第13話 帝都ヘブリッジ 1
帝都ヘブリッジはバウムクーヘンのような構造をしており、4つの層から成り立っている。
中心から、1層目が帝城、2層目が貴族居住区、3層目が一般居住区、4層目が工業区・商業区だ。そして、最外周と貴族居住区、帝城には外敵から身を守る為に3重の城壁が築かれ、更に帝城には堀も備えている。
城からは東西南北に幹線道路があり、更に2層目と3層目にも幹線道路がある。この3層目と4層目の間の幹線道路の交差点に各々東西南北に広場がある。
また、大まかではあるが、4層目の北側が主に工業区で、南側が主に商業区となっている。
1日目
まずは今日から泊まる宿の確保だ。流石にここの高級宿には連泊したくない。どうも値段と内容が釣り合っていないのだ。遅い時間からでも宿泊出来そうな宿と言う事で選んでもらったから、文句は言えないが。
高い値段の割に大した事の無い朝食をとった後、まず初めに商業ギルドへ向かうことにした。
着いた時間は9時。中に入り、3番カウンターに案内される。受付は昨日とは異なり、アンナと言う女性だった。こちらも自己紹介する。
「本日のご用件をお伺いします。」
「本日は2件あって、1件目は中級クラスで厩舎ありの宿を探している。飯が旨い所を希望する。その条件で、お勧めの宿の候補を何件か見繕って欲しい。」
「はい。お安い御用ですよ。こちらは直ぐに対応できます。」
直ぐに候補を5件ほど教えてもらう。
「2件目は、ここでガラス製品を卸したいのだが受け付けてくれるだろうか?商品は高品質のワイングラスだ。」
「高品質のワイングラスであれば、需要もあり、当方としても是非お願いしたい所です。」
「現物は既に用意してある。マジックバッグの中だ。今から確認してもらうことは可能か?」
「はい。可能です。それでは個室を用意いたしますね。」
ヒロはアンナ嬢に連れられて個室へ案内される。
バックパック(マジックバックに見せかけたアイテムボックス)から、ワイングラス1セットを取り出し、中身を見せる。
「驚きです。ここまで透明なだけでなく、シンプルながら気品あふれるデザインと輝き。見たことがありません。鑑定・検品にお時間がかかりますが、是非取引させて下さい。」
「これが10セットある。この量でも買ってもらえるか?」
「もちろん大丈夫です!」
そう言われ、残りの9セットを取り出してテーブルに置く。
「時間がかかるようだから、午後にでもまた来るよ。」
「わかりました。午後お待ちしておりますね。私アンナが専任となって対応させていただきます。」
「よろしく頼む。」
宏は馬車に戻り、帝都での拠点確保の為、すぐさま宿探しを開始する。紹介された5軒のうち、2軒目で空きがあったので、そこに決めた。店の外観を表した“白の煉瓦亭”だ。中々風情のある佇まいだ。
若い男性が受付をしており、提示された宿泊料は、2人部屋で1人当たり1銀貨、厩舎が1日1銀貨、朝定食が10銅貨、夕定食が20銅貨だった。この宿の食堂も個別メニューがあるので、朝食のみ頼む事にした。
帝都には長居しない予定なので3日宿泊とし、計9銀貨60銅貨となった。
一方で、キャサリンは傭兵ギルド直営の宿泊所があるが、今夜は1晩ここに泊まるそうだ。また、俺達の宿決めまで付いてきたが、これから別行動で傭兵ギルドへ行き、依頼の失敗とその詳細を報告するそうだ。他にも傭兵ギルドで済ませる用事があるらしい。
ただ、折り入ってお礼と話をしたいと言われたので、夕方18時の鐘が鳴る頃に待ち合わせて、この宿“白の煉瓦亭”の酒場食堂にて一緒に夕食をとる約束をした。
俺達は、まず南広場からスタートして、東、北、西の順で広場を巡る事にした。もしかしたら大人買いするかもしれない事を考えて馬車を出す。
露店には色とりどりの野菜や果物、花卉等が売られている。近隣の農村から持ち込んで直接販売しているようだ。その中で気になる野菜を見つけた。トマトと赤唐辛子だ。
この南大陸に来て初めて見かけた。売り子の農家によれば、西大陸から種子が持ち込まれ、これを試験的に栽培し売りに出したが、売れずに持て余しているとの事だ。これで料理のバリエーションが少しは豊かになるだろう。丁度良い感じで熟していて真っ赤だ。長いのも丸いのもある。唐辛子はまだ乾燥しておらずこちらも真っ赤。勿論、そこにある分を全て買った。
「ま、毎度ありー…。」
突然のことで店主も驚いたのか、少し呆然としていた。すかさず俊充が、
「おじさん、まだ在庫はあるの?」
「ああ。村に帰ればなー。後、今露店に出した分の倍以上は残っている。」
「次はいつ来るの?」
「2日後に来る予定だなー。」
「それじゃ、持てるだけ持ってきてよ。全部買うからさ。」
「そうかー。有難いことだ。だったら荷馬車に積めるだけ積んでくるよ。」
「頼むよ。おじさん。」
