明日もバス停で

ke-0i

第1話 出会い

 4月初旬、僅かに汗ばむようになってきた頃、今年中学3年生になった僕、風又咲かざまたさくは今日もバス停に向かって歩いていた。

 

 学校までバスで約20分。

 早い時間かつそこまでメジャーな路線でもないことも相まって、始点からこのバスに乗る人は僕しかいないのでいつも大体本を読むか寝るかで暇をつぶしている。

 中高一貫男子校の中学に通っていて、中学はスマホの持ち込みが禁止なのでスマホは弄れない。

 早く高校生にならないかなぁ、でも高校入るとテストは増えるんだよなぁ、なんてとりとめもないことを考えているうちに見慣れたバス停に着いた。

 バスの出発時刻より5分ほど早かったのにバスがもう待機していたので、定期をかざして乗り込む。

 

 補助鞄をガサゴソ漁って昨日買ったばかりの文庫本を取り出した。


「おはようございます!」

「っ、おはようございます。」


 読み始めようと思ったところで挨拶が聞こえ、急な挨拶に驚きながらも本に目をやったまま返事をする。

 そのまま本を読み始めたものの何故か何か引っ掛かっていた。

 でもその何かに心当たりが無さすぎる。

 今したことなんて挨拶をしたことぐらいじゃないか。

 そう、ただ挨拶をしただけ。

 って挨拶?

 僕以外誰もいないのに?

 違和感の正体に気づいた僕ががばっと顔を上げると、僕以外に誰もいないはずのそこにはじっとこちらを見つめる女の子がいた。

 背は僕と同じか少し低いぐらい。

 髪は明るめの茶でショートボブ。

 どこかの制服であろうブレザーに身を包んだ彼女は、僕が顔を上げたことに気づくと人好きのする笑顔を浮かべた。


「やっとこっち見てくれた!ずっと本から目離さないんだもん。そんなに本好きなの?」

「んと、、その、ごめん。本は好きだけど、そうじゃなくていつも人いないから、なんていうか無視してるつもりはなくて。」


 僕のちっぽけなプライドを守るために言い訳をするならば、この時は2年間も僕しかいなかった場所に誰かがいるという衝撃になかなか混乱していたのだ。

 だから返答がしどろもどろになったのは決して男子校生で女子慣れしてないせいじゃない、、はず。


「いいよ全然謝んないで。ここってそんな人いないんだ。もしかして私と君の2人きり?」

「だと思うよ。これまでは僕1人だったし。」

「そっか。」


 2人きりだと聞くと何故か彼女はにやにやして言葉を続ける。


「ねぇ私と2人きりでどう?嬉しい?」


 なんとなくどんな人かわかった気がする。


「その言葉がなかったらどきどきしてたかも。」

「はぁー?可愛くなぁ。そういやそもそも君何年生?」

「中3だよ。そっちは?」

「中学生!?え年下じゃん!私はね、高校一年。でこのバス乗って登校することになったんだよね。」


 嘘だろ。

 これが年上かよ。


「1歳差じゃん。もう誤差だって。」

「そんなこと言っても君は中学生で私は高校生だから。いやぁ私みたいな綺麗なお姉さんと仲良くなれてよかったね?」

「自分で綺麗とか言っちゃうんだ。」

「え、可愛いと思わない?」


 ちゃんと可愛いからタチが悪い。


「まぁ、、、可愛いけど。」

「ふーん?私のこと可愛いって思ってるんだ?へぇー。」

「うっわうぜぇ。」

「ひっど!まぁでも私お姉さんだしなぁ。広い心で許してあげるかぁ。」


 まじでただのクソガキだ。

 めんどくさすぎる。


「そうだ!名前まだ聞いてなかったじゃん。教えてよ。」

「風又咲。そっちは?」

「私は綾崎晴香。好きに呼んでいいよ?」

「じゃ綾崎さん?」

「やっぱダメ。名前で呼んで。」

「晴香さん。」

「さん付けも禁止。」

 

 注文多すぎだろ。

 てか年上アピ自分でしてたのにさん付けダメなのかよ。


「、、春香。」


 、、、

 

 返事が返ってこない。

 なんで黙ってるんだ。

 別に名前を呼ぶのが恥ずかしかったからなんて訳じゃないけど、いつのまにか逸らしていた視線を晴香に戻す。

 するとその視線の先の彼女は、、、これ以上ないほどにやにやしていた。


「顔赤くなってるよ?咲ちゃんつれないと思ったけど可愛いとこあるじゃん。」


 なってない!


「なってない!あとなんだよその呼び方。」

「なってますー。」

「なってないし。」

「なってる。」

「なってない。」


 ちょっと息が切れて黙り、2人とも見つめ合う格好になった。

 どこかおかしくて2人とも吹き出してしまった。

 

 一通り笑いが収まったあと彼女は僕に微笑んだ。


「まぁ何はともあれ、咲ちゃんこれからよろしくね?」

「まぁ誰もいないよりはいいかもね。」

「何それ可愛くなーい。」


 これが僕と晴香の出会いだった。

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