「春」の段 7 厄介な恋心
◇四月二日
「つまり、アリシアさんが出会った__桜庭マジメさんも、IRKの会員だったって事、ですか?」
「ええ、本当に……運命の相手なのではと思いました」
モモはそれを聞いて率直に、話が出来過ぎていて不気味だと思った。
そんな偶然があるものか、と。
アリシアと彼の出会いが偶然の産物である事は間違いない。
だが、金銭面で苦労が多いと聞く大学院生の身分である桜庭がなぜ結婚相談所に登録できているのか__IRKは会費において特別良心的、という訳でもない__、そしてなぜピンポイントで小井野がアリシアに向けてピックアップしたのかがわからなかった。後者に関しては、アリシアの提示した条件と桜庭が本当に合致していた可能性もあるが……。
アリシアはモモと同じような疑いを持っている様子はなく、それも含めて運命の出会いだとでも言いたげだ。
隣に座る小井野を見ても、いつも通りの笑みを浮かべているだけであった。
「それで……すぐにIRK会員専用のチャットアプリを使って連絡を取り始めました」
「そんなのもあったんですか?」
「私が開発しました」
「……多才ですね所長」
モモの怪訝な顔に気付いても、小井野はむしろ、「私が育てました」のような爽やかな笑顔を浮かべてみせる。
しかし小井野に疑いの視線を向けるモモも、運命的な恋に浮かれ、幸せそうなアリシアの前で水を差すような真似は出来なかった。
「……? アリシアさん、連絡先がわかって今もやりとりしているなら、もう交際どころかゴールインまで一直線なんじゃないんですか?」
小井野への疑いは一度横に置き、先程のアリシアの言葉を振り返っていたモモは、感じた疑問を今度は素直に言葉にした。
自分が何故呼ばれたのかは不明なままだったが、アリシアと桜庭が互いを良く思っているのは側から見ても明らかだ。
「めちゃくちゃいい雰囲気ですし……」とモモは続けようとするが、その前に「ゴールイン」という単語を聞いたアリシアの顔から__文字通り火が出た。
すかさず小井野が炎を「吸収」し、温まった空気だけがモモの頬を撫でる。
炎の閃光に目を瞬かせた彼女は、何が起こったのか理解できていない様子だった。
しかし一瞬にして自分に命の危機が訪れていた事だけは、彼女の心臓の音が如実に語っている。
「すみません小井野さん! モモさんも……!」
アリシアは自身のスーツと同じくらい顔を赤くし、頭を下げた。
「な、なにがおこったんです……?」
自身に迫る炎とそれが一瞬で消えた事に半ば放心状態だったモモは、恐らく自分のために何かしてくれたのであろう小井野に問いかける。
「ドラゴニア様が
「小井野さん、漏らすだなんて! 実際そうですが……うう」
アリシアはついに耐えられないというように顔を手で隠す。
小井野は半分スライムになった自身の左腕の中に、炎が渦巻いているのをモモに見せる。
モモはしばらくそれを興味深く見ていたが、炎は段々とスライムに浸食され、やがて僅かな気泡が残るのみになった。
「モモさん、これが貴女への依頼に繋がるんですけれど……」
「え、これが?」
思わず敬語が抜けてしまったモモだったが、これは仕方がないとしか言えないだろう。
小井野も何も言わなかった。
「まずはこれを見てください」
アリシアが机上に取り出したのはまだらに黒い、牛柄の紙のように見えた。
しかし手に取ってよく見ると、黒いのが柄によるものではない事が分かる。
「これもしかして、写真……アリシアさんの部屋ですか?」
「……そうです」
その部屋は、恐らく元々は白を基調にまとめられていたのだろう。
しかし壁や床、机……その所々に黒く焦げた跡が残されている。
カーテンに至っては、途中で焼け落ちたのか長さが半分もない。
何も知らずに見れば、強盗か放火犯に襲われたと勘違いしてしまうだろう。
「わ、私……桜庭さんと出会ってから、おかしくなってしまったみたいで……炎の制御が上手くできないんです……」
そこにモモが十数分前出会った騎士の、聖女の、王子様の面影はなく、顔を赤らめて俯く乙女の姿だけがある。
見れば思わず手助けをしてしまいたくなるいじらしさだったが、モモはこの乙女が吐いた炎が自分への依頼と関わっているという事に冷や汗をかいていた。
現実逃避からか、モモは写真の隅に消火器が写り込んでいるのを発見する。
「桜庭さんへの思いが溢れると、それと同期してなのか、炎が出てしまうんです。この部屋の惨状は……桜庭さんからメッセージの返信が来た時、ほぼ毎回何か燃やしてしまって……」
「それは……あ、お仕事の時は大丈夫なんですか?」
「はい。仕事の時はプライベートの携帯は電源をオフにして、気持ちも切り替えてますので」
仕事の話を振った一瞬だけ騎士の面影が顔を出したが、それもすぐ乙女の顔に戻る。
「本当に、おかしいですよね……こんな年で炎に振り回されるなんて」
「あ、いいえ! それだけ、桜庭さんの事が大好きって事ですよね!」
「っそうなんです!」
大きく頷くアリシアは、今日一番の笑顔だった。
しかし隣でシュボ、という音がして、モモは再び小井野が炎を吸収してくれた事を悟った。
小井野の手腕に感謝し、そして自らはこれ以上余計な事を言わないよう肝に銘じる。
「あ、すみません! 気が昂って……! これでも、かなり強い抑制剤を飲んでいるんですけれど、それでも抑えられなくて……」
彼女が飲んでいる抑制剤は正真正銘、病院で医者から処方されたものだったが、それでも彼女の熱を抑える事は出来なかった。
薬が悪いのではなく、心が能力に直結する種族故に、感情が通常の限界値以上に振れた時の炎を抑える事が出来ないのである。
「やっと本題なんですけれど、モモさん。この炎を抑えるために、今度の桜庭さんとのお見合いに同席してほしいのです」
「…………小井野所長だけじゃダメですか?」
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