第11話 夢を叶える条件~プラグマティズム~
(4)ー2
リアムは戸惑った。振付をど忘れしても状況を打開しようとする意志の強さが買われたとでもいうのだろうか。バレエの世界とはそんなものなのか。
室内をゆっくりと歩き回りながらロチェスは続けた。
「プロのバレエダンサーにとって必要なもの、まあ人によって答えは様々だろう。踊りの才能、音感、運動神経。顔の良さ、努力、情熱、知性……何があっても必ず客に良いものを見せるというプロ意識。そのどれも間違いじゃない。だが何より、これがなければ決してスタート地点に立てないというものがある。さあ、立って」
言われるまま腰を上げ、ソファから少し離れた地点に立ったリアムの前にロチェスは立ち、相手の全身を見て頷いた。
「小さい顔と細く長い首、長く真っ直ぐな手足に歪みのない骨格。高い柔軟性と強い足首。身体検査で、君はすべての項目で満点に近い数字を示した。これは稀有なことだ。人種のことはデリケートな話題ではあるが、必要なことなので質問させてください。お母さん、リアムくんはハーフですか?」
突然話しかけられリアムの母は一瞬驚いた様子になったが、ややあって遠慮がちな口調で、父親は中国系でリアムが生まれて間もない頃に離婚した旨を述べた。
ロチェスはしんみりとした表情で頷いた。そしてリアムをまたソファに座らせ、自分も座って真正面からリアムを見据えながら言った。
「スポーツ界には『身長はコーチできない』という言葉がある。バレエでも同じだ。技術はコーチできる。表現力だって、努力次第でいくらでも向上させられる。だが、身体のスタイルの良さだけは別だ。こればかりは、神から与えられたか与えられなかったかの違いしかない。つまり、君こそ神からバレエをやるべく定められた人間なんだ。そういう子供をこそ、オペラ座やボリショイの付属学校は求めるんだ」
興奮した口調で言いつのり、一旦ロチェスは言葉を切って嘆息した。
「……だが、ここはオペラ座でもボリショイでもない。経験のない子に手取り足取り、一から教えるような親切なカリキュラムは持っていない。レッスン時間は膨大だし、費用も高い。それに学業成績が悪くても退学理由になる。だから本当は、町のバレエ教室で余裕を持ってじっくり技を磨いた方がいいのかもしれない。急速に詰め込んで、パンクしてしまったら取り返しがつかないからな。だがもし君にやる気があるのなら、理事長権限で特別に入学させてもいいと私は思っている。スタイルの良さだけじゃない、二次試験で、振付を忘れしまってもなんとか切り拓こうとする意志の強さに賭けたんだよ、私は」
帰り道で母はしきりに「よかったわねえ」と言ったがリアムは上の空の状態だった。
バレエ物語の中にもないようなファンタジックなまでの幸運で入学する権利を得たものの、次の問題が待ち受けていた。
寮に入らなくとも、初年度は入学金込みで三万ドル近くかかる費用を、母は実家に頭を下げ、今の部屋を処分してでも工面しようとするだろう。
その事はリアムには容易に予想がついた。これ以上の負担はかけたくない。
しかし、バレエ学校に正式には不合格で特例中の特例で入学を認められただけの自分が芸術スポーツ関係の奨学金を得るのは難しい。そうなれば、リアムにできることは一つしかなかった。
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