第20話 誤解

「いっ、いやあああああああーーー⁉」


 ガガゴンンン‼‼


 新たな塔の壁をぶち破り、


 ボフン‼


「ぐへっ⁉」


 体全体から感じる着地の衝撃。床にベタンとうつ伏せで這いつくばっている状態を、着地と言っていいか疑問だが……。


ダメージ階級:C

負担ダメージ:1000

(HP):348万7000/350万



 視界の端に、異世界保険の力によるダメージ変換の数値を確認しながら、体の具合を確かめる。痛みは全くなかった。それよりむしろ、


 ふわっ。


 と体全体から感じる柔らかな感触。


 俺は、柔らかな絨毯の上にいた。そして視界の端に見える部屋っぽい雰囲気。瓦礫の土煙みたいなのはあまり漂っていなかった。どうやら紅蓮髪の少女の部屋に突っ込んだ時よりも、盛大に壁をぶっ壊したわけでもないみたいだ。


 よ、よし、とりあえずは。


 俺は立ち上がろうと、四つん這いになった時だった。


「はわわわ……⁉」


 ポフン。

 俺の耳が、か細くてはかなげな女の子の声をキャッチした。そして、床に敷いてある絨毯になにやら腰を落とすような音。


 俺の心臓が早鐘を打ち出す。


 お、俺はまた誰かの、そ、その女性の部屋に……。


 四つん這いの状態で、下を向いていた視線を、恐る恐る上げると、


「あっ……」


 俺は思わず、見惚れて声が出た。


 白銀の髪色。


 そして、淡い黄色のふわっとしたワンピースのようなものを着た美少女がいた。フランスとかヨーロッで見かけそうな、綺麗で可愛らしい人形のような少女。小顔で均整のとれた目鼻立ちに、銀色の瞳。そして上品な光沢を放つ白銀の髪。

 前髪はヘアピンで七三にきっちりと止められ、後ろ髪もしっかりまとめている感じだ。チラッとリボンみたいな紐がみえる。

 そのきっちり整えられた髪形は、ふわっとしたワンピースの柔らかい印象とは対照的で、気真面目さを感じさせる。でも、どこか彼女に似合ってない印象があった。

 もっとふわっとした髪形の方が、お姫様ぽくって似合いそうなんだけどな。

 そんな事を考えながら、あらためて彼女の顔を眺めた。


 えっ?


 白銀の髪の美少女は、青ざめた驚愕の表情で俺を凝視していた。

 俺は強烈な焦りがこみ上げてくるなか、彼女の今の様子を一つ一つ捉えていく。

 尻もちをついている。そして、何かに脅えるように、カタカタと体を震わしている。

 そして、膝を立てている白い両足からチラリと覗く、鮮やかなコバルトブルーのライン。白の細いラインが混じった縞のパンツがお目見えしていた。


「!?!?」


 バッと、美少女が慌てて両足を地面に伏せた。

 顔を赤くし、身構える白銀の髪の美少女。

 俺は慌てて口を開く。


「あ、あの!」

「!?!?!?」


 美少女はものすごい勢いで後ずさった。後ろにあった壁にピタッと背中をひっつけ、警戒心MAXの目で俺を捉えている。

 うん、そうだよね、普通そうなるよね。

 彼女は青ざめた表情で、口を金魚みたいにパクパク動かしながら、何やら言葉を発している。

 えっ? 声が小さくて聞こえない。


 俺はそろっと立ち上がり、彼女へ足を一歩踏み出した。


「!?!?!?」


 ガタガタと震え出す美少女。

 い、いかん⁉ 完全に怯えている‼‼


「い、いや、違うんだ。お、落ち着いて」


 俺はこの状況に焦ってしまい、不用意にも、怯える彼女へ距離を詰めてしまった。


 その時だった。

 

 パチパチン‼‼ 

 

 彼女の体から、眩い銀色の光が走る。全身がまたたくまに、銀色の淡い光に包まれた。

 俺は突然の出来事に唖然とする。と同時に、白銀の髪の美少女は、大きな声を発した。


「近づかないでください‼‼ 変態さん‼‼」

 

 彼女がそう叫んだと同時に、歪で小さな光の筋が放たれた。その光が俺の体に触れるや否や、


 ビリビリビリ‼‼ 


「あだだだっ⁉⁉」


 体に走る電撃。あまりの出来事に思わず両膝を付く。だが電撃の痛みは一瞬だった。今のは一体⁉ というか痛みがある⁉ 異世界保険の能力が機能してない!? そしてまたもや変態呼ばわり⁉

 俺は少し落ち込みながら、白銀の髪の美少女を見る。

 彼女からパチパチパチと、静電気に触った時のような小さな音が響いている。そして、真っ赤な顔で、必死に俺から目を逸らさないようにしている。そしてなにやら、俺に訴えかけていた。小さな声に耳を傾ける。


「……パンツ……ですか!」

「えっ? パンツ? がなに?」


 俺がすっと立ち上がると、尻もちをついていた彼女もビクッと条件反射のごとく立ち上がる。そして慌てながら口を開く。


「なんでパ、パンツ……た……んですか!」

「へっ?」


 俺は聞き取った言葉から必死に解読を試みる。パンツ……、たんですか。見たといいたいのか? つまり……コバルトブルーの縞パン? はっ!


俺の頭が答えを見事に導き出した。俺は急いで言葉にする。 


「なんでパンツ見たんですか! か‼」

「!?!?!?」


 彼女が顔を赤くし慌てる。やっぱ正解だったか。よし、誤解を解かねばならない。


「あれは不可抗力だったんだ‼ 君のはいている、縞パンを見たのは‼」

「⁉⁉⁉」

 

 俺の言葉に口元をわなわな震わせ、驚愕する彼女。だが俺は誤解を解くためにも、二度言わねばならない。大事なことだからな、ってどこかの偉い人が言っていた気がする。


「ほんとに見るつもりは無かったんだ‼‼ 君のコバルトブルーの」

「なんでパ、パンツ姿なんですかーーー‼‼」

「いいっ⁉」

 

 突如、白銀の髪の美少女が大きく叫んだ。いきなりの大音量に俺は驚く。

 彼女は顔を真っ赤にし、俺を睨みつけていた。その怒ったような顔つきに、俺はたじろぎながらも、彼女が言ったある言葉をおもむろに繰り返した。


「パ、パンツ姿?」

「そっ、そうです‼」

 

彼女がしどろもどろに答える。


「えっと……、それは誰が?」

「あっ、あなた以外に、い、いません!!」


 んなわけ。だって、俺はスーツを着て、


「ない!?!?」


 自分の体に目を向けたら、


 パンツ姿=パンイチ=俺 がいた。


 な、なんで!? あっ、そ、そうか! 俺、紅蓮髪の少女に、炎で吹っ飛ばされて、それで、服だけ燃えてしまって、


「パンツ一丁てか」


 なぜ、パンツ(トランクス)だけ無事なんだよ……。あ、いや、それで良かった。もし、パンツまで失ってたら、俺の勇者の教育係としての、人生が終わってた気がする。


「パンツ、ありがと……」


 俺の、しみじみとした呟きに、


「さ、最低ですッ!! この変態さんッ!!」


 銀色の髪の美少女が、盛大に何かを勘違いし、俺に罵声を浴びせていた。

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