第23話 暴風な彼女

 俺はどこに向かっているかも分からないまま、真っ直ぐに伸びている城内の廊下を全力で走っていた。……トランクス一枚の恰好で。しかも美少女を、お姫様抱っこしながらだ!


「はわわわわっ……!?!?」


 銀髪の美少女が顔を真っ青にして、俺のことを涙目で見つめていた。


「罪悪感が半端ないッ……!!」


 俺何やってんの!? 勇者達の教育係としてやって来たのに‼ 今の俺は、変態!? てか犯罪者じゃねえか!? いやいや待てって!! 俺は何も悪い事してないから!! 


「お、俺は、一体これからどうすればいいんだっ……!!」

「ひっ!? そ、そんなの、決まってますよッ……!!」

「えっ⁉」


 銀髪の美少女こと、ライラが解決策があるみたいに話しかけてきた。俺のなかに希望の光が灯る!


「は、早く教えてくれ!!」

「ひえっ!? ふ、ふく、ですッ……!!」

「へっ? ふ、ふく?」


 俺が首をかしげると、ライラは顔を赤くして、恥ずかし気に叫んだ。


「ふ、服を着ることですッ~!!」


「なっ!? …………ははっ、なるほど………、ね」 


 期待した俺が、バカだった。ふふっ……。


 俺は、涙目で震えるライラに、力なく告げた。


「違うんだよ……」

「な!? 何がちがうんですかッ……!?」

「そうじゃないんだよ……、正しいけど、違うんだよ……」

「いっ、言ってる意味がわかりません!?」

「このわからずやさん!! わかるだろ! 普通さ!! この状況を見て! 服を着るとか問題外だ!!」

「状況を見て言ってるんですけど!? はわわわわっ!? ど、ど変態さんです!! た、助けてぇ!!!!」


 バチ、バチ、バチ!! 


 いてっ!? いてっ!?!? 


電撃が俺の体に痛みを加える。ライラの全身が銀色の光を浴び、小さな電気の筋が無数にゆらゆらと出現しては消えていく。


「あだだだっ!? ちょっ、やめてライラさん!? 痛いから!!」

「じゃ、じゃあ私を下ろしてください!!」

「そっ、それは!! ……無理なお願いだな……」

「な、なんでですかっ!?」

「いや、ライラさんを抱えてないとさ、俺、攻撃されるじゃない? ミディアさんにさ」


 頭によぎる火球や、豪炎。いくらダメージを防げるとはいえ、怖いので勘弁してほしい。


「そ、それって…………、わ、私を、た、盾にしてるってことですか?」

「そんなわけ……!? …………、ごめん……」

「さ、最低です!! ほんと最低です!!」

「だって仕方ないだろ!? 俺の話をミディアさん聞かないし、問答無用で攻撃してくるしさ!」

「そ、それは、ど変態さんが、ミディアさんに、悪いことしたからじゃないんですか!?」

「そんなわけ…………、はっ!?」


 そういや、俺、ミディアの部屋に激突したとき、なんか風呂上がりみたいな格好を見てしまったな。バスタオルを体に巻いていて……。


 俺はそのとき何してた?


・片手が、床に散らばっていた、ミディアの下着を偶然掴む。

・ミディア激怒し、火球を乱発。塔の部屋が崩れる。

・俺は、慌ててミディアを抱き寄せ、落下の衝撃から守った。それは良かったのだが、

 

