第10話

アンネの家から自宅に戻ってきて、最近の普段通りにのんびりと日常を過ごしていく。

なんとなく、他の勇者達も俺と同じように日常に戻っているのだろうか? と考えて、何人かは元々ファンタジーだったなと思い出した。


俺と同じ勇者だったヒーローのジョンは元の世界に戻っても大変だろう。

ジョンの世界はヒーロー国際連盟なる組織があって、支援もしっかりしていると聞いているが、世界規模で定期的にヒーローと怪人が出現する世界だ。


ジョンは元の世界に戻る時に、将来は教師になりたいと言っていたが、ちゃんと勉強できる時間はあるのだろうか?

邪神と真っ向勝負できるだけの力。ゲームで例えると最大HPが少なくても俺達が全員束になっても勝てず、死に戻り自爆攻撃をしたけれど。

怪人が神クラスではないなら、ジョンに勝てる存在はいないだろう。

変なことに巻き込まれていないといいが。


「ま、人の心配をしている暇はないか」


ちょうど自室のパソコンで動画サイトのニュース放送を見ていたがそれも終わったので、俺は風呂に入って寝ることにした。

早寝早起き出来るような環境。

こっちに戻ってきて良い睡眠がとれることに感謝しながら、俺は眠りについた。






小夜子達三人は花月仁美からの夕食の招待に快く応じた。

ホテルの上客である花月仁美が三人に目をかけていることは、食事を行うホテル側も分かっており、ホテルのオーナーからスタッフ全員に「くれぐれも失礼のないように」と連絡も行われている。

普段以上に気合を入れた厨房の料理人達によるディナーを小夜子達は美味しくいただいた。

三人は幼い頃から、こういう場所でのマナーも教わっているので何の問題もなく、花月仁美との会話は楽しく進む。


「ああ、そう言えば噂で聞いたのだけれど、隠された空港で骨のドラゴンが現れたって聞いたけれど」


花月は魔法のことを知っているが、こちら側の人間ではない。だが、そういう噂話を聞くことが出来る程度には魔法業界の関係者だった。


「はい、事実のようですね」


答えたのは小夜子だった。花月仁美だけではなく、環と鱗の二人も興味を持った。


「死んだ竜の骨を使われた、アンデッドのドラゴンだったようですね」


食事の前に縁眼の実家から、噂がある程度広がったため、こちらも周りに一定の情報開示しても良いと連絡がきたので、話せる範囲で話すことにした。


「まあ、本当にドラゴンが存在していたのね。どうにか見ることはできないかしら?」

「命の危険があるので、本当に駄目ですよ。花月様」


物騒なことをつぶやく花月仁美に、やや慌てた様子で止めに入る鱗。

その様子に「大丈夫よ」と、告げながら花月仁美は小夜子に続きを促した。


「ドラゴンの元になった骨の持ち主は強力なドラゴンだったようですね。骨の硬さはオリハルコン。自衛隊のイージス艦のミサイルに耐える強度らしいですね。それも一発や二発ではなく、魔力がある限り何十発でも」

「ミサイルで何十発も攻撃されても平気な骨って、凄いわね。想像もつかないわ」


ワインを一口飲んで、喉を潤す花月。その目はキラキラとしている。

危険ではあると分かっていても、超常現象を目撃したいと思っていた。

だが、孫の年齢の少女達から止められたのでどうにか踏みとどまる。無理をすれば今よりも刺激的な超常現象に出会えるだろうが、自分には立場もある。

悔しいが、支援者としてギリギリのところで我慢しよう。

幸いにも彼女にはそれくらいの理性はあった。


「でも、そのような危険な存在をどうやって倒したの?」

「詳しくは情報の開示がされておりませんが、日本の忍者の方がバラバラにしたそうです」

「忍者!? 忍者が骨のドラゴンをバラバラにしたの?! ミサイルに耐えられる頑丈な骨を?!」

「はい、本人の技量も達人並みで、持っていた武器もかなりの業モノだったらしく。未確認ですが、日本の失われた霊刀の可能性があると」


説明を聞いて花月仁美はムフー! と珍しく鼻息を荒くして口を開いた。


「一度、その忍者に会ってみたいわね。忍者の家系の方って、姿を見せてくれないから。でも、霊刀っというと、伝説の剣のようなものかしら?」

「はい、そうです。有名なのは壇ノ浦に沈んだとされる草薙の剣ですね。噂の人物が持つ剣がどのようなモノか分かりませんが、何かしらの逸話がある刀の可能性が高いとのこと」

