第15話 スイランと個人的な話 前編

 翌日、宿を引き払った俺達は早速拠点をソウジン家へと移した。ここからは先はソウジン家を拠点として二、三日の間で出来る限り市井の情報を集めるのが目的となる。


 ノアとダン、俺はリンファを護衛として2チームに分かれて街に出掛けようと思ったのだが、ここでスイランから待ったがかかった。


「もし。アオイ殿、よければこの後お時間を頂戴出来ませんか」


 その申し出を受けるかどうか少し悩んだが、彼女が俺の予想通りの人物であるならば、気に入られておく事に越した事はないと思い、受ける事にした。


 リンファには悪いが、一人で情報を集めてきてもらおう。この世界、最後に物を言うのは人脈だ。仮に彼女が司馬懿仲達でなくても貴族の人脈は得難いものだ。


「私でよければお相手しましょう」

「おや、今日はしっかりと『私』と言うのですね」

 ぐっ……本当にこの娘っ子は恐ろしい。言葉尻を捉える事に関しては天才過ぎる。


「よしてください。昨日はスイランさんに圧倒されちゃったんですよ。一応ここでは客人なんですから、一人称に気を使いますよ」


「ふむ。わたくしとしては俺と言われた方がより心を許されているようで親しく感じられるのですが、そのように仰るのであれば仕方がない。さて、立ち話もなんですから、わたくしの部屋までお越しください。リンファ殿もよければご一緒に」


「いや、私は――」

 どうする? という目で見てくるリンファに、俺はこう言った。

「リンファには用事を頼むので俺だけでお願いします。リンファ、一人になっちゃうけど大丈夫だよな?」


「ああ、問題ない。報告は夜でいいな?」

「うん。夜に俺の部屋で報告会をしよう」

「では行ってくる。スイラン殿、あまりサガラ殿をいじめないでやってくれよ?」

「心配せずとも、そのような気はありませんよ。少しお借りするだけです」


 リンファを見送った俺達はスイランの部屋へと移動した。どうやら、彼女は俺と落ち着いて話しをするのが目的だったらしく、テーブルの上に軽食とお茶が用意されていた。


「まずは、用があったにも関わらずお時間頂戴致しました事お礼申し上げます」

 椅子に座ったスイランは、お茶の用意をしながらそう言った。

「いえ。そこまで火急の用って訳でもなかったので大丈夫ですよ」


 なんとなく周囲の気配を探ると、侍従や護衛といった者は存在しないようだった。それだけ俺という人間を信用しているのか、それとも万が一があっても勝てると思っているのか。


 いずれにせよ、ここには俺とスイランしかいない。今にして思ったが、万が一の事態が起こりうるとすればそれは俺の方なのではないだろうか。彼女にもし害意があれば、今の俺にはそれを防ぐ手立てがない。リンファを行かせたのは失敗だったか? そう思っていると、


「そのように怯えずとも、わたくしにはアオイ殿を害す気はありませんよ」

 彼女は俺の胸の内を見透かしたかのようにそう言ってのけた。

「……そんなに態度に出てました?」


「ええ。ありありと」スイランはそう言ってお茶を差し出した。「どうぞ、これを飲まれるとよろしい。気持ちを落ち着ける効果があります」

「ありがとうございます」

 熱々のお茶を飲むと、緊張と怯えが熱に解けていくのがわかった。


「こうしてお時間を頂戴したのは、アオイ殿に伺いたい事があったからです」

「伺いたい事?」


「然り。アオイ殿は大規模な一揆が起こると仰った。それも、確信を持っておられる様子」

「そうですね。まず間違いなく起こると見ています。それが?」


「問題は、何を見聞きしてそうした判断に至ったのかという事。失礼ながらヘイゼルは中央からは離れている。地方と言ってもよいでしょう。当然、情報の鮮度は落ちます。わたくしが同じ考えを持つようになったのはつい最近の事です。中央にほど近く、ありとあらゆる情報を得られる立場にあるわたくしが、です。そこのところをご教授願いたい」


 やられた……いつかは突っつかれると思っていたが、まさかこんなに早く指摘されるとは。優秀過ぎる人物ってのは時に恐怖を抱かされるな。


 俺がアザゼルの乱が起こる予想出来ているのはゲーム知識で「知っているから」だ。当然そこには論理だった理屈なんてなく、ただの確定している未来予知だから、理由を求められても説明が出来ない。


 今まではこんな風に説明を求められる事などなかったからのらりくらりとやってこれたが、相手がスイランのような智に長けた人物ならばそうはいかない。どうすれば……。


「どうかされましたか、アオイ殿? 顔色が随分と優れませんが」


 どうかされましたか、じゃねえよ。涼しい顔して言いやがって。こっちは必死に言い訳を考えてるんだよ。


 俺がこの世界の人間ではないと知られてしまった場合のリスクは考えるまでもない。なんとかして彼女が納得する理屈を早急に口から発さなければならない。

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