異世界で邪神を倒して帰ってきたら、地球も意外とファンタジー

アイビー

第1話



まずは自己紹介をさせてほしい。


俺の名前は桜宮武(さくらみや たける)。


どこにでもいる高校二年生だった。


高校二年のゴールデンウィークの最終日、俺は自室のベッドでスマホを見ながら、明日からまた学校だなぁ。と考えて憂鬱だった。


そんな時、いきなりベッドが光り輝き、目がくらむほどの光に包まれたと思ったら、俺は神聖な雰囲気とファンタジーな漫画やゲームのような神殿で寝転んでいた。

周りを見渡すと神官のようなローブを着た外国人と日本人やアメリカ人、エルフやロボットのような人間達が困惑、いや混乱した様子で周りを見渡していた。


そう、俺は異世界に勇者の一人として呼び出された。


それから、俺は約十年間、世界を滅ぼそうとしていた魔王とその背後で世界を滅ぼそうとした邪神と戦い、勝利した。


三十四人の勇者達の想像を遥かに越える邪神を倒すのに十年かかった。


結果的に邪神は倒したが、世界は滅びかけ。生き残った人類の数は辛うじて七十三名。


邪神への狂ったような現代核兵器を超える威力のゾンビアタック。

死んでも復活する勇者達の連続自爆攻撃でどうにか勝利した。


それから五年ほど。自爆をしまくってダメージを受けた心と魂の修復を行い、結果的に異世界で十五年を過ごし。


世界が復興し始めたので、俺達も元の世界へ帰ることになった。


大半の勇者は呼び出された世界で死ぬことを望んだが、呼び出された世界では不老不死の俺達は世界のバランスを破壊する存在になっているので、泣く泣く帰ることになった。


並行世界のアメリカでヒーローをしているジョンや心が芽生え始めたアンドロイド、ガルドム。貧乳をすごく気にしていた、エルフのプリマ。中年サラリーマンで妻と娘に嫌われていて悩んでいた佐藤浩司さん。

忍者マスターで別名ずっこけ忍者の相津。


多くの仲間達と共に、「また会おう。何かあったら助けに行く」と、ちょっとどころかかなり難しいことを約束して、俺達は元の世界に戻ってきた。


勇者の力を持ったままだから、ちょっと社会復帰が大変だろうけど、魂と心の修復を女神さまがしてくれたので、何とかしよう。


魔法がない世界なので気を引き締めなければ。


元の世界の自室のベッドで、魔法が使えることを確認したときは思っていた。


俺は元の世界は魔法や人間以外の異種族はいないという認識だった。


けど、違った。元の世界にも存在していたのだ。


「あー、っと見なかったことにするからさ、見逃してくれない?」


金髪のツインテールの紅のドレスの美少女。おそらく外国人とそれを取り囲むスーツ姿の男達。

念のために鑑定したが、魂の位。レベルは俺よりも遥かに下だ。数値化されたステータス。筋力や耐久力も遥かに。いや、話にならないほど低い。


「運がなかったな、人間!」

「逃げなさい!」


コンビニで久しぶりにジュースやパンなどを買って帰る途中、俺は人払いの魔法がかけられている公園をショートカットしてしまった。

魔法がないと思い込んでいた俺は、俺からみて彼等か彼女が使った人払いの魔法はそよ風レベルだ。

だから、気づかなかった。人払いの魔法が弱すぎたから。


そして、俺もこの世界には今目の前にいる吸血鬼のような異種族はいないと思い込んでしまっていた。だが、存在した。


「失敗したなぁ」


俺は溜息をついた。


目の前の少し頬がこけた、不健康そうな赤毛の吸血鬼が俺の首を刈り取るために右腕を振るう。

速度も、普通の人間なら目で捉え切れないほどの速度。つまり拳銃の弾丸クラスだろうか?


