第5話


異世界に召喚された俺は、仲間の勇者達と邪神を倒して元の世界に帰ってきた。


地獄の邪神討伐を終え、社会復帰を出来る精神状態に戻ったので、元の世界の日本でのんびり暮らす予定だった。


あのファンタジーな世界で戦い手に入れた、スキルポイントで習得したスキルで、これからの人生はベリーイージーだ! とも思っていたのだが。


なんか、元の世界に吸血鬼がいた。


うん、なんで? と思ったよ。どれだけ否定してもこの世界には吸血鬼がいる。それどころか、日本には裏の組織で対人戦の対魔師と化物退治をする退魔師がいるらしい。


元の世界で平穏無事に暮らしていこうと思っていた俺の計画は、即座に頓挫した。


結果、今俺の力と正体を知っている人物が一気に増えた。


イタリアの吸血鬼のお姫様で現在留学中のアンネ。その侍女のアメリアさん。


千里眼の能力者を代々輩出している、名家のお嬢様の縁眼さん。その保護者達数名。


とは言え、現時点では問題なかった。


アンネが防波堤になってくれていたらしく、日本政府と話をして、身元不明の竜殺しの忍者の機嫌を損ねたくない。と言う方針になった。


それのお陰で、ここ数日は俺の周りは平穏だった。


「おはよう、アンネ、アメリアさん」

「あら、おはよう。武」

「おはようございます。武様」

「一応、不法侵入だぞ」


朝起きたら、アンネとアメリアさんが家のリビングでくつろいでいた。邪神と戦っている時なら、敵意が無い味方でも寝ていても絶対に気づいた。


過敏に反応しないことは良いことなのかしれないが。ちょっとこれは問題だな。後でこの世界で使うための警備用の魔法を作るか。


あ、それと変な連中が二人の後をつけてないだろうな? 一応、周辺を調べてみて変な反応はないな。


「少し待ってろ、顔を洗ってくる」

「ええ、待っているわ。けれど、日曜日とはいえ早くしてね。朝食を食べたいし」

「先に食ってろ」


先週の日曜日、縁眼さんの長と話した後の学校生活は無難だった。


今にして思えば、嵐の前の静けさだったのだろう。


「それで、今日は何の用だ?」

「報酬が用意できましたので、お持ちしました」

「報酬、ああ、護衛のか」


身分がお姫様の護衛。賞金首討伐。スカルドラゴンの撃破。テロ組織の首領の捕縛。


「それで、今回の報酬っていくらだ?」


勇者として活動していた時に魔王軍の竜や人を襲う野生の竜を討伐した時も結構な報酬が支払われたな。

後半、貨幣不足で勇者達も販売を控えたくらいだけど。


「約三十億です」

「…………ん?」


アメリアさんの言葉を聞いて、俺は予想の十倍以上が提示されて驚いた。


「今なんて言った?」

「三十億円よ」

「何故その金額に? 思った以上に高額だが?」


俺の困惑にアンネが答えてくれた。


「わたしの護衛料は二千万ほど、その後懸賞金も三千万」

「うん」

「テロの首領逮捕に対する功績は勲章とかで。と話が出たけれど、本人が嫌がるのでこちらで断ったわ」

「それはありがとう!」


俺が勢い良く頭を下げると、二人に小さくため息を吐かれた。位とか名誉とかを上げられないと、やりにくいだろうな。ごめんね。


けど、面倒なのは断る!


