第6話 在野の人材
外出の準備を終えた俺達は街へと繰り出した。牛車や人力車など使っている余裕はないので徒歩での移動だが、街の惨状に俺は頭が痛かった。
大通りはそれなりに賑わっているが、一本道を逸れるとそこから先は完全に別世界だ。スラム街もかくやというほどにすえた臭いが漂っている。それもそのはず、道のそこかしこに死体が転がっているし、上下水道なんていうものはないので、糞尿が至るところにある。
こんな惨状を作り出している張本人が言うのもなんだが、酷いものだ。早いところなんとかしなければ次に道に転がっているのは俺になってしまうだろう。
「今日はどちらの酒屋に向かわれるのですか」
「ハリスってところに行こうかな。旅の人間がよく行くらしいし、ひょっとしたらリンファに会えるかもしれない」
「左様でございますか。以前のように誰彼構わず話しかけるのはお控えくださいね」
「わかってるさ。俺だって命のやり取りはもうしたくない」
なんて話しをしながら歩いていると、俺達の前にボロ布を纏った幼子が現れた。
「お願いします! もう何日も食べてないんです!」
立派な服を着て従者を引き連れているというだけで、この国では目を引く。それはつまり彼のような物乞いに絡まれる事を意味しているのである。
さてどうしたものかとノアを見るが、彼女はあくまで俺の判断に従うようだった。
こういうのは一度施すとそれを見ていた他の連中まで物乞いに来る。理性で考えるならば無視するのが一番なのだが……なんの気まぐれか俺は彼のステータスを見てしまった。
「……俺のところで働く気はないか」
彼のステータスは声をかけるに値するものだった。現在値は低いが、潜在能力がなかなかのものだった。少なくとも、今日仕官を求めてきた誰よりも期待出来そうだ。
「え、おらに仕事をくれるんですか?」
「君にその気があればね」
「なんでもやります! おらを雇ってけろ!」
「決まりだな。お前の名前は?」
「おらはダンといいます」
「俺はサガラ・アオイ。この国の領主だ。こっちはメイドのノア」
紹介を受けたノアが小さく礼をする。言われずともする辺り、本当によくできたメイドだ。
「はあー領主様だったか。どうりで良いべべ着てると思ったべ」
「この間なったばかりだけどな。とりあえず、酒屋に行くからついてこい。飯もそこで食わせてやる」
「ご飯食べさせてくれるだか! 旦那様は神様のようなお方だべ!」
飯如きでこの言われよう。いかに下々の生活が困窮しているかがわかるというものだ。本当に、早いところなんとかしなければ。
それから数分ほど歩き、俺達は目的地であるハリスにたどり着いた。若干傾いた看板が趣のある店だった。
中に入ると、評判通り旅の者で賑わっている事がわかった。客の多くが移動用のジャケットを着込んでいる。
「いらっしゃい! 何にする?」
「とりあえず、食事を。それから水を人数分」
「……ここは酒屋だぞ」
こういった場では酒を頼むのが暗黙の了解だ。だが、子供もいるし何より俺は酒屋で出るような質の悪い酒は飲む気がしなかった。なので、訝しげな顔をしている給仕にチップを握らせて戻ってもらった。こうすれば、少なくとも追い出されはしないはずだ。
「ご主人様もだいぶ慣れてきたようですね」
そんな俺の行いを見ていたノアが感心したように言う。
「命がかかってるからな。本当はお茶が飲みたいんだが、こういうところでは扱ってないだろう」
「ご推察の通りです。それに、チップを渡さなければ、追い出されていたでしょうね」
信じられないだろうが、この時代、いや世界といった方がいいか、ではお茶は高級品なのだ。現代のように気軽に飲めるような代物ではない。
「まったく、面倒な世界だよ。そういえばダン、君は読み書きは出来るのか?」
「少しだけならできますです」
「それはいい。現在我が家は文官が足りていないんだ。他にも出来る人を雇うから、ダンにはその人の下についてもらう。それまでは家の細々とした事をやってくれ」
「わかっただ! あ、わかりましたです」
「ああ、口調はそんなに気にしないでいいぞ。おいおい覚えていけばいいさ」
「はいです!」
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