第16話 スイランと個人的な話 後編

「ふむ。答えにくいようであれば、質問を変えると致しましょう。貴方は国軍にはつかないと仰った。では、群雄が割拠する世となった時、アオイ殿は最終的に何を成すおつもりか。これにはお答えいただきたい」


 この質問は簡単だった。元々現代に生きる小市民だった俺にだいそれた野望なんてものはない。だから、

「特に何も。俺は生き残れればそれでいいと思ってます」

 そう答えると、スイランは口を孤にして「くふ」と笑った。


「なるほどなるほど。アオイ殿は大望を成すでもなく、ただ生き残れればそれでいいと仰るか。実に面白い」


 顔は相変わらず無表情だったが、何が面白いのかスイランは興奮した様子だった。


「そんなに変ですかね? もちろん、ちょっとくらい贅沢が出来る金はほしいですけど。死んだらなんにもならないでしょう。生きてなんぼですよ」


「正しい。実に正しい思想だ。今の世は血気に逸った者が多いですからな、なかなかそうした考えをお持ちの御仁は少ないのです」


 二回も大国を滅ぼした一族らしき人物が言っても説得力ねえよ。いやでも、史実の司馬懿仲達はめちゃくちゃ忍耐力の強い人物だったっけ? なら、この考えはある種当たり前なのだろうか。


「はあ、そういうもんですか」

「時に、アオイ殿は開墾された田畑の所有権を放棄しているとか」

「放棄っていうか、開墾した人に渡してるだけですよ。そうでもしないと、税収が壊滅しそうですからね」


「ふむ。公地公民についてはご存知か」

「なんとなくは。まあ、言いたい事はわかりますよ。スイランさんは俺の所有する土地が無くなっちゃうんじゃって心配してくれてるんですよね?」


「そこまでわかっているのであれば、当然対策も考えておられるのですね?」

「一定以上開墾が進めばこの政策は取りやめます。今はとにかく来年に向けた食を確保する必要がありますからね」


「引きこもるのにも食事は必要ですからな。そこまで考えておられるのであれば、わたくしから言う事はありませんね」


 なんで何も言ってないのにアザゼルの乱以降の事まで理解が及んでいるんだ。この人本当に怖いんだけど。俺程度の頭の中は全部お見通しなんじゃないか?


「しかし、アオイ殿が成されたこの政策。見る人が見ればわかるものです。今後、ヘイゼルには移民が流れてくるでしょうな」

「やっぱそうなります?」


 それは俺も危惧していたところである。アザゼルの乱が起こり、引きこもりを発動させたら、ヘイゼルはある種の安全地帯となる。そうなれば、噂を聞きつけた者が大量に安息を求めて流入してくるのは見えている。そうなった時の対策をまだ考えていない。


「わたくしもその一人となる可能性がありますからな。可能性は多分にあるでしょう。優秀な者だけ入ってくればよいですが、そうもいかないのは明白。そうなった時――む」


 一番聞きたい話の腰を折る形で、侍従が部屋をノックして入ってきた。

 侍従は何事かスイランに話しかけた。すると、彼女は僅かに眉をしかめるとこう言った。


「申し訳ない。わざわざお時間を取っていただいたというのに客人が訪れたようです。この話しの続きはまたいずれ」

「いえ、貴重な話をありがとうございました。私の方は気にせず客人の元に行ってください」

「ええ。そうさせていただきます。ではこれにて失礼」


 客人というのはそれなりに高い身分の者なのだろう。スイランは足早に去っていった。

 一人部屋に残された俺はというと、めちゃくちゃ大きなため息をついていた。


「……生きた心地がしなかったぞ」

 ソウジン・スイラン。傑物というのは彼女のような人物を指すのだろうな。そう思いながら俺はすっかり冷めてしまったお茶を飲んだ。


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