第3話

異世界の勇者として召喚された最初の頃は、ゴブリンなどの弱いモンスターですら、倒すことが難しかった。


無意識に生物の命を殺すことへの忌避感が原因だ。


同じ日本人の勇者の中には所謂、都会っ子も多かった。

だから、最初は本当に苦労した。


他の異世界から召喚された勇者達とも最初はそういう文化の違いで喧嘩もしていたな。


「死んだら、骨になるだけだ。恐れるな。とは誰の言葉だったか」


死んだら骨になるだけだから、そこまで命を奪うことへ恐れを抱く必要はない。


そう言って、都会っ子組を励ましたのは、そう思い出した。


俺達の教師役の騎士だったはずだ。

ああ、精神保護の為にこの辺の記憶がかなり曖昧になっているな。

あの人の顔も名前も覚えていない。それだけ、多くの人が死んだ。

精神的に狂ってしまうくらいには、辛いことが多すぎた。

目の前で兵士が邪神の眷属に生きたまま、泣け叫びながら死んだとしても何も感じなかった。


今は大分回復したが。


「あの人は、死体が残っていたんだっけ?」


彼は魔王との戦いの途中の戦場で死んだはずだ。

彼を殺したのは魔王軍のネクロマンサーが生み出したスカルドラゴンだったのは覚えている。


「うん、嫌な事を思い出した」


全部ではない。けれど、思い出したのは変らない。

目の前にいるジャンボジェット機よりも二回り大きいスカルドラゴンが俺を見降ろしてくる。


「素材の骨は結構良い骨だな」


そんなことを考えながら、俺は忍者刀を構えながら、ゆっくりと近づいていく。

そんな俺にスカルドラゴンは、前足で俺を踏みつぶそうと右前足を振り下ろしてきた。


本来なら人なんて簡単に吹き飛ばされそうな暴風と速度。


けれど、勇者として邪神と邪神の眷属の大群と戦い勝利した勇者の力がある俺には微風だ。


仕方がないことだが、おかしな身体になったな。


「いいぞ。【五月雨】切り刻んでも」


俺の呟きと共に手にしていた忍者刀【五月雨】が目を覚ます。


青黒く刀身が淡く光り、俺を踏みつぶそうとするスカルドラゴンの右前足が俺に触れる瞬間、俺は【五月雨】でスカルドラゴンの右前足を木っ端みじんに切り刻んだ。


爆発と誤解するほどの衝撃音が滑走路内に響き渡る。

それくらいの規模で巨大なスカルドラゴンの右前足は付け根の方まで切り刻まれ、周囲に骨の破片が飛び散った。


絶叫のようなスカルドラゴンの方向が響き渡る。

痛みはないはずだ。だが、痛がっているようにも見える。


魂が入っているのか?


「ブレスを持っていると厄介だな。【五月雨】」


喚き散らしながら、俺を恐れるように後退するスカルドラゴン。

こういう時、ドラゴンはブレスを使ってくることが多い。


骨しかない身体でブレスを撃てるのか? と思うが、魔力を口元に集めて魔力を吐き出す個体もいた。


「お休み、ドラゴン」


死んだ後、武具ではなくアンデットとして蘇らせられた哀れなドラゴンにそう囁いて。


俺は【五月雨】に魔力を送る。それと同時に周囲に雨のような数の【五月雨】の分身が現れた。


「技に名前を考えたのは最初の頃だけだったけど、せっかくだ。名前を付けよう。この技は使う頻度も多いし、うん。忍法……」


あ、でもこれは忍者刀【五月雨】で使っているから、忍術ではなくて剣術か?


