第12話 城塞都市オールシー~帝都ヘブリッジ 2

 12日目


 朝6時に目が覚めた。宏は早速朝食の支度をする。今朝のメニューのメインは登場頻度の高い、作るのが楽なベーコンエッグだ。それにいつも通りのチーズと丸白パン、チーズ、水、フルーツの組み合わせだ。調理器具を用意し、ささっと調理を行う。


 俊充とキャサリンが車内から出てきた。


「私が手伝えることはないですか?」


「ならお言葉に甘えるとしよう。既にテーブルと椅子は出してあるから、調理済みのベーコンエッグをテーブルまで運んで欲しい。」


「それじゃ、僕は他に足りないものを用意するよ。いつものベーコンエッグに合わせるものだよね。」


「ああ、頼む。」


 俊充はバックパック(アイテムボックス)から籠と白パン、チーズの盛り合わせ、水とフルーツを出して置いてゆく。調味料、カトラリーも忘れない。


 キャサリンが、出来上がったベーコンエッグを持ってきた。


「それでは、早速食べよう。テーブルの上に塩、胡椒があるから、目玉焼きを食べる時に好きに使ってくれ。味付けはしていないからな。」


「胡椒ですか!?そのような贅沢品を気軽に使ってもよろしいのですか?」


「ああ。塩も胡椒も在庫は十分あるから気にしなくていい。塩や胡椒の量は好き好きだから、適当にな。」


 宏と俊充が、調味料で卵に味を付けた後、キャサリンも真似をして味付けする。それから、三人とも食べ始めたが、キャサリンがこちらの手元を見ていた。


「ナイフとフォークではなく、2本の棒で器用に食事されていますが、その棒は何なのでしょうか?」


「これは“ハシ”と言う食器の一つで、複数のカトラリーと同じ事が出来るんだ。専門のカトラリー程では無いけどね。人目が無く、気取らない食事の時はいつもこれさ。使いやすくて気軽でいいしね。」


「そうだな。俺達は箸のほうが慣れている。実の所俺達はこの国の人間では無い。世界各国を巡る必要があり、その旅の途中なんだ。」


「そうでしたか。だから私も知らない事が一杯なのですね。所で、ハシは面白そうですね。私でも使えますか?」


「使えると思うよ。結構練習は必要になるけどね。」


「もし機会があれば教えて下さい。」


「ああ、いいぞ。」




 朝食が終わり、後片付けをし、出発準備をする。


「キャサリンさん、山間部ももうじき抜けるが、近くの村まではどれくらいの時間がかかるんだ?」


「山間部の出口付近だと、徒歩で2日はかからないと思いますが。」


「それなら、もしかしたら今日中に着くかもしれない。」


「そんなに早くですか?」


「ああ。感じていると思うが、この馬車の進むペースは速い。それは特別な馬車を使用しているからだ。」


「そうですか。早く着くに越したことはありません。護衛仲間や雇い主も心配ですし。一刻も早く確かめたい所です。」


「ご期待に沿えるよう頑張ることにしよう。」


 そう言って、キャサリンを車内に乗せ、馬車を出すのだった。




 山間部を抜けた頃、丁度昼時になったので、最寄りの小さな休憩場所へと立ち寄った。幸いにも人はいない。


「幹線街道かつ、昼間で通行人もいるかもしれないから、車内で食事しよう。」


「いいね。僕は先に馬に餌をやっておくよ。」


「馬の世話なら私も手伝います。」


 一方宏はソファーの場所に椅子を出し、弁当のフィッシュアンドチップスとモルトビネガー、カトラリーと箸、コップ一杯の冷えたエールを出す。箸が使えないキャサリンの為に、彼女の分だけ皿に弁当を盛り付ける。


 馬の餌やりが終わったのか、二人が入ってきた。


「皆、席に着いてくれ。昼飯にしよう。」


「まさか、内陸部でフィッシュアンドチップスが食べられるとは。しかもモルトビネガーまでありますね。実は私、港湾都市ターポートの生まれなのです。好物ですので、嬉しいメニューです。」


