第3話 美人IN我が家
こっちに来てからというもの、誰かを家に呼び込んだ記憶などなかった。男ですらないというのに、まさか来客一号が女、それもとびきりの美人になるとは思わなかった。
「適当に座ってくれ」
そう言うと、彼女は迷う素振りを見せた後ベッドに腰掛けた。さもありなん、客を呼ぶ事など考慮に入れていない我が家は俺が使う用の座布団しかない。となれば、選択肢は一つしかない。とはいえ、だ。
(今夜はムラムラしそうだな……)
先程彼女から漂ってきたあの甘い香りを思い出す。あれがベッドに染み付いてしまえば、寝る時に困りそうだった。
「烏龍茶かコーヒー、どっちがいい?」
「烏龍茶」
「あいよ」
飲み物を用意している間、彼女は興味深そうに部屋の中を見回していた。見られて困るようなものはベッドの下に仕舞い込んだので大丈夫だと思うが、少々心臓に悪い。
「ほい、烏龍茶」
「ありがとう」
コクコクと白い喉を鳴らしながら麦茶を飲んでいく彼女をボウっと見ていると、彼女が「なにか?」という顔で見てきたので慌てて「なんでもない」と言った。
「さて、それじゃちゃちゃっとゲームをダウンロードするか」
「ええ、よろしく。私こういうのよくわからないから、優しくお願いするわ」
という事なので、俺が代わりに彼女のパソコンを操作し、「百花繚乱☆戦乱絵巻」をダウンロードした。
待っている間、互いに煙草を吸いながら、踏み込まない程度の軽い雑談をした。お互いに名前すら教えていないという奇妙な状況を楽しんでいると、ダウンロードが終わった。
「どうすればいいの?」
画面では、初期キャラクターをエディットするモードが映し出されていた。
「好きなように作ればいいんだ」
「そう言われても、よくわからないわ」
「なら、プリセットから選ぼう。キャラの外見は後からでも弄れるし。でも、出自とか性格は変えられないから、慎重に選んだ方がいいぞ」
彼女は顎に手をやって考える素振りを見せた。悩んだ末、出自は下流家庭生まれの「メイド」、性格は「クール」を選択した。よりによってそれを選択するとは。俺が「ノア」を作る時に選択したものと同じだった。
どこか運命めいたそれに苦笑した俺は、その後も質問を続ける彼女に答えながらゲームを進めていった。
そうして数時間もプレイしている内に、彼女はすっかり「百花繚乱☆戦乱絵巻」にのめり込んでしまったようで、気がつけば煙草も吸わずに熱心にプレイしていた。
「面白いね、これ」
「だろう? もうちょっと自軍が強くなったらイベントに挑んでみるのも手だよ。クリアすれば良いアイテムとか味方が手に入るから」
「そうなんだ」
自然と会話が途切れる。間を持たせるために煙草に火をつけると、彼女も同様に煙草に火をつけた。吐き出した煙で幾分か室内が白っぽくなる。そんな中、彼女は意を決したようにこう言った。
「……貴方は、このゲームが本当に好きなのね」
「そうなのかもな。実はずっと離れてたんだけど、この間久しぶりに見つけてやってみたらハマってた当初の事を思い出して今また熱中してるし」
出来る事ならずっとプレイしていきたいとすら思う。けど、あれだけサービス終了間際なんて噂が出ているようでは、そう長い事プレイ出来ないだろう。そんな事を思っていると、
「貴方はこのゲームの世界に行きたいと思った事はある?」
突拍子もない質問だったが、答えは決まっている。
「このゲームに限らず、別世界に行けるなら行きたいさ。愚痴っぽくなっちゃうけど、俺は最近自分がしてきた選択を間違ったと思ってるからな。この歳でフリーターなんざ、情けないだろ?」
「私はそうは思わないけど」
「君がまだ若いからさ。周りの結婚報告とか聞いてると虚しくなってくるぞ」
「そういうものなんだ」
「そういうものだ」
再び、会話が途切れる。パソコンから流れるBGMのみが部屋内に聞こえた。そろそろ、頃合いだろう。
「さ、もういいだろう。家にかえ――」
「もし、行けると言ったら貴方は今の生活を捨ててでも行く?」
帰宅を促そうとした俺の言葉を遮って、彼女はそう言った。
「行けるってのはゲームの世界にか?」
「そう」
「行くな。両親には悪いが、今の生活に未練はないし」
そう答えると、彼女は嬉しそうに薄く笑みを浮かべた。
「そこまで好きでいてくれて、ありがとう」
なんの事かと思っていると、彼女はただでさえ隣に座っていた事で近かった距離を更に近づけて、俺の頬に手をやった。そして、ジッと俺の瞳を見つめた。
「そういえば名前を言っていなかったわね。私の名は――」
今彼女の瞳には、俺の姿が映っている。その目を見ていると、琥珀色の奥底に吸い込まれていくような感覚を覚えた。
頭がグルグルと回る。酩酊感にも似た興奮状態に陥っているのがわかる。前後不覚になりそうだ。座っているはずなのに立っているような、はたまた倒れていっているような。
「ノア」
俺のその声を聞くより先に意識を失っていた。
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