第7話 期待と絶望

 俺は近づいてきた映像を見つめる。突然、眩しい光がときはなたれた。


「うおっ⁉ っつ……ん? なっ⁉ ええええええええええ⁉」


 眩しさで閉じた瞼を開けると、俺の真下には中世のヨーロッパみたいな城下町が広がっていた。いや、そんなことよりですよ、お、俺、今さ、空にいる⁉ 


 雲一つない青空のもとに俺はいた。めっちゃ高い。真下にいる人々のサイズがレゴブロックの人ぐらいに見える。

 

 てか落ちる‼ 落ちるからああああああ‼ うおおおおおおお‼

 必死に空中でもがく。そのかいあってか、落下するような感覚はまだない。だが恐い事に変わりはないがな!!


「あ、あのお……」

「はいっ⁉」


 アリーチェさんの声がした。振り向くと、透明な地面があるかのように、空中で平然と立っていた。俺は必死に平泳ぎみたいな動きをしながら、気まずそうな顔をしているアリーチェさんにおずおずと尋ねた。


「落ちたりとかは……」

「だ、大丈夫ですよ」

「そ、そうですか……」


 俺は、空中平泳ぎをやめた。俺も自然と空に立つことができた。

 

 めっちゃ、はずかしい……。


 俺のそんな気持ちを察したのか、アリーチェさんが慌てて、声をかけてきた。


「あの‼ 私しか見てませんから‼ その不思議な踊り‼ そ、それに、全然変じゃなかったですよ⁉ む、むしろすごく良かったです‼ そ、そうです! すごくよか―」

「や、やめてアリーチェさん⁉ 無理に励まさないで‼ もう変で構いませんから‼」


 とんだ羞恥プレイだった。


 俺は深呼吸して気を取り直し、足元に広がる世界を眺めた。すると、アリーチェさんが声をかける。


「自然に目を凝らせば、双眼鏡みたいに拡大して見ることもできますので」


 俺はアリーチェさんに振り向く。笑顔でこちらを見つめている。

 俺は軽く笑い、眼下に広がる異世界に、好奇心の赴くまま視線を注いだ。

 中世のヨーロッパにあるような巨大なお城、その城下に広がる街並み。

 舗装された石畳の道には、多くの店が軒を連ねていて、たくさんの人で賑わっている。

パンや果物、野菜を置いている食べ物屋、皮製のカバンやポーチ、竹みたいなので編んだ大小のカゴや木製の皿、スプーンなどを売っている日用品屋みたいなの。

 そして、様々な形状と大きさの剣や盾、鎧を置いている武具屋。大柄の体躯で重厚な鉄の胸当てをしている戦士みたいな男が、武具屋の主人と何やら、熱心に話し合っている。何か値切り交渉しているみたい。

 向かいの店には、何に使うのかよくわからない、赤や緑、青色をしたビー玉みたいなものを置いている。そこでは、大きい紺色のとんがり帽子を被った魔法使いのような若い女の子が店番をしている、もしかして店主なのかな。


「ははっ……。すげえ」

 

 俺の住んでいた世界とは全然違う。まるでゲームだ、小学生の頃夢中でやっていたロールプレイングゲームみたい。


 視線を勢いよく上げる。遥か遠くへ。


 城下街から向こうは広大な草原、その先にはジャングルのような深い森が続いている。雄大にそびえる切り立った山々もある。煌めく大海原も。


「村上様、この異世界をもう少し見てまわりましょう」

「えっ⁉」


 慌てて声の方へ振り向く。アリーチェさんはいつのまにか金色の杖を手にしていた。その杖を軽く振る。アリーチェさんが光の球体に包まれる。そして俺自身も。


「なっ⁉ ちょっと⁉」

「ではいきます」


 そう言った直後、2つの球体は城下町から離れ移動する。

 

 柔らかな光の内側から、景色を眺める。


 草原には、小さな火をまとった一本角の馬が群れをなして走っている。その群れは、二足歩行でゆっくり歩くラフレシアみたいな植物達を横切っていく。その近くではレンガでできた巨大な人型の生き物が2匹取っ組み合っていたり。あっ、スライムが慌ててぴょんぴょん跳ねて逃げ回っている。ってうお⁉

 深い森の中に突っ込んでいた。ここでもゲームでしか見たことのないような生き物が沢山。心は躍りっぱなしだった。


「どうですか、村上様」

「いや、もう、最高に楽しいです。俺、ほんとにこの世界に転生して良いんですか?」

「もちろんですよ」


 アリーチェさんは嬉しそうに答える。


 そっか、良いんだ。そうだよな、天界にいたときも、転生して勇者の教育係をお願いします! ってアリーチェさん言っていたし。……あれ? でも、


「あのアリーチェさん」

「はい?」

「その、大丈夫なんですか? 急にポンと未確認生物というか、未確認人間がこの異世界に来ても」

「そこは天界側にですね、108世界戸籍票課というものがございまして。そこで私が修正手続きすれば、問題なく村上様は暮らせます。なのでご安心ください」

「おお……。そ、そうなんですね」


 なんともお役所的な感じだった。


「村上様」

「はい?」

「転生する際は、年齢を選べるのですが、どうなさいます?」

「えっ!? そ、それって、例えば20歳とか、そういうことですか?」

「はい、それに今の記憶を持ったままということも可能です」


 うお、まじか!? 


 異世界に今の記憶を持ったまま、しかも、今の歳(33のアラサー)よりも、若くなれるというし。そんでこんなRPGみたいな異世界で暮らせる。さらに勇者の教育係という、なんともやりがいのある仕事もあるわけだし。これはもう転生するに決まりだなぁ~!


「村上様、転生の件どうでしょうか?」


 アリーチェさんの問いに、俺は満面の笑みで応える。


 キラッと森の木々から日の光が見えた。どうやら出口のようだ。

 次はどんな景色があるんだろ‼


 胸には大きな期待がいっぱい‼

 勢いよく森から飛び出た先には、


「グオオオオオオオオオオオッッッ!!」


 開けた草原で、恐ろしい雄叫びを上げている巨大なオーガがいた。


「こっ、殺されるぅっっっーーー!?!?!?」

 

 胸には大きな絶望がいっぱい‼

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