「フィッシュアンドチップスと言ったらエールだ。昼時だから1杯だけで我慢してくれ。」


「それじゃ、食べますか。」


 早速食べ始め、瞬く間にエールと弁当が空になった。食後ゆったりしていると、


「ヒロ様、お願いがあります。ハシの使い方を教えてもらえませんか?私の分だけ皿に盛り付けていただいているのが心苦しくて。」


「ああ。良いが時間がかかるぞ。」


「それでもかまいません。同行している間だけでもお願いします。」


 そう乞われ、教える事にした。まず基本的な持ち方を教え、箸で挟む動きも合わせて教えた。後は、実践訓練だ。小さめのボウルを2個用意し、片方に乾物のグリーンピースを20個程入れる。それを箸でつまんで空いた片方のボウルに移していき、移し終わったら逆の事をする。そう言う訓練内容だ。


「そろそろ馬車を出すから、車内で箸の訓練でもしていてくれ。」


 そう言って、御者席に行き、馬車を発車させた。




 18時を過ぎた頃、漸く村が見えてきた。道の両脇にかがり火と、槍を持った自警団と思しき二人のうち、一人が話しかけてくる。


「旅人かい?あいにく小さな村だから、宿屋は無いぞ。」


「村長に会いたいのだが、もう遅い時間だ。明日にしようと思う。そこで、野営がしたいんだ。どこか適当な空き地は無いか?」


「すぐそこに広めの空き地があるだろ。そこで野営すると良い。商隊等も野営する時はそこでしているぞ。」


「ありがとう。助かるよ。」


「良いって事よ。ではごゆっくり。」


 話が終わると、馬車を空き地に向かわせる。空き地には誰もいなかった。馬車を停め野営の支度をする。村外れで人気が無いとは言え、人の目があるかどうかわからないので、車内で食事をすることにした。


 宏と俊充は中に入り、明かりの魔法を使う。


 キャサリンがソファーで居眠りしていた。暗くなって箸の練習も出来なくなったので手持無沙汰だったのだろう。肩を揺すって起こす。


「すみません。居眠りしてしまいました。ハシの練習でやっと豆を掴めるようになったんですよ。」


 と嬉しそうに言う。器用なのか上達が早いようだ。


「もう村に着いたよ。でももう夜で暗いから、聞き込みは明日だね。これから夕食にするよ。」


 箸の練習セットを片付けて椅子、弁当、グラス、ワインボトル、パン入りの籠を出していく。キャサリンの分を皿に盛り付ける。


 本日の弁当は、むき牡蠣のバターソテー香草風味、そして温野菜だ。


「出してから言うのも何だが、牡蠣は大丈夫かな?」


「大丈夫です。牡蠣も好物ですよ。でも、内陸部で牡蠣をご相伴になるなど、贅沢させてもらって申し訳ないです。」


「気にしないでくれ。確かに内陸部だと食べられないが、仕入れ元のターポートでは安いメニューの代表格だぞ。」


「たとえ安くても、美味しい事に変わりありません。それから、ハシにも挑戦してみたいのですが、いいですか?」


「良いぞ。ほれ。」


 彼女に箸を渡した。


「出来るだけ早くハシをマスターして、お弁当の器だけで食べられるようにしたいです。」


 それから、各々のグラスに白ワインを注ぐ。このワインもターポートの銘醸ワインだが名は知らない。俊充も確認しなかったのだ。瓶に移して3年程促進熟成させたものだ。


「では乾杯。」


 合図をきっかけに、皆食べ始める。キャサリンも拙いながら何とか箸で牡蠣と根菜類を食べている。流石に付け合わせの豆はフォークを使っていたが。ワインを口に含むと驚いた顔をしている。見ていて面白いぞ。


