真夏と祖父のパンジャンドラム

蔵沢・リビングデッド・秋

真夏と祖父のパンジャンドラム

 私の兄はまあ、言ってしまえば変人だ。そこそこ良い大学を出た割に就職もせず、大地主である祖母からの『若い頃のおじいさんにそっくり』との寵愛と資金提供を一身に受けて日夜倉庫を狭くする以外の存在理由が見いだせないガラクタを生産し続けている。


 そしてそんながらくたに塗れた無駄に広い倉庫。兄曰く工房であるそのゴミ精製所で、真夏でありながら常時作業着を着続けているぼさぼさの髪の兄(27歳無職)は、やたら真剣な顔で言った。


「我が妹よ……光栄に思うと良い。そして感涙にむせび泣きこの兄を褒め称えるのだ……」

「もう暑いから家戻って良い?」


 ガラクタつくる前にエアコンとか作れよ。もしくはガラクタを作る資金で倉庫にエアコンを設置しろよ。


「……ていうか、なんかある度に私呼び出すの止めてくれる?めんどくさいんだけどアニキ。同じ無駄な努力ならガラクタ生産する前に友達なり彼女なりを生産する努力をさ、」

「――ここにタイムマシンが出来ましたっ!」


 暑さで2割増しになった私の罵詈雑言を聞きたくなかったのか、兄はそんな妄言を吐き、そして真横に設置されていた何かを指さした。


 その先にあったのは、横倒しになったドラム缶のようなモノだ。中に人一人は入れそうなサイズの、車輪みたいな物体が付いた横倒しのドラム缶。


 それを、クソ暑くてセミの鳴き声がやたらうるさい中眺め、私は言う。


「……タイムマシン?そのドラム缶が?」

「そう、このパンジャンドラムこそタイムマシンなのだ!」

「パン……はぁ?」


 と、意味わかんない単語に首を傾げた私を前に、変人は無駄に得意げに言う。


「フ。いや、正しくはパンジャンドラムじゃないな。妹よ、これは、パンジャンドラム型タイムマシンだ!」

「だからパンジャンドラムって何?なんの呪文?」


 と、問いかけた私を華麗にスルーし、変人は自画自賛を始める。


「今日ほど自分の才能が恐ろしくなったことはない……本当にタイムマシンが完成してしまうとはな……」

「いやもう、タイムマシンよりパンジャンドラムの方が気になって仕方ないんだけど」

「なるほど。妹よ……本当にタイムマシンが作動するかどうか知りたいと?」

「ねぇ会話しようよ。そんなだから友達の一人も――」

「作動するか知りたいんだなっ!?」

「…………ああ、うん。そうね、」


 なんかもうめんどくさくなり、スマホでパンジャンドラムを検索しようとした私の前で、変人はいそいそとドラム缶型のガラクタの中に身を滑り込ませ、言い放った。


「確かに、まだ実証試験はしていない。だが、理論的には完璧なんだ、このパンジャンドラムは!……それを証明してやろう。ちょっとケネディ救って来る」


 いやお試しで挑戦する改変のスケールが大きすぎない?

