3.旦那様とトラネコとお散歩です

「に゛ゃー!」


 トラネコのトラ君も、私たちと一緒に散歩してくれるらしい。


「トラ君も一緒に行く?」

「に゛ゃー!」


 ダミ声で嬉しそうに返事してくれた。かわいい。虎雄さんを窺うと苦笑しながらも頷いてくれた。何故虎雄さんを窺う必要があるのかというと、トラ君はまだ赤ちゃんなのですぐに疲れてしまうのだ。赤ちゃんだけど身体が全体的に太めなので私では抱えて歩いていくことが難しい。さすがに抱えて1kmも歩けないので、連れて行く場合必然的に虎雄さんが抱えて帰ってくることになる。だから私の一存では決められないのだった。


「花琳、そんなに気にすることはないよ。花琳が連れて行きたいなら連れて行くと言ってくれればいい」

「……そんなわけにはいかないじゃないですか」


 だっこして移動することになるのは私じゃないし。


「花琳はかわいいな」


 ぼんっ! と一気に顔に熱が上がった。もうもう! どうしてそういうことサラリと言うかなあ! 声も低くて渋いし最高です。虎雄さん大好きだよお。


「か、かかかかわいくなんかないですううううっ!」

「私にとっては最高にかわいい奥さんだよ」

「あああああもうもうもうっ!」


 照れ隠しにぽかぽか叩いていたら、


「に゛ゃー!」


 トラ君に怒られてしまった。足元でカリカリされてしまう。その爪なかなかに太くて怖いです。靴とかサクッと貫通しそう。

 ごめんなさい。そろそろ出かけようと思います。


「今日はどちらを回りますか?」

「そうだね、今日は南の方に行こうか」

「はい!」


 当たり前のように手を差し出されたので喜んで握る。ただの散歩だったら山の中でものんびり歩けるから、手を繋いで歩くことにしている。

 9月に入ってすぐの頃である。木々が生い茂っているので思ったよりは暑くない。風が吹けばけっこう爽やかだ。そういえば虎雄さんと散歩する時はだいたい昼ご飯の後なのだけど、暑いと感じたことがないなと思った。国有地といっても不思議な土地だなって思う。山だからなのかな。


「今日は山菜を探してみようか」

「はい」


 その山菜を食べるのは主に私なんだけどね。あとは二、三日に一度来るお客さんの口に入るぐらいだ。うちは山の上だし知る人ぞ知るレストランなので駆け込みみたいな形で来る人はまずいない。でももしも夜など、道に迷った誰かが訪ねてくることはあるかもしれないと虎雄さんは言っていた。この三つの山は国有地だから人が入ってくることは少ないのではないかと聞いたことがあるが、山にも必ず所有者がいるということを知らない人は多いのだと教えてもらった。

 うちの北にある山の、西側に連なる三つの山には人が住んでいるらしい。西側は隣村の管轄だからどんな人が住んでいるのかは知らないけど、各山に一人ずつで住んでいると聞き変わり者なのかもしれないと思った。だって私だったら山に一人で住むなんてとても考えられない。そう言ったら虎雄さんが困ったような顔をしたからもう言わないことにした。

 私もこの山に住んで少しは思うところがあった。

 この辺りの山はなんか不思議だなって思うのだ。

 だからきっと西側の山に住んでいる人たちは、なにか思うところがあって住み始めたのかもしれない。それがなんなのか私にはさっぱりわからないけれど。


「花琳、どうかした?」

「いいえ……ちょっと向こうの山にどんな人が住んでいるのかなぁって思いまして」

「あっちは隣村の方だからわからないな。……勝手にここまで連れて来てしまったけど、友達を作りたいなら私も協力するよ」

「いえいえ、虎雄さんとトラ君と一緒にいられればそれで十分です」


 私はにっこりした。

 だってここはインターネットも繋がるし、通販で頼めば山の下までは届けてもらえるし。そう、山の下に住んでいる下山(しもやま)さんというお宅に届けてもらえるのでそこから連絡が来ることになっている。山の下に住んでいるから下山さんっていうのか、それとも山から下りた人だから下山さんなのか悩むところである。その人も国家公務員なのだそうだ。男性なのだけど見た目が猫っぽくて、その人も肉食なので野菜は自分では食べないからと、会えば必ず野菜をいっぱいくれる。野菜食べないのに作ってるってへんなの。あ、でも農家ならそれもありうるのか。奥さまもいらっしゃるしね。(奥さまは普通に野菜なども食べるらしい)

 やっぱりこの辺りは不思議だなあと思う。


「まだちょっと時期が早いかな」


 虎雄さんがそう言いながら山椒やサルナシを採っていた。ノビルはまだらしい。


「帰ったらデザートで食べようね」


 サルナシを持って言われ、「はい!」といい返事をした。けっこうおいしいんだよね。


「に゛ゃー!」


 トラ君もいい返事をしたけど、君、果物って食べられるの?

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