第11話 氷の国から来た男
(3)
表彰式が終わり、観客たちは一斉に引き上げていった。混雑する会場ロビーを、迎えに来る父親との待ち合わせ場所に行くのではなくレオは「スタッフ・オンリー」の掲示を探して歩きまわった。
バシキロフに会い、いちスケートファンとして今日の演技に感動したこと、自分も同じ選手であり、全米ジュブナイルで三位に入った実力を持っており、いつか同じ試合で競えるようになりたいことを伝えたく、そしてまたダラス市民として、今日の非礼を謝罪したかったのだ。
目当ての"STAFF ONLY"の立て看板を見つけ、臆せずに通路に走りこんでいったレオは、角を曲がり反対方向から歩いてきた人間に思い切りぶつかった。
思わず尻もちをついたレオを、その男は無言で見下ろしてきた。
一見何の変哲もないスーツ姿の白人男性だが、異様な雰囲気の鋭さがあった。アメリカ人じゃない、という直感が反射的にレオを貫いた。男は床にへたり込んだレオを冷たい灰色の目で一瞥し、無言のまま去っていった。
大丈夫か坊主? ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ、と声がかかった。スタジアムジャンパーにジーンズという典型的アメリカ人の身なりに、レオは一瞬ひどく安堵した。
立ち上がり、自分の身上と入ってきた理由を話したレオにスタッフは小さく首を振り、バシキロフ一行は既に地元警察のパトカーに乗って空港に向かったことを語った。
コーチら同行する大人たちは今回の一件に大変憤っており、演技が終わり次第帰りかねない勢いだったが、バシキロフが表彰式には欠席したくないと主張したのだという。
それでも記者会見にもエキシビションにも出ることなく、ホテルにも立ち寄らずそのままダラス・フォートワース空港に直行して帰国することになった。
現実を突きつけられた思いでうなだれるレオに、これはここだけの話だが、という声が降ってきた。君がぶつかったあの男もロシアからの付添いだが、スケート関係者って感じが全然しないな……靴に毒塗りのナイフ仕込んでたって驚かんぜ。腐敗と堕落のキャピタリストどもめ!みたいな目で俺らを睨みやがって、そのくせあの野郎、バシキロフが客席から怒鳴られてもの投げ込まれてるの見て、笑ってやがったんだぜ。
数日後、ロシアのスケート連盟は世界ジュニアダラス大会の男子シングルにおける蛮行についてアメリカスケート連盟に対して正式に抗議文書を送付した。
リンクに物を投げ込んだ者たちはその後警察に連行されたが、その日のうちに釈放されていた。この事態に対してダラス市長が正式に謝罪声明ををし、米スケート連盟会長は辞任に追い込まれた。
その後しばらく、ダラスの男たちはバーで皮肉げな笑みを浮かべこんなジョークを交わした。大したもんだぜコミー・ボーイ、十五でスケ連会長の首を飛ばすならハタチになった日にゃうちの大統領の首でも飛ばしてるだろうよ。じゃあ二十五になったら誰の首を飛ばすんだ。知らんね。ローマ法王の首でも狙うんじゃないか?
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