 ていうかもうあれでしょ?多分爆発オチでしょ?パンジャンドラムが何かわかんないけど。


 そんなことを思ってとりあえず身の安全の為距離だけとっておいた私の前で、ガラクタの最中に潜り込んだ兄は、レバーに手をかけ、言う。


「今この瞬間、世界が変わる。アニキ、行きま~すっ!」


 お前は良い奴だったよ……とスマホを見ながら見送った私の前で、兄はタイムマシンのスイッチ、もしくは自爆用レバーを倒し掛け……だが、その瞬間だ。


「待て!」


 そんな声がゴミ製作所の中に響き渡り、私と兄は同時に声へと視線を向けた。


 その先――ゴミ製作所の入り口に姿を現していたのは、一人の老人。

 そろそろ80近くになるだろう、私と変人の祖父である。


 杖を片手にやって来た祖父は、ドラム缶の中に納まり顔だけ出して酷く悪趣味な身の無視みたいになってる兄を鋭く睨むと、言った。


「……孫よ。そのパンジャンドラムを作動してはいけない」

「なんでお爺ちゃんも普通にパンジャンドラムを知ってるの?一般常識なの、パンジャンドラム」


 と、眉を顰めた私の前で、ガラクタまみれのミノムシは言う。


「お爺ちゃん……どうして、止めるんだ?作り方を教えてくれたのは、お爺ちゃんじゃないか!?」

「ああ。確かに、わしはお前にタイムマシンの作り方を教えた。自分でもなぜ知っているのかわからない謎の理論をな。そして、今パンジャンドラムを見た瞬間、わしは全てを思い出した……」


 そう、渋い感じで呟いた後……老人は言った。


「……わしがお前だったのだ」

「ああ、ボケ始めちゃったのかな。暑いし……」


 とか呟き私は顔を仰いだが、どうもそう言う訳でもなかったらしい。


「俺が、お爺ちゃん……?一体どういう事だ!?」


 とかテンション高めに叫んだミノムシに、祖父は言う。


「成功はする。だが、失敗もするのだ。……パンジャンドラムが素直に作動する訳がないだろう?とりあえずケネディを救いに行こうとしてタイムマシンを作動させたお前は、確かに過去へと向かう事は出来た。が、やはりそこはパンジャンドラム……目標に到達すると同時に爆発し、その中にいたお前は九死に一生を得るが、爆発の衝撃で記憶を失い真面目な好青年になってしまう」

「そんな!?」


 ……余計な情報多すぎて肝心の部分がぼんやりしてる気がするんだけど。

 とか思った私の横で、お爺ちゃんは続ける。


「記憶を失い好青年となったわしは、何もわからないままこの近辺を放浪し、やがて大地主の娘と出会い恋に落ちる。そして真面目な好青年であるわしは順調に地主の娘と関係を深め、地主の娘に養われ、やがて子が出来孫が出来……そして今に至る。そう、つまり……そのパンジャンドラム型タイムマシンを作動すると、お前はわしになるのだ」

「よくわかんないけど今お爺ちゃんヒモだったって暴露してなかった?徹頭徹尾おばあちゃんに養われ続けてアニキ一生無職って事?」


 と、つくづくどうでも良いとこばっかり気になってしまう私の前で、ミノムシは言う。


「俺がお爺ちゃんに?いや、だが……お爺ちゃん!?祖父のパラドックスは!?過去に行った俺の血縁上に俺が生まれるって事は、けど……最初に過去に行った俺の本当のお爺ちゃんはどうなるんだ!?俺はどこから生まれて来たって言うんだ!?」

「わからん。恐らくこのめんどくさいループは数度繰り返されている。そして、最初のわしにはもっと別の本当のお爺ちゃんが居たのだろう。だが、タイムマシンに乗った結果、わしは自分のおばあちゃんを寝取ったのだ」

「寝取った!?」


 家庭環境いきなりカオスにするの止めて欲しいんだけど。悲しい事にあのミノムシの妹である以上その話私の身の上にも影響してきそうじゃん。


 とか思った私の前で、お爺ちゃんは言った。


「つまり、祖父のパラドックスは存在しない。寝取ってもオッケイだった。……今の主流は世界線理論だ」

「マルチバースを実証してしまっていると言うのか……」


 なんか難しそうな話してるけど私の興味は兄貴がおばあちゃんを寝取った結果の延長線上に私が存在すると言う虫唾から一歩も外に出てないんだけど。


 なんでこうタイムマシンの横にある情報の方がやたら濃いの?パンジャンドラムとか寝取りとか。

 ていうか結局パンジャンドラムってなんだったんだ……?


