第10話 異世界転生

「何で……、俺じゃないとダメなんですか?」


 純粋に、知りたかった。なぜ、女神ことアリーチェさんは、俺をえらんでくれたのか。


「えっ?」

 

 アリーチェさんは、俺を真っ直ぐに見つめていた。俺は、そのまま、話続ける。

 

「その……、俺の住んでた世界も含めて、108つの世界が存在するんですよね? そのなかで俺が選ばれるのって何か不思議で。いやまあ、色々とタイミングとかあるとは思うんですけど。それでも……、何で俺なんですか?」


 するとアリーチェさんのしょんぼりした表情が、真剣なものになっていく。


「村上様」

「は、はい」


 俺は息を飲む。アリーチェさんの小さな口がそっと開いた。


 ビイー‼‼ ビイー‼‼ ビイイイー‼‼


「「いひゃあああ⁉」」


 豪快な警報音。俺とアリーチェさんは同時に驚いた。するとアリーチェさんは、手にしていた杖を少し上に掲げる。すると警報音が鳴りやみ、


「アリーチェ! 今どこにいるの‼」


 凛とした良くとおる声。アリーチェさんはあたふたしながら話す。


「す、すみませんアリアさん! いま異世界に少しお邪魔していまして‼」


 アリアさん? ……あっ、確か、先輩女神の。


 先輩女神ことアリアさんの怒気を孕んだ声が響く。


「あなたまだ転生作業が完了していないのに何やってるの‼」

「てっ、転生者候補にですね! 色々と異世界についてご説明していました‼ あと、心にまだ迷いがあるのでその説得を今しておりまして‼」

「あなたが選んだ凡人の子? もう……、私はその子は辞めておきなさいって言ったでしょ! 異世界や勇者に怖気ついちゃったってとこでしょ。まったく、才能ある、屈強な、天才達から選んだ方が良いわよ、ってせっかくアドバイスしたのに」

「す、すみません……」


 申し訳なくしているアリーチェさん。そして俺はアリアさんにバッシングされて傷つく。だって女神様に言われていますからね……。凡人って言われた……、いやまあ否定できんけども!!

 

「もし転生が無理だったら、次は自分1人で転生作業しなさいよ。私もう手伝わないから」

「そんな⁉ アリアさん!! そ、そこはご慈悲を~!!」


 おいおい、女神がご慈悲をって言ってるよ。どういう状況だよ。


「いやなら何としてでも転生させなさい‼ それから他の仕事が山積み‼ 後10分で説得と転生を、そこで完了させること‼」

「ええええ⁉ そんなの無理ですよ⁉」

「泣き言は聞きたくないわ。強制送還(時限あり)発動! じゃあね、頑張りなさい♡」

「アリアさーーーーーーーん⁉」


 アリーチェさんの悲痛な叫びがこだました後、アナウンスみたいな音が辺りに響く。

『強制送還(時限あり)が発動されました。アリーチェ様、村上様、今から10分後に天界へ強制送還さます。繰り返します、強制送還(時限あり)が発動されました。今から10分後に天界へ強制送還さます』


 俺とアリーチェさんの体が水色の光を帯びる。


「うそ⁉ どっ、どうしよう⁉」


 あたふたしているアリーチェさん。


 なるほど、この水色の光が発動している証拠なのか。まあ俺はこのまま10分すぎるのを待っていれば……。


「む、村上様‼」

「はい⁉」


 わなわなと震えているアリーチェさん。

 すんなり無事に10分すぎなさそうな予感。そして突如怒涛の勢いでアリーチェさんが詰め寄ってくる。


「お、お願いです‼ 転生してください‼ 無理は無しです‼」

「それ説得じゃないですよねっ⁉」

「そうじゃないと、また新たな転生者を選ぶのに色々と手続きがいるんですよ⁉ それに手間もかかるし⁉ 私1人でやらないとだめなんですよ‼」

「転生しなきゃならん理由はそれ⁉ 俺じゃなくて誰でも良かっただろ⁉」

「……、そうでは……、ないですよ」

「へぇ?」


 アリーチェさんのすがるような態度は一変し、真面目な声音で俺に告げた。水晶のように純粋な瞳で、アリーチェさんは俺を見つめる。その真っ直ぐな瞳に俺は釘付けになる。アリーチェさんはゆっくりと話しだした。


「ほんとは私、屈強で、天才と呼ばれる人達のなかから、転生者を選ぼうと思っていたんです。その方達は特別な力を持っていて、生存時は名をはせた者ばかりで」


 俺はそれを聞いて、思わず口にせずにはいられなかった。


「じゃあ、何で俺を……」

 