「どうにかして、その忍者に合えないかしら。でも忍者だから会ってくれないわよね。残念だわ」


そこから、小夜子は花月仁美にいくつか追加で質問をされたが、「残念ですが、分かりません」と、分からないことにした。


時折、環と鱗からも質問が来るが、花月仁美がヒートアップしないようにというフォローの質問だった。


花月仁美は魔法業界のことを知りたくてうずうずしている人物だ。

お酒も強くて、酔っぱらって暴れるような人物ではないが、やはり食事の時、アルコールを飲むと少しタガが外れてしまう。


「あら、思ったよりも時間が過ぎていたわね。終わりにしましょう」

「はい」

「分かりました」

「美味しかったです」


今回はスカルドラゴンの一件があったため、少しヒートアップしていたが、どうにか依頼主の機嫌を損ねずに済んだことに内心ホッとする三人。


花月と共に三人はそれぞれの部屋に戻った。



小夜子は部屋に戻り、シャワーを浴びた後、スマホで武にメッセージを送った。


――無事に終わりました。

――おお、無事に終わったらなら、それは良かった。

――はい。明日は早朝の飛行機でそちらに戻ります。一日ぶりの学校でちょっと楽しみです。それと放課後、家に遊びに行ってもよろしいでしょうか?

――大丈夫だ。けど、無理してないか?

――はい、大丈夫です。


少し強引かしら? と少し不安になったが次の武のメッセージでその不安は無くなった。


――いいぞ、無事に戻ってこれたんだ。何かお祝いをしよう。夕飯食べていくか?

