第9話


三人は幼い頃からの付き合いで、修行も一緒にすることが多かった。


大きくなると三人の家は、それぞれの得意分野が違う三人でチームを組ませてみた。


鑑定、解析を小夜子が。解呪を鱗が。戦闘は環が対処した。


三人の相性と仕事の実績は素晴らしい結果となった。


「そろそろだな」

「そうですね」

「今回も楽な仕事だといいなぁ」


今回の仕事先の高級ホテルへ到着。


ホテルの従業員に案内された先は、普段ならパーティー会場などに使われている広間だ。


だが今は、本来存在するテーブルや椅子などは片付けられており、ガランとした空間が広がっている。


「花月仁美様、お久し振りです」


小夜子の一つ年上の環が代表として、最初に深く頭を下げる。それに小夜子と鱗が続いて挨拶と頭を下げた。


「ふふ、三人ともお久し振りです」


三人を待っていたのは、穏やかな表情で武がこの場にいたら、保育園の園長か? と勘違いしていた。


だが、目の前にいる中年の女性は優秀な経営者だ。


「三人とも元気だった?」

「はい、おかげさまで」

「わたくしもです」

「元気です!」


花月仁美と三人の関係は良好だった。


花月仁美は自身にも部下にも厳しい人物であると同時に、若くても実力と実績のある三人を評価していた。


「今回も迷惑をかけるけれど、お願いするわ」

「はい、今回の品は絵画だと聞いていますが、間違いないですか?」


小夜子が確認の為に問うと花月仁美は頷いた。


「ええ、アメリカでお仕事をしていた時に偶然出会ってね」

「相変わらずですね」


環が苦笑いを浮かべてしまう。


多額の依頼料をしっかりと支払ってくれる上客だが、危ない趣味なのでそろそろ止めてはどうか? と言いたい気分になった。


初対面なら、そんなことは思わないが。それなりの付き合いなので心配になってしまう。

それは、小夜子と鱗も同じだった。


「うん、もうあの木箱からビンビンに力を感じるんだけれど」

「あれくらいなら、わたくしが居なくてもよかったかもしれませんね」

「駄目ですよ小夜子先輩、詳しく調べてもらった方が解呪の難易度は下がるんですから、逃がさないですよ」

「ええ、分かっているわ。ちょっと言っただけよ」


呪われた品物の呪いを解除する時、なんの情報もない場合と、情報がある場合、どちらが危険か素人でも分かることだ。


小夜子の軽口に鱗は半ば本気で答えた。


「さて、さっそく始めようか、花月様は我々の後ろに結界を作りますので」

「ええ、見せて頂戴。三人の仕事ぶりを」


キラキラと少女のように期待に満ちた目をしながら花月仁美はそう告げて、環と共に会場の端へ移動する。

環は今まで通りに依頼主である花月仁美の周りに結界を作り、小夜子と鱗の元へ。


「簡単に言ってくれるなぁ~」

「仕方がないわよ。わたくし達のことを理解して依頼してくれる方です」

「そうですけど。危ないのは変らないじゃないですか小夜子先輩」


鱗を宥めながら、小夜子は何時ものようにリラックスをしながら、準備を進める。


持ってきたキャリーバッグから、呪符を取り出す。

小夜子が持ってきたのは、呪われた品物を観た際、その呪いが自身に襲い掛かってきたときに自身を護るための守りの呪符だ。


呪いの強いモノはただ見ただけでも呪われてしまう。


「それで、今回の品物は?」

「大丈夫、既に見ているけれど、仮に何かあってもわたくし達の敵ではないわ」

「分かりましたぁ」

「結界は張ってある、問題ない。始めよう」


環が合流して、三人は呪いの絵画が入った木箱へ視線を向け、三人は仕事に取り掛かった。






まず、戦闘を担当する環が結界を自身に張りながら、木箱へ近づいていく。


強い呪いの物品なら、この時点で呪いの力が具現化して襲い掛かってくることもある。


そういうことが起こると、戦闘力の低い小夜子と鱗では、対処が難しくなる。


今回はそのようなことはなかったが。


環は木箱に張られた西洋の魔法陣が描かれた護符を剥がす前に、木箱の近くに用意されたバールで釘を抜いていく。


この木箱自体が呪いを封じ込める特殊な木材が使われている。


呪われた絵画の力がこの封印の木箱から出ることが出来ないところを考慮すると、小夜子の言う通り今回はそこまで強い呪われたモノではないな。環は考えた。


彼女がそう考えながら、深く穏やかに呼吸を行い全身をリラックスさせた。


彼女は封印の木箱をあえて破らない賢い呪いの道具が過去には存在したことを忘れていなかった。


仮に木箱が今大爆発を起こしても、彼女は冷静に結界の力を強化して自分と背後の友人達を守り、依頼主の花月の結界も同様に強化して、守っただろう。


「木箱の釘を全て抜いた。箱の蓋を開けるぞ」

「はい」

「分かった」


環が蓋を慎重に開けて、中に専用の布で包まれている絵画を全身に魔力を流し呪いの絵画から攻撃された時の備えをしながら取り出して、近くに用意されたテーブルに置く。


「包みを取るぞ」

「はい」


環の声に鱗が答える。小夜子は既に自身の特異な眼を使って、絵画の鑑定と分析に入った。


「これは、また典型的な」


環の言葉に小夜子と鱗は声を出さずに同意した。

絵画に描かれていたのは、美しい貴婦人だ。

だが、その貴婦人の絵画は劣化だけではなく、何かによって赤黒くところどころ変色していた。