 才能と呼べるもんなんて無いし、屈強でもない、天才とは程遠い、凡人だ。


 するとアリーチェさんは優しい声音で、小さな口を動かしこう告げた。


「ほんと、不思議ですよね」

「えええ……」


 俺が悲しくぼやいたときだった。


「凡人ってところが、良いなって思ったんです」

「へっ?」

「だめ、ですかね」


 少し照れ笑いで告白するアリーチェさんに、俺は気持ちがどきどきする。アリーチェさんは微笑みながら話の続きをする。


「転生者を誰にしようか悩んでいた時、何気なく見ていた地球という世界で、後輩を、火に包まれた秦野様を、全力で追いかけて、全力で助ける人間を見ちゃったんです。自分の命をなげうってまで。天賦の才や特別な力を持っていない、天才じゃない、そんな『凡人』さんにですね、良いなあ、って思っちゃったんです」


 じんわりと何か全身が温かく満たされた気分だ。ずるいようにも感じる、でもそんな事言われると、転生するのも悪くないという気持ちも……、いやでも……、あっ! そういや!


「あっ、あの!」

「はい?」

「その、秦野はあっちの世界ではどうなったんですか?」


 するとアリーチェさんはにこっと笑い、手を軽くかざし映像を浮かび上がらせる。そこには、俺が生きていた時に働いていた会社が写っていた。そして、オフィス内に切り替わり、窓際のデスクには、元気に働いている秦野の姿があった。

 

 安心した。良かった、無事で。


 ふと、ある事に気付いた。


 あれ? 秦野の奴なんで部長席に?


 俺が怪訝な顔をしていると、アリーチェさんが声をかける。


「秦野様、今じゃ部長なんですよ」

「えっ⁉ そうなの⁉ いやでも俺が死んでそんなすぐに―」

「村上様が亡くなられて10年の歳月がながれています。千堂様は地方に転勤になっていますよ」

「じゅ、10年……」


 俺が天界で目覚めた時、そんなに経ってたのか。もう俺の事なんか頭の片隅にないような感じだな。あんなにはつらつと明るく働いてるとこみるとさ。過ぎ去ってしまった時間に、何だか寂しさを感じる。


「秦野様、売り上げすごく優秀なんですよ」

「えっ……?」


 アリーチェさんの言葉にしばし考えた後、ふつふつと怒りが湧いてくる。あっ! あいつ‼ まだお客に必要のない高額な保険プランを売りつけて―、


 突然、映像が秦野のデスクに置いてある書類を映し出す。そこにはいろんな保険プランの規格書があった。各年代、職業などを考慮したもので、何十種類も置いてある。さらに、映像は社内の掲示板を映し出した。ある中高年女性向けの保険プランが、顧客満足度1位と表彰されている。そして、企画者の名前が、秦野、と書いてあった。


「こ、これって……」

「村上様が亡くなられたから、秦野様は今までの仕事のやり方を変えていったんです。まるで、村上様の顧客重視のやり方をなぞるように」

「あいつ……」


 そして、映像はまた秦野を映し出す。満面の笑顔で生き生きと仕事していやがる。


 たく……、俺が生きている時にその姿を見せてほしかったっつうの。でも……ほんと良かった。


「村上様、この異世界で、勇者たちのために、転生して頂けないでしょうか。その、秦野様よりも手を焼く子達なのですけど」


 苦笑するアリーチェさん。


 勇者達の、教育係りか……。


「勇者って、何人いるんですか」


 俺は自然とそんなことを口にしていた。アリーチェさんは微笑み、落ち着きながら応える。


「4人です」

「4人、ですか」

「ええ。それぞれが大きな力を持っている子達です。この異世界の平和のため、今も力を振るってくれています。でも、彼女達はその大きな力を持つがゆえに悩み苦しんでいます。そして、勇者としてのあり方に答えを見いだせないまま、孤独に、戦い続けているんです」


 俺は先ほどの紅蓮の髪の少女を思う。

そして、まだ見ぬ少女達のことを思う。

大きな力を持つ彼女達。

大きな力に悩み苦しむ彼女達。

勇者としてのあり方に、答えを見いだせない彼女達。

答えを見いだせないまま、孤独に戦い続けている彼女達。


 俺は……。


 思ってしまった。


 そんな彼女達を救ってあげたい。今度は、ちゃんと生きてさ。


 もう、言う事は決まった。


「異世界転生、よろしくお願いします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る