――あ、あの、そこまで大変な仕事ではなかったので。

――気にするな。


気にするな。と言われても少なからず気にしてしまうが、小夜子はそれを飲み込んで、返事を返す。


――分かりました。お祝い楽しみにしております。

――おう


小夜子は家の関係で変な虫が付かないようにされていた。その為男性に苦手意識があった。だが、苦手意識を武には感じない。


武と関わるようになり、スマホで恋愛について調べた時に、相性と言うものがあると見たことがあった。


彼女は苦手意識が無いのは相性が良いのでしょうか? と思うようになった。


クラスメイトの女子がここに居れば「いや、違うんじゃないかな?」と言ったかもしれないが、ここにはいない。


小夜子は武の近くに居て落ち着き、安心感がある。


それは勇者として、強敵を倒し続けた強者の格のようなモノだった。


だが、それを知らない小夜子は無意識に武との相性が良いと感じた。


「ただ強いだけの乱暴な人でなくて良かった」


小夜子はスマホをテーブルに置いてまだ明日の準備を終えてから、ベッドに入った。




深夜、ホテルの正面のお客様専用の駐車場に一台の中型のトレーラーが停車した。


魔法業界の人間が利用するホテルは一般のホテルよりも警備の質が違う。


制御室で監視モニターを見ていた警備員は、即座に近くにいる警備員に調べるように指示を出す。


即座にホテルの警備員、全員にその情報が伝えられた。


契約をしている企業の車なら、専用の駐車場に停車する。


警備員がトレーラーの所へ辿り着く前に、トレーラーの後部のハッチが開かれていく。


その時点で、警備員は嫌な予感を感じ、先ずは警察へ通報しようと専用の受話器を取った瞬間、すべての監視モニターが真っ黒になり停止した。


それだけではなく、室内の電気がすべて消えた。


警備員は受話器に耳を当てて、通話が可能か確認したが不可能だと悟った。


即座に自身のスマホも確認したが電波が届いておらず圏外と表示されている。


転職先間違えたか。と警備員は心の中で悪態をつく。


彼は隣の仮眠室の仲間を叩き起こすために席を立った。





それは全長三メートルほどの棺桶の中からゆっくりと身体を起こした。


自身の身体を解すように周囲を見渡して、その場から立ち上がる。


それは二メートルを超える人だった。

武がソレを見ていれば、SF映画に出てくるパワードスーツみたいだ。と感想を持っただろう。


それが身に着けている防具は、彼を生み出した組織が作り出した専用の戦闘スーツだった。


対弾、対魔。両方に対応した世界でも上位に入る特殊な防具。


「zんhg:ld」


それは上手くしゃべれない。だが、自由に身体を動かせる解放感に満足している。


それは何をすればいいのか分かっている。今日は戦いではなく、マラソン。


トレーラーの貨物内に専用に作られた、並みの大人では持つことが出来ない巨大なハンマーが置かれていた。


彼はハンマーを軽々と持ち上げて、開かれたトレーラーの後部から外へと降り立った。


――ホテル最上階へ行け


頭の中に入ってくる言葉はそれにとって不快なことだった。


「mgklだffg」


吐き捨てるように声を漏らすと此方へ走ってくる人間が見えた。


距離は二十メートルほど、それは何の躊躇もなく。


地面を思い切り踏みつけ、こちらへ走ってくる人間へ弾丸のように突撃した。


警備員が声を上げる前に、それは持っていたハンマーを警備員に振り下ろした。


どぷちゅっ!!


大きな水風船が弾けるような音が鳴り響く。


ハンマーの一撃で警備員は文字通りミンチとなった。


「;そきhg;lj」


ミンチを作ることに満足して、微かに喜びの混じった声を出しながら、それはホテルに向かって歩きだそうとした時だった。


「おい、これなんだよ」

「知るかよ」

「トレーラーの中は無人のようだ。つまりコイツ一人だけでここに来たようだな」

「随分と自信があるやつなんだ」

「今の一撃は手練れだ。油断するなよ」


それは暗がりから出てきた和装の三人が敵だと理解した。


そして、即座に一番近くにいた男を攻撃する。


「あぶね!」


普通の人間なら、回避不可能な一撃を即座に回避できたことで男が並ではないことを彼は理解した。


だが、それは人間の形をしているが人間ではない。


振り下ろしたハンマーを避けるために、男は左へ飛んでいた。


わずかに浮いている。


そこを彼は即座に横なぎでハンマーを振るう。


まるでハエ叩きで叩くように、人間なら不可能な身体の動きで、ハンマーを力任せに男に叩き込んだ。


「なっ、ーーグペッ」


嘔吐する時のような声を出しながら、男はそれのハンマーに吹き飛ばされて絶命した。


「マジかよ!」

「っち、やばいな。応援要請がここに来るのってどれぐらいだ?」

「三十分だ!」



三十分、それは比較的早くに到着した場合の時間だった。


二人は近接戦闘を即座に捨てて、護符の力で一気に距離をとった。


敵は近接武器しかない。距離を取って術でダメージを与える。


二人の対応は間違ってはいない。

接近されれば一撃で殺される。


目の前にいる彼のように銃弾を受けても平気な使い手は、近接攻撃を中心とすることが多い。



だが、二人の誤算はそれの身体能力が、想定を大きく上回っていた。


「くら、っ?!」


距離を取り二人は攻撃の護符をそれに放とうとした。


だが、それが立っていたところは地面が突然爆破したように砂利と土が舞い上がった。


そして、男の十メートル右側に立っていた男の場所からズンッ! という衝撃音が鳴り響いた。


男の視界に入ったのは、それがハンマーを振り下ろしている姿勢で、地面が陥没して紅い水たまりが出来ている光景だった。


「…………」


警備員を殺した一撃よりも速い一撃と威力。


和装の男は即座に逃げることを選んだ。戦えば死ぬ。だが、逃げ切れるかどうかも分からない。


男は逃げる選択をしながら、もう一つの選択をしていた。

袖から式神の紙を取り出して空へ飛ばした。


男の指から紙が離れたと同時に男の視界は真っ暗になった。




最初に異変に気付いたのは環だった。

地面が揺れた気がしたのだ。でも、地震ではない。


ーーなんだ?


