第11話
「状況は?」
低く厳つい男の声に、若い男が答える。
「ジャガノート、目標を見失ったようです」
「やはり、搦め手を使われるとまだ弱いな」
「知能は低いですからね」
「追跡する、猟犬を出せ」
「はっ」
小夜子達が泊まっていたホテルの南東五十キロ離れた廃工場に彼等はいた。
室内は暗く、複数のモニターに人の形をした異形が映し出されていた。
魔法の鎖から自由を取り戻し、不快感を振り払うように雄たけびを上げている。
それは彼等が産み出した科学と魔法を使った生体兵器【ジャガノート】。
巡行ミサイルを耐えられる成体のドラゴンを倒すことが出来る兵器。
だが、問題もあった。
「そろそろスタミナを回復させろ」
「はっ」
モニターに映る二メートルを越える人型の異形、ジャガノートが突然片膝をついた。
ジャガノートは圧倒的な力を手に入れたがスタミナを異常に消費する。
どれだけ力が強くても直ぐにスタミナ切れで動けなくなっては意味がない。
何度も改良が行われ、ジャガノートの脊髄から特殊な魔法薬を注入し、常にスタミナを回復している状態であったが、警備員と小夜子達の護衛。環との戦闘の激しさを考慮し、追加で魔法薬をジャガノートに注入したのだ。
「しかし、日本のサムライとシャーマンは若くても優秀だな」
「はい、ジャガノートの性能試験にはちょうどいい結果です」
「スタミナさえ持てば、ドラゴンを殺せる、生体兵器か。問題点はあるが悪くないな」
「はい、お、猟犬が目標を発見しました」
「ジャガノートを移動させろ」
「はっ」
☆
ホテルの壁から逃走した小夜子は環に抱きかかえられたまま、ホテルの近くの森の中を移動していた。
あえて森の中を進む理由は一般人に被害を出さないようにする為だ。
魔法業界の原則として一般人に魔法の存在を知られないように最大限努力をすることが求めらえている。
とは言え、今回のように死者が複数人出ている相手の場合、街へ逃走して対魔師や退魔師を頼っても問題はなかったが。
だが、学生ではあるが実力が高い二人は街にいる対魔師では襲撃してきた存在に殺されるだけだと判断した。
護衛対象を背負って逃げる。過去にそういうことを何度か行っており、環は魔力で身体能力を強化しているため、移動スピードは乗用車を軽く超えている。
「あの異形に心当たりは?」
「ありません」
環の質問に小夜子は即座に答えた。
小夜子は国連の異能力者の能力数値のランク付けでAAAの評価をされている。
「人気者はつらいね」
「要らない人気ですね」
小夜子はその特殊な眼と血筋が理由で何度も誘拐されそうになった。
だから、自分が狙われたことで花月仁美が巻き込まれたことを悔やんでいた。
ここ数年、自身を狙った誘拐が起こらなかったことで気が抜けていたのかもしれない。
「……符を使って更に距離を取るぞ」
「はい」
小夜子は環が符を取り出しやすいように自分を抱きかかえている環にしっかりと抱き着く。
環は小夜子の上半身を支えていた腕を離して袖から加速の術が使える護符を取り出して魔力を流して術を発動させる。
すると符は淡く光、その光は環の身体を覆う、符は使用とともにボロボロに崩れ去った。
「連絡を取れる位置まで逃げるぞ」
「はい、かなり大規模な妨害電波や魔法が使われていますね」
「強力な妨害だから、相応に大きい組織か」
「っ、何かいます」
「追手か?」
環に抱きかかえられている小夜子が環の後方を眼で確認。
すると一瞬小夜子は眉を顰めて、環に質問をした。
「環さん、猫のスフィンクスって好きですか?」
「毛のない猫の? 好きでも嫌いでもないが、突然なんだ?」
「毛を毟り取られたような、赤黒い肌の大型の猟犬みたいなのが、十頭以上追いかけてきています。まだ、距離的にこちらを目視はしていないようですが」
環は黙り込んだ。状況が悪い。ジャミングで救援を呼べない。精鋭とも言える自分達の護衛も死んだ。
過去に護衛対象を連れての逃走劇もしたことがあるが、その時はベテランが最低でも二人いた。
――正真正銘の私一人で小夜子を守らないと。
自分もそうだが、魔法の才能がある人物は誘拐されやすい。
日本国内でも誘拐される場合があり、誘拐されれば大半が悲惨な目に合う。
――今回の相手は、捕まったらヤバい相手だろう。
日本国内のイカれた家もないわけではないが、自分達を追いかけてきているのは生体兵器。
それを作り出す相手に捕まれば絶対に人扱いはされないだろう。
「っ、増えたか? 左右か?」
「ええ、そのようです左右それぞれに数は二十匹追加で確認」
環達が進み多方向へ向かおうとするがそれを先回りしてくる。
「ここのまま行くと、猟犬と正面からぶつかります」
「これは、誘導されているのか。……仕方がない突破する」
「あっ、環さん猟犬に近づいては駄目です」
「何故?」
「あの毛のない猟犬の体内にかなり強力な爆発物があります。下手に近づくと爆発に巻き込まれる可能性が」
「守りの護符をもっと持ってくるべきだったな」
あまり強力な護符は申請を出さないと飛行機などに乗れない。
環は横着した自分を殴りたいと思った。
たが、今はそれどころではない。
環が思案したのは数秒。
「小夜子、苦しいだろうけれど、探してくれるか? 泳ぐから」
「分かりました。大丈夫です」
小夜子は眼を使って周囲を確認して、環の進むべき方角を指さした。
「あっちです!」
「分かった、しっかりと掴まってて!」
小夜子は環にしっかりと掴まり、環は全力で駆け出した。
