第2話



桜宮武


異世界召喚で勇者として呼ばれ、邪神を討伐した。

十五年異世界いた為、元の世界の元の時間に戻って来て感覚的に三十代。


ファンタジーの無い元の世界で平穏に暮らす予定だったが、元の世界にもファンタジーがあったことで、内心頭を抱ええている。



アンネローゼ・カミュラ・アミータ


表向きイタリアの王族の一つのお姫様。

裏の姿は吸血鬼のお姫様。

実はオタクで、日本に留学しに来たのもオタク趣味が原因。


アメリア


アンネローゼの専属侍女であり、姉のような存在。



米沢


対魔師局の精鋭。臨時のアンネローゼの護衛部隊の隊長。




武蔵ホテル。


初めて聞いた名前だが、アンネたちの反応から結構すごいことらしい。


下手に質問をすると面倒なことになりそうなので、俺は黙ったまま。

米沢さんの案内についていくアンネ達の後に続く。


米沢さんの部下の若手? が、こちらを見ていたが無視した。




少し歩くと迎えの車がやってきた。

黒塗りではあるが、鑑定すると中身は装甲車のように頑丈のようだ。


「乗らずに追いかける」

「いえ、傍にいて」


迎えの車の後部座席は、ドラマやアニメなどに出てきそうな、政治家が内密な話をする時にしようしそうな、向かい合わせのタイプの座席だった。


アンネが後部座席の真ん中で俺が右側、アメリアさんが左側に座る。

向かえの席は米沢さんだ。


他にも護衛の車が前後から挟んでいる。


車自体にも人の意識を逸らす魔法か何かが掛かっているらしく、人通りの多い道を通っても注目されていないな。


「それで、日本政府は今回の件はどう考え、動くのですか?」

「我々としても遺憾に思っております。それとイタリア大使館は、騎士アックス殿が既に鎮圧したと聞きました。その為、我々もアンネローゼ様を保護の為に来たのです」

「そうですか」


アックスって誰だ? それにイタリア大使館は取り戻すことに成功した?


駄目だな、米沢さんの前で色々聞く訳にはいかない。


「騎士アックスならば問題なさそうですね」

「はい」


アンネがアメリアに確認するように問うと頷いた。

少なくても二人が信用する人物か、騎士アックスは。

うーん、となると俺の護衛は今夜で終わりかな? まだ、気は抜けないが。


ちらっとこちらに視線を送ってくるアンネだが、俺はどうかしたのか? とか声に出さない。


「えっと、忍者?」

「なにか?」

「質問があるなら、聞くわよ」


気を聞かせてくれたか。少し質問させてもらおう。


「騎士アックスとは?」

「お父様の近衛騎士の一人よ。古くから使えている騎士で、わたしの護衛の一人。今日はお休みの日で京都へ行っている筈だたけれど」


俺がアメリアを見ると、頷いて答えてくれた。


「大使館がテロリストに制圧されたと連絡を受けて、関係者に連絡をしております。その過程で、特別な連絡方法でわたくしが姫様を保護したこともお伝えしておりますので、こちらに合流するのではなく、イタリア大使館を奪還したのではないでしょうか?」