そう思っている二度目の振動。


環はこの振動を体験したことがあった。

過去に戦った上位の鬼を討伐に参加した時に、鬼が地面を棍棒で叩きつけた時の振動に似ていた。


環は別室で寝ている二人に緊急時に警報の護符を使い、即座に着替えた。


「襲撃の可能性がある」


言葉にしながら、環は即座に戦闘用の道着に着替えて、刀と護符を持ち部屋の外に警戒しながら出る。


するとほぼ同時に小夜子と鱗も部屋から出てきた。


「花月さんのところへ」


環の言葉に即座に頷く二人。


環達が移動している時下の階でズン! ドゴッ! という衝撃音が鳴り響く。


三人は何者かの襲撃だと確信した。


直ぐに花月仁美が泊まっている部屋に辿り着き、環が緊急時のスペアのカードキーで花月仁美の部屋に入り、花月仁美を起こす。


「花月さん!」

「え、え?」


突然起こされた花月は混乱しながらも言われた必要最低限のモノだけを手にして、三人と共に部屋を出た。


「確認だけれど、小夜子。襲撃者って視えないよね?」

「襲撃者の顔か名前が分かれば出来るけど、無理ですね」


小夜子達三人は気配と音から、襲撃者の居る位置から逆の非常階段から一階へ向かうことにしたのだが。


「あ」


そう声を漏らしたのは環だった。

それは直感だった。


環は反射的に、自分達が立っている周囲の廊下に、製造するのに最短で一年掛かる強力な防御用の護符を使った。


次の瞬間、護符によって強化されたはずの廊下が爆発して、彼女たち四人は暴走車両に跳ね飛ばされたように吹き飛んだ。


小夜子は何が起きたのか分からなかった。


「ぐっ、花月さん?!」


鍛錬を積んでいる環と鱗は無事だと仮定して、一般人の花月の安否を確認するために無理やり体を起こして、周囲を見渡すと廊下の穴から何かが飛び出てきた。


「っ」


ズンッ! と廊下を踏み鳴らして廊下に着地したソレは、倒れ込んでいる人間達を一人ずつ確認する。


そして、呆然とした表情でその存在を見詰めている小夜子を確認すると、頷いた。


「ミヅゲタ」


それは初めて人間らしい言葉を話した。


ゆっくりとした足取りで小夜子に近づいてくる。


小夜子は反射的に、眼でそれを見てしまった。彼の中身を確認してしてしまった。


殆ど反射的な行いは、彼女を動けなくするには十分だった。


元人間の子供を使った人体実験。中身を観た時に彼の受けてきた仕打ちの痛みを感じたわけではない。


でも、動けなくなった。小夜子は過去の悲惨な体験とどのような実験を彼が受けたのかしっかりと観てしまった。


彼女の能力が高過ぎた為に小夜子も自分自身がそれを体験したと誤認するほどだった。


「キエェェィッ!」


動けない小夜子の代わりに、動いたのは環だった。


環の抜刀からの一撃は油断をしていた彼の右二の腕にしっかりと切りつけれた。


「?!」


環の一撃を回避できなかった彼は驚愕した。

同時に刀で切りつけた環も驚愕した。


「なんて硬い」


環の一撃は鬼の皮膚も切り裂く。

それが身に着けているスーツだけしか切り裂けなかった。


「鱗、花月さんを連れて逃げろ!」

「は、はいっ!!」


環は今回の襲撃が花月仁美を狙ったものではないことを薄々理解していた。


彼は小夜子を見て、ミツケタと呟いていた。

一瞬でも気絶していたら、勘違いをしたまま戦うことになっただろう。


「小夜子、壁に穴!!」

「は、はい!」


強力な岩と土の複合の術符を小夜子は壁に向かって発動させる。


壁を壊して一気に外へ出る。


更に環の一撃に驚いている彼に対して、環は対象を拘束する術符を発動させた。


鬼などの強力な妖怪の動きを止める鎖。


環は迷わず二枚使用した。


「pjそjhさsgt?」


突然、身体に巻き付いてきた鎖に驚きの声を上げる彼。


鱗は小柄だが、魔力で肉体を強化して怪我で動けない花月を抱きかかえて即座に階段から駆け下りて逃げた。


小夜子を抱きかかえた環はその状態になってもなお、花月仁美と燐に見向きもしない襲撃者に、狙いは小夜子だと確信した。


そして、目の前の敵の力を確認して、自分達を陰で護衛していた人員は全滅だと理解した。


小夜子と環の真夜中の逃走劇が始まった。

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