▽
「ジャガノートの輸送中、指定のポイントへ」
「猟犬の誘導は?」
「問題ありません、予定通り強引な突破は行われておりませんね」
「眼の良い縁眼がいるからこそ、強引な突破はしないと判断していたが、馬鹿ではなかったか」
「そうですね。イノシシ娘と呼ばれていたのですよね。霧崎環は」
「そうだ。ま、それくらいの頭があったということだな」
☆
森の中を駆け抜ける小夜子と環。
「近づいてこない?」
「獲物を追い立てるだけ、ですか」
「私達がいくところも誘導されているのか?」
「……その可能性はありますね。どうしますか? やはり、その強引ですが環さんの脚力なら」
「前にそういう風に突破を試みて、酷い目に合っているからな」
迷う環。考え込む小夜子。
環の切り札の一つが追手に知られているなら、逃げるのは難しい。
だが、使用した回数は少ない。あまり自分の能力は外に出回っていないが、と悩んだ。
「兎に角、やりましょう」
「ええ、どの道、進むしかありませんから」
環と小夜子は目標地点の川へと向かう、水が豊富にあるところへ。
それは霧崎の家に生まれた環にとって有利な環境だからだ。
「このまま真っ直ぐに行けば、それなりに大きな川です」
「分かった」
「どうしますか? 猟犬だけでも倒しますか?」
「いや、攻撃した瞬間に爆発したら、爆風を防ぎきれない。私は御婆様のようには力を使えない」
環の祖母は水を使わせれば世界でも上位の使い手だった。
海が近くにあれば、自衛隊の戦車部隊を壊滅させられるほどの実力者だった。
環は魔法使いではなく、魔法戦士のような戦い方。
小夜子は念のための確認を終えて頷いた。
そして、数分後、環達は目標の川に辿り着いた。
環は即座に道着を脱ぎ捨て、インナー姿になる。
これから使う術は自分の実力では多くの衣類を身に着けたままでは使えない。
最初は全裸でないと使えなかったほど、難しい術だった。
環は置いていくわけにはいかない刀と符を小夜子に預け、術を行使した。
「いくぞ」
「はい」
環が体内に魔力を集中させると環の身体は徐々に霧のように溶けていく。
「意識を長く保てない、一気に行く」
「はい、何時でも」
環は肉体を魔力で覆い、魔力を帯びた霧となって小夜子を包み込んだ。
環は魔力で小夜子を保護すると、直ぐに川へと飛び込む。
人魚のような形となり一気に川を飛び込み、回遊魚のように高速で川を下って行った。
ぐんぐんと速度を上げていく環。
灯りもなく暗闇の水の中を的確に進んでいけるのは彼女が先祖代々の遺伝子と幼い頃より水に触れ続けてきたからだった。
川に落とされ、海に落とされ、水瓶に沈められたこともあった。
――今、一瞬嫌な思い出が。
環は川を進みながら昔のトラウマを必死に振り払った。
彼女の目的は電波妨害されている地域からの脱出。
自分達の状況を外に知らせることが出来れば、対魔師局が動く。
あまり評価されていないが、それでも国家の組織だ。反発する名家も打算はあるが資料や人材を提供している。
義務を果たすという意味では、信用も出来る。
体勢を立て直せば、あの異形の存在も討伐することは可能だ。
彼女はそう考えていた。
しかし、彼女の目的は達成できなかった。
――っ、水に何か飛び込んだ?!
彼女が進む先の川に突然前触れもなく、何かが入り込んだ。
水中での耳の良い彼女だから分かったことだ。
殆ど反射的に危機を察知した環は、霧の人魚のような身体をイルカのように川からジャンプさせようとした。
環は過去の鍛錬で、こういう時に水の中にいるとろくでもない目に合うことを身体でも理解していた。
だが、今回は僅かに行動が遅かった。
霧となり水に入り込んだ自分は川の外からは見えない。
霧となった自分が刀や小夜子のような人を霧の身体の中に取り込んでいたとしても小夜子のような特別な眼ではないと目視は出来ない。
幼い頃はその部分が見えてしまっていて、弱点だったが、今の彼女はその弱点を克服している。
それにも関わらず、的確に高速で移動している自分の進行方向に何かを川に入れることが出来る。
――索敵能力が高い存在がいる?
すさまじい衝撃と共に、環の思考はそこで途切れた。
☆
嘉十鱗は花月仁美を背負い、全力でホテルから逃げ出した。
自身も過去に誘拐未遂と誘拐を経験している。
それ故に、逃げることには慣れていた。
――運が良かった。
鱗は刺激臭と透明な酸性の液体によって、原型を留めていない毛のない赤黒い猟犬を見下ろしながら、人気のない道路を全力で走る。
彼女の背後には乗用車サイズのコブラに似た蛇が付いてくる。
「ありがとう、サナ」
シャララと喉を鳴らす式神の蛇、サナ。
滅多に使わない切り札の高位の式神を燐は使用した。
人型の異形に使うことも出来たが、燐は使わなかった。
彼女はあの状況で自分が助けを呼びに行く役割だと明確に理解していた。
確かにサナを使えば、少しは時間が稼げたかもしれない。だが、使わなかった。
その判断が出来るくらいには、冷静だった。
サナを使っても効果が薄く、自分が助けを呼びに行く可能性が低くなると考える。それでも、同時に彼女の中には罪悪感があった。
幼馴染と言える二人を囮にして逃げた。
「待っててね。環先輩、小夜子先輩」
猟犬の妨害を受けながら、彼女はひたすら夜の山道を走り続けた。
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