第13話 火の勇者
キュッキュッ。
「ふぅー……」
シャワーを止めると、バスルームに漂う、シャンプーの香りが私の鼻をくすぐる。
「うん……、良い香り」
巨大なオーガを焼き殺したときに染みついた嫌な匂いは、キレイに落ちてくれた。そのことに、体の緊張がほぐれる。
私は、バスルームのドアを開く。
脱衣所に置いてあるかごから、バスタオルを掴み、全身をある程度拭いてから、胸のあたりで巻きつけた。
「ん? んん~っ?」
谷間がなんだか、深くなってる……?
「ちょ、ちょっとだけ、大きくなったかな?」
正面にある鏡に目を向けた。
小柄な体躯に、バスタオルに包まれた胸元はつつましい稜線を描いている。いつもと変わらない姿だった。
「うぅ……、やっぱ気のせいかなぁ……。ううん、そ、そんなことない! きっと大きくなってるんだよ! うん! きっとそう!」
だってまだ、16歳だし! せ、成長途中なんだから!
「って、なに必死になってんのよ私は、あははっ……」
早く髪を乾かそう。
片手を軽く上げた。
私の周りに温風が吹く。湿った紅蓮の髪が宙に舞う。重々しい揺れが、しだいに羽毛のようにふわふわと軽みを帯びていく。
「ふぅー、これくらいでいっか」
片手を下げ温風を止める。紅蓮の髪が、ゆっくりと宙から舞い降りる。髪からシャンプーの柑橘系の甘い香り漂う。
「んん~!」
心地良い香りについ声が漏れた。そしてつい、
「もう戦いなんて無ければいいのに、あっ」
そんなことを口にしてしまった。せっかくの良い気分が、急に沈む。私のバカ。そんなこと、あるわけないのに。
オーガの焦げる嫌な臭いが脳裏によぎった。日に日に、魔物の力が強くなっているのを感じる。いつか、私だけじゃ倒せない日が来てしまうかもしれない。
右手をぎゅっと力強く握る。
ダメ、弱気になっちゃ。私は、勇者として、平和な世界を作るんだ。そのためにも、魔物をこれからも、1人で必ず討伐する。この世界に暮らす皆が、笑顔になれるように。
鏡に映る強ばった顔を両手で軽く、パンッ! とはたいた。
「よし!」
私は、かごから下着を取り出し……、あ、あれ? ない。
「あっ、そうだった。早くシャワー浴びたくて、タオルだけしか持ってこなかったんだった」
とりに行かなきゃ。
私はバスタオルを胸元に巻きつけたまま、自分の部屋へと続く脱衣所のドアを勢いよく開けた。
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