「姫様と合流せずに?」

「はい、騎士アックスの任務は攻撃型の護衛ですから」


二人の護衛がいた場合、片方が護衛対象を守り、もう片方が身を挺して守る。

みたいな感じで、役割分担をしているのか。


「そして、わたくしの祖父でもありますので」

「なるほど、それではもう一つよろしいか?」

「いいわよ」

「武蔵ホテルとは?」


俺の言葉にえ? と言う表情の米沢さん。たぶんこの業界では当たり前の知識なのだろう。


「武蔵ホテルは、裏。つまりわたし達のような存在の為のホテルよ。本来わたしもそっちへ泊るか、泊まらないかと話が合ったの。あそこは貴族や王族専用だから」

「日本でいう、超高級ホテルとなりますね」


アンネとアメリアさんの言葉に俺は納得して、「今はもうありません」と答えた。

すると俺を観察していた米沢さんが俺に話しかけてきた。


「貴方はこの業界に入ったのは最近なのですか?」

「身元に関わる質問なので、お答えできません」


俺は米沢さんを見据えてそう答えた。米沢さんはもう一つ質問をしようとしたが、アンネが止めた。


「彼は職務中です」

「失礼しました」


アンネの言葉に引き下がってくれる米沢さん、正直。助かった。

あまり話すとぼろが出そう。


こうして、俺達は武蔵ホテルにたどり着いた。




武蔵ホテルは山奥などの人里離れた場所にあるかと思っていたが、そうではなかった。

強力な人の認識を逸らす結界が張られているようで、俺でも驚くレベルだった。


「龍脈を使った結界?」

「分かりますか?」


俺の呟きに米沢さんが問いかけてくる。

下手なことを言いたくないが、ここで無視すると敵意を持たれるかもしれないので、当たり障りのない回答をしておく。


ちなみに龍脈とは、地下を流れる魔力の流れみたいなものだ。この流れが重なり合う場所がパワースポットになりやすい。


「なんとなくです」


車が止まり、ドアが開けられるようになると、俺は即座に護衛としての仕事を開始する。


車から降りて周囲を確認。

念のために威圧スキルで出迎えで近づいてくるホテルスタッフ、対魔師省庁人間と政府の人間。更にアンネの関係者と思われるイタリア人達を牽制しておく。


鑑定で大丈夫だと分かっているが念のためだ。


慣れていない者は恐怖で足を止めたりしたが、場数を踏んでいる者は程度の差はあるが、こちらへ近付いてくる。


反対側のドアからアメリアさんと米沢さんが車から降りてくる。


そして、アメリアさんがアンネをエスコートする。


俺は近づ離れずの距離で、出迎えた者を観察しながら、周囲を警戒する。


マップで半径五キロ圏内、十キロ圏内に反応はないな。


「忍者」

「はっ」

「そこまで警戒しなくていいわ」

「了解」


俺は威圧スキルを切って、アンネ達に着いていく。


アンネが案内されたのはホテルの一番良い部屋だった。スイートっていうのか?

まあ、テレビで見た超高級ホテルのような調度品だ。

ホテルなので、洋風。

テレビの番組用にキラキラさせているのかと思ったけど、本当にキラキラしているな。

壁紙や照明、窓に机と椅子。全てが磨き上げられているな。


念のためカメラや盗聴器がないか鑑定スキルで調度品などを視線を走らせて調べていく。


「それじゃあ、今後についての話をしましょうか?」

「少し、休まれては?」


アンネの言葉に米沢さんがそう返したが、問題ないとアンネが答えた。

吸血鬼だから、人間よりもタフではあるが、精神的に大丈夫だろうか?

一応、命を狙われて、知り合いや部下がいるイタリア大使館が占拠されている。

相応に心労がありそうだが。

そう思ているとアメリアさんがこちらを見た。


目が合って、ジッと見つめられた。俺がアンネを心配していることを察したから、大丈夫だ。と伝えたいのかな?