そう言い店を後にする。出発間近になるが、楽しみが一つ増えた。
幹線道路は広いので、所々に出店もある。見ていて楽しいものだ。すると、薬屋の看板が見えてきた。
異世界の薬屋か、どんなものが置いてあるのか興味深いな。と言う事で中に入る。
「いらっしゃい。」
と妙齢の女性が言う。
店の中には様々な生薬、ポーション類、何かしらの生き物の干物や液体漬け等が置かれていて、怪しい雰囲気を醸し出していた。この世界の薬は漢方薬のように調合しているのだろう。何だか見たことのあるような生薬もある。ウコンだ。会社の宴会の前にはよくお世話になっていた。これはシナモンか。形と言い匂いと言いそれっぽい。クローブもある。俺が分かるのはこれ位だ。見た目が特徴的だからな。もしかしたら俊充ならもっと知っているかもしれない。一旦店を出て俊充とバトンタッチした。
「いやー、大漁大漁。」
ホクホク顔で俊充が店から出てくる。満足する買い物が出来たらしい。多種多様な薬草?スパイス?類を購入出来たようだ。
ゆっくり馬車を進めながら、何か珍しいものが無いか見て回った。そのうち、12時となったので、適当な屋台を探す。結構いい値段がするが、鰊の燻製の切り身と酢漬けのピクルスをライ麦パンで挟んだものが売っていたので、買って食べてみた。中々いける味だった。
色々見て寄り道したが、西広場に着いた。ここの広場は商業区と工業区の境目と言う事もあり、露店の商品構成も異なってくるのかなと思っていたが、それ程変わり映えはしなかった。
時間は14時過ぎ、そろそろガラス製品の査定が終わった頃かと思い、商業ギルドへ向かうことにした。貴族居住区外周の幹線道路に入り、南広場に戻ってから商業ギルドへ向かう。商業ギルドへ着き、中に入る。コンシェルジュにアンナ嬢への取次ぎを依頼した。アンナ嬢がやって来る。
「査定が終わりましたので、個室へどうぞ。」
個室へと案内される。
「鑑定人も言っておりましたが、今まで見たことの無い最高クラスのガラス製品だと言う事です。査定額は1セット4金貨80銀貨となりますがよろしいでしょうか?」
「ああ、それで構わない。」
「そうなりますと、計48金貨で、ここから税金を天引きして、38金貨40銀貨となります。お受け取り下さい。」
硬貨の入った袋を受け取り、バックパックに仕舞う。
「所で、東の港湾都市ハンプール方面の村か町で、乳牛を飼育している村はあるか?牛乳が欲しいんだ。」
「牛乳ですか?変わったものをお求めですね。チーズに加工しないとすぐ悪くなるので、生産地でないと手に入らないですよ。それでしたら、ここから馬車で2日程の距離にある、セントハムと言う村で乳牛の牧畜をしておりますので、そちらで交渉されるのがよろしいかと。」
「そうか。助かる。ではハンプールに行く際は、その村に立ち寄るとしよう。」
そう言い、取引を終えた。
取引を終えてから宿に戻る。今の時刻は15時半。待ち合わせの時間までまだ余裕がある。
「宏、今日買ってきた長いトマトを加工しようよ。」
「突然どうした?」
「前に、フライドポテトを食べた時に言っていたじゃないか。もう少し味にバリエーションが欲しいって。」
「確かに言ったな。」
「でしょ?だから、トマトピューレを作って、それをベースに必要に応じてケチャップを作るんだ。」
「それは良い考えだ。」
「加工にあたって、何故長いトマトを使うんだ?」
「丸いのと違って、加熱調理に向いているからさ。丸いのはサラダ向きだよ。」
「成程。加工だが、具体的にはどうすればいいんだ?」
「手順を教えるよ。1:まずトマトのヘタを取る。これはもちろん僕も協力するよ。2:トマトがペースト状になるまで粉砕する。3:金属網それも、0.5mm間隔位のもので裏ごしする。4.焦げないように半分くらいになるまで煮詰める。これでトマトピューレの完成さ。ケチャップだと、これに砂糖、塩、酢、スパイスを混ぜて味付けすれば完成だよ。」
「おれのスキルだと2,3は簡単に出来るな。4は殺菌の為の加熱のみに留めて、お前のスキルで水分を抽出したほうが早いんじゃないか?そのほうが最も省力化できそうだ。作るのはトマトピューレまでだよな。」
「うん。ケチャップ作りは野営の時にでもしようよ。アイテムボックス内の加工だと直接味見して調整できないし。」
かくして二人は待ち合わせ時間まで、ひたすら作業し続けるのであった。
作業に集中していたら、18時まで20分を切ったので、宿の食堂へと向かう。壁際のテーブル席が空いていたので、そこに座る。丁度18時の鐘が鳴った頃、キャサリンがやって来た。
「遅くなってしまって申し訳ないです。」
「いや、そんなに待っていないから大丈夫だよ。」
「そうだな。」
キャサリンが席に座る。
「皆揃った所で、注文しようか。キャサリンさんはメニューに希望はある?」
