第5話 鑑定能力

「お食事はご満足いただけていますか? といっても、それほど贅沢が出来るような余裕はありませんが」


 卓上には肉と汁物、米に野菜炒め、付け合せに香の物が並んでいる。この世界の食事事情はわからないが、まず間違いなく下々の者が食べる事が出来ない食事だろう。


「久しぶりに手料理を食べたよ。それより、現状の確認をさせてくれ。この国の名前はヘイゼルで間違いないんだよな?」


「はい。付け加えますと、アルラ帝が治めるの国の中の領地の一つでございます」


 イメージ的には日本の県の一つといったところだろう。俺は現在その領主という事になっている。


 何も知らない人間ならば好き勝手出来ると喜ぶところなのだろうが、「百花繚乱☆戦乱絵巻」を知っている俺からしたら焦りと絶望でどうにかなりそうな状況だ。


 というのも、もし仮にこの世界に主人公がいたとするならば、彼が最初の拠点として選ぶ国にもよるが、真っ先に殺されるのが俺だからだ。こんな訳もわからない状況で黙って殺されるなんざ、それこそ死んでもごめんだ。


「さっき家の者が夜逃げしたって言ってたけど、どれくらい残ってる?」

「私を含めて10人程度かと」

「税に関してはどうしてる?」


「取り立てるだけ取り立てるのがお父上の方針でした」

「……今年の収穫は?」

「過去5年で最悪の年です」


 俺は思わず天を仰いだ。最悪過ぎる。民衆の不満は溜まりに溜まっている事だろう。それこそ今こうしている間にも一揆を起こされないとも限らない。だというのに、俺を守ってくれる人間が夜逃げしているときた。これを最悪といわずしてなんというのか。


「……生き残る必要がある。まずはイメージ戦略だ。農地の管理者は建前上誰になってる?」

「ご主人様です」


「税を下げる。それから、田畑の管理を徹底して権利の一部を開拓者に渡すようにしよう」


 この世界にはまだないであろう墾田永年私財法の概念を導入する。今すぐどうこうなるものでもないが、考え方が広まれば民衆の不満は多少なりとも減らせるはずだ。それに、田畑の開拓が進めばそれだけ税収も増える。民が飢える事も減るはずだ。


「かしこまりました。しかし、触れ込みはどうしますか? 下々の者は文字の読み書きが出来ませんが」


「識字率の低さが問題になるのか……過去こういった事があった時はどう対処してた?」


「村ごとに代表者を呼び出して伝えておりました。急ぎでないのであれば今回もそれでよろしいかと」


「よし、そうしよう。後はとにかく人が足りない。失った人材を確保する必要がある」


「であれば仕官を求めるのがよろしいでしょう。今の財力ですと、そうですね……文官を三人程度、武官を二人程度が限界でしょうか。後は下働きになるでしょう」


 ネーム付きが最低一人はほしいな……特に武官。いつ反乱が起きるかわからない現状、命の保証をしてくれる人材が必要だ。ヘイゼルで獲得出来るネーム付きは……思い出せ。命に関わる事だ。


「……リンファだ! なんとしてもリンファを手に入れる必要がある」


 カンメイ・リンファ。趙雲子龍的ポジションの彼女ならば、実力も申し分ないし忠誠心も高いからどこかの呂布なんとかみたいに寝首をかかれる心配もない。


「それは構いませんが、果たして名字を持つようなお方が当家に仕えてくれますかね」

「ちくしょうそうだった……」


 考えてみればノアの言う事は当たり前だった。現状我がサガラ家の風評は最悪に近いだろう。


 治世をおざなりにし、民からは取れるだけ税を取り、当の本人は贅沢三昧。義を重んじるリンファからすれば絶対に仕えないような主だ。しかし、俺の命のためにも絶対に彼女は手に入れたい。何かいい方法はないものか……。


「とにかく、仕官を募ってみましょう。運が良ければ来てくれるかもしれませんよ?」

「それもそうだな」


 という事で、仕官を募ってみたのだが、ここで俺に意外過ぎる能力がある事が判明した。


「うーん……残念だが、今回は縁がなかったという事で」

 今俺が不採用を言い渡した男。その男の頭上にはどういう訳かステータスらしきものが表示されている。


 武力、知力、統率、政治、野心などといった数値の現在値と潜在能力。他にも適正職種等々様々に書かれたものが見えている。いわゆる鑑定能力というものだろう。


 ノアにも見えているのか聞いてみたが、どうやら俺にしか見えていないので特殊能力のようなものなのだろう。何故俺にそんな能力があるのか疑問は疑問だったが、あって困る事はないのでそういうものと受け入れた。とはいえ、だ。


「使えそうな人材って案外少ないもんなんだな」

 仕官を訴える人が切れたのをいい事に、俺は傍らに控えるノアに愚痴る。


「ご主人様が多くを望み過ぎなのでは? 先程の者など、野心もないようでしたし下働きにはぴったりだったように思いますが」

「確かに野心はないっぽかったけど、肝心の能力がなあ……」


 そう、いくら野心がないとはいえ指示待ち人間では困るのだ。優秀な人間の手足となる分にはいいが、残念ながら現状我が家にはその優秀な人間がいない。それでは困るのだ。


「そう言って今日で1週間も経ちます。そろそろ本格的に人を取らなければ困るのはご主人様なのですよ。そうそう在野に優秀な人材などおりません」

「そういうもんかねえ」


 ノアの差し出した熱いお茶をすすりながら、興味本位で彼女のステータスを覗いてみる。


「やっぱりか……」

 どういう訳かノアのステータスは全ての項目が「???」になっているのだ。ここ数日の彼女の働きぶりを見るに、相当優秀だと思うのだが、ステータスがこんな風になっている人間は見た事がなかった。何か彼女だけ特別な――


「また私のステータスを覗いていましたね?」

 物思いに耽っていた俺の眼前に彼女の美しい顔があった。思考に集中していたので彼女の接近に気が付かなかった。


「なぜわかった」

「なんとなくです」


 俺は肩をすくめて降参のポーズを取った。なんとなくでわかられてはたまったものではない。これも最近わかったのだが、彼女は勘が鋭いようだ。特に俺程度の思考は簡単に読んでしまう。彼女に隠れて悪い事は出来そうにない。


「今日はもう仕官も来なさそうだな。街に出ようか」

「またですか? ご主人様も懲りませんね」

「いざという時はまた守ってくれ」


 仕官を待つだけでは優秀な人材など見つかりそうになかったので、三日ほど前から俺達は夜ごと街に出て人材を探していた。そこまではいいのだが、三日目にあたる昨日、俺は酔っ払いに絡まれあわや命の危機となったのだ。


 一緒にいたノアが一瞬の内に酔っ払いを気絶させた事で事なきを得たが、まさかただの酔っ払いがナイフを振り回してくるとは思わなかった。


 ノアがいなかったらと思うとゾッとしない。パンピーが酔っ払って命狙ってくるとかこの世界恐ろし過ぎる。


「はあ……そもそもいざという時がこないようにしてください」

「気をつけるよ。それもこれもリンファを見つけるまでの話だ」

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