「……男性の彼女への思いが強すぎてこうなったみたいですね」

「分かった」

「はぁ、そのタイプか」


うんざりする三人の声、彼女達は年齢に比べてかなりの仕事をしてきた。


その為、過去の呪いの物品が出来た経緯を何度も知ることになる。

今回の品物もよくあるタイプだと分かり、精神的に疲れたのだ。


「はい、それじゃあ。仕事をしますね」

「気を付けてください。呪いの中心は貴婦人ですね」

「分かりました。やりますよ、環先輩、小夜子先輩」



鱗の言葉に頷いて、環が絵画の置かれたテーブルから少し離れて、背中に背負っていた日本刀の包みを術を使って一瞬で剥がし、鞘から刀を抜いて構える。


小夜子も鱗と自身を守るための結界を発動させる。

環には使わないのは、環が動きやすいようにする為だ。


「始めます」


鱗は用意していた解呪用の護符をダーツのように絵画に投げる。すると絵画から黒い霧状の腕のような何かが溢れ出て、燐が投げた護符を弾き飛ばそうとした。


「――シッ!」


環は鱗の投げた護符に黒い腕のようなモノが触れる前に、自身の魔力を刀に纏わせて、黒い腕のようなモノへ魔力の刃を水平に飛ばし、黒い腕のようなモノを切り飛ばす。


パンッと水が弾ける音と甲高い悲鳴が周囲に鳴り響き、三人は一瞬だけ不快感で表情を歪ませる。


「小夜子!」

「はい」


環の飛ばした魔力の刃で切り飛ばされた黒い腕に、小夜子が瞬時に魔のモノを攻撃する雷の護符を発動させる。


ーーバチンッ! という雷が落ちたような閃光と音が会場に鳴り響いた。


「(小夜子先輩、やりすぎです、後耳が!)」

「(強い呪いではありませんが、全力で倒すべきです。それに派手な方が花月様も喜びます)」


小声で鱗と小夜子はそんなやり取りをしながら、絵画に張り付いた呪いを解呪する護符が呪いを徐々に吸い取っていく。


「ふぅ、粘りますね」

「女性に執着していたんだ。しつこいのは当然だろう」


環と鱗の言葉を聞きながら、恋愛と言う意味で人に執着をするということはどういうことなのだろうか? と小夜子は考えた。


それから、何度か抵抗として絵画から黒い霧のような腕が現れて三人に襲い掛かったが。


彼女達三人は冷静に対処して、三十分ほどで絵画に染み付いた呪いは完全に解呪されたのだった。


「素晴らしいわ」

「ありがとうございます」


花月仁美の手放しの賞賛に三人は嬉しくも、どこか恥ずかしくなった。


褒める時はちょっと大げさに褒めるのが花月仁美という人物だった。


「これで、この絵の持ち主も安心ね」

「あれ、この絵画って花月様の持ち物ではないんですか?」

「そうよ、鱗ちゃん。この絵の持ち主はね。アメリカの大手の製薬会社の元会長さんの持ち物なのよ」

「へー」


花月仁美と鱗の話に環が入る。


「大手と言うと、どこですか?」

「ブルーフェザーよ」

「ブルーフェザーですか、確かあそこはアメリカでも三本の指に入る大きな医薬品メーカーでしたね」


小夜子はブルーフェザーという名前を聞いて、どんな会社だったか思い出した。


「慈善事業も多く行っている会社ですね」

「ええ、調べた限り、今時ビックリするくらい、まっとうな仕事をして規模を大きくした会社よ。今回のアメリカのシリウス製薬を買収する前から、少し縁があってね」

「なるほど、確かにあれだけ大きい会社ならば、こういった品物を持っていてもおかしくはありませんね」



その後、専門の従業員を呼んで絵画を梱包して、花月に案内されてレストランで食事を摂った。

移動時間や比較的楽な戦闘ではあったが、花月の勧めもあり、今日はこのまま三人は花月が用意したホテルに泊まることにした。


これが、初めて依頼を受けた相手なら、警戒もするが。

魔法業界へ理解と、各名家と対魔師局へ色々と協力している花月仁美の誘いだから素直に頷いた。


「夕食も一緒にしましょうね」

「はーい!」

「はい、ぜひ」

「楽しみにしております」


鱗、環、小夜子の三人は用意されたそれぞれの部屋に一度戻った。


そして、小夜子は時間を確認。


「昼休みはとうに終わっていましたか」


スマホを持ちながら、武に連絡できる放課後の時間になるまで、小夜子は今か今かと待ち続けた。





ソレは、自分自身が何者であるのか理解していなかった。


ただ、狭苦しい場所に自分は閉じ込められていて、ここから出られる時は、自分と似たような存在やまったく形が似ていない肉の塊と戦う。

それが、ソレの全てだった。


『おい、いよいよだぞ』

『お、ついに決まったか』


外から声が聞こえた、自分を閉じ込めている憎い、弱い奴等の不快な声にソレは全身が熱くなっていく。


『どうやら、ジャパニーズのシャーマンを攫う任務に使うらしい』

『へー、最初だから簡単な依頼にしたんだな』

『いや、そう言うわけでもないぞ。AA能力者だ』

『え、それ大丈夫なのか? 警護かなり厳しいんじゃないか?』

『大丈夫だろう? だって、コイツはドラゴンよりも強いんだからさ』


外からの会話から、自分が狭苦しい場所から出られことになったようだ。

それを聞いて、ソレは少しだけ身体の熱が引いていく。


楽しみだ。思い切り身体を動かせる。その時を考えながら、ソレは意識を手放した。

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