「問題はスカルドラゴンの骨よ」

「骨?」

「武は簡単に切り裂いたけれど、骨の強度は伝説の金属オリハルコン並みなのよ? アンデットとは言え、竜殺しの戦利品は武のモノだけど、武が帰ったでしょう?」

「ああ、そういえば、あれ放置していたな」

「あの後、日本政府が保管すると言い出しまして」

「おいおい」

「それを理由に武様とお話をしたかったようですが、こちらで全力で回収をしました」

「約三十億は骨の代金よ」

「ず、随分と高値で購入するな」


まあ、日本円換算で向こうでもオリハルコンは億単位だったな。純度次第で値段は結構変わったからなぁ。結局、貨幣不足が起こって色々と面倒なことがあったんだよな。


「これぐらい出さないと、問題なのよ」

「ま、そういうことなら骨は持っていけ、あっても邪魔だし」

「本当にいいの? 使い方次第でとんでもない武具も作れるわよ?」


正直、あの骨は確かにオリハルコンに匹敵するが、オリハルコンクラスでは、そこまで強くない。特殊効果が付いた素材という訳ではないし。あまり魅力を感じない。


「要らない。それに切り札の武具ならしっかりとあるから」

「……あの刀以外にも?」

「あの刀以外にも」


俺の言葉にアンネが天を仰いだ。苦労をかけるね。


「分かったわ。じゃあ、これサインをくれる? あ、サインは忍者でいいわ」

「助かるよ、本名はな」


サインを書いた直後、アメリアさんが腰のポーチからアタッシュケースを次々と取り出して中身を空けた。


「半分は金塊や貴金属、それの証明書。残りは円に換えております。このお札は日本政府経由ではなく、私共が元々保有していた日本札ですので細工などはされていない筈です」

「ありがとう、お札の番号とかで、後々俺の正体が特定されても困るからな」


アンネ達がユーロを日本政府に両替をお願いして受け取ったお札や金塊に変な細工されていたら、面倒だからな。

アメリアさん達の方で配慮してくれたか。助かるね。


俺も鑑定で札束をざっと確認していく。うん、変な細工は無いな。


全部のアタッシュケースの中身を確認して、イベントリに報酬を入れた。


「じゃあ、そろそろ」

「朝食にしましょうか」

「……」


帰れ。と言いたかったが言葉を止められてしまった。


ま、仕方がない、金だけもらって帰れは流石に非難されるか。

アメリアさんが作った料理にも興味がある。


久し振りにメイドさんの手料理だ。って、そんなことを考えられるとは。

って、そんな年相応なことを考えられるように心が戻ってきたのか。嬉しいね。


「アメリアさんは食べないのか?」

「わたくしはメイドですので」

「俺の家くらいはいいんじゃないのか? アンネとはプライベートでも仲が良いんだろう?」


リビングのテーブルアンネと向かい合わせに座ると、給仕の為にアンネの後方に控えるアメリアさんにそう言うとアンネがアメリアさんに座るように言った。


「ここは屋敷や公務の場ではないわ。座って」

「ですが」

「俺もその方が食べやすい」


俺の言葉にアンネがアメリアさんに頷いて、アメリアさんもアンネの隣に席をついた。


洋風の朝食かと思ったら、白米、みそ汁におひたし、焼きシャケ。浅漬け。

和食メニューでちょっと内心驚いていると。


「日本の朝食は少し塩分が多いので、減塩の素材を使っております。お口に合うといいのですが」

「なるほど」


そう言って、朝食を食べてみると自然と美味い。と口に出していた。


「うん、美味しいですよ、アメリアさん。減塩だって言われても減塩なのかと思うくらいです」

「ええ、ありがたいわ。ところでアメリア。アレは?」

「手に入れておりますが」


アンネがアレと言ったとたん、アメリアさんの顔色が曇った。


「アンネ、あれって?」

「わたしね、納豆が結構好きなのよ。日本の朝食と言えば納豆が必要だと思うけれど?」

「ああ、なるほどね」


アメリアさんに視線を移すと困っている表情をしていた。


「あー、納豆の匂いが駄目?」

「そう、ですね。あまり得意ではないですね」


躊躇しながらも俺が聞いたからか答えてくれたアメリアさん。


「悪くない臭いなのに、みんなは臭いって。まったく」

「まあ、俺もブルーチーズの臭いとか苦手な匂いは個人差があるから」

「武はブルーチーズの匂いがダメなの?」

「ああ、どうも苦手で」


そこから、どうにか会話で納豆の話題から引き離して朝食を終えた。

ただ、それだと納豆を食べたいアンネが可哀そうだと思ったので。


「今度空気清浄機買ってくるから、その時食べろ」


と言ったら、アンネに微妙な顔をされた。

ま、そうだよな。慣れた人間には悪臭ではないが。アメリアさん的には苦手な香りだから勘弁してやってくれ。


「そういえば、武はこれからどうするつもりなの?」

「どうとは?」

「忍者として活動しないんでしょう?」

「ああ、何か緊急の出来事がない限りは、普通の学生として生活だな。幸い金はあるから、自由に出来るが」

「駄目もとで聞くけど、わたしの家臣にならない?」

「断るよ、面倒だし」


Ok貰えたら儲けものという軽い感じでアンネが問いかけてきたので、俺もそう伝える。


「もったいないわ。貴方なら、世界を狙える力があるのに」

「そんなものに興味はないよ。寧ろ、有名になれば敵が増える。家族や身内に犠牲者が出たら、即座に世界を滅ぼすかもしれないぞ? だったら、隠れていた方が俺も世間も幸せにつながるよ」

