第8話 出会い

 6、7メートルはある巨体。黒い腰巻をしていて、頭に凛々しい2本角、鈍い黄金色の肌をした鬼みたいなのが草原に悠々と立ちはだかっていた。大きな手には、巨大な棍棒が握られている。 

 俺やアリーチェさんを包む光の球体は、森を出てすぐの所で止まっていた。鬼と俺達との距離は20メートルあるかないか。すぐ気づかれるだろこれ⁉

 巨大な鬼はこちらに……、あれ? 向かってこない。鬼の目線は下に向いており、何やら地面を見ている? いや! 違う‼ 鬼の足元には‼

 褐色のローブをまとった小柄な人間がいた。フードを頭まで被っており、顔は見えないが、巨大な鬼を見上げている。

おいおい⁉ やばいって‼ 


「アリーチェさん‼」


 俺が慌てて声をかけると、アリーチェさんは、ただ真っ直ぐにその様子を見守っていた。「あの子は……」とぽつり呟くアリーチェさんに俺は声を張り上げる。


「何してるんですか‼ 助けないと―」

「彼女なら……、大丈夫ですよ」 

「なっ⁉ 何言ってるんですか!?」


 鬼が巨大な棍棒を天高く掲げた。


 ローブをまとった人間はただその場に立ち尽くしている。

 

 あの人、殺される。


 そう脳裏によぎったと同時に、俺の全身が震える。今まで浮かれていた自分がバカだった。異世界の非情な現実に、俺はただ、あそこにいる人と同じ、立ち尽くすことしかできないのか。

 鬼の持つ棍棒あたりから、何かが強くこ擦れる音がした。まるでバッドを強く握りしめるかのような。


「に、逃げろー‼」


 その音が聞こえたと同時に発した俺の叫びは、鬼の振り下ろす棍棒が奏でる轟音にかき消される。


 ローブの人間がサッと片手をあげた。


 一瞬だった。


片手から、真っ赤な炎が現れたんだ。


 豪炎の柱のようだった。


 巨大な鬼の悲痛な叫びが、周囲にとどろく。


 豪炎に巻き込まれた巨大な棍棒は消え去っていた。それを握りしめていた片手も一緒に。

 俺の顔に、熱風があたる。すごい熱い、息をするのが少し苦しい。そんな熱風が荒々しく吹くなかにいるローブをまとった人。


 あっ。


 ローブのフードが、外れた。


 その瞬間、真っ赤な炎の色で染め上げたかのような、綺麗で美しい、紅蓮の長い髪が現れた。


「お、女の子?」


 遠くからみているので、顔はよく分からないが、10代後半くらいの少女に見える。

 熱風にあおられ派手に揺れる赤髪は、怒りに燃えている様に見えた。彼女は顔を上げ、鬼を真っ直ぐに見つめている、いや、睨んでいるように見えた。


 彼女が、細い片手を天高く掲げる。


 鬼(オーガ)は苦悶と怒りが交ざり合った顔付きで、襲いかかる。


突如、彼女の片手から、巨大な炎の塊が出現した。鬼(オーガ)を包み込むのには十分なほどの、大きさだった。


 紅蓮髪の彼女が、勢いよく片手を振りかざした。荒々しく燃えている火球が、鬼(オーガ)に命中した。

 紅蓮の炎に閉じ込められた鬼(オーガ)が、大きな叫び声を上げ、炎の中で苦しんでいた。黒いシルエットが粗々しく動いていたが、次第に、消えてなくなる。そして、炎が消え去ると、そこには何もなかった。地面は山焼きの様に漆黒に染めあげられ、再び感じた強い熱風の中に、微かに異臭を感じた。

 紅蓮の髪の少女は、手で軽くローブをはたきながら、黒く焼け焦げている地面を見つめている。

 すると、彼女は急に視線をあっちへこっちへと上空に漂わし始めた。


やっ、やばい⁉ ばれる⁉


 だが、彼女はこちらに気付かない様子。少し肩をすくめたように見えた。そして、何やら胸元から、取り出し、口を動かし何かを呟く。すると、彼女の周り全体が明るい光に包まれ、地面から少し離れて浮きだした。そのままゆっくり上昇し、そして、どこかを目指し飛び去ってしまった。


俺はただ茫然と飛び去る彼女を見つめていた。


「大丈夫ですか」


 ハッとして、その声の主に振り向く。


 アリーチェさんは、心配そうに見つめる。俺は、一呼吸置き、口を開く。


「彼女は一体……」


 アリーチェさんは一呼吸置いてから、ゆっくり告げる。


「勇者の1人です」


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