって」

「そうか」

「なので、一人でどうしようかなぁって」

「…………」


ちらちらと俺の方を見る麻山。うーん、かまってオーラが見えるな。


でも、まあ、可愛い後輩から、遠回しに遊びに誘われているし、断るのも悪いな。


「あー、良かったら。今からちょっと一緒にどこか行くか?」

「……この前の黒髪のツインテールのハーフっぽい人はいいんですか?」

「彼女じゃないからな」

「うわっ、酷い。女の敵だ」

「嫌ならいい」


俺がそう言ってその場から去ろうとすると、「ウソウソ、仕方がないから遊んであげますよ。せっかくだしね」と言ってきた。


ニワトリを〆るみたいに首をキュッとしてやろうかと思ったが我慢しておく。


麻山はこういうヤツだと受け入れよう。


「じゃあ、どこ行きますか?」

「そうだな、どこがいい?」

「ノープランですか」


ぶー、ぶー、と文句を言い出す麻山の首根っこを掴んで「ならお前が決めろ」と言うと「なら、何か甘いものが食べたいです」と言い出した。


「……おごりか?」

「おごりで!」

「はぁ、まあいいさ。バイト代も出たからな」

「おおっ、先輩お金持ち」


正確には縁眼さんとそのお友達二人の実家から、後から書類上は救援の依頼を出した形になった。


流石にアンネの家ほどではないが、名家の財力は凄いなと感じたよ。


と言うわけで、財布にそれなりの額が入っているので、麻山を連れて駅前にあるファミレスでデザートを食べることにした。


ファミレスに入り、店内入り口のタッチパネルを操作して、指定された席へと移動する。

席の備え付けのタッチパネルで注文をして、注文した品が来るのをのんびりと待つことにした。


「もう少しすれば夏のフェアとかがあったんですけれど」

「そうしたら、また連れてきてやるよ」


スイーツフェアって、勇者になる前に食べに行きたいと思うことはあるが、男が一人で食べに来るのは勇気がいる。

だから、友達と食べに来ましたよ。後輩に奢るだけですよ。みたいな顔をして店に行けるなら別にいいさ。


「え、また連れてきてくれるんですか?」

「嫌なら無理にとは言わない」

「嫌じゃないです。けど、本当にいいんですか? 私と一緒にいると何か言われるかもしれませんし」

「なに? そんなに拗れているのか?」

「まあ、はい。告白を断ったら、周りの女の子達からもね。元々、男子と距離が近かったのでそれもあまり面白く思われていなかったので」

「そういえば、結構まじめな部活だったな。水泳部って」


結構良い成績を出している部活だったはずだ。


「泳ぐの好きだったので頑張っていたんですけどね」

「新堂だっけか、アイツが何かしたのか?」

「分かりません。ただ、告白されて、それから直ぐに陰口が始まったので」


女子達が自発的に陰口をしているのか、それとも新堂がそれとなく焚きつけたのか分からないが。

女子って大変だな。グループに属せないとこうなるのか。


「クラスメイト達は平気なのか?」

「はい、水泳部でもそういうのに関わらない子しか居ないので」

「そうか」


どの道、俺がそれに介入することはできないな。しない方がいい。

ちょっとスキルを使えば、解決出来なくはないが、麻山の為にならない。


「武先輩はそういうのないんですか?」

「ボッチになんて酷い質問をしているんだ?」

「あははは、ごめんなさい。けど、武先輩って本当にボッチなんですか?」

「どういうことだ?」


ボッチなのは勇者になる前からだ。オタクと言うこともあって、下手なことを言わないように気を付けていた。

学校では出来るだけ、目立たないようにオタクだけれどそれっぽくならないように、基本的に自分の意見を言わないようにしてきた。


小学校、中学校とイジメという名の脅迫と暴行事件が起こっていたから、当時はなおさら同級生に対する疑心暗鬼があったからな。


「なんというか、前の武先輩って痛いオタクがカッコつけたクールキャラを無理やり演じていたように思えるんですよ」

「――お前っ?!」


容赦なく俺の心を抉る、麻山の言葉に精神的ダメージがクリティカルヒットした。

そう見えていたのか、え、マジで? 俺は本当に大人しくしていただけなんだけど?