けど、俺には止まっているように見える。戦闘状態に入り、とんでもないほど思考が加速している。

だからこそ、俺はどうするべきか考える。


この元の世界にも吸血鬼や異種族がいるならば、勇者である俺の存在はどうにか、隠さなければならない。

何故なら、こういう輩と戦う組織が世界中に存在する可能性が高いからだ。

そういった組織、国に俺の事が知られれば、必ず面倒なことになる。

俺の事を利用しようとする連中も多くなるだろう。


一番楽なのは目の前の連中を口封じに殺すことだが。


鑑定スキルで目の前の吸血鬼の男は快楽殺人鬼や狂信者の称号を持っている、金髪のツインテールのドレス吸血鬼のお姫さんを取り囲んでいる奴等も似たようなものだ。

殺すべきだろう。でも、その前に囲まれている吸血鬼のお嬢さんに確認しないとな。


お嬢さんを殺すのは後回しだ。明らかにやんごとなき血筋の女の子だ。


「シャァッ!」

「うるせぇ」


襲ってきた吸血鬼の腕を掴んで、俺は吸血鬼の顔面に死なない程度に手加減した、俺の拳を叩き込む。


――ズドンと音速の壁を越えた拳が俺を襲ってきた吸血鬼の顔面に叩き込まれて、吸血鬼の顔面は原型を残していた。


うん? 思ったよりも強いなコイツ。殺すつもりは無かったが、死んだらそれはそれでいいかと思っていたが、生きているとは。加減しすぎたか?


「さて、そこのお嬢さん」

「え? え?」


顔面を殴られて、ビクビクと痙攣する吸血鬼を無視しながら、俺は確認する。


「この吸血鬼達は、殺しても大丈夫か?」


俺の言葉に固まるツインテールの金髪吸血鬼のお姫さん。

現代日本、元の世界に戻って来ても、殺すという選択肢を簡単に選べる俺はやはり、元には戻らないとなんとなく割り切った。


俺の言葉の意味を理解したのか金髪のツインテールのお嬢さんはこう言った。


「はい、彼等は犯罪者集団です。問題ありません」

「分かった」


俺は即座に勇者の仲間から教えてもらった、忍術の影分身をして数を増やす。


俺と金髪のツンテールのお姫さんに襲い掛かった吸血鬼達は、突然増えた俺に驚いて思考を停止させた。


何人かは手練れだったのだろう。

俺が増えたことに驚きながらも、反射的に俺へ攻撃を開始した。


だが、遅かったな。


俺は吸血鬼の集団を数秒全て返り討ちにし、全滅させた。


その気になれば、戦いを瞬間的に終わらせられるが、そうなると周りの地形に少なからず影響が出てしまう。


ギリギリ、地面や公園の遊具を破損させない力加減で戦うとやはり数秒かかってしまった。



ああ、確かに勇者召喚される前は、ラノベのような戦闘をしたかったけど、元の世界でこんなラノベのような厄介ごとに巻き込まれて、戦うことになるとはな。



さて、吸血鬼とは勇者として召喚された世界で経験している。


前哨戦とも言える、魔王との戦い。まだ、この時は良かった。ラノベみたいだと言えた時期だ。


この時に邪神に操られた魔王軍の魔王の配下に吸血鬼もいた。


当時は魔族にも主戦派と和平派がいたのだが、吸血鬼は主戦派だったのでかなりの数の吸血鬼と戦うことになった。

その時の経験が活かせたな。

この世界の吸血鬼も手刀で貫いて分かったが、元の世界の吸血鬼も闇属性の魔力が主に身体を流れているので、光属性で内側から焼いてやれば再生能力を阻害して殺すことが出来た。


