第4話 戦乱の世への旅立ち

「ご主人様、朝でございます」

 聞き覚えのある声が聞こえてきた。それと同時に陽の光が差し込んできた。恐らく、カーテンが開けられたのだろう。


 まだまだ眠っていたかったが、瞼越しに眼球を照らす光とやたら硬いベッドの感触が気になり、半ば強制的に目が覚める。


「んあ?」

 目を開けると、どこか見覚えのある美人なメイドが立っていた。


 どこか中華風の室内の見知らぬ天井、見知らぬ部屋。硬いと思ったベッドはいつも寝ているものではない。ここはどこなんだ……?


「誰だ?」

 とりあえず、先程からベッド脇に立っている銀髪ロングのクール系美人(泣きぼくろあり)にそう問いかけた。


「どうやらご主人様は寝ぼけておいでのようですね」

「ご主人、様? 誰?」


 そう言うと、メイドは冷たい目で俺を見下ろしてきた。彼女の琥珀色の瞳には間抜け面した俺が映っている。


「私の主人はご主人様以外にいないはずですが? それとも、私に飽きて急にお暇でも与えたくなりましたか」

「いや、ごめん。ちょっと待って。本当に事態が掴めない」


 起き上がり、眠る前の最後の記憶を辿る。昨日はいつも通りバイトを終えて「百花繚乱☆戦乱絵巻」をプレイして寝たはずだ。


 誰かと一緒にやったような気がするが、それが誰だったのかが思い出せない。酒を飲んだ訳でもあるまいし、記憶があやふやになるなんてあり得ない話だぞ。というかマジでここどこなんだ。


 俺が必死にうんうん唸っていると、それまで冷たい目を向けていたメイドが打って変わって心配そうな目で見てきた。


「……ひょっとして、本当に覚えてらっしゃらないのですか?」

「てんで覚えてないね。というかわからないと言った方が正しい。君の名前も、ここがどこなのかも、さっぱりわからない」


 俺の言葉を聞いたメイドは手を口元にやって顔を背けると、わざとらしく泣き真似をしてみせた。


「お可哀そうに。よほどこの家を継ぐのが嫌だったのですね。だからそんな嘘を……」

「それが嘘じゃないんだな。軽くでいいから説明してくれない?」


 メイドさんは泣き真似をやめて面倒そうに「仕方ありませんね」と言うと説明を始めた。


「まず私の名はノアです。ご主人様が幼い頃より身の回りのお世話をさせていただいております。そして、ご主人様は昨晩サガラ家のご当主様となりました。ここまではよろしいですね?」


 全然よろしくないがとりあえずよろしい事にする。じゃないと話が進まない。


「というのも、代々この土地を治めておりました先代のご当主様が先般お亡くなりになったからでございます。本来であれば継承権第二位のご主人様がご当主様になるような事はないはずでしたが、不幸にも先代の後を追うようにお兄様もお亡くなりになってしまわれましたので、ご主人様がご当主様となった次第でございます」


「母親は?」

「ご主人様をお生みになってすぐに亡くなられております」

「つまり、天涯孤独の身であると?」

「そうなりますね。どういう訳か残念ながら、ご親戚の方もお亡くなりになっておりますので」


 ほんとにどういう訳だよ。っていうかこの設定どこかで見た覚えがあるような……。


「更に残念な事に、御家の先行きを不安に思った使用人達が夜逃げしております。昨晩、ご主人様はそれを悲しく思い、『俺はこんなに人望がなかったのか……』と浴びるほどお酒を飲んでおられましたので、そのせいで記憶が一時的に飛んでいるのかと」


 いや、ちょっと待て。やっぱりこの流れを俺は知ってるぞ。

 居ても立っても居られなくなった俺は、ノアの静止する声も無視して外に出た。すると、


「マジかよ……」


 電車もバスも車も、高層ビルも、およそ現代的な建築物が一切見られなかった。認めたくないけど、どうやら俺は「百花繚乱☆戦乱絵巻」の世界に来てしまったらしい。


「身体はお元気なようで安心致しました。外の空気を吸うのも結構ですが、食事を取られては? せっかくの料理が冷めてしまいますよ」


 追いかけてきたらしいノアがクールにそう言うが、俺は未だ混乱の只中にあった。

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