 そのとき、勢い余って、誤って……、胸を、触ってしまった(小ぶり)。


 うわぁ……、俺、何やってんの……。


「やっぱり、悪いことしてたんですねっ……」

「そ、そんなわけ!? でも、ないような……、あははははっ!!」


ライラの涙目が、突然、鋭い眼光に変わった。彼女の全身に銀色の電撃がバチバチと激しめに舞う。


「あだだだ!? い、痛いって!? や、やめてほんと!?」

「や、止めません!!」

「な、なんで!?」

「き、決まってます!! ミディアさんに悪いことしたからです!!」

「い、いや、そ、それはねっ!? ふ、不慮の事故と言いますか!」

「そんなこと知りません!! や、止めてほしいなら、ミディアさんに謝ってください!!」

「い、いや、でも……」

「でもじゃないです!!」

「ひっ!?」


 可愛らしい端整な顔を、とてつもない怒り顔に変え、ライラは俺に大きく叫んだ。


「まずは、『ごめんなさい』です!!」


 あっ……。


 その真っ直ぐで素直な助言が、俺の心に刺さった。とても、清々しくすら感じて。


 なんだ、とても単純なことじゃないか。


 俺は、走るスピードを落としていく、そして、止まった。


「ほんと、その通りだよ」

「へっ……!? えっと、ど変態さん……?」

「…………、ど変態さん、じゃなくて、ムラカミだ。ム・ラ・カ・ミ」


 そう言いながら俺は、抱えているライラを、そっと地に下ろした。銀髪がとても似合う美少女の瞳が、大きく見開く。


「あ、えっと……!? な、なんで急に…………?」


 不思議そうな声音で、俺を見つめてくる。…………、そんなの、さっき君が教えてくれたじゃないか。


 俺は、にっこりと笑った。


「ミディアさんに、謝ろうとおもってさ」

「えっ!? ほ、ほんとですか!?」

「もちろん。ライラさんだって、さっき言ってたじゃないか」

「そ、それは、そうなんですけど……! で、でも……、ミディアさんが許してくれるかは……、その……」


 確かに。謝っても、許されない確率の方が高いだろ。んで、また燃え盛る火の玉をバンバン俺に向けて放ってくるわけだ。…………、やば、怖くて背筋がゾワゾワしてしまった……! それでも、だ。


「まずは、『ごめんなさい』からだよな」


 俺は、銀髪の美少女、ライラに笑顔を向ける。感謝の気持ちを込めてさ。

 顔を強張らせていたライラの、小さな口元がフッと緩んだのが分かった。


「はい、まずは『ごめんなさい』、からです」


 そう言って、ライラは小さく笑った。俺は、頷いた。だから、まずはそばにいる君に、そうするよ。


「ライラさん」

「えっ? は、はい?」

「怖い思いさせて、ごめんなさい」

「ふぇ!? あっ、いや、あの!?」


 ライラが、なぜが両手をわたわたとせわしなくもてあそんでいる。あははっ、そんな慌てることないのに。

 俺が可笑しげにライラを見つめていると、


「な、なんですか、もうっ」


 彼女は不服そうにそういうと、頬を少し膨らましていた。あはは、超可愛いな。そう言いたかったが、グッとこらえる。その代わり、もう一度、ライラに心から伝えた。


「ごめんなさい」

「…………、はい」


 短い返事、でもとても嬉しげな声音だった。ははっ、もっと早くに気づけば良かったよな。ん?


 ふと、ライラが俺から目を逸らした。その先にある、何かを見つめていた。表情が固い。俺も視線をそちらに向けた。げげっ!? ミディアがこちらに向かってくる!? い、いや、それで良いんだ、あ、謝らなきゃ行けないからさ。


「果たして、許してくれるだろうか……」

「それは、む、難しいかもしれません……」

「な、なんでそんなこというのよ……」

「だっ、だってあんなに怒ってるミディアさん、初めて見ましたし!」

「ま、マジで……!?」

「そ、それに、そ、その、ム、ムラカミさん、今、ふ、服着てないですし……」

「…………、こんなトランクス姿で、謝らなきゃいけないのか……」


なに、この負けイベント。


「ライラさん」

「は、はい?」

「俺から、離れといた方がいいぞ。あともう少ししたら、ミディアさんが俺に火球を放ってくるだろうし」


 危ないよ、的なニュアンスで言うと、意外な返答が返ってきた。


「わ、私もここにいます」

「え……!? いやでも、危なーーー」

「ミディアさんに『ごめんなさい』、って伝えてほしいですから」


 そう言って、ライラは小さく笑った。あはは……、なんて、心強い子なんだ。


「ありがと」

「…………、ふふっ、いえいえ」


 そうこうしているうちに、ミディアが迫ってきている。

もう、1分もないだろう。紅蓮髪の美少女が、怒りと困惑が混じった表情で、走って近づいてくる。

 もうすぐ、だ。果たして、俺の『ごめんなさい』は、届くだろうか。


5秒前。


4


3


2


1


0


 の瞬間、盛大な爆発音。


 もうもうと舞う瓦礫の粉塵が混じった煙。一体、何が!? 

 

 城の廊下。右側が大きな穴が空いてるのが、灰色の煙で満ちたなかでも分かった。そこだけ、外の昼間の陽光がたくさん差し込んでいる。城の廊下の壁にできた大穴から、瓦礫の粉塵が混ざった灰色の煙が吐き出されていく。そして、そのかわりに、美しく光るエメラルドグリーンの、綺麗な髪をなびかせた、美少女が入って、


 ふわっ


 なっ!?!?


 もう俺の目の前にいた。淡いグリーンの瞳が、俺を見据えていて、


「初めまして、侵入者さん」


 軽い口調でそう挨拶された。俺はただ驚くばかりで。だってさ、彼女、浮いてるんだよ!? 無重力の宇宙にいる、宇宙飛行士みたいにさ!!


 綺麗なグリーンの髪をなびかせている彼女は、俺にまた、軽い口調で告げた。


「あたし、風の勇者。よ・ろ・し・く♪」


そう聞こえた次に、俺は暴風に包まれて、城の廊下の壁ごと外へ、ぶち抜かれた。


 

 

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