「さて、お嬢さん」

「な、何かしら?」


吸血鬼達を瞬殺して、俺は吸血鬼達に取り囲まれていた金髪ツインテールの紅いドレスを着た美少女に話しかける。


「一つ頼みたいことがある」

「い、言ってみなさい」


圧倒的な強者を前に彼女は微かに体を震わせながらも、毅然とした態度で俺を見据えた。

ちょっと頬を引きつらせているけれど、その辺りはご愛敬だろう。


「頼む! 今見たことは全て忘れてくれ!」


俺は両手で彼女を拝みながら、深く頭を下げながらそう頼んだ。



「え、えっとつまり、貴方は本来姿を隠しておかないといけない存在なわけね?」

「ああ、君の国にも一人や二人いるだろう? 存在が明るみに出ると狙われそうな存在が」


俺の言葉に彼女は確かにと言う表情で頷いた。


「ま、分からなくはないわね」

「それと、俺はこういう連中と出来るだけ関わらないように、と言われて隠れて生きていた。だから、今のこういう連中の情報も欲しい」

「じょ、情報?」

「ああ、一般的なモノで良いんだ。まったく知らないのはマズいだろう?」


俺の言葉を聞いて、彼女は何事かを考え了承してくれた。


「良いわ。けれど、こちらもお願いがあるわ」

「言ってみろ。あまり無茶なこと以外なら、聞けると思うが」


正直、彼女を襲ってきた吸血鬼達の黒幕を探して殺してこい。と言われても可能だ。

邪神が無尽蔵ともいえる規模で邪神の眷属を生み出したおかげで、馬鹿みたいに強くなって、スキルポイントも腐るほどだったし。

未だに使い切れていないならね! まあ、下手にスキル上げると流石に日常生活に支障が出るモノもあるしな。


「しばらく、貴方の家に泊めて」

「……俺、独り暮らしなんだが?」

「わたしの直感が言っているの、貴方は大丈夫だって」

「一応、男なんだが?」

「ええ、分かっているわ。けど、なんというか、平気な感じがするのよ」


だって、貴方は御爺様のような雰囲気だもの。と言われて、俺は微妙な気分になった。

確かに、今の俺は魂の年齢が三十歳以上であちらの世界では一通りそういうこともしたが、そこまで枯れたつもりはないぞ。


「泊めてくれないなら、貴方に助けられたことを日本政府の対魔省庁に連絡しないといけないのだけど」

「分かった、付いて来い」


俺は溜息をつきながら、彼女と共に足早にその場を後にした。




自宅に帰ると彼女を家に上げて、リビングへ案内する。

まずは話を聞くために、彼女にソファに座るように声をかける。


「座ってくれ。まず、軽く自己紹介をしようか、桜宮武だ。魔法とか吸血鬼などのことはよく知らん」

「それだけの力を持ちながら?」

「俺の師匠が、俺の存在が外に露見すれば、面倒なことになると色々と教えてくれたんだよ」

「そう、確かにそうね」


彼女のステータスはかなり高い、取り囲んでいた吸血鬼達だけで勝てるか微妙なラインだ。

ただ、しっかりと作戦を立てて、しっかりと連携をすれば勝てる可能性は十分にある。

彼女も殺した吸血鬼達も切り札の一つや二つあったはずだ。

だから、彼女も俺があの吸血鬼達を瞬殺したことに驚いていたのだろう。


「と言うわけで、君の名前は? なんとなく、お偉いさんの娘さんだと思うんだけれど」


俺の言葉を聞いて、背筋を伸ばして彼女は自己紹介をした。


「わたしの名前はアンネローゼ・カミュラ・アミータよ」

「欧州の人?」

「……わたしって、表の世界でも顔と名前を出して、そこそこ広まっていると思うのだけれど?」

「……ごめん、少し調べさせてくれ」


スマホで調べたが、アンネローゼは結構有名な美少女だったらしい。

ただ、日本ではあまり有名ではないようだ。モデルをしているようなので、女性には知名度はあるようだが。

それとアミータ家はイタリアの四大王族の一つだった。

聞いたことがないと思ったが、あまり表舞台に出てこない一族のようだ。

吸血鬼と言うことを隠すためなら、仕方がないのかもしれないな。というか、バチカンの近くで暮らす吸血鬼の王族って凄いな。


「おー、本当にお姫様なんだ」

「日本人って、位の高い人に自然と礼儀正しくなることが多いのだけど、貴方は違うのね」

「まあ、公の場所だったら、もう少し言葉遣いを考えるが、今はな」


正直、あっちの世界で世界が滅亡する寸前までいったお陰で、王族とか貴族とか奴隷とか人間の身分への価値観壊れたからな。


腐敗していた豚貴族とか悪徳貴族と呼ばれたエシャナ伯爵ですら、最後は「人類に栄光あれ!」と叫びながら最後まで戦い、側近たちと共に邪神の眷属の群れへ突撃して自爆した。