「牡蠣もワインも気に入ってもらえたかな?」


「はい。久しぶりの牡蠣でとても美味しいです。それから、この白ワインもターポートの銘醸ワインですよね。」


「確かに銘醸ワインらしいが、仕入れた俊充が名を確認しなかったんだ。でも旨い事に変わりは無いから気にしていないけどな。」


「名前を確認しておけば良かったよ。銘醸レベルの質の高いワインが欲しいとしか指定しなかったからね。」


「そうですか…。」


 彼女は、少し呆れたような表情をしていた。




 13日目


 朝食をとり、出発の準備を整え9時になった頃、村長宅へお邪魔する事にした。俺と俊充は商隊の運命がどうなったか凡そ知ってしまっているが、キャサリンの為に確認に行かねばならない。


 顔には出さないが、少々重い気分で、街道の自警団員の一人に村長の家の場所を尋ねる。それから村に入り、村長の家へ行く。


 村長宅のドアをノックする。すると使用人の女性が出てきた。


「何の御用ですか?」


「村長殿に、野盗に襲われた商隊の一団がこの村を訪れたかどうかを伺いたい。」


「分かりました。少々お待ちください。」


 しばらくして、村長と思しき年配の男が現れた。


「儂が村長のポールだ。まずは客間で話をしよう。」


 三人で村長の後をついていく。客間に通され、椅子を勧められたので各々座る。


 俊充が話を切り出した。


「街道の山間部の中頃を通過中に戦闘の跡と沢山の死体がありました。少なくとも20人位でしょうか。そこで、こちらのキャサリンさんが、唯一生き残っていて怪我をして倒れていました。手当てをして喋れるようになった所、護衛していた商隊が野盗の一団に襲われたそうです。運良く脱出できたかもしれない商隊や護衛のメンバーがこの村を訪れたかどうかを確認したかったのです。」


「そうか。残念ながらそのような人達や馬車の一団は来ていない。それに、野盗か。ここ暫くこのような話は聞いてなかったがな。自警団員と村を通過する旅人達に注意を喚起すると共に、近隣の領主様に知らせ、討伐隊の派遣を要請するよう動こう。」


「ありがとうございます。よろしくお願いします。」


 俺は横目でキャサリンを見ると、責任感を感じているのか少し顔を歪めていた。それを見て心が痛んだ。


 話が済んだので、村長の家を辞し、先へ進むことにする。




 キャサリンが話を切り出す。


「こうなった以上、傭兵ギルドに状況の説明と、任務失敗を報告しなければなりません。その為には最終目的地である、帝都ヘブリッジのギルドへ行く必要があります。残念ながら今の状態ではヘブリッジにはたどり着けそうにありません。再度お願いするのは心苦しいのですが、ヘブリッジまでご一緒させていただけませんでしょうか?もちろん、可能な限りのお礼は致します。」


 彼女に対して、多少なりとも罪悪感を抱いていた宏と俊充はその願いを受け入れた。そうして再び馬車を走らせ、ヘブリッジを目指すのであった。




 14日目


 12時頃小さな町が見えてきた。町の名はヒースター。山間部の街道から最も近い町となる。本来の予定であれば素通りするつもりだったのだが、野盗の件があるので、帝国騎士団の詰め所に赴き情報を伝える事にした。


 詰所の中に入り、受付へと向かう。受付をしている若い男に話しかける。


「ここは帝国軍ヒースター駐留騎士団受付です。本日は何用で?」


「オールシーからここまでの間に山間部の街道があるが、3日程前にそこで野盗に襲われた商隊がいた。その情報を伝えたかったので立ち寄らせてもらった。」


「そうですか、情報提供ありがとうございます。所で、少々詳しい話を聞かせてもらっても?」


「ああ、構わない。」


 彼に個室に案内される。俺達三人は、椅子を勧められたのでそこに座り、テーブルを挟んで対面に彼が座った。


「自分は、ヒースター駐留騎士第一騎士団隷下第一小隊隊長のアランです。」


「俺はヒロ。こちらがトシミツ。そして彼女が傭兵のキャサリンだ。」


「所で、何で小隊長さんが受付を?」


「偶々ですが、受付の者が体調を崩しまして、急遽スケジュールの空いている自分に白羽の矢が立ったのですよ。」


「そうなんですか、では早速話に移らせてもらいますね。」


 3日前に、街道の山間部中頃で大勢の死体と戦闘の跡を発見した事。一人だけ生き残りがいて、怪我の治療を行った事。唯一生き残った彼女が傭兵で、商隊を護衛中に大勢の野盗に襲われた事。商隊の馬車と残りの人員の行方が知れない事等を細かに話した。