「うん、訂正。秘剣、五月雨切り。かな?」


安直な名前だが、許してくれ。


手にしていた忍者刀【五月雨】は俺の言葉を聞くと嬉しそうに、刀身今までよりも強めに輝かせた。


気に入ってくれたのなら、何よりだ。



雨のような数の【五月雨】の分身がスカルドラゴンの身体を切り裂いていく。


地面に突き刺さり、消えてはまた空から大量の【五月雨】の分身が、スカルドラゴンを切り裂いていく。


スカルドラゴンが暴れて、悲痛な叫びをあげる。けれど、それも数十秒で終わりを告げた。


雨のような斬撃を受けて、スカルドラゴンは原型を残さず、切り刻まれ。


残ったのは大量の骨の破片と粉だけだった。



「任務はこれで完了かな?」


この騒ぎは日本政府を震撼させた。

ただでさえ、数の少ない対魔師と退魔師、その精鋭を動員する化け物を単独で撃破した男が存在していることに。


その人物が日本人で今まで隠れていたこと、更に個人的な伝手で他国の姫と繋がりがあることに。


日本政府と古くから存在する退魔師の家系は謎の忍者の正体を突き止めようと躍起になった。


そして、一部の正体が分かった者は、日本から他国へ行かせないためにありとあらゆる手段を講じることになる。




アンネと出会って、五日ほどが経過した。

スカルドラゴンを倒した後、アンネに倒したことを伝えた。

アンネとアメリアも驚いていたが、米沢さん達の驚きの方が強かった。アンネに「大儀である。我が忍者よ」と、米沢さん達を牽制してくれたので、OKとする。


もちろん、このままアンネの家臣にされるのは嫌なので「今回限りだぞ」と耳元でささやいておく。


その後、直ぐにアメリアさんと少しお話をしてから、俺は一足先に家に帰った。


もちろん、何かあった時の為の影分身も追加で置いてきたが、その後何事も起こらずホッとしている。


アンネは予定していた屋敷へ移動して、事後処理を。米沢さんも後始末。


それとアルバートは処刑された。処刑には念のため、俺も影分身で同行して、死を確認したので間違いないだろう。


騎士アックスだが、アンネの父。国王からも信頼されている男だった。


何故裏切ったのか? と疑問に思ったが、どうやら過激派の吸血鬼ハンターが妻を殺した復讐をする際にアルバートが協力。

敵討ち直後に不意を突かれて洗脳されていたらしい。


長らく洗脳状態だったので、その治療なども考慮して隠居となった。


こうして、俺の日常は戻ってきた。

同級生達と生きた時間のズレがあるので、大変だろうが、今後は普通の学生生活。


思い切り、アオハル的なことをしていきたいな。と思っていたのだが。ここで俺は危機に直面した。


南天正高等学校。俺が通う五年前に校舎を立て直して小綺麗になった学校だ。


俺、学校ではボッチだったの忘れてた。

自分でもビックリした。

本当にボッチで友達いなかったよ、俺。


その状態で、いきなりフレンドリーに話しかけてきたら、周りから何コイツ、やばくね?ってならない?


俺の身体のことを考えれば、無理に友達作るのはリスクあるけれど、あちらの世界で普通に仲間達と休日に遊んだり、飲みに行ったりしていたから。この状態は寂しい。


それに、ボッチの時何していたか忘れてしまった。


どうしよう。一人って何をしたらいいんだっけ? まあ、懐かしいソシャゲか電子書籍のラノベとか読んでいようかな。


少しずつ、周りに挨拶したりして、距離を詰めて行こう。


前の俺なら、ゲームやアニメだけで良かったが、あちらの世界で人と関わることを覚えてしまったから、まったく誰ともかかわらないのは地味につらいし。


そんなことを考えながら、スマホで電子書籍を読みんでいると、ホームルームの時間になり、担任の室井先生。別名おじいちゃんが教室に入ってきた。


「はい、皆さん。早速ですがお知らせです」


おじいちゃん先生と呼ばれる室井先生だ。


授業が分かりやすくて、怒るときも一喝した後で丁寧に説明してくれる。

慕われているので、ざわついていた教室も室井先生が来たので、直ぐに静かになった。


「急な話ですが、転校生です。どうぞ、入ってきてください」


今の俺だから気づいたが、室井先生が緊張している? ちょっとだけ恐怖か? 畏怖?

なんで転校生にそんな感情を?


そう思っていると、教室のドアが開けられて、一人の大和撫子と呼べる美少女が入ってきた。


割とおしゃれなブレザーの制服によく似合う、磨かれた黒曜石のように美しいロングヘア。

姫カットって言うんだっけか?前髪がぱっつんして、和服。十二単だっけ? 平安のお姫様っぽい服が似合いそうだ。


穏やかそうな顔つきで、スタイルも抜群だ。

全体的に肉付きが良くて太りすぎていない。つまり、相応に身体を動かしているな。

何かスポーツをしているのかと思ったが、全体のバランスがそれっぽくない、もしかして。


俺は殆ど反射的に、鑑定スキルを使った。

それと同時に転校生の美少女が俺の方を見た。


やべぇ、見たことに気づいたかも。


「っ」


ポーカフェイスを全開にして、俺は内心動揺を隠した。


彼女の名前は縁眼小夜子。(えんがん さよこ)


所持スキルは縁眼(えにしがん)という魔眼を持ち、称号は遠見の巫女と書かれていた。

この子、ファンタジー系の女の子か?