ま、今は護衛に徹しておこう。


「分かりました。それでは、今後の事ですが。安全を確認出来るまでアンネローゼ様にはここで待機していただくことになります」

「既にお父様との話し合いが?」

「はい、了承いただけました。それと婚約者のアルバート様も此方へ来るそうです」


その言葉にアンネが露骨に嫌そうな雰囲気を出した。


「そうですか」

「はい、それと日本政府から護衛として我々が御傍に」

「分かったわ。ただ、部屋の中はアメリアと忍者がいるから、部屋の外で待機してくれる?」

「……かしこまりました。何かございましたら即座にお呼びください。それと緊急だと判断した場合は、お部屋に入らせていただきます」

「ええ、問題ないわ」


米沢さんが一瞬、俺を見たけれど、俺は受け流した。


他にも留学についての少し話をして、米沢さんが部屋を出て行った。





「あ~、なんでこんなことに」

「なんでって、テロリスト達が襲ってきたからだろう?」

「分かっているわよ。それでも明日から楽しい学生生活のはずだったのに……」

「そこまで楽しみだったのか? アンネ」


俺は念のため、壁と窓ガラス一枚一枚に守りの魔法を掛けながらアンネと話す。


俺が窓ガラスに掛けている魔法を見てアメリアさんが驚いているが無視する。

凄く何かを言いたそうだが、ややこしくなりそうなので無視する。


そんな上目遣いで見られても話を振りませんからね。


「でも、ま。本物の忍者の姿を見られただけでも結果オーライかな」

「本物?」

「貴方のことよ。びっくりしたわよ。移動するからって言ったら、一瞬でその忍者スーツに着替える早業。日本の変身技術はすごいわね」

「まあ、変身と言えば、変身なのか? それと俺は忍者ではないぞ? 一応、使えるレベルではあるが。本職に比べると劣るぞ?」


俺の言葉に驚いた表情のアンネがこっちを見て、アメリアさんも驚いた表情をした。


「え、貴方マスタークラスの忍者じゃないの? 一瞬で分身して、クナイや身のこなしだって」


分身と聞いて、ビクッと体を揺らすアメリアさん。もしかして、アメリアさんも侍とか忍者が好きなのか?


「誤解が無いよう言っておくが、俺は忍者ではないぞ」

「それだけの力がありながら?」

「本物はもっと凄いよ。技の流れが本当に自然なんだ。森の中、市街地で戦えば周囲を吹き飛ばすつもりで戦わないと勝てないよ」

「……それは、木々や建物を利用するっていう意味?」

「ああ、俺なら迷わず、周りの被害を無視して戦うな。本物はそれだけ厄介なんだ。絶対に正面から戦わないから」


訓練でも負け越していたはずだ。

俺の本来の力との相性も良くなかったし。アイツが敵の軍勢を倒すための力なら、俺はボス用の力だったし。


多数と戦える力、アイツも含めて、軍勢を蹴散らせる勇者が居なかったら、邪神に自爆攻撃する為に近づくことも出来なかっただろう。


「それで、これからどうする? しばらく待機か?」

「そうね。このまま待機になると思うわ。騎士アックスも今日はイタリア大使館の防衛で動けないでしょうし」


アンネが確認の為に視線をアメリアさんへ送ると、アメリアさんは頷いた。


「そうか、なら明日の学校は」

「こちらで必ずフォローいたしますので、学校の名前を教えていただけますか?」

「ええ、頼みます。ただ、日本政府には」

「大丈夫です。情報操作が得意な者はイタリア大使館ではなく、別な場所で待機しております」

「分かりました」


駄目だったら、後で自分でやろう。別に皆勤賞を狙っているわけではないから、学校は風邪で休んだことにすればいい。


「あ、そういえば、テロリストって、名前とかあるのか?」

「表でも名前が公表されていないけど、奴等の組織の名前は【家畜の神】よ」

「家畜の神?」


俺の疑問にアンネが答えてくれた。


「脆弱な人間は吸血鬼に血を与え続ける存在であり、家畜として生きていくべき存在だってね」

「まあ、大半の人間は吸血鬼から見れば、脆弱だろうが」

「分かっているわ。そもそも、昔から一定数は馬鹿な輩がいるからね。そもそも、強力な吸血鬼が人間に退治されることもそれなりにあるから人間は侮れないわ。貴方みたいに強い人もいるし」

「俺は強いと感じるのか?」


俺の言葉にアンネとアメリアさんは頷いた。


「あの数の手練れの吸血鬼を秒殺出来る時点で、貴方と戦えるのは大貴族、真祖でないと勝てないわ」

「真祖ってことは、王族とか?」

「ええ、お父様やおじい様とかね」

「わたくしの祖父の騎士アックスなどでしょうか?」

「そうか、それだけの強さを持つ騎士がいるなら、俺も直ぐにお役御免だな」

「そうですね。家畜の神の構成員はそこまで多くないとのこと。本来出てこない騎士アックスが出た時点で彼等では太刀打ちできないでしょう」


イタリア大使館の奪還。今はイタリア大使館の防衛と残党狩りをしている最中だろう。

俺はここでアンネを守っていれば問題はない。


そう、この時点では思っていた。


「アメリア、紅茶を入れてくれる?」

「かしこまりました」

「忍者も座りなさい、少し話しましょう」

「個人情報はしゃべらないぞ」

「少しくらい、忍者のことを教えてほしいわ。わたし、アニメとか漫画でしか知らないもの」


俺の知っているのは似非忍者なんだが?