あの時から、クズはクズ。人は人。という区別をつけるようになった。


公の場所なら頑張るが、そうでないなら人として最低限の礼儀で対応する。それで怒るなら、ま、そういう人なのだろうと。


「それで、えっとアンネでいいか?」

「……その呼び方、まあ、いいわ。なに?」

「なんで、イタリアの吸血鬼のお姫様が一人で歩き回っている?」


俺の言葉を聞いて、気まずげな雰囲気を醸し出すアンネ。


「それは……その」

「うん」

「えーっと、その、ね」

「早く言え、言わないなら、イタリア大使館に連絡するぞ?」

「えっ!? ちょっと待って、それじゃあ、貴方のこともバレるわよ!」

「外交問題と俺の個人情報。一応、日本の国民としては外交問題を回避したいと思うが?」


俺の言葉を聞いて、ううっと頭を抱えるアンネ。しばらく、唸っていたが観念したのか。

一人で歩いていた理由を教えてくれた。


「これが、理由よ」


アンネはそういうと腰のポーチからサイズに似合わない少し大きめの箱を取り出した。

あっちの世界にもあった空間魔法などを利用した魔法のバックか?

俺は取り出された箱に書かれた文字を読むと。


「エネミーハンターR?」


日本のゲーム会社が作った世界的にも有名で大人気のサバイバルアクションゲームだ。

俺も前々作品まで遊んでいた。

ハンターとなった主人公が化け物を狩って、素材を集めて自分の武装を強化するストーリーだが。


「え? まさか……」

「い、イタリアだと、発売まで半年くらい掛かるの。それで、ね」


コイツ! ゲームを買うために抜け出したのかよ!?


俺は無言でスマホを起動させて、イタリア大使館の電話番号を調べる。


「今、迎えを呼ぶから」

「待って! 待って!」


大慌てで、迎え側に座っている俺に縋り付いてくるアンネ。

しばくぞ、ゴラッ! このお姫さんよ!

ゲームの為に、外交問題を起こすな!!