あ、称号に縁眼家の秘蔵っ子ってあるわ。


「皆さん、これからよろしくお願いしますね」


とても可愛い笑みを浮かべて、男女関係なく「はーい」と言われるなか、室井先生は俺にこう告げた。


「桜宮、君が後で学校を案内してやってくれ、それと二人で今から足りない机を空き教室から持ってきなさい」

「え」

「はい、分かりました。えっと桜宮さん?」

「あ、ああ」

「お願いします」

「分かりました」


俺は動揺を悟られないように、冷静に返事をして「じゃあ、取りに行こう」と告げて教室を二人で出た。


何事もなければいいけれど。



俺は同じ階の空き教室へ縁眼さんと二人で向かい、比較的汚れていない机を探す。


これが比較的ホコリが少ないか?


「これでいいか? 一応、ホコリとか錆も少ないし」

「はい、これでいいですよ」

「あ、それと先にこれやるよ、ウェットティッシュ。これで机ふけ」」

「良いのですか?」

「ああ、買ったばかりだから未使用だ。汚くないぞ」

「いえ、そういうわけでは」


縁眼さんが、そういう意味で遠慮した訳ではないことは分かっているが、貰ってもらうためにあえてそういう風に言う。

押しつける形になるが、うっすらとホコリが積もっている机だしな。


「机は俺が持つから、椅子を頼む」


それだけ言うと、俺は先に机を両手で持って空き教室を出る。

危うく片手で持ち上げそうになったが、なんとか普通の高校生男子として机を持つことが出来た。

凄く、机が軽いけれど。


教室に戻ってくると室井先生の指示に従い、縁眼さんの机は俺の席の隣となった。

なんだろう、転校してきたばかりだから仕方がないが、作為的なモノを感じる。


クラスメイトの男子の何人かがついでだから、席替えしよう。と言い出したが、却下された。

ま、席替えはまた今度だな。


それから、午前の授業が終わるまで男女関係なく、縁眼さんはクラスメイト達に質問されまくっていた。

俺は完全に無視。適当に教室を出たり、トイレに行ったりして、関わらないことにした。



昼休みも女子のクラスメイト達と共に学食へ行くことに。


縁眼さんによろしければ。と誘われたが、女の子同士で楽しんできな。と、告げると少し残念そうに女子のクラスメイト達と共に学食へ行った。


俺は他のクラスメイト達から、睨まれたのでさっさと中庭のベンチへ逃げた。


「一人の食事か」


あっちの世界では一人になる時間が魔王との戦いの後無くなった。


一人で行動すると、襲撃があった時にあっという間に数で押しつぶされるからだ。


だから、プライベートの時間は自室だけだった。


「旨いけれど」


もぐもぐと、自作のから揚げ弁当を食べながら、スマホを確認する。


アンネは女子高に通っているが、何かと理由をつけてこちらに連絡をしてくる。


このスマホはアンネから渡された専用のスマホなので、セキュリティはバッチリらしい。


ま、暇つぶし程度にはなっている。

そう考えていると、アンネに貰ったスマホにメッセージが入った。


――日本の学食、やっぱりメニュー多くない?


今日はオムライスを食べるらしい。

それと流石はお嬢様学校の学食、オムライスがデミグラスソースで皿とかも陶器で、盛り付けも高級感が半端ない。


――お嬢様学校だからじゃないか? 普通、学食はメニューは少なくて、盛り付け雑だぞ。まあ、早い、安い、旨いが求められるが。


俺の返答にアンネがすぐに返事をしてくる。


――日本人、本当に食べ物に妥協しないわね。イギリス人に見習わせたいわ。

――ところで、今日のお弁当はどんなの?


――から揚げ弁当だ。


ちょっと食べてしまったが、俺はスマホで写真を撮ってから揚げ弁当の画像をアップした。


――そっちがいいわ。

――無茶言うな。それに盛り付けもこだわっていないから、地味だろ。

――料理男子っぽくて、評価高くなるわよ。

――お嬢様学校で食べる弁当ではないな。


そうメッセージを送った時、ふいに誰かに見られている感じがした。


もしかして、縁眼さんか?