俺はアンネが座るソファの迎え側のソファに腰を下ろす。

うわっ、気持ち悪いくらいにふわふわだ。

慣れてないと気持ち悪いなこれ。


「分かった、俺の師匠の事なら少しならいいぞ」

「やった!」


アイツは師匠みたいなものだから、ちょうどいいだろう。本当に嬉しそうに笑みを浮かべるアンネ。アメリアさんも興味があるみたいだ。


「じゃあ、忍者のお師匠様って伊賀? 甲賀?」

「いや、違う。名前は忘れたが、祖先は伊達氏に仕えていた黒なんとかっていう集団だったようだ」


俺に忍術を教えてくれたヤツは「多分、俺のチートが忍術スキルに偏っている理由はそれだと思う」と言っていたから、多分そうなのだろう。


「マイナーな忍者なの?」

「まあ、有名ではない忍びの集団だな。けど、有名なのは忍者としてはどうだろうな?」

「忍者として?」

「有名になるってことは手の内が知られる。更に姿を見られるってことだからな」


情報漏洩しているってことだしな。


「あ、そうね。確かに知られすぎるってことは忍者としては問題だわ」

「まあ、情報を意図的に流すこともあるから、悪いことばかりではないが」

「え、どっちがいいの?」

「忍者は相手を惑わす必要があるから、どっちもだな。情報が漏洩したら嘘も混ぜていただろう。そうすることで、真実を分からなくしていたようだ」

「情報戦では必要なことですね。やはり忍者は暗殺者でありながら、諜報員なのでもあるのですね」


アメリアさんの言葉に頷く。


「侍が正面戦力なら、忍者は何でも屋だから」

「忍術ってわたしにも出来るかしら?」

「あー、どうだろうな。目立ちがりではちょっと難しいな。修行って地味だし」

「教えてくれたりは?」

「教えるのも大変だから断る」


遠回しに今回の一件が終わったら、関わるつもりはない。と伝えると残念そうな表情をするアンネ。

それに対して、俺は何も言わない。


正直なことを言うと、アンネは美少女だ。

異世界に呼び出された直後なら、彼女の願いなら「はいはい」と聞いていただろうが。

まあ、あっちで「はいはい」と聞いて大変な目にあったことは覚えているが、結局彼女達は全員が邪神との戦いで死んだ。


そのことを考慮すると、女の子のお願いは聞いて上げた方がいいのかもしれないが。


「どうしてもダメ?」

「ああ、駄目だ。それに婚約者がいるんだから、アメリアさんが傍にいるとはいえ、あまり年が近い男と縁を繋ごうとしな方がいいと思うぞ」


俺が婚約者と言うとアンネが微妙な表情をする。

紅茶を持ってきたアメリアさんもあまりよくない雰囲気を出す。


「婚約者ね。まあ、婚約者だけれど」


あ、これ無視しても、後に出会ったら、面倒になるタイプの相手だな。

事前に話を聞いておいた方が、後で出会った時に対処しやすいな。


「あまり評判が良くないのか?」

「人間を見下しているわ。ま、典型的な貴族吸血鬼ね」

「見下す、テロリストとは?」

「え、ああ、そこまでじゃないわよ。王家でも調査しているから」

「それもそうか」


何はともあれ、この事件も残党狩りが終われば、終了だな。


アメリアさんの紅茶をアンネが飲み、俺もクセで鑑定してから紅茶を飲む。

実はアメリアさんが、実はテロリストとでは? とか思ったけれど、最初から変な称号や職業ではないから問題なさそうだ。

紅茶も何も入っていない普通の紅茶。


マスクを外して一口飲もうとした瞬間。


「アンネ」

「何?」


俺は即座に臨戦態勢に入り、ソファから立ち上がる。


「何か来る」

「え?」


音速以下だな。けれど、高速で何かがホテルに突っ込んでくる。俺は窓側に立ちアンネの盾となるつもり、アイテムボックスから忍者刀を抜き、カウンターを決めるつもりで、構える。

カーテンが仕切られていない、大きな窓のそとから、黒い霧のようなものが突っ込んでくる。


「吸血鬼か?」


俺の呟きが終わったと同時にアメリアさんの連絡を受けて、対魔省庁の対魔師局の米沢さんと部下が部屋に入ってくる。


「何事ですか」

「敵襲!」


マップ昨日ではしっかりと赤のマーカーだ。

俺の言葉が終わったと同時に、黒い霧がホテルの窓ガラスにぶち当たる!


