第4話
ちょっと後になって、アメリアさんから教えてもらったことだが。
スカルドラゴンを討伐した後、日本政府と魔法絡みの業界は大混乱に陥っていた。
スカルドラゴンの元になったドラゴンは、アンネの父親が精鋭部隊と共に戦い討伐。
魔法を使わずに現代兵器だけで討伐するなら、討伐するまでに日本に甚大な被害が出ていただろう。
そんな強大なスカルドラゴンを秒殺した正体不明の忍者。
日本政府と魔法関係者は謎の忍者を恐れた。
隠密行動できる者は、そちらの技術を高める為に対人戦闘力は高くても、対魔戦闘力は低くなりやすい。
だが、俺はスカルドラゴンをあっさりと討伐した。警戒しない方がおかしい。
ドラゴンなのように巨体なら、逃げられたとしても巨体で発見も容易。
だが、忍者は? ただ、立っているだけで、手練れの対魔師が意識できなくなるほど高い隠密性能を持っている。発見しにくい、暗殺を防ぐことは難しい存在を仮に敵に回した場合、ドラゴンと別の意味で被害は尋常じゃなくなる。
俺はこの時知らなかったが、スカルドラゴン討伐以降、政府と魔法関係者は死に物狂いで俺を探していた。
『縁眼家ねぇ。流石と言うべきなのかしら』
あの後、縁眼さんから「申し訳ございません。流石に今すぐにはお会いできません。どうがお時間をいただけませんか」とその場で土下座された。
まあ、いきなり戦闘力の高い人間が一族の長に会わせろと言って会えるわけがない。
こちらも、話し合いで解決したいので分かったと告げて、今日は帰った。
どうしたものかと悩み、アメリアさんに相談をしたことで、俺の家の自室にアンネの使い魔の蝙蝠が待機していた。
この使い魔の蝙蝠、結構可愛いな。
俺はベッドに座りながら、蝙蝠用の止まり木代わりに、一メートルほどの魔法の力が宿る植木鉢を置いてやると、嬉しそうに蝙蝠はその木にぶら下がった。
ちなみに、この植木鉢に植えられている苗木はユグドラシルとアダ名が付けられている。
「有名な家なのか?」
『日本の裏の名家の一つよ。表では知られていなくても、千里眼の家として有名ね』
「千里眼、なるほど」
あれ? ってことはもしかして。そう考えたところで、アンネも察したのか謝ってきた。
『……わたしが原因かもしれないわね』
「あー、アンネが監視されていたか」
『ええ、そのごめんなさい』
「いや、いいよ。遅かれ早かれ、こうなることは予想していたし、出会った時は約束していない」
うん、アンネは約束を守っている。これは間違いないから気にしないでほしいね。
「それにいざとなったら、国盗りも面白そうだし、別にいいよ」
『ちょっ、ちょっと待って! 何をする気?』
「冗談だよ。まあ、けど向こうが何かしてくるなら、こちらも全力で縁眼家を消滅させようかなって」
『……滅ぼす、ではなくて?』
「うん、消滅かな。墓も他家に残る記録も何もかも。流石に口伝は面倒だから、しないけれど」
場合によっては一族を皆殺しにすることに躊躇なくなった自分に何も感じないのが、少し悲しいと思っている。でも、少しは悲しいと感じられているから、人間らしい感覚を取り戻せているのかもしれないな。
『えっと、面会する時、わたしも一緒に行きましょうか?』
「いや、流石に目立ってしまう。多分、縁眼さんが転校した時点で、俺の学校も目を付けられている」
名家の娘が転校したら、流石におかしいと思うだろう。
まあ、仕事で何度も転校しているなら、不思議には思わないだろうが。
その辺は向こうも偽装をしていることを願うよ。
『厄介ね』
「ああ、しばらくは大人しくしておかないとな」
元々、チート能力で派手に活動するつもりはない。縁眼さんのところの長と話し合いが済んだら、のんびり過ごせばいい。
この時点では俺はそう思っていた。
☆
翌日、学校などを考慮して今週の日曜日にお会いしませんか? と縁眼さんから提案された。