「キャサリンさん、貴女だけでも無事で良かった。不幸中の幸いでしたね。早速この件はすぐに上へと報告し、討伐部隊を編成出来るよう上申します。帝国南方への幹線街道を荒らされ、治安部隊の顔に泥を塗られた訳ですからね。討伐部隊による山狩りが行われるでしょう。」


「私はおめおめと生き残ってしまいましたが、仲間や雇い主等囚われている可能性もあり心配です。何とか彼らの救出もお願い致します。」


「確約は出来ませんが、出来る限りのことは致しましょう。」




 話が終わり、詰所から出た。今の時間は14時。半昼飯には少し遅い時間だ。町の広場に行く。幾つか屋台がやっていた。その中で、豚串焼きと、豚肉と根菜のスープを頼み、遅い昼食とした。


「とりあえず、そこそこ腹も満ちたし出発するか。」


 馬車を発車させ先へと進むのだった。




 15~17日目


 途中幾つかの村々や町を通り過ぎ、17日目の15時頃に帝都が見えてきた。


 これまで見てきた都市群とは規模が違う。流石国の中心地と言うだけの事はある。


 入都用の門も沢山あり、一般用、商人用、貴族用、王族用と別れていて、一般用と商人用は混み合っていた。自分達は一応商人ギルドに加盟し会員カードも持っているので商人用に並ぶ。スムーズな流通の為か商人用の門数が一番多く設置されているが、それでも並んでいる数は相当だ。


 1時間半程待たされて、何とか入都する事が出来た。時間は16時半過ぎ。衛兵に商業ギルドの場所を尋ね、直ぐに向かう。到着してからすぐに中に入る。


 6番カウンターに案内される。


「私、帝都商業ギルド受付担当のエイミーと申します。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「詳しい商売の話は明日以降改めて行いたいのだが、まず今からでも泊まれそうな中級以上で馬車も停められる宿をいくつか紹介して欲しい。到着時刻が遅くなったので、出来るだけ迅速に動きたいんだ。」


「そうですね。時間も時間なので6軒ほど紹介いたします。中級クラスは人気がありますので、資金に余裕があるようなら、高級クラスの宿から先に訪れたほうが良いかと存じます。」


「そうか、ありがとう。」


 礼を述べると早速ギルドから出て、馬車を発信させる。アドバイス通り高級宿から探していこう。どの道明日以降は中級宿に替えれば良いだけだしな。


 結果、紹介してもらった高級宿3軒のうち、3軒目でやっと馬車含めて宿泊できる宿を見つける事が出来た。


 この宿は、一番安いクラスで、代金は2人部屋で素泊まりが一人当たり4銀貨、一人部屋で素泊まりが一人5銀貨だ。厩舎使用料が一日5銀貨、更に夕食は一人50銅貨から、朝食は一人20銅貨と来ている。帝都の高い物価と相まって結構な金額だ。1日だけ夕朝食付きで泊まることにしたので、計20銀貨10銅貨となった。たった1日でこれだ。流石高級宿。ちなみにキャサリンの分も俺達で持つことにした。


 早速鍵を受け取り、夕食を取った後、部屋へ向かう。俺達が204号室、キャサリンが305号室だ。


「私の分まで立て替えてもらって申し訳ないです。明日は傭兵ギルドに行く予定なので、預けてあるお金から、今回のお礼も含めてお支払いさせていただきます。」


「まあ、そこら辺はあまり気にしないでくれ。助けてここまで連れてきたのも大した手間では無かったからな。俺達の秘密を口外しないだけで充分だ。」


「そうそう。あまり気にしないでよ。」


「そう言う訳には参りません。とにかく明日改めてお話させて下さい。」


 そう言い、お互いの部屋に入り、その日は直ぐに寝るのだった。

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