――ゴンッ!!!!


という、凄く鈍くて痛いそうな音が部屋に響き渡った。


「「「「………………」」」」

「あ」

「え?」


アンネとアメリさん、中に入ってきた米沢さんの部下達は固まって動けず。

俺と米沢さんは間抜けな声を出してしまった。


そして、


――ゴンッ! と窓を破壊するために殴るような音が響く。

窓の外にいる黒い霧は一度では壊れない窓ガラスに、苛立ったように連続で窓ガラスを殴りつけるように音が響く。


「そういえば、窓ガラスに強化する魔法を掛けたっけ。

「そ、そうでしたね。ものすごく高位の強化系の魔法で驚いていましたが、まさかここまでとは」

「えーっと、攻撃していいんだよな?」

「はい、問題ないかと。しかし、どのように」


ま、簡単なことだ。


「忍法壁抜けってね」


俺は窓ではなく壁を壊そうと移動しようとした黒い霧を窓の内側から手を突っ込んで掴み、するっと窓の内側から、外へ出る。


そして、こう告げた。


「お疲れさん」


掴んだ手から一気に光属性の魔力を爆発させる。


「ぎゃあああああああああああ!!!」

「一撃で死なないか、強い奴だな」


鑑定、鑑定っと。

名前は黒霧フロード? え、本名? あー、名前を捨ててずっとこの名前で定着したタイプの人物かな?

もしくは、記憶喪失で新しく名前を手に入れたタイプか。


「まあいい、さようなら」

「ああああああああああああ」



俺のダメ押しの光属性の魔力を叩き込まれて、黒い霧は断末魔を上げながら、消滅していった。


「うーん、手ごたえが」


コイツが残党なのか、それとも別口なのか分からないけれど。

今日はこれで終わりかな?