「ぶ、物騒なこと言うわね。けど、出来そうだから、貴方の正体を隠す為に力を貸すわ」

「ありがとう」


ま、俺が世界を滅ぼす程人を憎むことがあるのか微妙だけどな。

人が死ぬことは当たり前で、理不尽に死んでもそれもある意味では運命だ。


目の前で大勢の人間が死ぬところを見すぎた弊害だな。


「そういえば、アンネの方はこれからどうするんだ?」

「どうって?」

「いや、留学ってことは何か目的があったんじゃないのか?」


俺の問いにアメリアさんが答えてくれた。



「アンネ様の場合、趣味で日本に留学を決意しましたから」

「趣味?」

「はい、アンネ様のご趣味。サブカルチャーの市場は世界でも高いです」

「日本は衰退してきているけどな」

「はい、ですので、今のうちに学べるモノを学んでしまおうと」

「はぁ、まあ、そういう考えが出るくらいには、日本は衰退してきているんだなぁ」


エンターテイメント系で、日本のサブカルチャーが世界で今も高い人気がある。

なら、それを自国で少しずつにでも高めよう。と考えるのはある意味当然だ。


それを一国のお姫さんがやるのか? とは思うが。


「お父様達もそこそこアニメとか好きなのよね。実は日本のクリエイターの何人かを引き抜いたし」

「え、マジで?」

「うん、お父様とお母様が出会った切っ掛けって、日本のアニメイベントだし」


スマホで調べた限り、アンネのお父さんってかなりイケメンだった。

え、あのイケメンがアニメイベント?


「メッチャハッピー・ブレザー・プリンセスSのトレーディングカードで、お互いに持っていないレアカードを交換してからの付き合いだとか」

「まさかの子供向けアニメ?!」


あの作品、って確か三十、いや二十数年前の作品だよな?記憶だと去年あたりに何周年記念でリメイクアニメやってなかったか?

いや、待てよ。あのカードって確か、ネットで見たことあるけど、昔のデパートのアミューズメントパークとかにある子供向けのカードゲームだよね?


イタリアにもゲーム機あるの? あ、イベントの為に持って行ったのか?


「メッチャハッピー・ブレザー・プリンセスSのイタリアでの最高視聴率は七十%です」

「すげぇ」


日本のアニメの知らない実績に、俺は素直に驚いた。


「ここ十五年くらいで、ネットとか法律とかで色々とアニメ作品も入ってきたからね」

「これからの産業か」

「うん、日本は中抜きとか派遣で搾取して、現場の人間を酷使しているって聞いているからね。優秀な人材を引き抜きやすい状態だから、これから楽しみなんだよね」

「あ、ああ、うん」


そこは俺は何とも言えないな。締め切りがあるから、上手い人でも枚数描けないと首切られる。とか普通に聞くし。


そういう意味では、アンネは救いの神になるかもな。業界のことはなにも知らないが。ちゃんとした額の給料貰えるのら良いことだろう。


「ああ、そうだ。武は他に何か欲しいものない?」

「ほしいモノ?」

「うん、お父様が娘の恩人には報いたいって」

「うーん、そういわれてもなぁ」


下手なことを言うと首輪付けられそうだけれど、ここで断るのもアレか。

日本人の感覚だと断ることが正解だが、海外とか異世界だと贈り物拒否することは相手とは縁を切りたい。関わりたくないってことの場合が多い。


俺はしばらく、問題のない範囲のお願いを考えて。


「そうだな。どこかに誰も来れない鍛錬場が欲しいかな。筋トレだけでもできる場所」

「筋トレですか?」

「どういうこと?」

「今まで隠れて筋トレとかしていたんですよ。岩とか特注の重りで。人に見られると問題ある姿なので」


アメリアさんとアンネの疑問に俺はそう答える。


二人は何事か話し合って、直ぐに頷いた。


「それなら、日本政府から土地を借りる予定があるから、そこの一角にトレーニングルームを作りましょう」

「いいのか? いや、それ以前に土地って簡単に借りれるのか?」

「ええ、今都心でも空き家問題があるでしょう? その辺を上手くやってね。通学している学校の近くにちょっと広めの土地を借りて家を建てて住む予定なの」


あー、なるほどね。今回の騒動のこともあるから、多少のことは日本政府は目をつぶったなこれは。


空き家問題は結構面倒くさいって聞くけど、金で解決できるなら早く解決した方がいい。


「直ぐには無理だけれど、楽しみにしててね」

「おう」




やった! 内心でわたしはガッツポーズをしていた。


自分の家の敷地内のトレーニングルームに、日本どころか世界でも数えるほどの強者が家に定期的に訪れる理由を作れた。


良し! 良し! ナイスだわ! わたし、お母様や御婆様から馬鹿にされなくて済むわ!!


もう、恋愛弱者呼ばわりさせないわ!


結構カッコいい顔立ちだし、肉体も鍛えられている。


それに学生だけど、大人の余裕? みたいなモノもある。


どれだけの修羅場を潜ってきたのか知らないけれど。


「アンネ様」

「何よ?」

「アプローチ出来ると良いですね」

「だ、大丈夫よ。けど、いきなりやり過ぎると引かれるかもしれないから、じっくりやりましょう」


専属侍女のアメリアは、アンネローゼの祖母と母からこう命令を受けていた。


恋愛にヘタレなアンネをフォローしてくれ、と。


アメリアは慎重な行動は必要だが、大丈夫だろうかと、今から心配になった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る