「お前! ゲームソフト買うために、一人で行動して、暗殺者達に襲われたのか!?」

「そ、そう言うことになるわね」

「他国で外交問題になりそうなことをするなよ!!」


どうしよう、ちょっと苦手だけど、魔法で記憶を消してイタリア大使館に送りつけようかな。


失敗すると一週間くらい、クレイジーな性格になるけれど。自業自得だと思って諦めてもらおうかな。


「待って不穏な気配が!」

「ビニール紐で梱包されて、イタリア大使館へ行くか?」

「止めて! それはそれで外交問題になるからね!!」


ぎゃーっ、ぎゃーっ、と言い争いをしていると家のチャイムが鳴った。


ピタリと動きを止める、俺とアンネ。お互いに視線を送り合って、臨戦態勢をとりながら、俺は玄関へと向かう。


今住んでいる家はただの一軒家だ。いきなり壁をぶち抜かれることも考慮して、手招きでアンネを呼び寄せる。


そして、右手で俺の背後に移動するようにジェスチャーをすると、首を横に振ったので、いいから来いと威圧スキルと睨んで小声で言うことを聞かせる。


流石に怖かったのか少しビビりながらも、俺の指示に従った。


俺は覚悟を決めて玄関に近づき、声を出した。


「どちらさんですか?」


ここで、ようやくインターフォンのカメラを確認すればと思い出したがもう遅い。


俺も意外とパニックになっているようだ。いや、さっきの戦闘のことを考慮すれば実践は数年ぶり。


これは、しばらくは基礎訓練からやり直さないと危ないな。チート能力があろうと。

いざと言う時にこれでは、何かあった時に判断を見誤る。


「夜分遅くに申し訳ございません。わたくしはアンネローゼ様の専属の侍女のアメリアと申します」


俺は確認のために背後にいるアンネに視線を送ると知り合いだと頷いた。


ただ警戒を解いていない、アンネは声と名前を聴いただけで、喜んでドアを開けるほど子供ではなかったようだ。


俺は念のため、アンネにプロテクションの魔法をかける。


「っ」


突然自分を包み込む魔法に驚いて俺を見るが、俺はそれを無視して、更に六つの魔法の光球をアンネの傍に浮かび上がらせる。

もし、敵だった時に彼女を守る為の盾になる魔法の球だ。


前者が全身を守り、後者が盾の守りの盾を呼び出す魔法。


プロテクションは貫通力のある魔法だと貫かれる可能性がある。


盾なら守れる範囲が限られるが、敵の攻撃を貫通され難い。


「今開けます」


俺がドアを開けた瞬間、ドアの隙間から疾風のような速度で、白くて美しい手が俺の首を掴もうとしてくる。

だが、無駄だ。


「ぐぁっ?!」

「吸血鬼の関係者だろうから、念のために身体そのモノに光の魔力をまとっている。下手に触ると火傷では済まないぞ」

「貴様!」

「アメリア、止めなさい! 彼は恩人です!」


俺がドアをしっかりと開けると左の手首を右手で押さえながら俺を睨みつけるクールな釣り目の二十台前半のメイドが立っていた。

なんとなく、ドSっぽい感じがするな。

そして、大事なことだが、このメイドさんの衣装がクラシカルなタイプだ!

男のロマンだね!