俺の予想通り、今夜の襲撃はこれで終わった。


個人的にはもう帰りたかったが、まだ残党狩りが終わっていないということで、引き続き護衛してほしいとアンネに頼まれたので、俺は迷ったけど了承した。


一応、金塊などの金目のモノはある。けれど、今は未成年の肉体だ。

未成年で金塊の売却などをすると面倒だ。


その為、今は護衛料金は多めにほしい。

それに出会って、数時間だがアンネには死んでほしくないと思っている。


あちらの世界で人が死ぬのが当たり前になっているからこそ、この世界で知り合った人が死ぬのは出来れば避けたいと感じた。



翌日、俺はイタリアの政府高官用の飛行機でやってきた、アンネの婚約者と会うことになった。




騎士アックス。


アンネの護衛の騎士で、テロリストが襲撃してきた日は、オフで京都にいたらしい。

だが、非常事態で慌ててイタリア大使館を占拠しているテロリストを粉砕。

どんな厳つい、男かと思ったら、凄く紳士的なイケメン爺さんだ。


いい感じに白髪で、ガタイも大きすぎず、執事のような佇まい。女オタクが喜びそうだな。


その人物が、今高級そうなスーツを着て、物語の騎士のように片膝をつき、アンネの座る一人用の高級な椅子の前にいる。


「この度の一件、護衛の騎士として誠に不覚」

「いいえ、貴方の責任ではありませんよ。騎士アックス」


アメリアさんの話では、今回のテロリスト達は随分前から、日本に入り込んでいたようだ。

不審なところは一切なかったので、出入国が出来ていたらしいが、何をしているんだよ。と突っ込みたくなる。

いや本当に今まで普通に暮らしているなら、気づくことは不可能か。

俺みたいに鑑定のスキルがあるなら別だが。


今、米沢さんとは別チームが、騎士アックスの部下と共に残党狩りをしているらしい。

日本はスパイ天国ってよく言われるけれど、笑えないよね。


それから、アンネと騎士アックスは色々と話をしていく。

今後の予定が主な内容だ。俺には関係のないことなので、周囲の警戒だけにしておく。

ま、婚約者と顔を合わせるって言うのは出来れば面倒なので止めてほしいけど。


「ところで、その忍びの者が、黒霧のフロードを倒した者ですか?」

「ええ、そうよ。わたしの伝手で護衛してもらっているわ」


騎士アックスが此方を鋭く見据えるので俺は自然体で騎士アックスの視線を受け止める。

あ、この人、結構な威圧を飛ばしてくるな。新兵なら、漏らしているかも。

ほら、米沢さんは我慢できているけれど、米沢さんの部下は結構危なそうだ。


「ふむ、素晴らしい使い手ですな。今度手合わせなど」

「師からの御命令で、手合わせは禁じられております。我等は侍ではなく忍びですので」

「うむ、師からの命令であるか、残念だ」


やべぇな、この人鑑定しなくても強い人だ。

稀にいるんだよな。ステータスを見ると大したことがないけど、戦うと馬鹿みたいに強い人。


そういうのと戦った後、勇者の仲間達と話し合って出した結論は、自分の力を百パーセント以上引き出している技量の高い人物。ということで落ち着いた。


正直、自分が本気で戦っているとき、ステータスを100%引き出せているか? と聞かれると首を横に振るしかない。


だが、目の前の騎士は、自身の能力のほぼ100%の力で戦えるタイプだろう。


この手の人に、下手に鑑定すると見ていることに気づかれそうだな。止めておくか。

婚約者殿が来れば、いったん仕事は終わりだしな。


「それで、午後だったわね。アルバートが到着するの」

「はい、念の為に増員もあります」

「増員の身元は?」

「問題ありません、既に我が主にも許可をもらっております」

「分かったわ。では、時間になったら、ゼロ番空港へ行きましょう」


ゼロ番空港は所謂、裏の種族向けの空港のことだ。

武蔵ホテルの空港版だが、武蔵ホテルよりも人の出入りが激しいので、防衛力は少し劣るらしい。


アルバートってヤツに絡まれないといいけれど。





東京の羽田空港ほどではないが、このゼロ番空港もかなり大きい空港だった。

認識を逸らす結界がしっかりと張られているおかげで、この辺りは都心から少しずれた場所にある緑豊かな森や畑がある場所と認識されているようだ。


「専用の出迎え場所ですか」

「ええ、吸血鬼の大貴族の子息だからね。こちらとしても出迎えないと」


要人専用の通路を、アンネ、アメリア、米沢さん、騎士アックス、俺達が真ん中で、周囲を騎士アックスが連れてきた四十人の部下が前後左右。

米沢さんの部下が前後を守っている。


無言で進んでいく俺に騎士アックスが小声で話しかけた。


「どうかしたのかね?」

「どうとは?」

「緊張しているように思えるが」


やはり、鋭いな。実のところ結構緊張している。


「そうですね。要人警護はこれが初めてですので」

「ほぉ、それだけの力がありながら」

「ですが、問題ありません」

「そうか」


この世界では要人警護は初めてだな。かなり感覚が違うけれど。あっちと違って、こっちは一般人が意外と近くに多い。空港と言うこともあるけれど。


身分がなくなるとこういう部分が大変なんだな。


要人用の無駄に広いロビーに到着した。

高級ホテルのロビーのような場所には俺たち以外は誰もいなかった。

元々、使用される頻度が低いことも理由だろうが、今は人払いをしているのかもしれない。


「飛行機が到着したようですな」


ロビーのソファにアンネが座り周囲を米沢さんの部下と騎士アックスの部下が固める。


この状態でアンネを殺すためにはミサイルなどの広範囲を破壊する兵器か魔法を叩き込まないと無理だろう。それも俺がいる時点で不可能だがな。アンネを殺せる可能性は不意討ちの死の呪いなどの呪術だろうな。ああいうのは俺だと察知しにくいし。ま、即死でなければ、状態異常回復魔法で治せるだろうな。