 と、例のワードの検索に戻ろうとした私の前で、祖父は言った。


「因果を考えれば、わしはお前を見送らなければ矛盾が生じるだろう。だが、世界線理論、タイムマシンによる移動を空間転移と捉えれば、ここで今お前を止めた所で、わしの存在が揺らぐことはない。この世界からお前が消え、別の世界線でお前がパンジャンドラムの爆発に巻き込まれ、別の世界線のおばあちゃんを寝取る事になるだけだ。だから、孫よ。……イヤ、わしよ。その悲しいループを、ここで変えてみようじゃないか。ここでお前が諦めれば、別の世界線の本当のおじいちゃんも嫁を寝取られる事はないし、わしももう孫を失わずに済む」

「……でも、ケネディが俺を待ってるし、」

「孫よ。さっき言っただろう?そのパンジャンドラムは爆発するんだ。お前は記憶を失う。……ケネディを救う事は出来ないんだ」

「く……俺は世界を変えられないって言うのか……」


 ミノムシがなんか言ってる。なんでそんなにケネディを助けたいの?

 と、そんな風に私が呆れた、その瞬間だ。


「……諦めるにはまだ早いぞ、俺よ……」


 そんな言葉と共に、また新たな人物がゴミ製作所へと踏み込んできた。


 いや、新たな人物って言うか……知ってる人だけど。物凄い見覚えのある作業着を着た物凄い見覚えのあるぼさぼさの髪の27歳無職だけど。心なし服が汚れてる兄だけど。


 とにかくそうやって現れた兄Bは、依然パンジャンドラムの中でミノムシみたいになっている兄Aへと、言った。


「……ここにタイムトラベルを成功させた俺がいる」

「「第3の俺!?」」

「もうめんどくさいから私エアコンあるとこ行って良い?」


 とか、同一人物が3人いるらしい空間の隅っこで私はスマホを弄り、そんな私の前で兄達は言い合っている。


「第3のわしよ。……どう言う事だ」

「フ。俺は今から半日後の俺、と言ったら伝わるかな?」

「なに?」

「お爺ちゃんの俺の忠告を受け、一端パンジャンドラムの実験を諦めたモノの結局諦めきれなくなると同時にちょっと日和って試しに1日だけ過去に飛んでみた結果無事成功し諸々考慮し半日山に隠れていたのが……この俺だ!」

「「な、なんだって~っ!?」」

「日和るなよ。やるなら派手にやれよ。ケネディ救いに行けよ、もう……」


 とか呆れた私の前で、アニキたちは話し続ける。


「乗って来たパンジャンドラムは?どうなった?」

「外に置いてある。爆発もしていない」

「パンジャンドラムなのに?爆発しない?パンジャンドラムなのに?」

「ああ、パンジャンドラムだがな。恐らく、とりあえずケネディを救おうと思って一気に長距離を移動したのが失敗の原因だったんだ。ほんのちょっとなら無事まっすぐ進むんだ。例えパンジャンドラムだとしてもな」


 もうパンジャンドラム言いたいだけでしょ。ていうかホントにパンジャントラムってなんだよ……。


 とか呆れた私の前で、アニキたちは顔を突き合わせ、言っている。


「装置としては完成していたが、使い方を誤っていたと言う事か……」

「ケネディは欲張りすぎてたって事だな」

「ああ。おそらく、1日ずつ戻れば爆発して記憶を失うことなく過去に行くことが出来る。幾度の失敗を超えた末に、俺達はタイムマシンを完成させ、そしてその正しい使い方を発見したんだ。余りにも悲しすぎる失敗の果てに、な」


 そんな事を言いながら、兄Bはお爺ちゃんの兄の方を、ぽんと叩いた。


「第3のわしよ。……この手はなんだ?」

「どうしても祖父のパラドックスが気になってしまってな。お爺ちゃんが俺だと聞かされた後、気になっておばあちゃんに聞いてみたんだ。愛してるとは言ってた。それから……あの頃は若かったんだそうだ」