「ちょうどいい、迎えならコイツを連れて帰れ」


俺がそういうと、アメリアと名乗ったメイドは少し躊躇すると俺に問いかけてきた。


「教会の関係者でしょうか?」

「違う」

「日本の対魔省庁? それとも古き家の退魔師?」

「どちらでもない」

「彼は無所属よ。傭兵でもない」


俺がそういうと、アンネが補足してくれた。

アメリアは少し、何事か考えて、俺にこう告げた。


「先ほどの無礼をお詫び申し上げます。そして、厚かましいお願いですが、わたくしの話を聞いていただけませんか?」



リビングのソファに座り迎え側にアンネとアメリアが座る。


「あ、その前に手を出せ」

「……この程度の傷」

「手の傷は治り難くしている。怪我をしている女を放置するな。と師匠から言われているから治療させてくれ」


そう言って、俺は治癒魔法を飛ばす。薄い緑色の光が彼女の身体を包むと彼女の左手の掌の火傷はあっという間に怪我が治った。


「馬鹿な?!」

「噓でしょう!?」

「い、いったいどうやって」

「秘伝だから、内緒」


二人の驚きよう。たぶん、この世界の吸血鬼には、治癒魔法の効果が薄いのだろうな。


俺が秘伝と言うと、何か言いたげな表情な二人だったが、聞くことはしなかった。

あまり魔法のことを聞いてはいけないルールでもあるのかも。


「それで、まずどうやってここが分かった?」

「アンネ様の魔力を辿りました。魔力を隠していたようですが、先ほど急激に膨れ上がりましたので」

「なるほど、公園でのことか」


隠密行動をしたが、戦いが回避できないから、魔力を使ってしまった。

その魔力を探知か何かして、ここまで辿ってきたのだろう。

一応、家に戻るまで俺も気配やら何やらを消してきたけど、アンネ自身の魔力の残り香的なモノがあったのだろうな。これは気を付けないと。家が特定されるかもしれないし。


「俺としてはこのままアンネを引き取ってもらっておしまいにしたいけれど?」

「いくつか確認したいのですが、公園の吸血鬼の灰は貴方が?」


一応は土属性の魔法で、土と灰を混ぜたけど。分かる人には分かるか。


俺はアンネを見た。俺の視線を受けて、アンネがこう告げる。


「アメリア、彼は存在を隠されているようなの」


その言葉にアメリアは眉を顰める。


「そうですか」

「表向きにはあの吸血鬼はアメリアさんとアンネが倒したことにすればいい」

「高位の吸血鬼を倒したのに手柄を譲ると?」

「存在を隠さないといけないからな。そもそも、そちらの世界にあまり関わるつもりはない」


俺の言葉を聞いて、探るような視線で俺を観察するアメリア。


「アンネローゼ様を襲った吸血鬼は高額な賞金首でした。それだけの実力者を倒したのですよね?」

「ええ、彼一人で本当に秒殺だったわ」

「アンネ」

「あ、ごめんなさい。けど、彼の実力は本物で、わたしに対して危害を加えなかったわ」


アメリアは小さくため息をついて、俺にこう告げた。


「お名前を教えていただけませんか?」

「桜宮武だ」


俺の名前を聞いて、何かを思い出すような雰囲気だったが直ぐにそれもなくなり、アメリアは俺にこう告げた。


「お願いがあります。貴方をアンネ様のボディーガードとして雇わせていただけませんか?」


どういう意味だ?





「実は我々の仮の住まいが、敵に制圧されました」

「はい?」

「どういうことだ?」


ソファに座るアンネと俺の頭に? マークが飛ぶ。

孤立無援ってなんだ?


「実はイタリア大使館とアンネローゼ様が一時的に住む予定だった別館がテロリスト共に占領されました」

「はぃ!?」

「それは、どういうことだ?」

「武様とお呼びしても?」

「ああ、いいぞ。詳しく説明してくれ」


俺の言葉に頷くアメリア。

彼女は深刻そうな雰囲気で説明してくれた。


「我々イタリアの吸血鬼のアミータ王家は昔から、王族派と貴族派で分かれていました。ただ、ここ数百年は現代科学の発展もあり、人間に対して敵対的な発言をしてもポーズだけだったのですが」

「うん」

「ですが近年、一部の貴族が本格的に人間を支配下に置こうと行動を開始し始めたのです。それも中々の実力者達が揃っています」


それだけ、本気ってことか?

だとしたら、面倒だな。吸血鬼って殺した奴等しか知らないが。


ステータス的に結構強かった。現代兵器、戦車とかを使ってもかなり苦戦するぞ。


「その一部の貴族が、もしかしてイタリア大使館を?」

「いえ、貴族達は動いていません。恐らくですが、配下の者達でしょうね」

「奴等の目的は分かる?」

「アンネ様の身柄、もしくはお命でしょう」


一応、王族だからな。神輿になるし。脅迫材料にもなるだろう。


「そのテロリストに対して、日本政府は動かないのか?」

「たぶん、動けないわ。対外的には吸血鬼とかは存在しないことになっているし、腰抜けな日本政府が積極的に介入するとは思えないわ」

「他国の姫さんにまで腰抜け扱いなのか」

「日本って怒ってます。しか言わないからね」


あー、確かにな。最近は遺憾砲も撃たないからな。


「それに、イタリア大使館が所属不明の武装勢力に制圧された。となった場合。その武装勢力を日本国内に侵入された日本政府の面子が潰れます。間違いなく外交問題にもなります」


うわ、面倒くさいな。


どうやって、入ったのか分からないが、何となく直感だが。


イタリア大使館を制圧した連中は正規の手続きで入ってきている気がする。魔力があるなら、重火器必要ないしな。


「ま、いいや。それでボディーガードって言われても一応学生だぞ。何日も休めない」

「分かっております。それに対するフォローも報酬もしっかりとお支払いいたします」

「ううん……」



正直、介入したくないが。

ここでアンネを放り出したら、絶対後で厄介ごとになって返ってくる気がする。


異世界での出来事で痛い目を見まくったからな、俺も含めてみんながな!!

