第6話 様々な異世界

 女神ことアリーチェさんからのお願い事に、俺は大いに混乱していた。ただでさえ、死んでしまって天界という未知の場所にいるっていうのに。


 異世界に転生?

 勇者達の、教育係⁉


「村上様! だ、だめでしょうか⁉」

「えっ⁉ ええっ⁉」


 アリーチェさんは俺の方に詰め寄ってきた。

 金色の髪がふわっと俺の頬に触れる。そのすぐ後に可憐な甘い香りが追いかけてくる。白い頬はほんのり上気し、期待するような眼差しを向けられる。

 俺は身動きが取れなかった。アリーチェさんの体に触れるか触れないかのぎりぎりのライン、特にふくよかな、バストの膨らみとか。


 近い! 近すぎる‼  


「ア、アリーチェさん!」

「はい!」

「そ、その、きょ、距離が! もう少し、離れて頂くと、あ、ありがたいんですが……!」

「えっ? あっ、わわ⁉」


 アリーチェさんは慌てた様子で2、3歩後ろに下がってくれた。白い肌がリンゴのように赤く染まっている。

 男として大きな損失をした気分だが、これで良かった……、良かったはずだよね? 

 俺は大きく深呼吸する。ふうぅー。……良し。ほんと、俺は何回女神様に心を奪われているんだろう……。『女神萌え』というものに目覚めそう。いや、今はそれは置いておいてだな……。

 

「アリーチェさん」

「はっ、はい!」

「その、お願いごとなんですが、異世界に転生? 勇者の……、教育係り? っていうのは一体どういう……」

「あっ! す、すみません! いきなりそんなこと言われても分らないですよね! えっと、そのこの世には村上様が住んでいる世界の他に、107つの世界が存在していまして。村上様の世界を合わせて108つですね。そしてその各々の世界には村上様がいた世界のように、多様な生物が暮らし、生態系が育まれ、文明も発展しております。その内の1つの異世界に転生して頂きたいのです。そこには、魔物や、魔族と人族、魔法と言った、村上様がいた世界では存在しないものがありまして……、む、村上様?」


 俺はアリーチェさんの呼びかけにハッとする。


「あっ! いやちょっと頭の整理がお、追い付かなくて」


 108つの世界?

 魔物?

 魔族と人族?

 そして、ま、魔法?


 どう受け止めていいか戸惑うばかりだった。分からない、ほんと、あの世は分からないことだらけだ。


「村上様」

「は、はい!」


 アリーチェさんが優しく微笑んだ。


「今から村上様が住んでいた世界とは違う、異なる世界。異世界をお見せします。口で説明するより、その方が分かりやすいですよね」


 そ、そんな事ができるの?

 

 と思ったときだった。アリーチェさんは右手を前に出し、何やら短く呟いた。すると突然右手が光を帯びたかと思うと、手品のように黄金色の杖を出現させた。2メートルぐらいあるのではなかろうか。アリーチェさんは、まるで重さを感じないかの様に片手ですっと上へ掲げる。杖の先にはサファイア色の三日月みたいなオブジェ、三日月の欠けた間に、真珠のような乳白色の球体がある。

 アリーチェさんの体が明るい光を帯びていく。あまりの綺麗さ。神秘的というのがしっくりくる。アリーチェさんのこと、女神様のように思えた。


「では村上様、ご覧ください」


 杖の先の白い球体が強い光を発したかと思うと、俺とアリーチェさんがいる周りに突如、多くの鮮明な映像が現れた。まるで万華鏡のように俺とアリーチェさんを取り囲む。

 SF映画に出てくるような宇宙船が、渡り鳥の様に空一面を航行している映像。

 恐竜みたいな生物が二足歩行して人間みたいに街で暮らしている映像。

 建物の間をホウキに乗った人間が魔女のように飛び交っている映像等々……。

 いろんな映画の予告を一気に映したかのようだった。

 俺は360度に広がる多くの異世界の映像達に圧倒され続けた。


「これって……本当にある世界?」

「もちろんです。異世界をご覧になってどうですか?」


 優しい声音で尋ねられた。俺は、胸の高鳴りを感じながら、答えた。


「すごいです。見ていて、わくわくしています。……もう、33歳といい年なんですけどね」


 自嘲気味に笑うと、アリーチェさんが微笑む。


「村上様には、107の異世界の内、こちらの異世界に、転生して頂きたいのです」


 そう言い終えると、アリーチェさんは杖を軽く振る。


 宙に浮いている多くの映像のうち、ある一つの映像が、俺のそばまでやってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る