ロビーの窓の向こうで飛行機が横切っていく、どうやら着陸したようだ。

それからしばらくは無言だった。

アンネが少し不機嫌そうだったが、それ以外は何事もなかった。


「なるほど」

「何か?」

「いえ」


俺の呟きに反応したのはアメリアさんだった。

これで終わりだと思ったんだが。内心で溜息をつきながら、さらに少しの時間が過ぎた。


「来たわね」


アンネの言葉通り、無駄に豪華な扉が開け放たれて、青系のスーツを着た金髪の知的そうな顔つきの男がこちらにやってきた。

笑みを浮かべているが、目が笑っていないことが分かる。


「やぁ、久しいね。アンネ」

「ええ、久しぶりね。ところで、その後ろにいる物騒な部下達は?」

「彼等かい? 傭兵だよ。昔から懇意にしているよ」

「他種族が好きでなはい貴方が、傭兵を雇う傭兵なんて、珍しいわね」

「それは誤解だね。私が嫌いなのは無能だよ。有能なら種族は問わない」

「…………そう」


アンネは一応納得して、会話を終わらせるためにソファから立ち上がる。


「行くわよ」

「ああ、もちろんだ。と言いたいがその前に少し掃除をさせてほしい」

「掃除?」

「ああ、無能と邪魔者をね」


アルバートと呼ばれたアンネの婚約者の表情は優し気なままだった。


そして、アンネの周囲を固めていた騎士アックスと部下の吸血鬼。

更にアルバートが連れてきた部下と傭兵たちは一斉に俺と米沢さん達対魔師達へ襲い掛かってきた。


全てが一瞬の出来事。


俺は事前に用意していた、剣をアイテムボックスから取り出して、横に薙ぎ払う。


「厄を薙ぎ払え!」


取り出したのは風の魔石で作られた石剣だ。


この剣の名前は【草薙の剣】という。

邪神に対抗するために作られた、勇者達の世界の伝説の武器を再現したレプリカだ。

神に匹敵する鍛冶師の仲間が作った武器の一つ。


特性は人に害を与えるモノ、人や現象を薙ぎ払うというもの。

攻撃ではなく、守りの剣だ。


だが、今この瞬間では効果的だった。


アンネとアメリアさん、米沢さんとその部下は不意を突かれている。


可笑しそうに笑うアンネの婚約者のアルバート。そして、背後からロングソードで俺を貫いた騎士アックス。


流石に一番近かったから、草薙の剣が発動するまでには間に合わなかったか。


けれど問題は無い。


「きゃああああっ!」

「アンネローゼ様!!」


突然、味方だと思った相手から、武器を手にして、自分達が襲われたことに驚くアンネ。


嫌っていても一定の信頼をアルバートに持っていたのだろう。

けれど、残念なことにコイツはアンネの味方ではなかったようだ。


「馬鹿な?!」

「ぐあっ!」

「ぎゃっ」

「ひぐっ!」


騎士アックスの驚愕の声と草薙の剣によって人に害を、厄をなそうとした連中全員が暴走車に跳ね飛ばされたように周囲の壁に叩きつけられた。


「驚いたね。手練れの忍者がいるとは聞いたけど、その石の剣は何だい?」

「言う必要があるか? おそらく【家畜の神】リーダー」

「おや、何を言っているんだい? 私はそんなテロリストのリーダーではないよ?」

「そうか。別にどちらでもいい」


鑑定スキルで今調べたけど、こいつ間違いなく【家畜の神】首領だ。

しらばっくれるなら別にどうでもいい。


「この場でお前ら全員殺すことには変わらない。

「へぇ、その身体でよく言えるね」

「ーー忍者!]


