第10話 最下位成績の内訳

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 ロチェスバレエアカデミーからブリュネ家に連絡が入ったのは、試験終了から二日後のことだった。

 保護者と共にバレエ団本部に来るようにというその報せの意味が、リアムには皆目分からなかった。

 どう楽観的に考えても、リアムには合格できる要素は何もない。リアムが幼時からバレエに取り組んできて本来は高い技術表現を持ち、地域で評判が鳴り響いている人間というならまだしも、そのような評価はまるでないのだ。

 入学試験会場でもあった本部建物に母親と共に赴き、理事長室に向かわされたリアムはその扉の前でぎくりとした。

 もしかして、絶対的にバレエに向いていないからもうやめた方が良いと言われるのだろうか。

 眼鏡をかけ灰色の髪をした、四十年配のロチェスバレエ団理事長ピエール・ロチェスはまず来てくれたことをねぎらい、「本来は郵送するのだが」と言いながら、ソファにかけたブリュネ母子の前の小卓に一枚の紙を置いた。

 その紙面の文字列の中の、自分の名前と"unable"の語が目に飛び込んできてリアムは早くも泣きたくなった。

 その様子をロチェスは同情のこもった目で見やりながら、

「今年の合格者数は三十名、全受験者数は四百九十二名だった。例年より多く、質も高かった。マリー・ベルクールのおかげだ。彼女のことを聞いて、ABTやNYCBの付属を受けるような生徒もうちに流れてきた可能性がある。ロチェスに行けば自分もオペラ座に入れるかも、というわけだ」

 今年六月、ロチェスバレエアカデミーを首席で卒業したマリーは翌月パリにわたり、オペラ座オーディションの五十倍とも言われる倍率を突破して、見事合格した。

 そのことを知らせてきたパリの絵葉書はリアムのお守り代わりだ。一連のことをぼんやりと思い出していたリアムにロチェスは、「君もマリーに憧れているのか?」と尋ねてきた。

 リアムは一瞬混乱したが、気づいた時には頷く動作をしていた。

「そうか……だがその道のりは険しそうだな。今回の君の成績は、一次の基本テクニックでは最下位、二次のバリエーションでもそれに近い順位だ。ちなみに君よりも下だった受験者は、緊張でそもそも踊ることができず採点不能になった子たちだ。実は毎年そういう例は珍しくない。なにぶんまだ十二歳だから、試験官の前で泣き出してしまったりする。私としてはともかく、試験官に踊りだしを訊いて最後まで踊り切った積極性を評価したいと言ったのだがね。一蹴されたよ。まあ確かに踊りも決して褒められた出来栄えではなかったが」

 思い出したくないのに、思い出さざるを得ない。

 試験官の前ですべての振付を忘れてしまったリアムは、顔から火が出る思いを堪えてまず音楽を止めてもらい、次に振付を忘れてしまったので冒頭の動きを教えてくれるよう試験官に頼んだ。

 試験官の一人が呆れ顔で、冒頭のポーズと動く方向、最初の技を指示してくれ、改めて音楽を再開して踊りだしたが跳躍の着地でよろけて手をつき、回転は途中で止まってしまうなど、散々と言うしかない出来だった。

「そもそも一次の出来から言えば、君は本来二次にだって進めてはいないんだ。なぜ進出できたのか、そしてなぜ今日ここに呼ばれたのか、分かるかね。それはまたバレエダンサーにとって最も必要なものは何かという問題にも繋がってくる」

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