そう思って顔を上げると少し離れたところに、一年生の女子生徒。クソガキなショートカットのボーイッシュな美少女。


麻山美波がこっちへニコニコしながら近づいてきた。


「先輩、こんにちは」

「お前かよ」

「あ、酷い! 可愛い後輩がボッチな先輩に声かけてあげたのに」

「ありがとよ。でも、飯食っているから、後にしろ」


コイツとは最近知り合った。

あの事件の翌日の夕方、近所のスーパーで自炊が面倒だから、半額弁当を買おうとした時に。「ああ、私の半額弁当」と情けない声が聞こえたので、後ろを振り返ると立っていたのがコイツだった。


可哀そうだったので、弁当を譲ったのだ。


そうしたら、何故かなつかれた。


「相変わらず、おいしそうですね」

「……から揚げやるから黙ってろ」


俺は念の為に一つ多めに作っていたから揚げを麻山にくれてやると嬉しそうに食べ始めた。


「じゃあ、あたしも食べようかな」


俺は麻山を無視して、弁当を食べ続ける。


「うん、先輩のから揚げはおいしいですね」

「そうか」

「そうですよ。自分で作っているって言っていましたけど、本当ですか?」

「ああ、本当だ」


麻山と何気ない会話をしながら、俺は心の平穏を楽しんでいた。

うん、これが一般的だったんだな。


「そういえば、麻山って水泳部のエースなんだって?」

「はい、そうですよ。知らなかったんですか?」

「知らなかったよ。それなら、ここで食うより、友達とかと飯食わないのか?」

「あー、それはですね。ちょっと色々あって」


色々? 厄介ごとか?


そう思っていたら、人が近づいてきた、男?