「あー、すみません。私の主観ですから。でも、今の先輩の雰囲気って、前とガラッと変わったんですよね。ゴールデンウィークくらいからです」

「ああ、そう」



丁度、こっちの世界に戻ってきた時期だな。

そりゃあ、邪神と約十年戦ったんだ。死ぬ思い。と言うか、文字通り何百回。下手したら千を超えているかもしれない死亡回数だからな。

雰囲気も変わるだろう。


「今の先輩って、自然と人を寄せ付けない雰囲気が出ている気がします」

「そうなのか?」

「はい、今はなんというか、軍人? みたいな」

「そっか」

「だから、新堂先輩もビビっていたんだと思いますよ。私も怖かったですもん」

「ああ、ごめん。麻山を怖がらせるつもりはなかった」

「はい、それは分かっているので大丈夫ですよ」


麻山がそう告げた時、料理を乗せた機械が俺達のテーブルにやってきた。

正面のモニターに犬の顔が表示されて吹き出しには「料理をお持ちしました」と表示された。

注文した物と間違いがないことを確認して、麻山はデラックスジャンボパフェとジュースを受け取り、俺もジュースとチーズケーキを受け取り、伝票も受け取る。


「さ、食べようか。ってか、それ結構量があるが、食べきれるか?」

「はい、久しぶりなので、楽しみですね」


ファミレスで一番量が多いパフェで俺も食べたことがあるが、女の子には結構つらいと思うが。

ま、食べきれないなら俺が食えばいい。

そう思っていたが、麻山は意外と簡単に全部食べ切った。


食べながら麻山と雑談をしているとあっという間に時間が過ぎていった。


「そろそろ、帰るか」

「あ、はい」

「……帰りたくないのか?」

「えっ、いや、その……」

「部活だけじゃなくて、家でも何かあったのか?」


俺の言葉に麻山の表情が一気に曇ってしまった。

踏み込みすぎたか。


「すまない。流石に無神経だったか?」

「い、いえ、でも、その良く分かりましたね」

「なんとなくだ。可愛い後輩だからな。助けられるなら助けたいさ。あ、女好きの最低な男で良ければな」


俺がそういうと、少し怒った表情で麻山は「もう!」と俺の二の腕辺りを叩いた。


「麻山」

「は、はい、なんでしょうか?」

「いざとなったら、俺のところに逃げて来い。変な気は使うなよ。こう見えても既に稼いでいるから、何かあっても弁護士を雇えるくらいには力を貸せるぞ」

「ええっ!? い、いや、その先輩。そこまで深刻なモノではなくてですね」

「本当か?」

「は、はい、本当です。ってか、それよりも武先輩って、そこまで稼げる仕事をしているんですか?」

「ああ、内緒だけどな。別に言ってもいいけれど、一人だけで仕事をしているわけではないから。一応、守秘義務がしっかりと必要な仕事、とだけ」

「はぁ~、凄いですね。武先輩は」


俺はその言葉に何の返事もしなかった。いや、出来なかった。


俺が凄いのなら、もっと多くの人を救えたはずだ。


邪神から世界を辛うじて守れた。


それだけでも、喜ぶべきことなんだ。そして、俺達はそれで喜んだ。喜ばないという選択肢はない。


大勢の人間が死んだ。人間だけじゃない世界に住む動植物大半が死滅した。


時間は戻らない。戻せない。


受け取ったモノの為に、俺達は飲み込んだんだ。それでも、それでもと俺は思ってしまう。


「お代わりはいいか?」

「いえ、流石にお腹いっぱいです。すみません、気を使わせて」

「家まで送る」

「いえ、そこまで」

「駄目」

「ええ……」


俺の強引な決定も麻山はしょうがないなぁ。と言いながらも受け入れてくれた。


麻山の家はそこそこ良い家に見えた。


「そういえば、麻山って兄弟いるのか?」

「居ないですよ」

「そうか、なら戸締りしっかりとしろよ。何かあったら直ぐに連絡をしろ」

「もう、心配性ですね。先輩は」

「じゃあな」

「はい、今日はパフェありがとうございました」


また明日学校で。麻山がそう言って、自宅に入って行く。

俺はそれを見届けてから、こっそりと影分身を作り出して、家に帰った。


縁眼さんのこともある。念のためにな。



結果的に言えば、別に何も起きなかった。

念の為に三日ほど影分身で護衛をしたが問題なさそうなので、俺は影分身を解除した。


影分身を解除した翌日のことだ。


麻山の家の向かいの家に、白人の一家が引っ越してきて、一人の幼い美しい少女と出会うのは。

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