「特に好き嫌いは無いので、お任せします。」
「酒はどうする?」
「ひとまずエールにしようか。」
「「「賛成」」」
手すきのウェイトレスを呼び一通り注文する。
やがて、料理と酒がやって来た。料理は、ローストポーク、豚挽肉と野菜のミートパイ、腹開きのフィレにされ、スライスされた鰻の燻製だ。
ローストポークは各人1皿ずつ供され、スライスされたローストポーク、温野菜、豆が付いてきた。
ミートパイは大皿で各々取り分ける形で、ウナギの燻製も大皿で供され、付け合わせは薄切りのライ麦パンと薄切りされた玉葱のピクルスである。
「料理も酒も来たから乾杯だな。」
「「「乾杯!」」」
キャサリンにはこれまでの旅程中にもうネタ晴らししているので、こっそり三人分のエールを冷やしてから乾杯した。もう夏なので、冷たい喉越しが心地良い。
早速料理に手を伸ばす。味の想像がつく肉料理より、まずは鰻の燻製だ。ライ麦パンにピクルスを乗せ、その上に鰻を乗せ、かぶりつく。
「白焼きをイメージすると明らかに違って面食らうが、こってりした味と薫香、付け合わせのピクルスの爽やかさが合わさって、これはこれで旨いな。」
「熱々だけど、このミートパイ美味しいね。中の具はシチューみたいになっているし、皿を覆っているパイ皮と合わせても良い感じだよ。」
「このローストポーク、料理人の腕が良いのでしょう。とても丁寧に作られているからか、しっとりしていて食感も良いです。味ももちろん美味しいですよ。」
三人とも少しずつ食べ飲み進め、最初の杯が空になる。俺は辛口のサイダーを頼むつもりだが、他の二人に聞いたら、同じもので良いとの事だったので、追加注文した。
サイダーが3杯運ばれてくる。これもこっそり冷却する。
各々がサイダーに少し口を付けたところで、キャサリンが話を切り出してきた。
「この度は命を救ってもらったばかりか、帝都まで送って下さって感謝しております。私が今出せる分の謝礼です。お受け取り下さい。」
そう言い、小さな硬貨袋を渡してくる。中身を見たら3金貨入っていた。
「私が今まで傭兵業で稼いで貯蓄してきたものです。もし足りない様であれば数日いただければ、もう少し上乗せ出来るかも知れません。」
「いや、謝礼は要らないぞ。俺達は金に困ってないからな。」
「そうそう。そこまで思い詰めなくても大丈夫。僕達は善意でやったつもりだから。」
そっと硬貨袋を彼女のもとに戻す。
「そう言う訳には参りません!多大な恩を受けたのに何もお返し出来ないのは私の矜持にも関わります。」
何だか面倒な流れになって来たぞ。彼女は割と義理堅い性格である事は、この短期の旅程で知っているからな。ちょっと頑固な所もあるし。
「金銭で受け取って貰えなければ、もう私自身でお返しするしか…。」
更に面倒かつ厄介な事になって来た。
「いや、もっと自分を大切にしなよ。軽々しく言っているけど、自分自身って事は男女の関係も含まれかねない。これまで見た所、キャサリンさんは良い所のお嬢さんじゃないのかな?尚更そんな事を言っては駄目だよ。」
「もちろん存じておりますし、その覚悟もあります。それに私は多少なりとも戦闘技術には自信がありますので、無期限の専属護衛と言う事で側に置いては貰えないでしょうか?」
益々困って来たし、断り辛くなって来た。改めて金銭での謝礼を受け取ると言っても今更で、流れが変わりそうにない。
「前にも言ったと思うが、俺達は訳あって、全大陸を巡らねばならない。この南大陸に戻ってこられるのは何時になるか分からないし、戻って来れる保証も無い。本当にその選択をしても良いかどうかじっくり考えたほうが良い。」
「私も十分考えた上でのお礼であり、お願いでもあります。改めて覚悟も決まりました。どうか連れて行って下さい。」
彼女の一歩も引かないと言う、不退転の決意がひしひしと伝わってくる。
俺と俊充はお互い目合わせし、仕方ないなと諦めの表情を浮かべた。
「同行を認めよう。だが気が変わったら、何時でも止めていいからな。」
「そのような事はありません。これからよろしくお願いします。それから今後私に敬称は付けず、呼び捨てにして欲しいです。」
「分かった。これからよろしくな。キャサリン。後、俺達の事も呼び捨てで良いぞ。」
「はい!」
彼女は嬉しそうに笑顔で返事をした。それと同時に罪悪感も募る。かつて野盗から彼女の仲間を半ば見捨てた事についてだ。南大陸から離れる前に伝えねばなるまい。だが今は、目の前に並ぶ料理と酒を堪能する事にしよう。
一通り食事が終わり、各自解散することにした。明日の予定は朝食を食べながら話し合う事を決めた後、部屋へと戻った。
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