5.お客様がいらっしゃいました

 虎雄さんに「もう大丈夫だよ」と言われてからまた畑に行ったらほうれん草が生えていた。嬉しい。


「明日はブロッコリーが食べたいです!」


 畑に向かって手を合わせてわがままを言い、ほうれん草を採って戻った。こまめに畑に向かえばけっこういろんなものができているのだ。とはいっても希望が通ることはあまりないんだけどね。

 気まぐれな畑さんのおかげでいろんなものが食べられて嬉しいと思う。気まぐれな畑って何かしら? さすがに足が生えて歩いていくようなことはないと思いたい。それはもはやホラーだ。絵面がまずい。

 昼を過ぎてからお客様がいらっしゃいました。


「いらっしゃいませ」


 お客様はなんだかずんぐりむっくりしたおじさんだった。どこかで見たことがあるような気がする。おじさんは店内をゆっくり見回すと、大人しく寝そべっているトラ君に目を止めた。そして何度も頷いた。


「お嬢さんはオーナーの娘さんかな?」

「え? い、いえ……その、妻です」


 意外なことを言われてキョドってしまった。そんなに幼く見えたのかしら。虎雄さんがいかついからそう見えたのかもしれない。


「綿貫(わたぬき)様、いらっしゃいませ」


 虎雄さんが出てきて挨拶をする。ここにくるお客様は基本虎雄さんのお知り合いが多いから私は給仕に徹することとなる。

 それから、虎雄さんとお客様は暗号のようなもので会話をすることが多いらしい。だから聞いても意味がわからないのが普通だと言われた。きっとお仕事の関係者なんだろう。

 前菜でツルムラサキのおひたし、ローストボア、スモークチキン、さつまいもの煮物等を少しずつ上品な皿に盛った物をお出しした。ちなみに私は冷蔵庫から出したりして運ぶだけです。並べるセンスもないの。女としてあるまじき? みたいなことを思うけど、そういうのには向き不向きがあるからと虎雄さんは言ってくれる。うちの旦那様は最高です。


「イノシシか。トリはどこのかな」

「隣村の養鶏場から購入してきました」

「ああ、あそこの鶏はうまいと評判だ。長く存続してもらいたいものだね」


 おじさんはどうやらこの辺りに住んでいる方らしい。

 でも私隣村の養鶏場なんて行ったことないな。虎雄さんはいつ行ったんだろう。もしかしたら下村さんが仕入れてきてくれたのかもしれない。

 赤魚の煮つけを出したけどそれはあまりお気に召さなかったみたいだ。


「この辺りは川魚も豊富なんだ」

「そうなのですか。次は川魚を用意しましょう」

「アメリカザリガニも下流であれば捕れるだろう。次があればそれも出してくれ」

「承知しました」


 アメリカザリガニって外来種だよね。特定外来生物に指定されてなかったかな。それとも思い違いかしら? あとで調べてみようっと。

 その後はイノシシのステーキだ。ノビルの天ぷらもある。ノビルはネギやタマネギ、ニラの仲間で、お客様はそれらを生で食べるのは苦手らしい。ちなみにそれは虎雄さんも一緒だ。虎雄さんは元々野菜自体あんまり食べないけどね。


「イノシシはいいな。なんでも食べられるがやはり肉が一番だ」


 お客様はご機嫌で食べている。よかったよかった。

 ごはんと汁物は、栗ごはんとほうれん草と油揚げの味噌汁だった。ほうれん草は一度茹でたものを出す時に碗に入れて出しているので葉の色がキレイだしきちんと歯ごたえもある。

 内心涎が垂れそうだった。いけないいけない。

 ごはんというと香の物がいると思うのだが、味付けの濃いものは苦手らしい。

 デザートはサルナシと栗だ。

 食べ終えるとお客様は満足そうに何度か頷いた。


「うむ、なかなかよい料理だった。このようなものが食べられるならしばらくおとなしくしていることにしよう」

「……今後も行われる予定ですか?」

「もちろんだ。みな喜んでくれている。これからも続けたい」

「この辺りだけならばかまいませんが、できれば五年置きぐらいにしてほしいと言われています」

「ふん。しゃれのわからん奴らだ。そこのトラは随分可愛がられているようじゃないか」


 お客様が丸くなっているトラ君を眺めて言う。名前、いつ教えたっけ?


「妻がとても大事にしていますが、今回は例外でしょう」

「大陸の神のなりそこないがよう言うわ。……三年は何もせぬと約束しよう。こちらへはまた邪魔するがな」

「なりそこないと言われればそうかもしれませんが、あまり調子に乗ると九尾が出てきますよ」


 なんか虎雄さんの喉からグルルとか唸るような音が出てきた。ちょっと怖い。


「それはさすがにかなわん。4年で手を打とう」

「伝えておきましょう」

「よろしく頼む」


 お客様はお代を払うと「くわばら、くわばら」と言いながら帰っていった。


「またのお越しをお待ちしております~」


 声をかけるとお客様は手を上げた。

 話していたことはよくわからなかったけど、またいらっしゃるんだよね? 虎雄さんの料理はおいしいから当然よね。


「花琳、お待たせ。昼食にしよう」

「はい!」


 まかないはお客様に出されたものと同じなのです。ごちそうごちそう~と足が弾んだ。

 ちなみに、ノビルは別のところで虎雄さんが見つけておいてくれたみたいです。

 今日もごはんがおいしくて幸せです。



ーーーーー

キャッチコピーがどうもしっくりこないので何度か書き直すかもしれません。

不思議が積み重なっていきます。

10日まではできたら一日二回更新します。時間まちまちかもしれませんがよろしくですー

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