ああ、そうかはたから見たら俺の身体ってロングソードで貫かれたんだった。


「直ぐに治るから平気だ」


すっと、傷口を治すと周囲から思い切りざわついた。


「驚いた。そこまでの再生能力があるということは、君はもしかして人間ではない?」

「いや、人間だぞ」

「いやいや、確かに再生能力が吸血鬼並みの人間は稀にいたけれど、君のように多彩なことが出来る人間って普通は居ないよ?」

「そうか、まあいい。アンネ様」

「だ、大丈夫なの?」

「問題ありません。それで、こいつ等全員殺す方向でっ!」


背後から騎士アックスが切りかかってきたが、即座に回避。

それを切っ掛けに、俺達とアルバート達の間で戦闘が開始されたのだが。


「雑魚は大人しくしていろ!」


もう一度、草薙の剣を今度は割と本気で振るうとアンネとアメリア、米沢さん達を攻撃しようとした連中全員が先ほどよりも激しく壁に叩きつけられる。


攻撃した。攻撃しようとした。で、程度はあるが大半が戦闘不能のようだ。


俺は唯一直ぐに立ち上がり此方へ突撃してきた騎士アックスへ向かい合う。


「ふぅん、操られている? いや、半分かな?」

「分かるか?」

「ま、一応ね」


騎士アックスのロングソードの一撃。

特殊な合金だけど、ミスリルやオリハルコンではないね。現代技術で作られた合金を魔法技術で強化したのかな。


「真剣白刃取り!!!」


草薙の剣をイベントリにしまって、俺は両手で騎士アックスの剣の一撃を防いだ。


「ぬぅっ!? 馬鹿な?!」

「嘘っ!?」

「ええっ?!」


「あははは、凄いね!」


騎士アックス、アンヌ、米沢さんの叫び。そして、余裕の表情のアルバートの声が聞こえた。


「ぐぬっ! あり得ぬ!! な、何故だ、 人間である貴様が、我が一撃をこうもあっさりと?!」

「ま、文字通り何度も死んで練習したからな」


そして、俺はロングソードに力を横に加えて、


「圧し折る!」

「ああああああああああああああああっ!!!」


イケメン爺にあるまじき叫びである。ファンが居たら減っちゃうよ。


「「「…………」」」


「あはははははは!!!! 伝説の剣に匹敵するほど頑丈だと言われた名剣を素手で圧し折ったよ!」


凄く楽しそうに笑うアンネの婚約者。そして、驚愕の表情で固まるアンネ達。


「き、きききっ、貴様! 我が主君から賜った剣を!!」

「事情は後で聞くから、少し寝てろ。おじいちゃん」


俺は隙だらけになった騎士アックスの心臓に、音速を超える掌底を叩き込んだ。


騎士アックスも俺の一撃がそこまでとは思わなかったのだろう。


背後にあった壁を数枚ぶち抜いて外へ飛んで行った。



「「「…………」」」


俺の一撃に周囲が静まり返るが、直ぐに愉快な笑い声が聞こえてくる。

アンネの婚約者のアルバートだ。


「大人しく、捕まる気はあるか?」


俺はゆっくりとアルバートに近づきながら、問いかけると余裕の笑みをもってアルバートはこう答えた。


「いやあ、まさか腰抜けの日本政府がこんな切り札を使ってくるとは……ふざけた連中だな」


途中まで余裕に笑みを浮かべていたアルバートだったが、一撃で騎士アックスまでぶっ飛ばされたことで余裕を失ったのか、表情が怒りに変わった。


「まさか、これを使うことになるとはね」


その言葉と共に左手に隠し持っていたのだろう。

手鏡のようなものを握りつぶした。


なんだ? と思っていると、滑走路の方から爆発音が聞こえた。


「ふふっ、過去最強と言われた、我が国の近衛騎士団を滅ぼした存在。君でも勝てるかな?」


ドヤ顔で霧になって逃げようとしたが、俺は即座に影分身をして、影分身が霧となったアルバートの首根っこを掴んで確保した。


「なっ?!」

「いや、逃がすわけないだろう?」

「離せ!!」

「馬鹿か?」


俺は大きく溜息をつきながら、影分身にアルバートの腹に一撃を叩き込ませて大人しくさせてから、アンネ達に声をかけた。


「なんか滑走路で暴れているみたいだから、倒してくる」

「あ、うん。えっと、そのお願いね」

「ああ、それと米沢さん。これが逃げないようにしておきますが、フォローをお願いしますね」


俺が米沢さんに声をかけると盛大に頬を引きつらせながら、何度も頷いていた。


俺は滑走路に続く廊下へ駆け出した。


さっさと、終わらせよう。


家に帰って俺はもう寝る!


移動時間は床や壁、それと逃げてきた職員をケガさせないように十六秒ほどかかった。



滑走路に出て、周囲を破壊していたのは旅客機よりも一回り大きい骨だけのドラゴンだった。


「スカルドラゴンかぁ」


懐かしいなぁ。


俺は昔を思い出しながら、俺は影分身をして二十人ほどになる。


そして、それぞれ武器を構えて、雄たけびを上げるスカルドラゴンに襲い掛かった。


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