「春」の段 8 本題

 アリシアの依頼に対し、モモは何か力になりたいと思いつつも、その方法については全く考えがまとまらなかった。彼女の言う「炎を抑える」事に関しては特に。

 この話の途中で二回、彼女の炎を小井野が吸収していたが、モモは反応すらできなかったのだ。精々一回きりの肉の盾にしかなれないだろう。


「小井野さんにも、同席をお願いしています。薬で抑えられない以上、小井野さんの力がないと、恐らく私は……彼と目を合わせる事も出来ないでしょう」


 オンライン上での文章のやり取りだけで、モモが彼を連想させる言葉を言うだけでこうなのだ。直接顔を合わせた際に炎がどう反応するのか、モモには予想が付かなかった。


「モモさんには、仲人として話を取り持っていただきたいんです。こちらからお願いするのも、少し変な話でしょうが……」


 アリシアの言葉に、モモはようやく緊張状態から解放された。

 小井野が同席してが炎を吸収してくれるのなら、お見合い会場が全焼する事態にはならないだろうと。

 しかしそれでも、未だ新人と言うのも憚られるようなペーペーの自分に出来るだろうか、というネガティブな思考が顔を出す。


「渡会君、私はドラゴニア様がいつ炎を吐き出されるか注視していなければなりません。分裂してもう一人に司会を任せる事も出来ますが、同じ容姿の者が場に二人もいてはドラゴニア様や桜庭様も、気が休まらないでしょう」


 小井野の言葉に、「自覚があったんだ……」と驚きつつも、モモは自分に求められる役割について理解した。


(本当は、小井野所長なら司会だってお手の物なんだろう……でも、私に任せようとしてくれてる)


 彼女は、特別司会に秀でた経験もなかったし、恋愛についても経験豊富ではない。だが、例えそれを完璧にこなすに足る能力がなかったとしても、ここでアリシアの頼みを無視し、大人しく勉強に戻る事など出来なかった。


「私、やります!」


 モモは決意を胸に立ち上がる。

 そしてアリシアに力強く右手を差し出した。


「きっと、最高のお見合いにしましょう!」

「モモさん……!」


 アリシアは目を潤ませながら、モモの右手を包んだ。

 自分に制御できない炎を持って、不安を感じる事もあったのだろう。


「ありがとうございます!」


 今日一番の笑顔を更新したアリシアを見て、モモは更に決意を強固なものにした。

 ただ、直後に再びシュボ、という音を耳にして、容易い任務でない事も再確認するのだった。


――――――――――――

◇四月三日


 モモは本日分の研修(という名の勉強)を済ませると、昼休憩前には新品のノートを取り出し、唸り始めた。

 ノートの表紙には、黒いサインペンで「メモ」とだけ大きく書かれている。

 アリシアと桜庭のお見合いを成功させるための企画をここに生み出す予定である。

 小井野は基本的に全てをモモに任せる方針なのか、特に口を出す素振りはない。

 初めの内は、自習オンリーの研修は如何なものかと思っていたモモだったが、恐らく彼女に出来る範囲で実務を任せる事が、小井野の意図する研修に含まれているのだろうと察していた。

 出会った当初の「充実した研修体制」という言葉に嘘はなく、小井野の分体が常にモモの理解度をチェックしているし、疑問点にはすぐに応じてくれるのだ。


 また、アリシアのような特殊なケースはそうそうないものと思っていたモモだったが、小井野に聞けば、自身の体質に苦労し恋愛におけるサポートを依頼される事は少なくないという。

 昨日行われたアリシアとの面談の後にも、女性を前にすると吸血衝動を抑えられない吸血鬼が事務所を訪れてきて、彼女は大変な目に合った。

 外では蝙蝠の姿で空を飛んできたそうなのだが、偶々事務室からロビーの方へ出ていたモモと鉢合わせてしまったのだ。

 小井野が吸血衝動を抑えるためのトレーニングをしているとの話だったが、道はまだまだ長そうだった。


(会員の幸せのために何でもする、か……)


 それは騒動の後、彼女が小井野の仕事に「ジムか病院の役割じゃないですか?」と問うた際に返された言葉だ。

 そんな小井野は、今日も優雅に新聞を読んでいる。

 しかしこの事務所にいる彼も100以上いる分体の内の一つで、外ではいくつもの案件や訪問面談を行っている事を、モモは知った。


(何でそこまで尽くせるんだろう)


 それはモモが道を見失い、半ば流れ着くようにこの事務所に身を置いたために浮かんだ言葉だった。


(あ~ダメ! 何も思いつかないからって、思考が道草食ってる!)


 自分の悪い癖に髪を掻き乱すと、一度自らの頬を叩く。

モモは、現在の状況から整理する事にした。

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