フラグって本当にあるんだね。って、みんな遠い目していたよね。懐かしい。


「つまり、イタリア大使館に殴り込みをかけて、テロリスト共を根絶やしにすればいいんだな?」

「違います!」

「止めて、非戦闘員もいるの!」

「ボディガードをしてほしいと言いましたよね?」

「あ、そうか。じゃあ、とりあえず移動するか? 家にテロリストが来たら近所迷惑だし」


俺の言葉を聞くと「近所迷惑で済まないでしょう」と微妙な顔つきのアンネと、コイツ何言ってんの? って顔をするアメリアが居た。




さて、アメリアが乗ってきた黒塗り。ではなくて、カモフラージュの普通の乗用車のレンタカーで、アメリア達の経緯をざっと確認した。


まず、アンネは日本に留学に来た。

理由は日本の対魔省庁と日本の退魔師との友好だ。


あ、日本政府に所属しているのは対魔師で、日本政府に所属していない古くからのオカルト的な力を使う人たちは退魔師と呼ばれているらしい。


対魔と退魔。違いは対魔がオカルトの犯罪に対抗するため。

退魔は妖怪などの人ならざる者を退治するためだったから、表記がそれぞれ違うらしい。


それで、アンネは明日から学校に通う予定で、今日はイタリア大使館で休み予定だったが、アンネが大使館を抜け出した。


それが結果的にテロリストの襲撃を回避することが出来た。


アメリアはアンネを捜索する為にイタリア大使館から出ていたのでテロリストの襲撃を回避。


アンネを捜索している途中で、アメリアは部下からの連絡でイタリア大使館の様子がおかしいと連絡を受けて、調べた結果。イタリア大使館はテロリストに制圧されていた。


既に日本政府もその事実を掴んでいるが静観している。


「なるほどね」

「ご理解いただけて幸いです」

「や、やっぱり、その姿、か、カッコいい!」


レンタカーの後ろの席アンネの隣に座る俺の今の恰好はあっちの世界で忍者マスターと呼ばれた相津が監修した、近代忍者スーツだ。

黒いラバーのような材質だが、実はオリハルコンとミスリル合金で作られた繊維で編まれており、羽のように軽くて斬撃、貫通、打撃、魔法にも高い耐性を持つ。


顔もしっかりと隠し、額の黒い金属の額当てには【忍】と彫られている。


隠蔽の魔法もしっかりと掛かっているので、意識しないと近くにいる二人ですら、俺の事を見逃してしまうほどだ。


「手配したホテルまで後、どれぐらいだ?」

「一時間ほどですね」


俺は周囲をスキルと魔法で確認する。


「今のところ、大丈夫なようだな」

「わ、分かるの?」

「なんとなくだけどな」


こうして、ホテルに着くまで何事もなく車は進んだ。


問題が起こったのは豪華なホテルに到着した後だった。



「ね、ねぇ、本当にそこにいるの?」

「いるから、安心しろ」


地下駐車場に車を止めて、安全のために俺が前を歩く。


俺の背後から不安げなアンネの声が聞こえてきた。


「大丈夫ですアンネローゼ様。気配は一応ありますから」

「そ、そうなの?」

「……多才な方ですね」

「そうか?」

「ええ、多くの暗殺者が貴方の才能に嫉妬するでしょう」

「ま、そうだな。けど、才能よりもまずは訓練だろう」


俺は胸元、正確にはアイテムボックスから即座にクナイを取り出して、隠れている敵、八人にクナイを投げた。

すでに敵の位置は分かっている。それ故にクナイは弾丸以上の速度で飛んでいき、更にホーミングして敵に突き刺さる。


小さな悲鳴が聞こえて、アンネとアメリアの動きが止まった。


それと同時に周囲の気配が物騒になる。気づかれたか。


今ので気づくとはなかなか手練れがいるな。いや、部下の気配か命を観察していたのか?


