第12話 騒乱の臭い

 部屋を出ると、人々が慌ただしく動いていた。中には武官らしき人物もいて、その全員が武装していた。


「何かあったっぽいな」

皆武士もののふの面構えをしていた。サガラ殿、私から離れないように。戦の臭いがする」

「マジかよ」


 人の波を抜け、外に出ると護衛兵達が武装した農民達と戦っていた。王宮の中にまでは侵入されていないようだが、それなり以上の戦闘が繰り広げられているらしく、入り口前の広場はすでに死体が夥しい数転がっている。まさに死屍累々の状況だった。


「酷いな……」

 戦場からは離れているというのに、血の臭いがここまで漂ってきている。


「圧政を許すなー!」

「俺達の生活を保証しろ!」

「金持ちは殺せー!」


 農民達の士気は総じて高いようだった。口々に王朝に対する不満を叫びながら手にした農具で護衛の兵を殺していっている。


 中央の腐敗にまみれて鍛錬を怠っていた兵達はその勢いに圧されている。ひょっとすると負けるのではないだろうか。そう思っていると、横から旗を掲げた正規兵が出てきた。


「者共かかれー!」

「おおおおー!」


 あっという間の出来事だった。百人規模の一揆は、当初農民達の勝利に終わるかと思われたが、やはり組織だって訓練された正規兵には勝てないようだった。


 見る見る間に駆逐されていった農民達は、数十分の後散り散りに逃げていってしまった。


「勝鬨を上げろー!」

 正規兵達があらん限りの声でもって勝鬨を上げる。

 その後、俺達は落ち着いた頃合いを見計らって王宮を後にした。


   ○


 宿でノアとダンに合流した俺達は、酒屋に移動していた。先程の一揆の件を含め、それぞれの持っている情報を食事しながら整理しようという運びになったのだ。


「正直、サガラ殿に言われた時は半信半疑であったが、この目で見て確信した。中央はもうダメだ。腐敗し過ぎている」

「リンファ、場所を考えろ。もう少し声を抑えるんだ」

「む、それもそうだな。失礼した」


 彼女の気持ちはよく理解出来るが、場所が場所だ。どこに耳があるかわからない。


「ノア、俺達が報告している間に一揆があったんだが、街の方ではどんな動きがあった?」


「はい。私達は宿の受付を済ませた後、ご主人様の命令通り街の様子を伺っておりました。すると、赤い布を纏った集団が現れたのです。恐らく、それが一揆を起こした集団かと」


「赤い布だって?」

「はい。形はそれぞれでしたが、皆身体のどこかに赤い布を纏っておりました」

「思ったより進んでるのか……? マズイな……これじゃ間に合わない……」


 黄巾党よろしくアザゼルの乱に賛同した者達はそれを証明するように身体のどこかに赤い布を纏っている事が特徴だ。


 俺の予想ではもう一年くらい彼らが活動を開始するまで猶予があると思っていたのだが、どうもそういう訳にはいかないらしい。


「彼らがサガラ殿が言っていた集団なのか?」

「たぶん、そうだ。けど、予想よりも早過ぎる。気の逸った連中が起こした無計画なやつだったらいいんだが……」


「しかし、あの程度の集団であれば正規兵が駆逐するのではないか? 事実今日だってそうなっていた」

「いや、規模が違う。大陸中から賛同者が集まるんだ。正規兵だけじゃ抑えきれない」


「むう……それはマズイな」

「ああ、マズイ。いや、マズイなんてもんじゃない。最悪だ。俺達の国なんて簡単に飲み込まれちまう。今からでも兵役を作るべきか……? でも、食い物も金もないしな……」


 兵を育てようにも食わせるものを食わせなければ育つものも育たない。代わりに賃金を渡そうにも我が領地は先代が意味不明は統治をしていたせいで民に渡す金もなければ信頼もないときた。まさに八方塞がりだ。


「兵役はおやめになった方がよいでしょう。渡すものがありませんし、何よりただでさえ低い民からの信頼が、兵役による苦労でより下がってしまいます。そうなれば我が領地でも一揆が頻発してしまう事が容易に予想されます」


「うん、わかってる。ないものねだりだった。こうなったら、予定を変えよう。幸いにしてさっき王宮に行った時に身分証を発行してもらったから暫くシンヨウに滞在して情報を集める。出来れば、どこかの貴族とお近づきなって情報のやり取りが出来るようになれればいいんだけど」


「それなら、私の知り合いをあたろうか?」

「貴族の知り合いがいるのか?」


「ああ。以前シンヨウに滞在していた際に客将として厄介になっていた貴族がいるんだ」

「ありがたい。ぜひお願いしたい」


 前のめりに頼み込む俺に、リンファは「ただ――」と難色を示す。

「何かあるのか?」


 立場的な問題でいえば俺は領主なので並の貴族であれば対等以上だ。それに関しては問題はないと思ったのだが、リンファが口にした事は全然予想しないところだった。


「その、ソウジン家には娘が8人いるんだが、その内の一人がとても気難しくてな」

「跡取り娘だったりするのか?」


「いや、二番目だ。だが、とにかく賢くてな。年若いというのに当主も彼女の知識をあてにするほどなんだ。彼女に難色を示されてしまうと、ソウジン家に滞在するのは難しいと思う」


 そこまで聞いて、俺はまさかと思い至るところがあった。三国志もモチーフとされたこの戦乱の世界において、ゲーム内に登場していなかったのが不思議とすらされていた人物。司馬懿仲達とその一族だ。


 三国志における実質的な最終勝利者としても言われる司馬家は、息子が8人もいたというのに一人残らず優秀で、司馬懿仲達の孫が最終的に天下を統一し、晋王朝を樹立したのはあまりにも有名な話だ。


 戦国時代におけるチートを織田信長とするならば、司馬懿仲達は三国志におけるチートといっても差し支えないような人物だ。


「むしろ望むところだ。なんともしてもソウジン家に取り入ろう」

「わかった。今日はもう遅いから、明日の朝早くに私が話しをつけに行ってくる。それまではあの安宿で待っていてくれ」

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