俺としてはまったく問題ないので、了承して日曜日を待つことになった。
それから、日曜日まで穏やかな日々が続いた。
学校へ行くと縁眼さんから挨拶をされて、何かと話しかけられる。
俺もここで邪険に扱うとクラスメイト達からの評価が下がるので無難に対応。
ただ、縁眼さんは緊張していたようだ。少しでも俺と縁を結ぼうと頑張っていた。
あちらの世界でも勇者と縁を結ぼうとメイドさん達が頑張っていたな。
家、家族、自分の為。
現代の一般的な日本人では分からないだろうが、あのファンタジーな世界は、日本と違い集団に属さないと生きていけない世界だった。
現代でもそういう業界なんだな。と漠然考えながら、俺はどうするかと悩む。
勇者なら、断るとその娘さんがどんな目に合わされるか分からないので、引き取っていたが。
現代だしな。そこまで酷いことにはならないだろう。
そう結論づけて、俺は日曜日を迎えた。
縁眼さんに最初は迎えに行くと言われたが丁重に断った。
まあ、向こうもどういう風に話し合いの場所まで移動するか? という話の前振りだったのは分かったので、俺が縁眼家から指定された場所に俺が行く。と答えてから縁眼さんが指定した、縁眼家所有の山に向かった。
もちろん、忍者装備で。
寧ろ、前回よりも戦闘を意識して、最初から背中には刀。腰のベルトにはクナイなど完全武装だ。
更にちょっとだけ威圧スキルを使いながら、待っていると俺を迎えに来た巫女服を着た縁眼さんが即座に土下座した。
個人的にはそこまで威圧スキル使ってなかったけど、強かったみたいだ。
「で、では、こちらです」
「ああ、すまなかった。気合の入れる方向を間違えたようだ」
「い、いえ、大丈夫です」
たぶん、監視されているけど、監視されている気配がない。
いや、良く探ればかなり分かりにくいが、見られているな。
感の鋭くない俺では、縁眼家の千里眼に中々気づくのは難しいな。
これが他のその手の力に敏感な勇者なら、分かったかもしれないが。
そういば、他の勇者達は大丈夫だろうか? 元の世界に戻ってから無事にやれているだろうか? 考えてもしょうがないが。やはり、気になるな。
俺は縁眼さんと迎えの黒服を着た男性二人。合計三人に案内されながら、山道を登っていく。
一応、舗装されているが、あまり人が来ない場所らしい。
それから五分ほど歩いて駐車場に到着した。
そこには殺風景な駐車場に不釣り合いな一台の黒塗りの高級車が止まっていた。
「お乗りください」
「分かった」
縁眼さんの言葉に従い、俺は黒服が開けた車の後部座席に座る。
俺の隣には縁眼さんが自然に座った。
まあ、向かい合わせの高級車ではないからね。
移動中、無言でちょっと気まずかったが、直ぐに目的の場所に到着したので問題なかった。
「大きな屋敷だ。いい雰囲気がする」
「ありがとうございます。ここは一族やお客様と話し合いなどをする為の屋敷です」
「そうか」
俺は縁眼さんの後に続く。
途中、整列した黒服、侍女っぽい人達から一斉に頭を下げられながら先に進む。
「靴はここでいいか?」
「は、はい、そのよろしいのですか?」
「土足は駄目だろう」
一瞬、縁眼さんが俺の背中にある刀をチラ見した。
「あくまでも話し合いだ。けど、最悪を想定して備えないのは駄目だろう」
「最悪、ですか」
「ああ、最悪だ」
俺の言葉に縁眼さんを少し緊張させてしまったようだ。
綺麗な日本建築、高級旅館のような雰囲気もある廊下を進んでいくと大広間のようなものが見えてきた。
美しい日本画がふすまに描かれていて、こういう場所が初めての俺は、高級旅館の宴会場のようにも思えた。
「龍殺し殿をお連れいたしました」
縁眼さんが入り口で待機していた黒服にそう告げると、耳に着けているイヤホンと無線で何かやり取りをして、「お入りください」と二人の黒服はふすまを開けた。
無駄に広いな。学校の体育館より大きいか?