「逃げるぞ」


俺は即座にアンネをお姫様抱っこして、地下駐車場の出口に走り出した。


「車は捨てるぞ。フルマラソンくらいはできるな?」

「問題ありません」


吸血鬼は人間よりも身体能力が高い、アメリアさんのステータスなら乗用車よりも速く走れるだろう。


一応、俺はアメリアに走れるか確認しながら、敵の数を確認する。


「四十三人か?」

「え、分かるの?!」

「分かるのですか?」

「敵意と戦意を持った数がそれだけだ。もしかしたら、敵意も戦意もない奴がいるかもしれない」


まあ、マップ機能で敵を意味する赤い点も、それぐらいの数が見えるってだけだが。


逃げながら、人気のない場所で倒さないと。





追撃戦が開始されたが、楽な戦いだった。

街中では戦闘できないので、人気のない道を選んで進んでドンドン街から離れて行ってしまうが、問題はない。


ホーミングするクナイは転移魔法が付いているのでアイテムボックスに自動回収されるから、何度でも使える。


それ故に、敵の隙をついて各個撃破する。



「馬鹿な! 手裏剣ごときに、我らが!」


頭を貫かれて、再生もしない仲間の吸血鬼に驚く敵側の吸血鬼。

まあ、俺の光属性の魔力をたっぷり含ませているから、並みの吸血鬼なら一撃で死ぬだろうな。


「命を奪っているこの状況で、ヌルゲー。と言うのは流石に問題だろうが。思ったよりも弱いな」

「……そうね。けど、分かっているならいいんじゃないかしら? 彼等は人の命を家畜のように扱っているし」

「そうですね。彼等は大罪人です。あまりお気になさらずに」

「ん、すまん。人殺しには慣れたはずだったが」


あっちの世界でも、盗賊を含む悪党を殺すことは、数えきれないほど行った。


住民の大半が邪神を信仰する街を滅ぼしたこともある。


「ごめんなさい」

「ん?」

「その、わたしと出会わなければ、こんなことをする必要なかったのに」

「気にすんなよ」


あ、敵か? 前方から集団が来るな。色はイエロー。中立?


「これは」


アメリアさんも気づいたらしい。


「アレは」


クナイを追手に投げつけながら、前方から近づいてくる集団とついに接触する。

吸血鬼ではないな。日本人だけだ。

念の為、鑑定をすると正体が分かった。


「我々は日本対魔師局の者だ! 今すぐ戦闘を停止しなさい!」


スーツ姿の妙齢のキャリアウーマン風の美人に率いられた集団が俺達へ向かって、警告を出した。


「どうする?」


俺はアメリアさんに問いかけると、アメリアさんは仕方がないとばかりに「守るだけにしてください」と言われた。


俺達の追手はそんなのお構いなしに襲ってくる。

更に前方から来た日本対魔師局へ攻撃し始める、馬鹿だ。


攻撃された対魔師が全力応戦し始める。刀を持っているから遠距離攻撃ないかと思ったらそうでもない。

符や弓矢、拳銃も使っているな。


しかも、結構威力が高い。戦闘員のステータスも高めだな。


でも、追っ手も馬鹿だな。嘘でもいいから、俺達のことを犯罪者だとか言えば、逃げる時間くらい作れたかもしれないのに。まあ、追ってきた敵は半数以上殺した。


それも指示を出していたリーダー格を優先的に狙った。その結果だと思おう。


俺は直ぐ近くまで来た対魔師のリーダーのような、妙齢の美人の前でアンネを地面に降ろしてあげる。


いつまでも、お姫様抱っこは格好がつかないだろうしな。


「……首に回した腕を離せ」

「え、あ、うん。分かっているわ」


ずっとお姫様抱っこと追撃の緊張からか、地に足を置いたアンネは俺の首から回していた腕を外すのをためらっていた。


「大丈夫だから、行け」

「わ、分かってるわよ」


咳払いをして、アンネは対魔師の代表の元へ堂々と歩いていく。


「我が名はアンネローゼ・カミュラ・アミータ。日本政府は今の状況を知っているわね?」

「日本対魔師局の米沢です。貴女方を保護するために来ました」

「ご苦労様です。では、案内をしてください」

「分かりました。ところで、彼は? 日本人のようですが」

「こういう可能性があったので、独自の伝手で事前に雇っていたボディーガードです。とても素晴らしい忍者なのは見て分かると思います」

「……そうですね。しっかりと認識せねば、見失うほどとは」


やべぇ、ロックオンされた。


「彼はわたしの恩人でもあります。それは忘れないように」

「ええ、もちろん」


あ、釘をさしてくれた。これで余計なちょっかいはかけられないだろう。

今のところ。とりあえず、今回の一件が終わったら即座に逃げよう。


「こちらです。国際武蔵ホテルへご案内いたします」


その言葉に、アンネとアメリアが驚いていた。


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