 その兄Bの発言に、お爺ちゃんのアニキは突然、深刻そうな表情を浮かべ、杖を持つ手をガタガタ震わせながら、言った。


「……何が言いたい?」

「余りにも多くの失敗に塗れた俺よ。……カッコウって知ってるか?」

「それ以上言うな!?……言わないでくれ、」


 カッコウとは鳥である。托卵と言う習性があり、自分の子供を他人に育てさせる。


「……結果寝取ったんじゃなくて寝取られてんじゃん、」


 真のお爺ちゃんからおばあちゃんを強奪する事には成功したが、その成功の裏で真のお爺ちゃんとおばあちゃんが関係を持った結果パラドックスの心配のない血縁関係が出来上がった……という昼ドラである。


 とか呆れた私の前で、「クぅ……」とか言いながらお爺ちゃんはその場に崩れ落ちていた。

 そんなお爺ちゃんを眺め、ミノムシは言う。


「悲しい、事件でしたね……」


 いや他人事みたいに言ってるけどソレアニキの未来だからね?より正確に言うと兄貴の分岐した未来の中で一番悲惨な奴って感じかもしれないけど。


 とか、呆れて眺めた私の前で、けれどお爺ちゃんは言う。


「……だが、この失敗。悲しいループも必要な事だったのかもしれない。この悲しみを背負ったわしのアドバイスがあったからこそ、タイムマシンは完成したんだと思いたい。正しい使い方を理解できたんだと思いたい。裏切られてないと思いたい。……わしちょっとおばあちゃんと話してくる」


 と、来た時と比べて大分よろよろした感じで、お爺ちゃんは立ち去って行った。

 それを見送った末、兄Bは兄Aに言う。


「俺よ。ああはなるなよ?俺になれ」

「ああ……。半日後に1日戻れば良いんだな?」

「そうだ。……俺が俺に会っていなかった以上、この工程は必要ないのかもしれないが……一応、な」


 それだけ言って、兄Bはガラクタ製作所を後にしていく。


 兄Aはミノムシのような状態のままそれを見送り……やがて、兄Bの姿が消えた後、パンジャンドラム型タイムマシンから這い出ると、ガラクタ製作所の隅っこにいる私の方へと歩んできた。


 そして私……の横。そこにあるテーブルの上に立てられている写真を手に取り、兄貴は言う。


「ケネディは救えないが……どうやらお前は救えそうだぞ、妹よ」


 そして、兄貴はその写真――数年前に撮った、今と変わらない容姿の私が映っている写真をテーブルに戻し、そのまま、ガラクタ製作所を後にしていく。


 そんな兄貴を私は見送り、スマホでパンジャンドラムを検索した。


 パンジャンドラムとは、欠陥兵器の代名詞らしい。ポンコツ過ぎて一部で妙に愛されている、ある意味失敗と挑戦の象徴で……ほぼほぼ架空の存在。


 そんな文字を眺め、それから私は真夏の工房の中心にあるドラム缶みたいな――あるいは巨大なコイルみたいな物体を眺めた。


 数年前に事故で死んだ妹を助けたくて兄貴が一生懸命作ったタイムマシン。



 ……この後結局どうなったのかは、知らない。


 1日ずつ数年間戻って事故で死ぬ妹を救えたのかもしれないし、途中でまた変な失敗して更なるカオスに発展したりしたのかもしれない。そしてそれを乗り越えて結局成し遂げたりするのかもしれない。



 私の兄はまあ、言ってしまえば変人だ。そこそこいい大学を出て将来有望だったはずなのに、妙な方向に情熱を傾けて日夜ガラクタの製造に余念のない、変人。


 そして、私はそれに小言を言いたいだけの存在だ。ちゃんと自分の人生生きなよって言いたいだけの、存在しているのかどうかわからないただの語り部。


 それこそ幽霊でも出そうな真夏の、いわゆるお彼岸の時期に、ただちょっと小言を投げてみただけの……。


 ……架空の存在だ。

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