第7話 望外の遭遇
それから少しの間雑談に興じていると、給仕が食事と水を持ってきた。硬くボソボソとしたパンに、何の肉かわからない肉炒め、それからクズ野菜の薄いスープだ。
どれもこれも食欲をそそるような類の見た目をしていないが、場末の酒屋で出される食事としては上等なものだろう。事実、ダンなどは初めてご馳走を目にするかのようによだれを垂らしている。
「これ、おらも食べていいだか?」
「ああ、それはお前の分だ。足りなかったらおかわりもしていいからな」
相当飢えていたのだろう、言うが早いかダンは食事を手づかみで食べ始めた。
「あらあら、これは食事の作法から教えなければいけませんね」
ダンの口の端についた食べかすをハンカチで拭いながらそう言うノア。その辺の教育は彼女に任せた方がいいだろう。正直、俺も食事作法なんて知らない。
「……しかし、これで1500ピッツか。ボッタクリというより、それだけ困窮していると見るのが正しいんだろうな」
1ピッツ大体1円換算なので、この粗末な食事は三人合わせて4500円もするという事になる。悲しいやら虚しいやらで余計食欲が失せる。本当に俺のお父上は一体どんな統治をしていたんだか。
「中央の方がなにやら揉めているようですから、大陸全土で物価が上がっているようです」
「あー聞きたくない聞きたくない」
これも俺が焦っている原因の一つだ。恐らく、一年以内に大陸全土を巻き込んだ大規模な一揆が起こるはずなのだ。いわゆる、アザゼルの乱。
黄巾の乱をモチーフにしたであろうゲーム内イベントの一つで、史実同様これをきっかけに大陸は戦乱へと突入していく。
ゲームならば領土拡大がやりやすくなるのでありがたいイベントなのだが、いざその世界の住人という立場でやられると面倒この上ない。
「ただでさえ自分の領地を持て余してるってのに、この上戦乱なんてご勘弁願いたいね」
しかも忘れてはならないのが、俺はいつ主人公に殺されてもおかしくない立場にあるという事だ。
目覚めてから一週間、やれる事を全力でやってきたが、いかんせんこの世界は情報の伝達が遅い。その上、俺のやった事はすぐに結果が出るような類の事じゃない。つまり、依然ヘイゼルの領主としての俺の評判は民を苦しめる悪徳領主のままなのである。
これではいつ民のためにと立ち上がった主人公に殺されるかわかったものではない。
「いずれ否応なしに巻き込まれる事となるでしょう。いざという時の備えは大切ですよ」
「せめて命だけは助かりたいね」
「同意でございます。さて、この話はここまでにするとして、ご主人様の目当ての方はいそうですか?」
チラリ、と周囲の様子を伺うが、残念ながらそれっぽい人物はいそうになかった。
「どうやら今夜も空振りに終わりそうだ。けど、もう少しだけ粘ってみようかな? まだ来たばかりだしね」
「左様でございますか。では、申し訳ありません。私、お花を摘みに行ってまいります」
「あいよー」
残された俺達男組は、水だけで粘る訳にもいかないので給仕に追加のオーダーとしてミルクを注文した。が、それが気に食わなかったらしい酔っ払いが絡んできた。
「おいおい、ここは酒屋だぞ! 酒を頼め酒を!」
「俺達下戸なもんで、勘弁してください」
「うーるせえ! 俺が酒を分けてやるって言ってんだ、飲め!」
そう言って男は手にしていた瓢箪の中身を、まだ水の入っていたグラスに並々に注いだ。
本当に勘弁してほしい。よりによってノアがいないタイミングで絡まれるとは。
「一杯だけですよ?」
そう言って俺はグラスの中身を味わいもしないで一気に飲み干した。すると、男は俺の飲みっぷりにすっかり気を良くしたのか、二杯目を注いできた。
「いや、あの、本当に勘弁してください。もう飲めません」
「なんだとぉ! 俺の酒が飲めねえってのか!」
酔っ払いの常套句だ。これはまたグラスを空にしなければならないかな、なんて思ったところで、救いの手がやってきた。
「その辺にしておけ。その御仁が困っているのがわからないのか」
音もなくやってきた彼女は男の腕を掴みながらそう言った。フードを目深に被っているため、角度的にその顔は伺いしれなかったが、この街の酔っ払いに声をかけるなんて余っ程度胸のある人物とみた。
「あんだぁ、テメエ……?」
「聞こえなかったのか? 私はその辺にしておけと言ったんだ」
一歩も引かない女性の態度に激高した男が殴りかかろうとするが、それより先に女性が男の腕を握りしめた。
とんでもない力で握られているようだった。わかりやすくミシミシという音が聞こえてくる。
まさか、と思い、俺は女性のステータスを見た。
「マジかよ、カンメイ・リンファ、か……?」
「ん? 私の事を知っているのか?」
やっぱりそうだった。武力96なんていう化け物がそうそういてたまるかって話だ。俺は遂にカンメイ・リンファを見つける事に成功した。
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