天井や柱にも彫刻などの装飾が付けられている。
美術品と言う意味だけではなく、魔術的な意味もあるようだな。後は歴史的にも貴重なんだろう。
そして、俺は縁眼さんに案内されてちょっと驚いた。
長と思われる老婆と縁眼さんを人妻にしたような女性。
更に護衛と思われる初老の男性と中年の渋いおじさま。
合計四人しかいない。
更に、俺が案内された位置、座布団が置かれていた場所は長達との距離が二メートルも離れていない。こういう良い家って、平民と少し離れて会話をすることが多かったが。
俺は敷かれていた座布団に静かに座り、全員が正座なので俺も正座しておく。
「今日はお越しいただき誠にありがとうございます。わたくしは縁眼富子、この家の長をしております」
「自己紹介をした方が?」
「いえ、大丈夫です。では早速ですが、我々は貴方様と敵対するつもりは一切ないと理解していただきたい」
真剣な表情。当たり前か。彼女達の感覚では仮に俺に勝っても被害が甚大だ。
寧ろ今回のことは。
「まさか、アンネローゼ様の監視をしている時に貴方様のことを知るとは此方としても予想外だったのです」
「ま、そうだろうな」
最初から俺を狙っていたのなら、どうやって俺の存在を知ったのか、吐かせないとな。
だが、長の言葉に嘘は無いみたいだ。
「我等は昔から、この国の目としても働いておりました。今後もその為に働いていくためにも、貴方様と友好を築きたいと思っております」
「それで、縁眼さんを送ったと?」
「はい、我が孫娘は一族で最高峰の力を持っております。ですが、それが原因で中々良い縁に恵まれず」
「……それは、家柄? 遺伝的な理由?」
「両方ですね。相応の実力者の婿になってほしいと考えております。ただ、血が濃くなりすぎると問題ですので、必ずしもこちらの業界の人間と結婚と言うわけではありませんが」
俺は隣にいる縁眼さんに目を向けると、少し迷ってからこう答えた。
「私の父は一般の方で、父から見て私は少し霊感のある子供だと思っているようですね」
「それは大丈夫なの?」
いろんな意味で、驚いた俺の疑問に答えたのは縁眼さんのお母さんだった。
「今のご時世、政略結婚ばかりだと血が濃くなりますし、その駆け落ちや離反も起こる場合がありますので。昔よりも緩和しているのです」
「なるほど」
色々あるのだろう。恐らくだが、こっちの業界も厳しい修行や仕来たりがある、やりすぎれば子供が逃げるんだろうな。
仕方がない。ばっさり断ると縁眼さんにも、それなりに影響が出るだろう。
だから、逃げ道を作っておくか。
「俺は女好きだ」
「英雄、色を好むといいます。寧ろ、業界的には好ましいかと」
長達は動揺もせずに頷く。業界的に、ね。人で不足は何処でもか。
「そんな男でいいなら、俺が大学卒業した時に、縁眼さんが俺の傍にいたいと思うなら、俺の女にしたいと思うけど?」
「良いのですか?」
俺の言葉に嬉しそうな縁眼さん。ふむ、と何事か考える長達。
「ただ、俺はこっちの業界とはあまり関わるつもりはない。それだけは分かってほしい」
「ええ、此方としても貴方様と敵対するつもりはございません。それに、御友人の御方からもお手紙をもらっておりますので」
アンネかな? アンネしかいないな。
「ですが、一つだけ、一人の日本人としてお願いがあります」
「なんでしょうか?」
「日本を捨てないでいただきたい」
「はい?」
「アンネローゼ様と仲が良いとお聞きしております」
「うん、仲はいいな」
連絡は取り合うくらいには。
「ですので、日本政府側もその部分を恐れております。最悪の場合、政府が何をしでかすか……」
あー、スカルドラゴンを倒せる人間が海外に行かれると国としても困るわな。
脅迫って感じではないし、縁眼家からの忠告かな?
「それは忠告ですか? 貴女方は日本政府の味方?」
「はい、忠告です。我々は中立です」
「分かりました。日本が好きなので移住するつもりはありません。ですが、あまりにもひどい場合は別です。移住する前に戦うかと」
「はい、お考えは分かりました。それとなく、信用できる方達にその意思をそれとなく流しておきます」
「お願いします」
うーん、今日はこれくらいかな?
「最後に確認ですが、貴女方は正体をバラさないという認識でいいですか?」
「はい」
「貴女方が俺の正体をバラさないのであれば、俺は何も言いません」
では、と言って俺はゆっくり立ち上がり、失礼します。
と告げて、巻物をイベントリから取り出した。
「術を使わせてもらいます」
「はい、かまいませんよ」
俺は魔力を巻物に流して術を発動させ、家に転移した。
景色が煌びやかな大広間から、自室になったことでホッとした。
ああ、面倒くさかった。
とりあえず、これでしばらくは問題ないだろう。
はぁ、まだ昼にもなっていないな。
少し寝るか。
俺はスマホのタイマーを一時にセットして、着替えてベッドに横になった。
しばらくは何もしたくないな、本当に。
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