俺が顔を上げると同学年でイケメンで有名な水泳部の新堂が歩いてきた。

表情は不機嫌そうだ。


「げっ」


小声でげっと声が聞こえたが、嫌そうな表情はしていない。一応、笑顔だ。


「よ、美波、こんなところで飯食ってたのか?」

「え、ええ。そうですよ。新堂先輩」

「そっか、ここ暑いからさ、別な場所で食わねぇ?」

「いや、そのえっと……」


麻山がこちらをちらちらと見る。

正直介入しても面倒なことになるだろうけれど、本気で困っていそうだな。

仕方がない。今の俺なら、コイツを殺して死体を消滅させることも出来る。

そこまでやる必要はないが、追い払って近づけないようにするくらい何ともない。


「麻山」

「は、はい」


俺が声をかけると麻山がちょっとホッとした声を出し、新堂が眉を顰める。


「さっきから揚げやったよな? お前の弁当の卵焼きくれ」

「え」

「は?」


俺の言葉に驚く麻山と困惑する新堂。


「ほら、あーん」


俺が口を開けて麻山に強請ると、ちょっと躊躇して麻山は俺に卵焼きを箸で取って食べさせてくれた。


「ん、あんがと」


もぐもぐと食べながら、卵焼きを飲み込む。

固まっている新堂が俺を信じられないと凝視していたが無視して、麻山にこう言ってやる。


「ここに居たいなら、居ていいぞ」


その言葉を聞いて麻山はちょっと驚いていたが、直ぐに新堂の方を向いて、こう告げた。


「すみません、先輩と食べているのでお断りします」

「そ、そうかよ」


少し怒りを滲ませて、新堂は俺を一度だけ睨みつけてきたので、俺もしっかりと威圧スキルを使って睨み返す。


すると新堂はビクリと身体を震わせ、足早にこの場から立ち去った。


新堂が離れてから、俺は麻山に問いかけた。


「付きまとわれているのか?」

「え、ええ、その一度断ったんですけどね」

「断った? もしかして、告白か?」

「はい、実は中学が同じだったので」

「なるほどね」


俺は雰囲気が悪くなので、話題を変えた。

最近、ハマっているスマホの動画サイトの猫動画や動物びっくり動画の話題に変更した。


会話の変更に戸惑っていた麻山だったが、直ぐに話題に乗ってくれた。


俺は弁当を食べながら、麻山との時間を楽しんだ。


アンネへの返事が少し遅れて、アンネに怒られたが、それはそれで、良い時間だった。



午後の授業が終わり、ホームルームも終わった。

すると、隣の席になった縁眼さんが俺に話しかけてきた。


「すみません、この後お時間よろしいでしょうか?」

「ん、ああ、学校の案内か?」

「は、はい、お願いしますね」


俺は彼女の身体に人除けの魔法の気配を感じて了承した。

一応、彼女に話しかけてくるが、どこか近寄りがたい雰囲気なのか、クラスメイト達は休み時間の時のように近づいてこなかった。



「じゃあ、移動教室の場所を教えよう」

「はい、お願いしますね」


こうして、俺と縁眼さんは教室の外に出て、各移動教室の場所を見て回ることになったのだが。


縁眼さんの雰囲気が変わったの校舎から一番離れた、視聴覚室へ来た時のことだ。


音楽室などは部活で使うので扉のドアが開いていたりしたのだが、ここはあまり使われないので、鍵が掛かっている。


縁眼さんは徐に胸の内側のポケットから鍵を取り出して、こう告げた。


「わたくしが術を使っているのは分かっておりますよね?」

「……俺の事を誰かに言えば、どれだけ時間が掛かろうとも、お前の一族を根絶やしにする」


俺は手加減した威圧スキルを発動させると、縁眼さんは身体を震わせ、大粒の汗をかき始めた。


「聞いておくが、今監視している奴は何人いる?」

「わたくし一人だけでございます。それと中へ入りましょう」

「分かった」


縁眼さんが鍵を開けて、扉を開け中に入る。俺もそれに続いて、扉を閉める。


完全に扉が閉まった後、縁眼さんは俺の正面に立っていたが、その場に両膝をついて、土下座した。


「改めて、お初にお目にかかります。わたくしは縁眼家の縁眼小夜子と申します」

「そうか」


勇者だったので、土下座とか慣れてしまったな。と無感情に縁眼さんを見下ろす。


「この度の突然の転校は、竜殺しを成し遂げた、桜宮武様と縁を繋ぐためにございます」

「縁?」

「はい、誓って桜宮様を利用する為ではございません」


そういわれてもな。と思っていると、縁眼さんは何もない空間から一枚の手紙を取り出した。


いや、書状か? 筆で書かれているな。

うわ、達筆だけど読みにくいな。品格があるが庶民には読み辛いな。


とりあえず、中を読んでみてまとめると。


縁眼家は偶然、俺の正体を知り。竜殺しの場面も見た。


俺が正体を隠したがっていることも知っている。敵対する意図はない。


その証拠に、縁眼小夜子を俺の元へ送る。

要するに人質だな。


「確認するけど、これはあれか? ハニートラップか?

「い、いえ、違います。わたくしの役割は正妻でも妾でもありません。ですが、お望みなら愛人となります。妊娠させても一切の問題は起こりません」


ストレートな回答に俺は苦笑いを浮かべてしまう。


異世界に勇者として呼ばれた直後ならおいしくいただくけど。


「俺の正体を知っているのは?」


「わたくしと一族の長である祖母、それと母。それと親族の三名です」

「口は堅いか?」

「はい、縁眼家は元々、遠見。千里眼などの力を持つものが多く、その為、周りの家から狙われておりました」

「それで?」

「身を護るために、情報を使ったビジネスをしております。秘密は死んでも守ります。身体にも特別な呪いをかけておりますので」


再度、鑑定スキルと分析スキルを行うと、確かに秘密を守るための術が施されていた。


「まあ、分かったけど、必要以上に接触する必要はない。女に困っているわけでもない」

「そ、そうですよね」


俺の言葉に何故か落胆する雰囲気の縁眼さん。何故そんな雰囲気になる?


「わたくしのような古臭い髪型の女なんて、興味ないですよね……」


……もしかして、この子は髪型にコンプレックスがあるのか?


「もしかして、昔その髪型でなんか言われたか?」

「い、いえ」

「隠すな。言え」


こういうところをはっきりさせないと後で面倒になる。

だから、少し強めに聞いたみた。


「じ、実は小学生の頃に男の子達に市松人形みたいで、可愛くないと」

「あー、その時ショートカットだった?」

「は、はい」

「なるほどな」


俺は少し考えて、縁眼さんに問いかける。


「もしかして、俺に抱かれないと縁眼さん何か周りから言われるのか?」

「…………」


黙るということはそういうことなのだろう。


「分かったよ」


俺は即座に忍者スタイルに装備を変更した。


「っ?!」


突然の装備変更に驚く縁眼さん、そして俺はアンネから貰ったスマホでアメリアさんにメッセージを送る。

内容は縁眼家に正体がバレたから、本拠地分かりますか?

直ぐに返事があり、数分後本拠地ではないが、活動拠点を教えてもらった。


「縁眼さん」

「は、はい?! 何でございましょう」

「長に会わせて、面倒ごとはさっさと終わらせたいから」


マスク越しでもニッコリと笑うと、縁眼さんは頬を引きつらせながらも頷いてくれた。

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