第5話 お願いごと

「村上様……、先ほどは取り乱してしまい、すみませんでした……」


 平常心を取り戻した女神こと、名前はアリーチェさんが、俯き加減で俺に申し訳なく告げた。

 俺は慌てて言葉を返した。

 

「い、いやまあアリーチェさんも色々と大変だったわけですし。そ、それに俺! 女神様とお話ができて光栄というか! それにですね、とても親しみやすくて、良い人だなあと」

「ほ、ほんとですか」


 俺は力強く満面の笑顔で頷く。


「そ、そうですか。ふふっ、ありがとうございます」


アリーチェさんは、嬉しそうに微笑む。愛らしい笑顔を向けられ、俺の心臓が高鳴る。

 い、いかん! 恋に落ちてしまいそう! 女神と人間の禁断の恋ってやつに!

 俺は意識をそらすため、アリーチェさんが話してくれたことをもう一度確認することにした。


「そ、そのアリーチェさん。今俺のいる場所は、天界という所なんですよね」

「ええ、そうですね」


 アリーチェさんは穏やかに平然と告げる。


 天界、死んだ人間がまず行き着く場所。建物も、人も、何もない、一面真っ白な明るい光を発している世界。そこから、善良な人間は天国へ行き、次の新たな命へ生まれ変わる。犯罪持ちの悪い人間は地獄という場所に連れて行かれ、厳しい刑罰を受けるのだという。

 自分が生きていたときに知っていたことが、実際には本当だったんだなあ、としみじみ思う。そして、『生きていたとき』、という違和感に今も慣れずにいる。


 俺はもう、死んでるんだな。


 自分の手を見つめ、グー、パーと動かしてみる。生きていたときと同じ感覚、不思議な気分だった。


「大丈夫ですか?」

「はっ、はい!?」


 アリーチェさんに視線を向けると、不安げな表情だ。


「すぐに現状を受け入れられないですよね……。この場所が天界であるとか、村上様が死んでしまった事とか……」

「あっいや! まあ……、確かにまだ素直に受け入れられてない部分も、ありますかね。生きてたときと同じ感覚がありますから」


俺は片手を軽く上げ、自分の手をグー、パーと動かし、おどけた顔をする。それを見たアリーチェさんは少し微笑みながら、小さな口を動かす。


「本来であれば、村上様は光の球体、つまり魂の形で天界にくるのですが、その……」


 言葉につまるアリーチェさんを見て、俺は口を挟む。


「俺に話したいことがあるって言ってましたもんね。それで生きてた頃の肉体があったほうが、安心するんじゃないかって。ほんと助かります。もし光の球体だったら、そんな自分を受け入れるのに時間がかかったと思いますから。今こうしてアリーチェさんともスムーズに会話できていないですよ、きっと。口とか耳どこにあんの!? って、俺パニックになってると思いますから」


 俺はそう言って、両耳の端を指でつまみ上げ、口角を思いっきり上げニヤッと笑う。へんてこな表情を作ると、


「プフッ」


 と、小さな笑い声が俺の耳に届く。楽しそうに笑うアリーチェさん。うん、良いもんだな、笑顔ってやつは。しかも超美人の女神様ならなおさらだ。

 俺の視線に気づいたのか、アリーチェさんが少し顔をふせ、恥ずかしそうな素振りを見せる。

 可愛い……、ちょいちょい女子力が高いなあ、アリーチェさん。


「こほん、村上様を選んで良かったです」

「へっ? な、なんです?」


 ほわっとした気分でアリーチェさんを見つめていたら聞き逃してしまった。

アリーチェさんが、急に真剣な瞳で俺を見つめる。いっ、いったいどうしたんだろ?


「村上様」


 俺の背筋が自然と真っ直ぐに伸びる。


「は、はい」

「あなたに、お願いがあるのです」

「お願い?」

「はい」


 アリーチェさんの、水晶のように純粋な瞳に見つめられ、思わず息を飲む。オーケストラの演奏が始まるような、静かで、でも、大きな躍動が待ち構えている感覚。


 女神ことアリーチェさんは、息を吸い込み、大きな声で俺に告げた。


「異世界に転生して、勇者達の教育係をよろしくお願いしますっ!!」

「どういうことだあああああああー⁉」

 

 俺は天界に、トランペットのような大きな叫び声を響き渡らせるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る